四十五、打ち所が悪かった死
「何つうパワーしてんだよ、あのガキ・・」
グランがエキドナを抑える中、アステリオス、シュライの二人は丸腰のロキへ向けて大剣と槍を使い猛攻を仕掛けていた。
だがシュライの槍は直ぐに折られ、アステリオスの大剣は片手で軽々と止められ、それを持つアステリオスの巨躯ごと投げ飛ばされてしまう。
カナタは百五階層と百六階層の境界に立ち、そんな事態を静観していた。
「あの女も強えけどグランほどじゃ無さそうだし、蛇にさえ噛まれなきゃ大丈夫か」
エキドナは髪の様に生えた蛇と、太い尾の先にある蛇、そして三叉槍を使いグランへ絶え間無く攻撃を仕掛けているものの、グランはそれら全てを掻い潜りエキドナへ攻撃を加える。
だが、竜のような鱗に守られたエキドナの防御力は高く、素早い攻撃を掻い潜りつつ何とか当てたような攻撃では、彼女へ致命傷を与えることは難しいようだ。
周囲の目を気にして戦うグランは吸血鬼の力を封印して不完全な部分竜化のみを使って戦っており、それが決定打を与えられない要因となってはいるものの、その容姿の不完全さが力の正体をロキに情報を与えないための助けともなっていた。
「にしても、グランは決め手に欠け、アステリオス達は明らかに戦力不足か・・・。
クフトが起きる前に何とかしないとヤバイんじゃねぇか?」
今ならーーー、いや、カナタが役に立てるとすれば、百五階層に敵が居る今しか無い。
カナタは背の不折剣に手を掛け、決心したように百五階層へ脚を踏み出す。
岩壁に衝突し立ち上がるアステリオスがロキに飛びかかると、それと入れ替わるようにしてシュライが宙を舞い岩壁へ衝突する。
手持ち無沙汰となったロキの視線が一瞬、百五階層に踏み出したカナタへ向けられるが、アステリオスの大剣から放たれる斬撃を躱すのと同時に視線もカナタから外され、アステリオスへ向けられた。
「ちっ、舐めやがって。だが、油断してくれてる今が最大の好機・・」
仮に能力を封じられようと、カナタにとって敵に一撃を加えるというのは呼吸するかの如く簡単なこと。
少年の言葉を信じるなら、封じられた力を取り戻すことも可能な筈。
物質変形の情報はガルーによって筒抜けになっている筈ではあるが、カナタは不折剣を竜包丁へと変形させた。
あからさまに変わって行く不折剣が見えていないのか、興味が無いだけなのか、ロキは先程とは逆に立ち上がるシュライと入れ替わるようにアステリオスを弾き飛ばすと、カナタを見ようとはせず、グランに苦戦するエキドナへ語りかける。
「エキドナァ・・、さっきから一体、何をやってるんだい?」
「もっ、申し訳ありません」
咄嗟にグランから視線を逸らして冷や汗を浮かべるエキドナは、一瞬、石化したかのように固まり、そこへグランの鋭い爪が襲い掛かる。
不完全とは言え、紛れも無い竜族の力を帯びた鋭い爪は、エキドナの頭部から生える蛇を、そして咄嗟に出した左腕を切り落とし、そしてエキドナの頬を大きく切り裂き、三本の太い裂傷を残した。
左腕を押さえつつ後ろへ飛び退いたエキドナはもう一度ロキを見ると、息を荒くして声を上げる。
「魔石竜化!!」
ビキビキと音を立てて膨れ上がるエキドナ。
その表面を覆って行くのは、黒っぽい石で出来たような鱗。
変形にかなりの苦痛を伴うのか呻き声を上げ、口からは涎が垂れ落ち、髪と同じく真っ赤な眼がその苦しさを物語るように開かれる。
巨大な黒竜となったエキドナの頭部に蛇の姿は見られないが、尾の方にはやはり巨大な蛇の姿があり、グランに切り落とされた左腕の役目を果たすよう、左側にて体重を支えている所だ。
そして、変形を終えたエキドナはグランへ向かい、鋭い牙の生え揃う口を大きく開けた。
その様子を黙って眺めていたグランは、突然何かを悟ったかのようにカナタへ向かい走り始める。
「カナタ!!ふぉーめぇーしょんBだ!!」
それを聞き取ったカナタは、咄嗟に行動を開始する。
不測の事態に備え、カナタとグランが夜な夜な打ち合わせた幾つかの作戦の内の一つ、フォーメーションB。
やる事は単純明解。
不折剣を変形させ、グランを待つ。
ただそれだけだ。
幅広の円形、つまり不折剣を盾のような形へ変形させて待つカナタの元へやって来たグランは、カナタに代わり不折剣の盾形態ーー、神盾と名付けられたそれを持つ。
絶対に折れない剣。
変形させればそれは当然、絶対に破壊されない盾となる。
だが、如何に壊れない盾とは言え、力の弱いカナタがそれを持ち、盾を弾き飛ばされてしまっては何の意味も無い。
その為グランはカナタに代わって盾を構え、カナタはと言えば、少しでも力を受け流し易い形を探るため、グランに質問する。
「何が来るんだ!?」
「あのマナの集まり方はブレスだ!何か嫌な予感がする」
ブレスーーー。それが竜之吐息の事だと悟ったカナタは、円形に広げていた盾の中心部を細く突き出し、正面からの超高密度エネルギー波を最小限の力で受け流す為、新幹線のような流線型の盾に作り変えた。
直後、黒竜となったエキドナの口からブレスが放たれる。
グランの不完全なものもは違う、竜種本来の力が込められたエキドナのブレス。
広範囲・・というより、通路全体を覆う灰色のエネルギー波は、シュライやアステリオス、そして盾を構えたカナタ達へ襲い掛かる。
「なっ・・これヤバいぞ!!カナタ、盾をもっと広げてくれ!!後ろにもだ!!」
「おいおい、まさかこんなに早く神盾の真の姿をーーー、なんて言ってる場合じゃなさそうだな!!任せろ」
不折剣は球状に広がり、全方向を護る極薄の盾へと変形して行く。
そしてブレスが直撃する直前、完全に閉じ掛かった神盾の隙間を縫うように、巨大な影が滑り込んだ。
「俺も入れろ!!」
腰の辺りを引っ掛けつつ叫ぶのは、ロキによってカナタ達の近くに飛ばされていたアステリオス。
カナタは神盾の穴を少し広げてアステリオスを中へ招き入れると、シュライのことを脳裏に浮かべつつも、直ぐに隙間を塞ぎ地面に手を当てる。
普通の盾であればこのままグランが力尽くで押さえていれば良いのだが、足下まで含め球状にしてしまうと、攻撃を受けた時、踏ん張りが利かず激しく転がることになる。
そこでカナタは思考を巡らせる。
一つ目に思い浮かべたのが今やっている通り、足下部分だけは神盾を展開させずグランが押さえる方法。
だがこれでは不完全な理由が、直ぐに明らかとなったのだ。
(ーーー煙?)
力尽くで押さえつけているだけでは、神盾と地面の間にはどうしても僅かな隙間が出来てしまう。
其処から侵入したのは、灰色の煙。
それがグランの足に触れた瞬間、なんと石化現象を起こしたのだ。
只のエネルギー波ではなく、石化効果を伴うブレスーーー。
それが、エキドナが放ったブレスの効果だった。
侵入した煙の量が僅かだったのが幸いしたのか、今はまだ足の前面だけの石化で止まってはいるが、そのまま放置すれば、神盾の中は忽ち灰色の煙で満たされてしまうだろう。
其処でカナタは別の方法を模索し、二つ目の作戦を浮べる。
(やっぱ力に逆らうことをせず、完全な球形に変形させ攻撃を受け流しつつ転がって逃げるっつうのはどうだ?
ーーー待て待て。
ちゃんと考えろ俺!それだけ聞けば成功しそうなもんだが、不折剣はかなり硬い物質だ。
ブレスを受けた勢いで転がれば凄えGが掛かるはずだし、壁にぶち当たった時の衝撃は完全なる交通事故、もしくはそれ以上!
グランやアステリオスは兎も角として、多分俺は成す術なく頭とかを打ち付けられることになる。
もし打ち所が悪ければ・・なんてもんじゃ済まない重傷を負うことになんだろ。
寧ろ重傷で済めばラッキー・・・、ほぼ確実に死ぬ!
この作戦を決行した場合、俺の死因は“打ち所が悪かった死”だ。
いや違うな?打ち所が悪かった死は、死ぬ程の衝撃じゃないのに打ち所が悪かったせいで死ぬ奴のことだからーーーって、どうでもいいわ!
ダメダメ!次だ!)
盾と地面の隙間を物質変形で埋める、このままブレスの中を逆行してエキドナの側まで近づく、神盾の一部を伸ばして地面にはめ込み、釘を使ったようにして固定するなど、様々な考えを浮かべる中、神盾の中に滑り込んで来たアステリオスが叫ぶ。
「おいお前、物の形を変えられるんじゃなかったのか!?早く下に穴を開けろ!
このままじゃ全員石にされて終わりだぞ!!」
「あっ、そっかーーー!!
グラン!もうちょい神盾を押さえててくれよ」
「ぐぬぬぅうう・・・任せろ!!」
グランの脚の石化は先程よりも明らかに広がっているが、グランはそれを気にする様子も無く、前傾姿勢になってカナタが神盾の内側に設けた取っ手を握り締め、神盾が飛ばされぬよう押さえつける。
カナタは地面に手を当てると、直ぐに神盾と同じ大きさの窪みを作り、地中へと逃げ込んだ。
穴を塞ぎ、魔法陣にて光を灯したカナタは一息吐くと、ヘタリ込むアステリオスとグランを見る。
「ふぅ、助かったよアステリオス」
「はぁ、はぁ・・・。いや、俺も助けられた。まさか石化の吐息を吐くとはな・・・。シュライの奴も逃げてるといいんだが」
カナタが最後に見た時、シュライはロキに攻撃を仕掛けるため、エキドナより後ろに居た。
位置からすれば石化は免れている筈だが、ロキとエキドナ二人を相手に、力を失ったシュライが勝てる道理は無い。
せめて逃げ延びていてくれと願うように、アステリオスは拳に力を込めた。
「兎に角、時間を使い過ぎた。グラン、今の内に早く切り落とすんだ。早く行こう」
「いいのか?」
切り落とすーーー。
それはつまり、石化した脚を斬り落とし、再生するということ。
延いては、グランに吸血鬼の力を使えと言っているに等しい。
この異世界において再生能力を持つ生物が吸血鬼の他に存在しないとも思えず、脚を再生したからと言ってグランが吸血鬼だと断定されるとも思えないのだが、今のカナタの頭にそのような事は無く、吸血鬼だとバレるよりも、早く行動することのほうが重要だと判断していた。
「どうせそんな脚じゃ闘えねぇし、上であのガキに力を見られるより、ここで治しとけ。
この先は本気でやらねぇとヤバそうだしな。
それにもしお前が吸血鬼なことがバレてバロンに居られなくなりゃ、別の町に行けばいい」
その言葉を聞いたグランは迷わず、鋭くした爪によって自らの両足を切り落とした。
「なっ・・・」
アステリオスは思わぬ光景に驚きを隠せない様子ではあるが、グランやカナタを不審がったり敵視するような目を見せることは無く、それどころか、何処か希望を取り戻したような目でグランを見ていた。
何故ならそれは、エキドナと戦うグランを見ていたから。
実力者であるグランの両足が石にされ、物質の形を変えられるだけのカナタと、生死不明のシュライ。
これだけの戦力でロキとエキドナを相手に戦うことは到底不可能のように思えていた。
「再生能力と壁に穴を開ける力か・・・これなら逃げる事くらいは出来るかもしれんな」
「逃げる・・?逃げてどうすんだよ?」
その言葉を発したのは、意外にもカナタだった。
「どうする・・だと?もうもこうも、あいつらーーー、特にあのガキは異常だ。このままじゃ全滅するだけだぞ。
クフトのことはあるが、今はシュライを連れて逃げるしかない。」
「そんなのやってみないと分かんないだろ?俺もグランもまだ本気じゃねぇんだしさ。そうだろ、グラン?」
「当たり前だ!あんな奴らに竜神の遺産は渡さねぇ!!」
「遺産・・・?」
上階でのクフトとカナタの会話の中に、ロキとエキドナは既に開かずの扉を開けているかもしれないというものがあった。
実際に遺産を狙っている可能性は大いにあれど、ロキが此処に居た目的はアステリオスやシュライの力を奪う為に他ならなかったのだ。
遺産という言葉を聞いたアステリオスは、友であると思っていたクフトの裏切りを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「兎に角、早く行こう。遺産もそうだが、シュライが危ねぇ」