14:夜襲と出撃準備
変装したクレアたちはまず、前線の野営地を歩いて回った。
思ったより多くの兵士が待機しており、ところどころで火が焚かれている。
周囲は見渡せるが、火から離れると途端に辺りは闇に包まれた。見通しも悪い。
(好都合だな)
これなら、周りに紛れてもわからないだろう。
クレアはアデリオを連れて堂々と兵士たちに交じった。
周囲の様子を窺っていると、聞き知った声に呼ばれる。
「おう、ボウズたちじゃねえか!」
声を掛けてきたのは、昼間出会った騎士だった。
「どうだ? 国境警備は大変だろう?」
「そうだな、毎日これじゃあ気が休まらない」
「ここ最近は特に酷いからな。まったく、向こうの第二王子も余計な真似してくれる」
「第二王子?」
「そっか。お前、入ったばかりだから知らないのか?」
首を傾げるクレアに向かって、騎士は一人納得した様子で言った。
「国境沿いの戦いは、アズム国の第二王子が指揮しているんだ。その王子が困ったやつでな、自国で手柄を上げようと躍起になって攻め込んでくる。あの王子は本気でルナレイヴを落とす気だ」
「そうなんだ。たしかに厄介だな」
話をしていると、にわかに辺りが騒がしくなった。慌ただしく兵士たちが動き出す。
「噂をすれば、あちらさんが動き出したようだ」
「こんな夜中に!?」
「ルナレイヴが中々落ちないからな。しびれを切らして夜襲をかけてきたんだろう」
クレアの袖をアデリオが引く。このあたりで退散しようという意味だろう。
混乱に乗じて引くべきだとわかってはいるのだが、クレアは躊躇していた。
ふと中心部を見るとサイファスが周囲に指示を出しており、あっという間に出撃準備が整っていく。
「おい、ボウズたちも準備をしろ。動きは昼に指示されたとおりだ……サイファス様の読みが当たったな」
「お、おう……?」
周りでも次々に陣形が整っていく。
すぐに、少し離れたところから土煙と歓声が上がり始めた。戦いが始まったのだ。
「あれは……?」
「早くもサイファス様が動き出したようだ。あの方がおられる場所に突っ込んだ敵は、運が悪かったな」
どうやら状況は優勢のようだ。
騎士が馬を用意していると、少し離れた場所から伝令役が数人走ってきた。
「大変です。向こうの部隊が奇襲をかけられて、大きな被害が……!」
松明に照らし出される伝令役の表情は青ざめており、酷いものだった。
一人がクレアたちのもとに残り、残りは別の場所へ駆けていく。
サイファスのところに向かうようだ。
仲間の騎士が伝令役に尋ねた。
「なんで大きな被害が出ているんだ? あっちに敵兵は少ししかいないはずだろう?」
「ええ。そのはずですが、向こうは戦いの経験がない新人の兵士ばかりが固まっていて、敵の奇襲に翻弄されています。このままだと総崩れになる恐れが……」
「なんだと? サイファス様の指示した配置と違うじゃないか。新人を指揮する隊長は?」
「……我先にと逃げました」
「はあ!? 誰だよ、そいつは……!」
「例の、あの人です。我々も想定外の事態に困惑しております」
「……ああ、畜生!」
騎士は少し考えると、自ら部下たちに指示を出す。
独断で他人を指揮できる彼は、割と上の立場だったようだ。
「よし、俺たちは向こうへ行って新人を救出する。伝令役はサイファス様に俺たちの行動を連絡してくれ。ボウズたちも一緒に来い」
「おうよ!」
周囲の仲間たちが動き出し、クレアも彼らに倣う。
すると、後ろからアデリオに肩を引かれた。
「ちょっとクレア、なに普通について行ってるの! 帰らないと……」
「アデリオ。でも、心配じゃねえか」
「無断外出や変装がバレたらどうする気!?」
「なんとか誤魔化す……! だって、このままこいつらを放っておけないだろ?」
クレアの主張に、アデリオは肩をすくめた。
「ったく……様子を見に行くだけだからね。満足したらすぐ帰るよ」
「ああ」
アデリオを説得したところで、クレアも騎士に続く。
騎士たちは、クレアやアデリオを「襲われている新人部隊の仲間」だと思っているようだった。
新人の本来の持ち場はそこらしいので、肯定も否定もしないでおく。
味方が増えるのは喜ばれ、特に問題視はされていない。
馬を借り、少し進むと戦場が見えてきた。
新人たちが集まっているそこは、言葉にはできないほど酷い有様だ。
(ほぼ全滅じゃねえのか?)
血だまりに倒れ込む味方兵士が大勢おり、敵はどんどんルナレイヴ側に押し寄せている。
クレアとアデリオは、剣の柄を握りしめながら眉をひそめた。




