１９：辺境伯のご褒美とは
前線で暴れてから数日後、クレアたちは辺境伯家の屋敷に戻って来ていた。
砦にいると、周囲が何かと気を遣うためだ。
事後処理で忙しい中、彼らの手を煩わせるのは、さすがに申し訳なく思った。
辺境伯領の状況がある程度つかめたので、クレアも大人しく屋敷で過ごしている。
使用人たちとは、だいぶ打ち解けた。
マルリエッタの扱いには困るが、彼女は職務熱心ないい侍女である。
クレアに対する印象が百八十度ずれているだけで。
「クレア様！ ようやく頼んでいた恋愛小説が届きましたわ！ これは、王都で話題の作品らしいのですが、切ない恋模様がなんとも言えず……」
頬を紅潮させて語るマルリエッタは、すでに本の内容を知っているらしい。
この日も、彼女は朝から元気だ。
「……ありがとう」
そんなものに興味を示した覚えはないが、マルリエッタはクレアを深窓の伯爵令嬢だと思い込んでいる。
彼女の中でのクレアは「病弱で部屋に引きこもっていた世間知らずの少女」なのだ。
差し出された小説を受け取るクレアを見て、マルリエッタが優しく微笑む。
「今日のお昼頃、旦那様がお帰りになりますよ。遅くなってしまいましたが、屋敷をご案内されるとのことです。よかったですね、クレア様。夫婦水いらずで過ごせますよ」
「ああ、うん……」
砦で忙しそうにしていたサイファス。
彼はクレアに屋敷を案内するより、部屋でゆっくり休んだ方がいいと思う。
「旦那様も、この日を楽しみにされていたのですよ」
上機嫌なマルリエッタはクレアに薄桃色のフリフリしたドレスを着せると、パタパタと厨房に用意された食事を受け取りに走って行った。
昼になり、砦にいたサイファスが帰ってきた。
クレアは屋敷の玄関ホールまで移動し彼を出迎える。
「クレア、遅くなってごめんね。会いたかった」
「お帰り、サイファス……目の隈がすごいけど」
あまり眠れていないのではないかと、クレアはサイファスが心配になった。
「このくらい、どうってことないよ。着替えたら約束通り屋敷を案内するね」
「無理しなくていい。屋敷は俺が勝手に見て回ればいいことだし」
「駄目……!!」
声を上げたサイファスは、ギュッとクレアを抱きしめた。
「君と一緒に屋敷を巡ることだけを楽しみに、ここ数日仕事に励んだのに……私から褒美を取り上げないで」
「う……」
そう言われてしまうと断れない。
「案内が終わったら、ちゃんと休むんだぞ？」
一向に退かないサイファスを見て、クレアは諦めのため息を吐いた。
