13:砦探検隊
差し入れを渡したクレアは、少しの間、客室でサイファスと歓談した。
だが、彼をいつまでも引き留めて置くわけにはいかない。
サイファスにはまだ仕事がある。
いつまでもクレアのそばを離れたがらない彼だったが、自分の役目を放棄するわけにも行かず、部下と一緒に渋々執務室へ戻っていった。
ちょっと可哀想だった。
(さて、ここまで来たのに、すぐ帰るのもな……)
サイファスに許可をもらったクレアは、堂々と砦内を散策することにした。
ついてこようとするマルリエッタには「遠くには行かないから」と告げ、休憩していてもらう。
長い距離を移動したので、彼女にも休息が必要だ。
マルリエッタを言いくるめたクレアは、客室から廊下へ出て天井に呼びかけた。
「アデリオ、いるんだろ?」
すると、天井から壁伝いにアデリオが素早く降りてくる。
やはり屋敷からついて来ていたらしい。彼は昔から心配性なのだ。
「なぁに、クレア」
「一緒に砦を探検しよう」
「いいけど、今の格好で移動するの?」
今のクレアは辺境伯の妻として相応しいように、マルリエッタによって着飾られている。
移動のために動きやすさを重視しているデザインだが、きちんとしたドレス姿だった。
「そんな姿でうろついたら、兵士たちも仕事どころじゃなくならない?」
たしかに、職場で上司の妻がうろうろしている状況は、落ち着かないだろう。
「そういえば、さっき通った洗濯場に兵士用の着替えが積まれてあったよ。ちゃんと、洗った後のやつ。失敬させてもらう?」
「ドレス姿よりはいいかもな……」
「この砦は国境の状況もあって兵の出入りが激しいから、いちいち顔や名前なんて確認しない。兵士の姿なら、誰も気に留めないと思う」
「わかった、そうしよう」
クレアたちは洗濯場へ向かい、手慣れた動きで着替えを手に入れ、下っ端兵士の格好に変装した。
化粧は落とし、長い髪は結い上げて無造作に紐で結ぶ。
兵士になりきったあとは、砦内を歩いて見て回った。
防衛に特化したこの場所には、様々な仕掛けが施されていて興味深い。
「なるほど、ここの壁から矢を射かけるんだな。外壁には返しもついている」
「クレア、砦の裏も見てみようよ」
普段は常識人ぶっているアデリオも、好奇心に負けたらしい。
兵士の格好なので、誰もクレアたちのことを気に留めない。
二人で自由にうろついていると、休憩中であろう騎士たちに呼び止められた。
「見ない顔だな、新入りか?」
「ああ、そうなんだ」
クレアは堂々と彼らに応対する。
国境の防衛に当たって、領内の各地から兵が集められていた。
新入りということにしておけば、怪しまれない。
「今回初めて、兵士として砦に来て……」
「こんなちっこいのに、大変だなあ坊主」
二人の騎士はわしゃわしゃとクレアの頭を撫でた。
背の低さや、やや童顔気味な顔のせいで、少年に見られているのだろう。
「俺は子供じゃない!」
クレアは抗議した。
「はっはっは、元気なことだ。おまえたち、名前は?」
「クレオとアデリー。兄弟なんだ」
問われたので笑顔で答える。
こういうのは、堂々としていた方がいい。
「そうかそうか」
「もちろん俺が兄で、こっちが弟だ」
後ろからアデリオが「なんで俺が弟なの?」と小声で抗議し小突いてきたが、気にせず話を続ける。
「敵の動きはどうなんだ?」
「まだ動かねえ。先日返り討ちに遭ったから警戒しているんだろうよ。とはいえ、向こうも諦める気はないみてぇだから、そのうち動き出すだろう。坊主も休めるときにしっかり休んでおけよ」
騎士はクレアの肩を力強く叩いて励ました。
「そうする。ありがとう!」
その後、彼らから辺境の現状や部隊編成を聞き出したクレアたちは、「用事がある」と言って、その場を後にした。
「そろそろ戻らないと。マルリエッタが心配していそうだ」
「確かに……アレは厄介だよね」
「いい奴なんだけどな」
少し職務熱心すぎるところが、やりづらい。
ひととおり砦を散策した後、クレアは元通りの服装に着替えてマルリエッタのもとへ戻った。
いないことになっているアデリオは、もちろん再び天井に身を隠している。
サイファスの執務室まで来ると、外にいたマルリエッタが早足で寄ってきた。
「まあ、クレア様。御髪が乱れておりますわよ。お化粧も取れて……一体どこを散策していらっしゃったのです?」
「砦の上から下までと、外に出て周りをぐるっと回ってみた。途中で木に髪が引っかかっちゃって……ごめん。化粧は砦に戻ってから顔を洗ったら取れた」
「すぐに綺麗に髪を纏めて差し上げます。お化粧もお任せください」
肩をすくめたマルリエッタだが、特に何かに気付いた様子はなく、いつも通りクレアの髪を結い直している。
その後、「せっかく来たのだから少しでも夫婦の時間を」と、気を利かせたマルリエッタが砦での一日宿泊を提案した。
彼女は婚約したにも関わらず、接する時間の少ないクレアとサイファスの仲を案じている。
クレアの体力で、屋敷と砦の日帰りでの往復は厳しいという判断もあるようだが……。
けれど、マルリエッタの努力もむなしく、その日のサイファスは前線を監視するため砦を出て行ってしまった。
マルリエッタは申し訳なさそうにクレアに謝るが、サイファスの行動は辺境伯として当然のものだ。
そして彼女には悪いが、クレアとしては、サイファスには前線にいてもらった方が好都合。
「大丈夫だ、マルリエッタ。明日の朝には会えるかもしれない」
「そうですわね。では、お部屋へご案内します」
砦内の一室を借りたクレアは、そこで就寝することになった。
しかし、当然大人しく寝るつもりなどない。
夜になると、クレアは天井裏のアデリオを呼び出した。
「よし、前線へ行くぞ」
「……言うと思ったよ。昼と同じ変装で行くの?」
「ああ。行き先はわかっているし、マルリエッタは俺が寝ていると思っている。夜のうちに出て、朝には戻ってくるぞ。武器の隠し場所も当たりをつけてある」
「はいはい、全部予想通りだよ」
こうして、クレアとアデリオは好奇心の赴くまま、揃って国境沿いの前線へ向かった。
もちろん、万一のときには好きなだけ暴れられるよう、武器を携えながら。




