六、The Ugly Little Boy
存分に肉を頬張り満足したカナタは、土の上に敷いた葉に横たわり考えていた。
不落之果実の次の発動は、一体いつになれば出来るようになるのか?
カナタは、安全なこの洞穴に居る間に試しておくべきだと不落之果実の発動を試みたのだが、結局、周囲が止まることは無かった。
もし明日になっても力が使えなければ・・・、もう二度と使えないという可能性もあるかもしれない。
時間を止める力など、どんな反動があったとしても不思議ではないだろう。
一度目は揺り返しが無く、二度目は十秒ほど動けなくなり、三度目は発動すら出来なかった。
とは言え、それが分かったからといっても現状カナタに出来るのは力が戻ることを信じて待つことのみ。
一晩寝ることで体の疲れが回復するように、能力の使用制限も其の内リセットされる事に期待するしかないかと、半ば諦めたように息を吐く。
この世界の一日が何時間なのかは分からないが、仮に一日を地球と同じ二十四時間としたとき、日が沈み始めた時刻を夕方六時頃だろうと見積もったカナタは、バロンで見た太陽の位置やこれまでに経過したと思われる体感時間から、バロンで初めて能力を使った時間を正午前後だと推測した。
能力の使用制限が解けるのだとすれば、数時間なのか、半日なのか、丸一日か、数日か、それとも寝れば解けるという可能性もある。
待つしか無いとは言え、やはり計画性を欠いた行動をする気になれないカナタは、枝を使って地面に円を描くと、持て余した時間を潰すように時計の絵を完成させ、それを見つつスケジュールを組み立て始めた。
「さっきは美少女を探しに飛び出そうとしたけど、食料もまだあるし水も何とかなりそうだしなぁ。やっぱもう少し様子を見るべきか・・・。
二度目の不落之果実を使ってから、・・・・短くても五〜六時間は経ったか? それでもまだ三度目の発動は出来なかった。
なら次は半日くらいでもう一度確かめてみたいな。
日の出くらいまで待てば十分だろうが・・・長いし、一旦寝るか・・。
いやーー待てよ?もし起きた時に力が使えたら時間の経過で使用制限が解けたのか、それとも睡眠で解けたのか分からない・・・。
というか・・そうか、その両方が必要だって可能性もあるのか。
何だ・・・結局一回だけじゃ全部は確かめられないなら、別に寝てもいいのか」
体はヘトヘトに疲れているものの、慣れない場所に脳が興奮しているのか、危険な場所で寝ることを本能が恐れているのか、カナタに眠気はない。
だが寝れる時に寝て置かないと、いざという時に対応出来ない可能性もある。
カナタは少し無理矢理にでも睡眠をとるべきだと判断し、木の枝や石などを使って洞穴の入り口に簡易的なバリケードと築くと落ち葉でカモフラージュを行ない、最低限の安全を確保する。
そうして入り口から最も離れた場所に、茣蓙代わりの大きな葉っぱを敷き直して横になったカナタは、ゆっくりと目を閉じたーーー。
「不落之果実ーーーーーーー、やっぱダメか」
それを確認して気が抜けたのか、カナタの意識は次第に薄れていったーーーーー。
************
ん・・・・、何だ?
鐘の・・・音・・・?
ゴオォォン、ゴオォォン・・・・って・・んだよ、うっせぇな。
つか何でこんな場所で・・・、寺でもあんのか?
ああぁぁ・・・、体痛えー。
そうだ、外は・・・、
・・・・・・
・・・明るいな。
入り口を塞いだせいで分かりにくいけど、ちゃんと光が射し込んでる。
つぅことは、一晩以上寝たのは確実で・・・・・・。
ーーやべっ、寝すぎだか?
・・・・・・
ふぅ・・・・・。
・・・・よいしょっと。
あー、寝起きで力入んね。
あいててて・・・、もうちょい軽い石で塞いどきゃ良かったわ。
体痛っ。
石、重っ。
よいしょっ、よいしょっと・・・・、
っーーーーっつうぅぅ、眩しいぃ。
夜の眷属である俺にこの陽射しは辛いな・・。
近くに魔獣は・・・・・・・いないか。
ふむ、太陽が真上にある。やっぱ少し寝すぎたか。
本当は日の出くらいの時間に起きたかったんだよな・・・・。
昼間に起きたって事は何だ、えーっと、
・・・・・・・・・
・・・・寝起きで頭が働かねぇ。
んーと、昼まで寝てたってことは、地球で言えば十二時間以上は寝てた事になるのか?
よくこんな場所でそんなに寝れるな俺。
まぁいいや、そんで・・・・・、
あれ?何だっけ・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
そうそうそう、そうだったそうだった。
不落之果実の使用制限が解除されるのを待ってたんだった。
そんで、そのパターンを確かめたかったんだよな。
二度目の“不落之果実”を使ってから半日くらいで能力が使えるようになってるのか試したかったんだけど、ちょっと寝すぎちゃったな。
この感じだと二十時間くらいは経ってるか・・・。もう少しで丸一日経つから・・・、
ん・・?そういえば初めて力を発動してからだと、丁度丸一日くらい経ってるよな?
それになんかさっき“ゴオォォン”とかって聞こえなかったか?
よく考えてみりゃやけに頭の中に響くような音だった気も・・・。
ふむふむ・・・、なるほど。
これってもしかして、使用制限リセットされてんじゃないのか?
もしそうだとしたら、偶然このタイミングだったか、一度目の発動から丸一日経ったからか・・。
二度目の発動から決まった時間が経過した可能性もあるし、一定時間寝たからかも知れない。
ふむぅぅ、やっぱよく分からん・・・・・。
そもそも、本当に力が戻ったのかすら定かじゃないんだが・・・・、何となく使えそうな気がするんだよなぁ。
確かめたい気もするが・・・・、最悪の場面を避ける為にとっときたい。
いや、最悪の場面のためにとっといて発動出来ないってのが本当の最悪か。
ならせめて、さっきの鐘の音が力が戻った合図なのかくらいは知っておきたいな。
だけどなぁ。無駄使いしてまた一日此処で過ごすのも退屈すぎる・・・・。
・・・・・このまま数時間待ってみるか?
もし能力を発動してから丸一日経過する事が制限の解ける条件だとするなら、あと二〜三時間も待てば、二度目に能力を使ってから丸一日経つはずだから、もう一度鐘の音が聞こえるんじゃないか?
・・・・だが、寝てたから気づかなかっただけで既に二回鳴ってる可能性もあるし、一回鳴っただけで二回分回復してる可能性もある。
というかそもそも、今日も二回使える保証がないし、鐘の音が夢だったって可能性も・・・。
やっぱとりあえず、現時点で能力を連続で発動可能なのか試してみた方がいいか・・。その方が色々と把握出来そうだ。
・・ええぇぇ、また一日この中で過ごすの?本格的に外に出るなら二回分は確保しておきたいんだが・・・。
此処ってやることなさ過ぎね?いくら俺が暇つぶしの天才でも、こんな牢獄みたいな場所でもう一泊はキツイよ?
それにいくら全身筋肉痛だからって、これ以上寝るのもなぁ。
いや、寝れるんだけどね。二度寝は数少ない得意技の一つだし。
けど寝れたとしても、起きた時にまた夜になってたら、もっとやることねぇし。
やっぱ数時間待ってみるか・・・。
空が赤らむまで待ってさっきの鐘の音が聞こえれば、制限解除の条件は丸一日経過する事。
聞こえなけりゃ、そこで不落之果実を発動させてみればいい。
それで二度発動出来れば万々歳。一度だけでも、まぁ良しとしよう。その場合、回復の法則はよく分からんが・・・。
もし一度も発動出来なければ、とんだクソ能力っつぅことで。もう二度と使ってやるもんか。ふん!
「・・・・・・・とりあえずは飯だな」
腹減ったし便所も行きてぇし、喉も渇いた。
一応、もう一泊は出来るように薪も集めて、水も汲んで来るか。
ヤシの実みたいな果実の殻がいくつかあったから、少し多めに汲んでおこう。
それで数時間くらいなら潰せるだろ。
よいしょっとーーーー。
ぐおぉぉ・・・、体いてぇぇぇぇ。
*******
「ふぅ、こんなもんか」
薪も水も十分だし、肉は昨日の残りがある。
それから果物も採ってきたし、一応簡単なパッチテストもしたから、毒は大丈夫だろう。
そろそろオヤツの時間くらいか?二度目の発動から、ほぼ丸一日ってことだが、まだ鐘の音は聞こえない。
ま、念のため夕方まで待った方がいいよな。
残った時間は、昨日放置してた鱗でも剥がしてりゃいい。
鱗は分厚くて丈夫そうだし、あの嘴や牙だって売れるかもしれないから、此処を出たら取れた素材を持って一度街に戻ってみよう。
美少女に会えるかも知れないし、ソフィーの笑顔を見て癒されてぇ。
街に戻ったら暫く滞在して、色々と試してーーーー、
ーーーん?
なんか今音が・・、
・・・ガラッ?
何だ?上からだな。
岩盤が崩れたみたいな・・・。
そう言えば、上は切り立った崖だったか。
脆い岩盤でも崩れてんのかな?
早いとこ出ないとヤバかったりする・・・・?
いや、けど今はまだ此処に居ーーーーー
「グオォォォォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!」
「うぎゃぁぁぁぁあああああ!?!?!?」
なっーー、何だ!?じっ、地震!?
いや・・・、
違う・・・!
鳴き声・・・
なのか・・・?
・・・・・いっ、
一体どんな生物が鳴けばこんな・・・・
世界が震えてるみたいな音に・・・・・?
まさかーーー、
昨日の怪物を食ったやつか?
「グオオオオォォォォォォォォォォォ!!!」
「くっ・・・!」
ーーーまたっ。それに、何だ?さっきからやけに岩盤が砕けるみてぇな音がするぞ!?
ちーーっ、近くに岩盤でも落ちたのか!?それに、なんか様子がーーー。
いやつぅかヤバいヤバいヤバい!!ここに居たら生き埋めにされ兼ねないぞっ!!
けどこれって多分、何か戦ってる・・よな・・・?
どうする・・下手に動かない方が安全か?
「グオオオオォォォォォォォォォオオオオオ!!!!」
くっ・・・これだ、この鳴き声を出してる奴は絶対にヤバい。
声だけで・・・分かる。
この世界で見たどんな生き物とも明らかに次元の違う生物が・・・、外にいる・・。
「グラアアアアアアアアアァァァァァア!!!」
「うおおおぉぉぉ!?何だよマジで!?ヤベェだろここ!!」
明らかにすぐ真上で巨大な破壊が起こったーーー、
ヤバい、壁に亀裂がーーー
ちょーーマジやばーーーーっ、
「くっそおおぉぉ!!!不落之果実!!」
*****************
白黒に変わった世界の中、カナタに不落之果実を発動出来たという喜びはなく、崩れ始めて止まっている洞穴から、直ちに外への避難を開始する。
少しでも遠くへ。
だがーー、その直感に従い外へ飛び出た筈のカナタは、一瞬で足を止めた。
本来なら周囲を確認する時間を惜しんででも逃げるべきだと分かっているのに、その光景に釘付けにされた。
其処に居たのは、二つの生物。
その内の一体は“飛竜”。
カナタは、御伽噺でしか見たことのないような本物の化け物を前に、その生物が先程までの鳴き声の主だと瞬時に悟った。
体長は尾まで含めれば二十メートルを優に超えているだろうか。全身はゴツゴツとした黒光りする鱗に覆われ、その頭部から首や背に架けていくつもの棘があり、広がる翼がその体をより大きく見せている。
四本の足先には太く鋭く長い爪が、尾の先にはメイスのような棘状の球が着いており、その顔は凶悪そのものであり、爪に負けず劣らずの太く長い牙が上下に二本ずつ備わっている。
カナタが想像した通り、これが先程の鳴き声の主であり、その爪や尾の一振りは一撃で大木を薙ぎ払い、巨大な崖に大破壊を齎すような威力を持つ。
猛獣や魔獣と言った危険な生物が犇めくこの森の中でも最強の部類に位置する存在であろうとーー、どんな者でも絶対に遭遇してはいけない生物だと、カナタは本能的にそう悟った。
だが其れだけならば、カナタは立ち止まる事なく一目散に逃げていただろう。
カナタが足を止めた理由は、飛竜とは別の存在。
一人の“少年”の存在に依るものだった。
まだ幼さの残るその少年の背は低く、白みを帯びた金髪に、薄い碧眼。
異様なのは、白い肌の所々が鱗のように変形して血管が浮き出ており、そうでない箇所は火傷したように爛れていることだ。
口からは太い牙が二本生えて顔の形を歪め、手足の形は所々が歪に膨れ上がり、何とも異様な雰囲気を漂わせていた。
そして何よりカナタを驚かせたのは、少年の異様な風貌では無く、飛竜が血塗れの姿で地に落ち、少年が瓦礫の山からそれを見下す光景にこそあった。
少年の腕や体の至る所には飛竜の返り血と思しき赤い液体が大量に付着しており、その冷たい表情を見たカナタは背筋を凍らせ、足を止めた。
そしてーーーー、
再び、時が動き始める。
「・・・お前、いつから其処に居た?」
*************
「どっから湧いてでやがったんだ?」
少年の問いかけに、カナタは唾を呑む。
状況を見れば何が起こったかは一目瞭然だった。
目の前の少年が、あの飛竜を殺した。
そんな事実に、そして少年の異様な姿に恐れを抱き、恐怖するカナタ。
「お前は・・何だ・・?」
「何だってのはどういう意味だ?俺の姿に文句でもあんのかよ?というか質問したのは俺だぞ」
「ちっ・・違ーーー」
「違わねぇだろ!?だがーーーまぁいいさ。
気に食わねぇが、そりゃこんな姿見せられりゃ誰だって驚く。仕方ねぇさ。
それより、本当にお前がそうなのか?」
少年は突然そう語りかけるが、カナタには意味が分からない。
見たこともない少年が怪物を殺し、更に自分の事を知っているような口ぶりで話すのだ。
何と答えていいかも分からずカナタは押し黙るが、次の少年の言葉を聞くとすぐに表情を変えた。
「・・・ちっ。ソフィーのやつ間違えてんじゃ・・・、いやそりゃねぇか」
偶然の一致か否か、今この世界で最も親しいと言える者の名前が出た事でカナタは一層混乱するが、少年には一応会話の意思があるように思え、知っている名前が出たことで、ほんの僅かに落ち着きを取り戻すことが出来た。
「ソフィーって“白猫亭”のソフィーか!?お前は俺の何を知ってる!?」
「・・・白猫亭。それがソフィーの居る場所なのか?
それにお前の何をって・・・、まぁそうだな・・・・・・・。
例えば、お前が二つ特級魔法を持ってることなら知ってるぜ」
そう言って口元を緩める少年。
“特級魔法”などという知らない言葉が飛び出た事にカナタは困惑するが、ほぼ同時に不落之果実のことを思い浮かべていた。
しかし、二つとはどういうことなのか、まさか自分が不落之果実に匹敵するような力をもう一つ持っているとでも言うのだろうか?
それに、少年は白猫亭を知らない様子を見せた。
彼の言うソフィーとは一体誰で、なぜ少年はカナタを知っているのか。
少年が口を開く度に分からないことが増えていく。
「意味が分かんねぇよ。どうして俺を知ってる?お前は誰で、特級魔法ってのは何だ!?」
「はぁ・・、初めに質問したのは俺だぞ?
まぁーーーー、いいや。そんなに知りたきゃ俺に勝ってみろよ」
少年はそう言うと瓦礫の上から飛び降り、カナタの元へとゆっくりと歩みを進める。
「まっ、待て待て待て!!」
カナタは焦りの色を強める。目の前に居る子供は、倒れている飛竜を殺した本物の化け物。
何の役に立つかなど分からないが、本能的に時間を稼ぐ為に口を開いていた。
「あぁ?何でだよ」
「何で俺がお前と戦わなきゃならねぇんだよ!俺がお前に何したってんだ!」
その問いかけに、少年は顎に手を当てて数秒考え込んでから口を開く。
「別に何もされてねぇよ。けどお前がソフィーの言ってた奴なら強ぇんだろ?強ぇなら知りたいことは力づくで聞けっつってんだよ」
「ソフィーが何を言ったんだ!?ーーーそうか、あれか!確かに俺はソフィーを助けたが、あれは偶然そうなっただけで、俺はそんなに強くねぇぞ?
それに・・、よく考えろよ。お前が勝ったって何もやる物なんてねぇぞ? お前に何のメリットがあるんだ」
「ソフィーを助けた?・・・ならどう考えたって強ぇだろ。
俺が勝った時にゃお前は死んでるから初めからそんなの期待してねぇし、それにーーー、俺に殺されるような奴ならソフィーも納得するだろ?」
「待て待て!!ソフィーを助けたら強いって、なんでそうなんだよ!?
そりゃあれだ、お前の言うソフィーと俺の知ってるソフィーは別人だ!人違いだから他を当たってくれ!」
人違いーーー、少年はその言葉を受け、再び顎に手を当て少考した後、口を開く。
「ソフィーが間違える事なんてあんのか?
・・・じゃあお前の知ってるソフィーの特徴を教えろ」
「そりゃ誰しも間違いは犯すだろ。
というか、やっぱ別人だよ。俺の知ってるソフィーは青い髪の“幼女”だ。お前が絶対間違えないなんて思ってる奴と一緒なわけあるか」
「青い髪の子供・・・、やっぱソフィーだろうが。ならお前が強いのも間違いじゃないってことだ!」
「何でそうなんだよ!?
いいか、ソフィーはただの子供だぞ?確かに、普通の子供にしちゃ少しーーというかかなり物知りだったが、だからってソフィーの言うことが全て正しいってことにはならないだろ?
現に、俺はクソが付くほど弱え!!ソフィーだって間違えることもあるさ!」
「ならお前の名は、カナタ・アオイじゃないのか?」
「なんで知って・・・・・っ、じゃあやっぱり俺たちが言うソフィーは・・・。
お、俺が蒼井奏多だったら何だってんだ?」
「ソフィーは三日前、俺にこう言ったんだ。“この森で最初に出会う人族、カナタ・アオイという名の青年と一緒に行きなさい”。
実際、初めて会った人族はお前で、名前もそうなら間違いじゃないだろ」
「三日・・前・・・?」
三日前と言えば、カナタは間違いなく日本の自宅に居た筈だ。
一瞬、洞穴の中でそれ程長い時間眠っていたのかとカナタは考えたが、喉の渇きや体の感覚、昨晩放置していた肉や皮の匂いから言っても、それはないだろうと確信する。
つまり異世界に召喚される前に、ソフィーはカナタがこの世界のこの森に来る事を知っていたことになる。
だが、“特級魔法”ーーその言葉を思い出したカナタは、仄かにではあるが納得した。
未だに自分の知るソフィーと少年の言うソフィーが同一人物だとは信じられないが、いずれにせよ少年の言うソフィーなる人物が“予知”のような特級魔法を持っているのだとすれば、自分がこの森で少年と会う事を予言出来た事にも納得が行く。
「それがソフィーの力だとして、お前の言う事が本当だとしてもだ!
ソフィーは俺を強いだなんて言ったのか?それに、俺と一緒に行けってのはどういう理由でーーー」
こんな化け物と一緒に行動するなど御免だと、そう考えたカナタはある事に気が付き止まる。
目の前の少年が化け物並みに強いのは疑いようがない事実。
美少女とは対極にある存在だったために、嫌悪し、警戒していたが、この少年が一緒に行動していれば、こんな森を抜けることなど恐らく造作も無いことだ。
そう考えたカナタが次に出すべき言葉を慎重に探していると、少年が先に口を開いた。
「確かにお前を強いとは言ってなかったが、お前はソフィーを助けたんだろ?そんで、ソフィーがお前に着いて行けって言うんだから強いに決まってるさ。
ソフィーが俺とお前と会わせた理由は知らねぇが、俺は弱い奴と一緒に行くのは御免だ。
だから、一緒に行くかは戦ってから決める。分かったか?」
「待て待てえぇ!戦闘狂かてめぇは!
分かった、戦うから!だからせめて少し待て!」
「待てってーー、何でだよ?」
「まず一つ確認だが、お前は本気の俺と戦いたいのか、ただ俺を殺したいのか、どっちだ?」
「あぁ!?手ェなんか抜きやがったら本当に殺すぞ?」
「よし、だよな?ならやっぱ少し待て。俺は今、訳あって本気の千分の一の力しか発揮出来ねぇ」
「千分の・・・?何だそりゃ、全然ダメじゃねぇか。んで、一体いつ戻んだよ」
「はっきりとは分からんがもう直ぐだ。それまでーーーーー、飯でも食ってくか?」
「飯・・・、そうか?そんなら食ってやっても・・・・」
その時、カナタの脳内にあの音が鳴り響いたーー。
“ゴオォォオン”というその重厚な鐘の音が脳内を駆け巡り、カナタに確信を齎す。
「すまん、やっぱ飯は無しだ」