16:八つ当たりちびっこ兵
クレアは徒歩で戦場を駆け回っていた。
後ろにはアデリオと騎乗した兵士が並んでいる。
サイファスの部隊は数隊に分かれており、それぞれ彼の指示を受けて動く隊長がいた。
実はクレアの知り合いのこの騎士、数人いる隊長の一人だったらしい。
「ここにいる敵は、全滅させて構わないのか?」
「おうとも、ボウズ! その意気だ!」
隊長の隊に交じり、クレアは前方から攻めて来る敵を迎え撃つ。
取り残された新人兵はあらかた逃がした。
「おい、ボウズたちは馬に乗れるのか? 徒歩より馬の方が動きやすいだろう」
「乗れる!」
クレアとアデリオの声がハモる。
乗馬訓練は一通り受けているし、密偵の任務では必須の技術だった。
またクレオとして出陣するときにも馬を用いている。
王都で馬を扱えるのは、騎士爵以上の者だけ。残りは歩兵だ。
だが、辺境の兵士たちは圧倒的に機動力に優れる馬に乗る割合が高い。
適当な馬を借りたクレアたちは、隊長や仲間の騎士と一緒に敵へ突っ込んでいく。
「お前ら! とりあえず、邪魔な相手を全部をなぎ倒せ!」
「了解!」
辺境伯家での鬱憤を張らすべく、クレアは嬉々として剣を振り回した。
密偵の仕事は暗器を使うことが多かったが、クレオとして剣の訓練も受けている。
伯爵令息として生きていたときは、正々堂々と正面から剣を使って戦う機会が多かった。
アデリオも日頃のストレスが溜まっているのか、無言かつ無表情でバッタバッタと敵兵を血の海に沈めていく。慣れた手つきだ。
クレアとアデリオは戦場を駆け回り、新人たちを襲った敵兵に八つ当たりした。
「お、おい……なんだ、あの赤髪のちびっ子兵士は。もう一人の銀髪もヤバいぞ!?」
クレアたちの暴れぶりを見て、味方の騎士がおののいている。
「あいつら、本当に新人なんだよな……?」
「同じ新人たちに奇襲をかけてきた敵の部隊が、ほぼ壊滅だなんて!」
そんな会話が背後でされていることに、クレアたちは気付かない。
「アデリー、このまま先へ進むか?」
「そんな命令はもらっていないよ、クレオ。深追い厳禁」
「……だな。そろそろ引き上げるか。敵もいなくなっちまったし」
当初の目的を果たしたクレアとアデリオは、揃って仲間のもとへ戻ったのだった。
敵は撤退したようで戦いは終わった。
一時的かもしれないが、ルナレイヴに平和が訪れる。
騎士たちも持ち場に戻り、再び国境沿いは静かになった。
新人たちへの撤退命令が出たドサクサに紛れ、クレアとアデリオは前線から引いて砦へ戻る。
「ああ、久々に体を動かせた」
「……俺は疲れたよ。クレアのお守りは、いつだって碌でもないからね」
「そうか? 結構乗り気で暴れていたじゃないか」
軽口を叩き合っているうちに砦に着き、クレアは着替えて部屋の寝台に腰掛ける。
朝まであと数刻。それまでは、大人しくしているつもりだ。
久々に自由に動けて満足したクレアは、朝までしっかり眠れたのだった。




