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GOOD LUCK〜十秒だけは異世界最強  作者: 染谷秋文
バロン王国と死の穴
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四十七、アステリオスの怒り



 アステリオスの叫ぶ声、シュライを突き飛ばす際に鳴った鎧同士の当たる音、ロキに加えられた攻撃の数々。


 様々な箇所で同時に、様々な音が鳴り響く。


「っーーうおぁ!?」


 突然、横から何かに衝突され倒れるシュライ。

 状況が掴めず周囲を見回すと、先程まで目の前で自分を殺そうとしていたロキが何故か離れた場所にて仰向けになっている。


「なっ、何だ・・・!?」


 分かることは、自分が横から何かに衝突されたことで生き残ったこと。

 そして、明らかにロキとカナタの居る位置が先程までとは変わっていることだ。


 何が起こったのかは分からずとも、カナタが何かをして自分を助けた。

 この状況から考えられるのは、それだけだった。


「大丈夫かシュライ!?何が起きやがった・・」


 シュライへ向かい走っていたアステリオスは倒れたシュライを抱え上げると、グランの側へ駆け寄りつつ状況を見渡す。

 シュライ同様カナタが何かした事を察したアステリオスは、グランを見た。


「おいボウズ、一体何が起きやがった?」


「オッさんもアステリオスもボウズ、ボウズってウッセェな、俺はグランだ。

 何ってそりゃ、カナタがあの子供を吹っ飛ばしたんだよ。普段は弱えけど、本気を出したカナタは俺より強えんだ」


 質問の答えとしては不十分だが、会ったばかりの他人に仲間の力の正体を教えるはずもないかと、それ以上の追求を諦め飲み込むアステリオス。


 そんな中、仰向けに倒れていたロキが徐に起き上がる。


 不壊槌(シャルル)を当てた側頭部に異常は見られず、脳天に振り下ろした竜包丁の効果も見られない。

 それを見たカナタは歯を軋ませ、祈るようにロキの額に視線をやる。


「・・・どう言うことかな?」


 明らかに機嫌を損なった様子のロキからは笑みが消え、無表情で周囲を見渡している。

 始めにグランを、次にアステリオスを、そしてシュライを。

 だが何か腑に落ちないのか、少し考え込んだロキは思い出した様に、先程とは違う位置で自分を眺めているカナタを見た。


「・・・まさか、君かい?」


 その時、ロキの額から血が流れ落ちる。

 目と目の中間を流れて鼻の脇に逸れた鮮血は、ロキの激情を駆り立てた。


「血・・・・・・?


 僕が二度も・・・あんな雑魚共に、この僕が二度も血を・・・?

 一体、どうなってるんだ・・・?


 お前、僕に何をしたぁああああああ!!!!

 エキドナァアア!!大体、お前がいつ迄もいつ迄も遊んでるからだろう!!このクズが!!いつまでそんな役にも立たない姿で僕の空間を狭めてるんだよ!?この木偶の坊っ!!

 早く縮んでこっちに来い、このグズ!!」


 物凄い剣幕でまくし立てるロキに、エキドナは負傷した腹部になど脇目も振らず、地を蹴ってロキの側まで飛ぶ。


「遅いんだよ!!役立たずがっ!!」


 自身の背後へ着地したエキドナを怒鳴りつけたロキは、その負傷した横腹へ強烈な回し蹴りを入れた。

 蹴りはエキドナをくの字に折り曲げ、腹の肉を削って凄まじい速度で横方向へ薙ぎ払う。


 壁に衝突したエキドナの腹部は抉れて臓物が剥き出しになり、血を吐いて手脚を震わせつつ、同じ言葉を繰り返す。


「申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません」


「黙れこのクズーーーー!

 次にその汚い声で僕の耳を汚してみろ!!本当の地獄を味合わせてやるからな?」


 その瞬間、エキドナの声はピタリと止んだ。


 エキドナは強烈な痛みによって出そうになる呻き声をもぐっと堪え、腹から溢れた臓物を掻き集めて自らの体内に戻すと、自らの臓物を見たショックからか、血の混じった吐瀉物を吐き出してしまう。

 それでも声を出すことなく咽せ返りながらも静かに息を整えると、傷口を手で押さえ、治療を試みる為か、声を出さぬよう詠唱などは行わず、ただマナを込める。


 その痛ましい光景を見ていたカナタは恐怖心を忘れ、叫んだ。


「テメェ・・・・、ふざけんじゃねぇぞ!!!そいつはお前の仲間なんじゃねぇのかよ!?そいつがお前に何したってんだ!?

 大体、お前をぶっ飛ばしたのは俺だろうが!!お前の実力が足りてねぇから俺にぶっ飛ばされたんだよ!!

 全部自分のせいなのに、仲間に八つ当たりしてんじゃねぇぞ、このガキが!!

 それ以上、そいつに何かしてみろ・・・、痛い目見るのはテメェの方だぞ?」


「仲間?仲間だと?

 こいつは僕が、僕の為に作ったんだ。なら僕がどう使おうが、僕の勝手だろ。

 それより、お前如きが僕に痛い目を見せるだと?

 この程度の攻撃しか出来ないお前が、僕を?

 ーーーやってみろよ、雑魚が。

 ちょっと僕の不意をつくような力を持ってるくらいで何様のつもりだ?

 そういえば、ガルーも後でお仕置きだな。

 この程度の奴らの力すら調べられないなんて、役立たずもいいとこだ。


 あ、それとさ、お前だろ?そこの役立たずの禅鬼を助けたのはさ。

 そいつは殺して欲しくてわざと向かって来たってのに、仲間に邪魔されたせいで苦しむことになるなんて・・・可哀想な奴だよーーーー、あはぁ!」


 淡々と話すロキは、アステリオスに抱えられたシュライを見て哀れんだように言うと、再び醜悪な笑みを浮かべて見せた。


「どう言う意味だ!?」


 カナタは心の中で早く毒が効くことを願いつつ、ロキの話に乗って見せる。

 会話で時間を稼げるのなら、願ったりだからだ。


 だが、その判断はカナタ達にとって有益なものとはならなかったーーー。


「能力移植だよ。貰ってばかりじゃ悪いからね。

 その役立たずに少しでも強くなって欲しくて、新しい力を授けてやったのさ」


 能力移植ーーー、そう聞いたカナタ達はつい今し方、クフトに起こったことを思い浮かべる。

 ロキの強烈な掌底を受け、未だに眠るクフト。

 シュライも同じことをされ吐血しているのだろうと、全員が想像した。


「力だと?お前、シュライに何をーーーっ!!」


「阿修羅猿ーーー。腕が六本ある凶暴な大猿さ。鬼ってくらいだし、上手く行けば彼はーーーーあはぁ。

 どっちに転んでも、力と一緒に僕の霊核を叩き込んであるんだ。そいつはもう僕のシモベだよ」


「おいおい、本人の同意無しでも能力を植え付けられんのかよ!?

 しかもそれが他人を操る方法だってんなら、触られるだけで一発アウトじゃねぇか・・・」


 グランの渾身の一撃が通用せず、逆に一度でもあの掌底を受けてしまえば勝敗が決する。

 カナタの能力が使えるのはあと一度だけだと言うのに、ここへ来て更なる障害が発覚してしまった。

 そんな中、グランがある可能性について言及する。


「いや、霊核を植え付けて相手を操ってんなら、能力を奪われた時みてぇに直ぐに攻撃すりゃ多分大丈夫だろ。

 シュライがまだ操られてねぇのは、そいつの霊核がまだシュライに馴染んでねぇからだ」


 それを聞いたロキは、又しても感心したようにグランを見る。


「ヘェ〜。本当に君は、霊核についてよく知っているようだね。

 だけど、それを知っていても、もう遅い」


 ロキの視線がアステリオスの肩に担がれたシュライへ向けられたーーー。


「い、いやだ・・っ!アステリオス!!俺を殺してくれ!!」


「なっ!?何言ってやがーーー」


「いいから早く!!俺はもうーーーっ、嫌だ!やめろ!!

 頼むからやめてくれ!!

 早く殺セェエエエエ!!」


「おい、落ち着け!グランの言う通り、あのガキを攻撃すりゃ大丈夫だ!

 諦めるな、シュライ!!」


「あはぁ・・・。もう遅いって。

 支配(ドミネーション)


 ロキの指が鳴らされたーーーー。


 静寂に包まる死の穴へ乾いた音が響き、反響するのと同じくして、シュライの身体からは力が抜ける。


 そして静寂を破るように、グランが叫んだ。


「離れろアステリオス!!」


「ーーーっ!!」


 同時に何かを察知していたアステリオスも、咄嗟にシュライから離れる。

 完全に力の抜けていたシュライは地面に崩れ落ちたものの、再び立ち上がろうとしているのか腕に力を込めて四つん這いになると、呻き声を上げて体を震わせ始めた。


「ぅううう・・・・」


「お、おい、シュライ」


「ぅうううううう・・・・・・・」


 アステリオスの呼び掛けに答えることなく呻くシュライ。

 突如、その背中が大きく膨らむ。


「ぅううっ!!ーーーぎゅあああああああああああああああ!!!!」


 ボコボコと、何かがシュライの体内を掻き回すようにして動き回り、それらが背中へと集まって行く。

 シュライはのたうち回り、体内の何かを取り除こうとしているのか、全身を掻き毟り、涎を撒き散らして金切り声を上げるが、体内の何かは更に勢いを増してシュライの背中を膨らませると、遂に、その背中を突き破った。


「ギュオアアアアアアアアアア!!!」


 現れたのは、黒い毛に覆われた四本の太い腕。

 シュライの顔や腕も黒く太い毛によって半分ほどが覆われ、口は飛び出て牙が伸び、頭の角も伸びて螺旋を巻いている。


「シュ・・ライ・・・?」


 眼を丸くして呟くアステリオス。


 阿修羅猿の力を植え付けられたシュライはその声を聞くなり、アステリオスへ飛び掛ったーーー。


「ギュアアアアアアアアアア!!!」


「待て!!落ち着くんだシュライ!!俺だ、アステリオスだ!!

 気をしっかり持て、負けるな!!」


 だが、シュライの動きが止まる事は無い。

 アステリオスは鋭い爪の生えた太い腕を躱すと、大剣を握り締めてロキへ斬りかかる。


「お前が死ねばシュライはまだ!!」


「ーーーあはっ!!」


「馬鹿!!避けろ!!」


 アステリオスの背へ六本の腕が迫り、振り返るアステリオスは防御のため、咄嗟に腕をクロスさせて顔の前へ突き出す。


 その直後、飛び散る赤い鮮血。


 六本の太い腕が貫いたのは、シュライの身体だった。


「し・・・しょう・・・」


 アステリオスにだけしか聞こえないようなか細い声でそう漏らしたシュライの眼から、光が消えた。


「シュライ・・・?」


 力無く倒れるシュライ。

 その頬は、涙に濡れていた。




 ********




「あはぁ・・、死んじゃったねぇ」


「・・・黙れ」


「まさか僕の支配下で意思が残ってるなんて驚いたよ。仲間の為に自ら死ぬなんてねぇ。どういうつもりなんだろ?」


「黙れ」


「だってそうでしょ?あんなに取り戻したがってた禅火を持ってる頃より、多分今の方が何倍も強くなってたんだよ?」


「黙れと言っただろう。お前にシュライの何が分かる」


「何が?そうだな、分からないし、興味も無いよ。

 あ、そうそう!じゃあ僕からも問題だ。

 さっき僕は君に嘘を吐いたんだ。何か分かるかな?」


「嘘・・・?知るか馬鹿。いいからその口を開くな」


「しょうがないなぁ、じゃあもう一つ問題です。

 僕の支配下で、意識があるなんて事が本当にあり得るでしょうか?」


「・・・・何が言いたい?」


「それを答えるのは君の役目だろ。

 じゃあもう一つ問題です。

 僕が、そんな役立たずの雑魚に力を与えると、本当に思いますか?」


「まさか・・・」


「分かったかな?その禅鬼は、君を思って自ら命を絶ったんじゃない。

 僕が、命じたんだ。

 “自分を貫け”ってね。ーーーあはぁ!!」


「なん・・だと・・?なら、何の為にシュライをーーー」


実験(あそび)だよ。阿修羅猿とその禅鬼が上手く融合すれば、面白い事が起こったかも知れないのに・・、そいつは阿修羅猿の力に負けたんだ。

 その証拠に、僕の霊核を取り除けばーーーーー」


 ロキは再び指を鳴らす。

 すると、シュライを覆っていた黒い毛、そして背を突き破っていた四本の腕が枯れたようにして萎れ、朽ち果ててしまった。


「ほらね。何も残らない。

 要は魔獣如きに負ける雑魚だったってことさ。死んで当然だろ?」


 傷だらけで果てたシュライを見下して、ロキが言う。


「ろす・・・・」


「ん?何だって?」


「お前はーーー殺す!!」


「待て!!無闇に突っ込んでも無理だ!!」


 怒りを爆発させロキに飛びかかるアステリオスは、グランの呼び掛けに耳を傾けようとはせず、一直線にロキの元へ駆け出し、頭上に掲げた大剣を振り落とした。

 ロキは退屈そうにそれを躱すと、ゆっくりと歩くようにして、だが実際には超高速にてアステリオスの懐へ入り込み、掌を突き出す。


「あはぁ、なかなかいい怒りだ。能力移植スキル・オペレーション


 掌底は無情にも怒りに震えるアステリオスを捉え、その巨躯を後方へと押し飛ばしてしまった。


「くそっ・・!アステリオスまで・・・」


 能力を植え付けられる、それは即ちアステリオスが敵になるという事。

 カナタ達二人と、ロキ達の人数差が遂に逆転することとなった。


「ゴハァ・・・、おい、お前らーーー!!俺の事はいい、すぐに逃げろ!!」


「何言ってんだ!!其奴に攻撃すりゃまだーーー」


「ああ、その事なんだけどね、多分もう手遅れだよ?怒りは、更なる怒りを決して拒絶しない」


「何、訳分かんねぇことを!!クフトだってまだ起きねぇし、シュライの時だって、変化するまでには時間がーーー」


 しかしロキの言葉通り、アステリオスの体を黒い体毛が覆って行く。

 短い二本の角は太く、長く伸び、足には蹄が現れた。

 元から大きかったアステリオスの体は更に膨らみ、筋肉の鎧を重ね着したように全身の筋肉が盛り上がると同時、息を荒くして、なんとロキへ襲いかかったのだ。


「どう言うことだ!?なんであいつに!」


「簡単な話さ。僕が与えたのは眼に入るもの全てを破壊し尽くす憤怒の魔牛、ミノタウロスの力。

 止められない破壊衝動はミノタウロスの生まれ持った力ーーー、種族スキルなのさ。

 こいつは僕の支配が及ぶ前に、僕から授かった力を使って僕を仕留めるつもりなのさ。

 言ったろ?怒りは更なる怒りを決して拒絶しない。

 もう直ぐこいつは、僕と君達の見分けもつかなくなって見境なく暴れ回るようになり、やがて僕の支配下に置かれることになる」


 アステリオスはミノタウロスの沸き起こる破壊衝動と力を自ら受け入れ、怒りに任せてロキへ襲い掛かった。

 それを聞いたカナタは、グランから聞いた最初の吸血鬼の話を脳裏に浮かべていたーーーー。

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