四十四、エクト
グランから思わぬ言葉が発せられた。
「ーーーどういうことだ?」
「霊核だ。今、俺やカナタが新しい能力を覚えらんねぇのは、霊核が足りてねぇからなんだよ。
特級魔法や加護、種族スキルみてぇな力を扱うにはそれに見合っただけの霊核が必要になる。
霊核は修行して強くなれば少しずつ増えるから、自分が強くなれりゃ、新しい力を習得出来るようになんだ」
突如として始まるグランの講座に、ロキは意外そうな顔を浮かべて聞き入る。
力を奪われたアステリオスやシュライはエキドナの様子を伺いつつ腰を低くして構え、クフトは何か思うところがあるのか、身体をロキ達に向けたまま静止する。
「つまりスキルポイントみたいなもんで、霊核を十しか持ってない奴が十一の霊核を必要とする能力を覚えるのは無理ってことだろ?
なら尚更こいつが皆んなの力を奪って自分の物に出来るわきゃねぇだろ?
こいつの能力は多分特級魔法だ。ならそれ相応の霊核ってのを必要とするはず。
それに加えてニケやアステリオス達の力を奪って自分の物にするなんざ、都合が良すぎねぇか?」
「いや、多分出来るんだ。此処に来る前、俺はデスバッドと闘っただろ?」
「それがなんだってんだ!?」
「デスバッドは戦いもしねぇで洞窟に篭ってんのに強くなれる。
その方法は配下の蝙蝠を喰うことだ。
それは多分、デスバッドが吸血蝙蝠の霊核を食ってるからなんだよ」
「そっ、そうなのか・・・?
いや、だからそれがなんだよ!?今はデスバッドの話しなんかしてねぇだろ!?」
「話はこっからだ。俺がデスバッドを殺した後、その奥にはデスウォーカーって魔物が居やがったんだ。
デスウォーカーはデスバッドが進化したやつで、俺が殺したデスバッドは、生まれたてだった」
「デスウォーカー・・・?」
初めて聞く魔物の名前にカナタが困惑する中、クフト達やロキはその名前に反応を見せた。
「へぇ・・・、あいつ、やっと生まれたのか・・・。なら、もう直ぐここに来る頃かな?新しい力もちゃんと回収しとかないとねぇ」
焦ったような表情のクフト達を見て気味の悪い笑みを浮かべるロキに、グランが続ける。
「やっぱそうか。
もともとあの巣に居たデスバッドを強くさせたのはお前だな?」
グランはロキを見てそんなことを口にする。
「あはぁ、よく分かったねぇ。
ーーーそれで、どうだった?僕の作ったデスウォーカーの成長具合は」
「ちょーー、待て待て!だから、それとこいつが皆んなの力を奪って自分の物に出来るのとどう関係があるってんだ!?」
ここまで黙って話を聞いていたクフトが顎に手を当てて続きを推測する。
「なるほど・・・。グラン君が言いたいことが分かってきたよ。
要するに、この少年は他人の霊核を奪って自分の物に出来ると言いたいんだね?
相手の能力を封じる際、霊核に干渉するような類いの力を行使しているんだろうね。
奪われた力を取り戻すには一定時間内に攻撃を与える必要があるのと言うのも恐らく本当で、封じた能力を自分の物にする時、奪った能力と霊核を自分の霊核と馴染ませる時間が必要なんだろう」
「ああ、多分な。アステリオスやシュライの禅火ってのは魔法じゃなくて種族スキルだろ?
そんでニケの特級魔法やアステリオスの雷魔法も封印された。
霊核を奪えるなら多分、加護だって奪えるはずだ。魔物を強くしたり操ったりしてんのは霊核を他人に移動させられるからだろうな」
特級魔法であるグランの血族之王ですら吸血によって奪えるのは種族スキルだけだと言うのに、目の前の少年は敵の能力を種類を問わずに封じ、そして奪い、他者へ植え付けることが可能だという。
グランと似たような能力者が居るのだろうと軽く考えていたカナタはそれを聞き、目の前の少年、真神教幹部、神徒ロキに対する認識を改めざるを得なかった。
そんな中、ニヤついていたロキの顔から表情が消えて行く。
「全く・・・、誰の許可を得て話の腰を折ってるんだい?
僕は心が広いからそれくらいで怒ったりはしないけど、失礼じゃないか。
僕は、デスウォーカーについての感想を聞いてるんだ。
それに君、子供にしては・・・というより、霊核の事なんて知ってる奴は限られる筈なんだけどねぇ。
まぁいいか、それでデスウォーカーはどうだった?」
「デスウォーカーは俺が倒したから此処には来ないぞ?というか、俺が此処に居る時点で分かんだろ」
「デスウォーカーをーーー倒した?
お前みたいな子供が僕のデスウォーカーを・・・?」
グランの返答により、見る見る表情を変えて行くロキ。
明らかに怒気を含んだその様子を見たカナタはクフトに問い掛ける。
「デスウォーカーってのは何なんだ?」
「千年生きたデスバッドは吸血鬼をも凌ぐ程強い、そういわれる所以がデスウォーカーさ。
眼に止まる者を襲い続け、その力を奪って成長するまさに最悪の悪魔。
デスウォーカーの通った後に残るのは、死のみ。
だからこそ、デスバッドの巣は発見され次第駆除の対象となっているんだよ。
もし、グラン君が倒してくれていなければ、此処へ到達する頃には、手がつけられなくなっていたかもね」
そうそうある筈の無い力を持つ者が、カナタが知るだけでも三人居ることになる。
それにはグラン自身も同じ思いを抱いたようで、そのクフトの説明を聞いて驚いた様子だ。
「ちょっと待て、デスウォーカーの力ってロキが貸してやってた力じゃなくて、元々あいつが持ってた力なのか!?」
能力は鍛えれば強くなる。
そうソフィアから教え続けられたグランにとって、ロキの能力が完全に自分の能力を超えていることに、何ら疑問を抱いて居なかった。
長く修練を積み血族之王を鍛えれば、いずれ更に強力な能力となることを知っているからだ。
しかし、デスウォーカーの場合は話が別。
恐らく生まれて間もないであろうデスウォーカーは、ロキに与えられるでも無く、グランの特級魔法を超える力を持っていた。
吸魂ーーー。敵を食べることで霊核を取り込むその力が、特級魔法ですら無く、ただの種族スキルだと言う。
いや、正確にはグランはデスウォーカーの吸魂が種族スキルだと知ってはいた。
だからこそそれを、魔物を強く改造することの出来るロキによって与えられた力だと考えていたのだ。つまりグランとしては、デスウォーカーとはロキの手によって作られた特製のデスバッドの進化形態であり、本来であれば存在しない筈の生物なのたと認識していたのだ。
普通であれば、敵の力を奪うなどという都合の良い力を持つ者がこれ程短期間に現れることなどあることでは無い。
では、何故そんなことが起こり得たのか?
それは決して偶然では無く、ロキがデスウォーカーを意図的に誕生させたから。
ロキ自身が口にした通り、それはこの場の全員が理解している。
では、何故ロキはデスウォーカーを誕生させたのか?
それには、百五階層にて暴れている多くの魔物達とは全く別の目的があったのだ。
「デスウォーカーが殺された・・・?わざわざ、時間をかけて護衛のデスバッドまで作ったってのに、デスウォーカーが殺されたのか?
僕のデスウォーカーが・・・?こんな子供に・・・」
これまでに無い様子で取り乱し始めるロキに、先程の攻防の後、ロキの背後にて控えていたエキドナの顔が曇る。
「そう言えばさっき、デスウォーカーの力も回収とかって言ってたよな・・?自分の力を強くするためにデスウォーカーを作ったってことか?」
「当たり前だろう・・・!!霊魂や霊核に干渉できるような力を持つ者は多くない。
だからこそ手間と時間を掛けてデスウォーカーを作ったっていうのに、それをお前は、殺しただと!?
あの力を吸収すればーーーッ、どれだけ僕の力が強まったと思ってるんだ!?
お前はーーー、お前だけはぁあああ!!!」
激情にかられるロキに、エキドナを含めた全員に戦慄が走ったその時だったーーー。
又してもロキの表情がガラリと変わる。
「あはぁ・・・、なぁんてね。驚いた?」
再びニヤつき始めたロキは、人差し指を立てて言葉を続ける。
「さて、僕は、僕の邪魔をする奴が大嫌いです。僕は、自分を強くするためにデスウォーカーを作りましたが、デスウォーカーは殺されてしまいました。
ですが、僕はこれっぽっちも怒っていません。あ、少し驚いたのは本当だけどね。
ここで問題です。
何で、僕はこれっぽっちも怒っていないんでしょうか?」
そう言って笑顔のまま固まるロキ。
誰も答えようとはせず様子を見守る中、カナタが口を開く。
「もうデスウォーカーの力を奪う必要は無くなったからーーー?」
カナタの答えを聞いたその時、ロキの口角が急激に吊り上がったーーー。
「せいかぁい。
では次の問題です。
何故、デスウォーカーの力が必要無くなったでしょう?」
「デスウォーカーよりも・・・強い力を奪ったから」
「んんんん、惜しい!!
まあ正解でいいや。
正確には、デスウォーカーよりも強い霊魂に関与する力を奪ったからだ。
では最後の問題です。それは、いつ、誰から奪ったでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、アステリオスとシュライが絶望したような顔を浮かべたーーー。
「ま・・・まさかっ」
「禅火か!?ーーークソが!!」
「禅火が?クフトさん、どういうーーーー!?」
シュライ、アステリオスの両名は武器を握る手に力を込めてロキへ飛び掛かり、間に現れるエキドナと戦闘になる。
事態を飲み込めないカナタがクフトへ問い掛けた時、信じ難い光景を目の当たりにする。
背中に背負った長刀を抜いたクフトが、ロキではなく、グランへ斬りかかったのだ。
「グラン!!避けろぉおお!!」
未だに一人百六階層に残るカナタにはただ叫ぶことしか出来ない。
グランは只ならぬ気配を感じ取ったのかカナタの声に反応したのか、どちらとも言い難いタイミングで屈んでそれを回避し、地面を蹴って反撃を繰り出す。
しかしクフトも又それを軽々と避けて見せると、エキドナやアステリオス等を飛び越え、なんとロキの真横へ着地した。
一早く全てを悟ったアステリオスやシュライに続き、カナタやグランも状況を把握。
少しでも早くロキから能力を取り戻したいタイミングであるアステリオス達は絶句し、エキドナから距離を置いてもう一度状況を把握するためにクフトを見る。
「嘘だろ・・・?クフトが俺達を・・・」
「クフト、お前どういうつもりだ!?」
全てを悟り絶望と怒りが渦巻く中、僅かな希望に縋るようにクフトへ問いただすのはアステリオス。
死線を潜り抜けた友が、ロキによってただ操られているだけだと信じるように。
「何って、見たままだよ。俺はアステリオス、お前の力を手に入れる為にロキに協力した。ロキは、霊魂へ影響を及ぼす炎、禅火を手に入れる為、俺に協力した。
それだけだよ」
願いを打ち砕くように、クフトから淡々と言い放たれる言葉に、アステリオスは心を決めた。
「通りでそのガキが俺の名やら力まで知ってた訳だ・・・。此処に来ようと話を持ちかけて来たあの日からお前はーーーー。
クフト、覚悟はいいな?」
「覚悟・・・一体何の覚悟だ?
豪傑揃いの禅鬼の中にあって最強の肉体を持ち、唯一の魔法使いでもあったアステリオス。そして、並外れた禅火だけが取り柄だったシュライ。
最早、お前達に出来ることは何も無い」
クフトは武器を握るアステリオスとシュライから視線を外すと、ロキへ語りかける。
「約束通りシュライの禅火は手に入れさせてやった。次は俺がアステリオスの力を貰う番だ。
約束を破ればどうなるか分かっているな?」
「分かってるさ。それじゃあ始めるけど、ーーー死なないようにね?」
ロキはニヤけると、刀を納めたクフトへ向けてゆっくりと歩き、立ち止まると、その腹部へ向けマナを纏った掌底を打ち出した。
「能力移植」
何の助走も無しに繰り出された掌底は、クフトの身に付けた魔獣の鱗で作られた防具を粉砕させると、それを中心に波状の紋様を中空へ広げ、クフトを超加速させて後方に押し飛ばす。
百五階層の壁へ衝突し粉砕させたクフトには既に意識は無く、深く抉れるほどの腹部への圧迫により、大量の吐血を伴いつつ、クフトは顔面から地に伏した。
「クフト・・・ッ、おい、お前!クフトに何をした!?」
「何って、さっきあいつが説明してただろ?そこのデカイ奴の雷魔法を移植したんだよ。
力を取り戻したいなら、其処で倒れてる其奴を殺せばいいから好きにやってよ」
「何だと?お前、クフトを何だと・・っ!」
「何って何だよ。其奴にアステリオスって奴の魔法を渡すって約束を破ると、僕に呪いの力が振り返るって契約だったんだよ。
約束は果たしたし、禅火も手に入れたからもう僕には関係ないね」
「な・・・」
「止めろシュライ。
其れより今は俺とお前の力を取り戻すのが先だ。時間に制限があるなら、まずは俺とお前であのガキをやるぞ。
クフトは後だ」
「あ、ああ!」
「グランだったな?お前も力を貸してくれるか?あの女を頼みたいんだが・・・」
「いいぞ、任せろ!」