十九、バロン王国国王及び六獣騎士筆頭並びにバロン王国騎士団団長
カナタ達がクルベーラ地下大迷宮に潜っている中、王都バロンにはニケより命を受けティキ村を出立した二名の騎士が到着していた。
彼等によって齎された情報は城の門番へ伝えられ、すぐ様バロン王国国王及び六獣騎士筆頭並びにバロン王国騎士団団長であるレオル・A・レイフィールドへと伝わった。
現在、山の裾野に聳えるバロン城の内部、王の間にはニケを除く六獣騎士が集結している。
「たった今、ティキ村よりニケの命を受けた駐在の騎士二名がこのバロン城に現れた」
静かに、だが、広い王の間全体に轟くような重みのある声を発するのは、他でもないバロン王国国王レオル・A・レイフィールド。
玉座に座り圧倒的強者の風格を漂わせるその姿はまさに“王”。
黄金の鬣を蓄えたその姿は妖精というよりも獣人や人に近く、筋骨隆々たる肉体には夥しい数の傷が刻まれており、その目には見る者全てを畏怖させるような迫力を宿している。
玉座に座るレオルの目前に片膝を着く四名の六獣騎士は二列になって前後に分かれており、前列の二名はレオルのように人に近い姿をしている。
「ではニケは!!」
その内、口を開いたのは後列に座る金色の短い鬣を持つ妖精猫族の六獣騎士、レオルの息子でもあるレオだった。
ニケが姿を消すのは珍しいことでは無いのだが、任務を遂行するためとは言え異常が起きている森へニケを置き去りにし、未だにその姿を見つけられないでいることに焦りを感じていたのだ。
そんな中でニケが放ったという伝令が現れたと聞いたレオは安堵のあまり声を上げるが、それを落ち着かせるように前列に座る六獣騎士の女性が口を開く。
「落ち着きなさいレオ。あの子が無事なのは分かりきったことです。
問題はニケの放った伝令について。
まさか、迎えを寄越せなどと言う為にティキ村の駐在兵を伝令に使いはしないでしょうし、何より些細な事で我らが集められるわけもない。
非常時にこそ、落ち着いて行動しなければなりません。分かりましたね?」
六獣騎士であると同時、昔からレオ達三名の教育係でもある彼女はレオを諭すように、穏やかな口調で語りかける。
「その辺にしといてやれラミス。レオはリーダーとしての自覚があるからこそニケを心配して探し回ってたんだからな。それより、本題に入るべきだ」
レオ達の教育係ラミスを諭すのは、その隣でレオルに片膝を着くゼノスという男。
ゼノスは小麦色の毛に雷のような黒い縞模様の入った逆立つ髪型をした獣人風の男で、レオルに負けず劣らずの屈強な肉体と精悍な顔つきをしている。
彼は六獣騎士と王を兼任するレオルに代わって六獣騎士の纏め役を担う副官的な存在であり、実際にバロン王国騎士団の副団長も務めている。
ゼノスの言葉を受けたラミスは、ニケと良く似た悔しそうな表情を見せると口を紡ぎ、それを確認するとレオルが話を進める。
「伝令によると死の穴に只ならぬ二人組が現れたそうだ。
森に起きている異変との関連を調べるためにティキ村に駐在する騎士四名とBランク冒険者四名のパーティ、計八名が調査に向かったが、迷宮に現れた女と子供を相手に一瞬で敗走したらしい」
それを聞かされた六獣騎士の中で動揺する者は一人も居ない。女性であろうと子供であろうと、強い者がいる事は六獣騎士達自身が体現しているのだから当然であった。
一同は、無駄な時間を浪費する事なく迷路に現れたという二人組について思考を巡らせる。
「駐在の騎士とシルバープレートが一瞬でとなると、最低でも一人がAランクの冒険者に匹敵するか・・・。それで、生き残りは何名居るのでしょうか?」
一同を代表するように、副官であるゼノスがレオルへ問い掛ける。
「Aランクで済めばよいが・・・。何でも、探索に入った八名と戦ったのは二人組の内、女一人だったようでな。
更にその女は一緒に居た子供にえらく怯えていたらしい。
女だけを見てもAAランク、ミスリルプレート以上の実力を備えていると思った方が良いだろうが、子供については一切が未知数。極夜鋼プレート以上の可能性もあり得るだろう。
村に戻ったのは冒険者のリーダーの男が一人だけだそうだが、生死不明の者が他に四人。
まず女の力で石化させられた者が二名、そしてその場を離脱した手負いの者が二名だ。
そこでだ、ラミスの察しの通り汝等には早急に頼みたいことがある。
森の異変や二人組の調査もそうだが、村に戻った冒険者のリーダーの男からそれを聞きつけたニケ達は、どうやら生死不明の四名の救出を目的とし迷宮へ向かったらしい」
「ニケが迷宮へ!?如何してそんな無茶をーーっ!!」
「落ち着きなさいレオ。
それよりレオル様、ニケ“達“とはどういうことでしょう?あの子がそのような危険な場所へ駐在兵や冒険者を引き連れて行こうとするとは思えませんが」
「俺も詳しくは知らん。だが伝者が言うにはニケを助けたという漆黒の髪の青年と、ニケの弟子を名乗る魔道士の少年が一緒に居たらしい。
村に戻った冒険者のリーダーを案内役として四名で死の穴へ向かったそうだ」
「弟子?・・・変ですね。
あの子に弟子など居ないはずですが・・・」
「漆黒の髪・・・」
「どうしたレオ、心当たりでもあるのか?」
漆黒の髪という言葉に反応を見せたレオにレオルが問い掛ける。
「ハッ。数日前、王都にて獣車を引く狼馬が暴れ出すという事件があり、その時横転した獣車に轢かれそうになっている猫人族の少女が居たのですが、その時には我等と獣車の間にはまだ少し距離があり、手遅れだと判断して半ば諦めておりました。
しかし、どういう訳かその少女は獣車の前から忽然と姿を消し、そして生きていたのです」
「ふむ、それをやったのが漆黒の髪の青年だと?」
「確証は持てませんが恐らくは・・・。我等が事態を収めた後、その直ぐ近くの建物の隙間から少女と共に身を乗り出して居たのがその男で御座います」
一々見た者の姿を全て覚えているはずも無いが、街中で狼馬が暴れ出すという事態はそう起こるものでは無く、それ以上にこのバロンには黒髮の者など滅多に居ない。
そのような理由からレオは一目見ただけのカナタの姿をハッキリと覚えていた。
「ならばニケを助けたというのはその者で間違いなかろう。
漆黒の髪の者などそう居るものでもあるまいし、特級魔法の使い手ならレオの見た現象にも合点が行く。
大方、森で迷っておったニケをその青年が見つけてティキ村に案内したという所か・・・。
特級魔法の使い手が居るのなら、ニケがその者を伴って死の穴へ向かったのも頷けるしな。
弟子の正体は分からんが、ニケが迷宮への同行を許したのだから実力者なのは間違いあるまい」
レオの見た情報やニケの行動パターンなどから、それらを見事言い当てるレオル王。
王の言葉を聞いたレオは強張っていた表情をほんの少しだけ和らげた。
二人組の正体は分からぬままだが迷宮内部でのニケの強さに疑いを持つ者はおらず、更に実力者だと思われる二人に道案内の冒険者まで共に行動しているのだから、鬼に金棒のような状態である。
しかしレオルは、ただーーーと続ける。
「その者達が迷宮の二人組と仲間という可能性もあるだろう。
迷宮に現れた者達がもしバロンに敵対する者だとするなら、漆黒の髪の青年を使って六獣騎士であるニケを誘い出し始末する気かもなのしれん。
更に迷宮に現れた二人組と、今ニケと共にある二人組が同一人物の可能性すらある。
考え過ぎだとは思うが、やはり汝等には死の穴へ急いでもらうぞ。
与える任務は第一にニケの安全の確保、次に情報収集だ。特に迷宮の二人組と漆黒の髪の者の正体についてのな。
場合によっては戦闘及び危険人物の殺害を許可するが敵の正体が分からぬ以上、決して深追いはするな。
その他の判断はゼノスに一任する。
ーーー良いな?」
「「「「ハッ!!」」」」
王国レオルより命を受けた六獣騎士は、こうして死の穴へと放たれた。
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六獣騎士が死の穴へ放たれてから約半日ほど経過した頃。カナタ達はと言えば、クルベーラ地下大迷宮の三十ニ階層にまで辿り着いていた。
カナタは自分に妙な嫌疑が掛っていることなどつゆ知らず、初めて見るものばかりの迷宮を安全な場所から観察し楽しみ始めている。
安全な場所と言うのは勿論グランとニケの中間地点であり、普段は居るはずのない強力な魔物に対して先頭で身構えるガルーを他所に、それらを次々と瞬殺していく二人の間にいるカナタは、超リアルなRPGをプレイしているような気分になっていた。
今し方も迷宮を照らす輝石が透明に結晶化した“輝晶”という眩い光を放つレアな鉱石に体を覆われた素早いドラゴンが現れ、それをグランが倒したばかりで、周囲には輝晶が飛び散って迷宮内を目が眩むほど明るく照らしているせいか、SFのような雰囲気がより一層高まっている。
輝石の光では何とも無かったグランもこの輝晶の光は苦手なようで、輝晶竜が現れた時から、首まで降ろしていた口元を覆う黒い布を目の直ぐ下まで上げ、光を避けている。
「それにしても凄い光りだな。どんな原理で光ってんだよこれ」
直視出来ないほどの光を放つ輝晶に目を細くして進むカナタにニケが答える。
「輝晶はマナや魔素を光に変えて輝いてるので、天然の光魔法みたいなものなのです。
名のある魔法学者がこれを真似て水晶に光の魔法陣を組み込んだ人工の輝晶、“光石”という物を作ったことで、洋燈などに広く使われるようになったです。
けれど天然の輝晶の明るさや硬さ、性能は物が違うので、かなりの高値で取り引きされてるらしいのです」
「それに、その希少な輝晶を体にくっつけてる輝晶竜はとんでもなく希少で滅多にお目にかかれるモンじゃねぇ!
がぁーーーっはっはっ!
・・・・・・ゴホンッ。とにかく、俺も見るのは始めてだし、こいつら、噂ではこの迷宮の八十階層より下を生息地にしてるみてぇだぜ?」
どこの世界でも親父はしょうもないギャグを言わねば気が済まないらしいことと、周囲に散らばる輝晶の思わぬ価値を知ったカナタ。
この輝晶は貴族や富裕層御用達の高級洋燈の原料として使われ、魔素やマナを元に光るだけでなく太陽光を蓄える力まで備わっているため放って置いても半永久的に輝き続け、グランの反応を見ても分かるように、アンデッドや魔物を遠ざける効果もあるようだ。
希少さ性能共に売ればかなりの高額になるのも納得の品なのだが、今は全てを回収している暇など到底ない。
止まらずに拾える物だけでも回収出来ないかと考えていると、ガルーが不思議そうにグランを見て声をかける。
「どうしたボウズ?」
それを聞いたカナタは、輝晶の光を嫌がる様子を見せたグランの正体について勘付かれたのではないかと内心焦りを感じるが、どうやらそれは杞憂だったようである。
グランを見ると足を止めて何やら輝晶の飛び散る先の壁を眺めており、ガルーはその様子に疑問を覚えただけであることが直ぐに分かった。
「輝晶竜の気配で気づかなかったけど、あの岩の向こうに何か居るな」
「壁の向こうーーー、ダメだ輝晶竜の血の匂いしかしねぇ。嬢ちゃんにも感じるのか?」
三人はグランの視線の先を見るが、そこは何の変哲も無い迷宮の壁があるのみ。
カナタは当然としても、そこを注視するニケやガルーでさえ生物の気配は感じないようで、ガルーの問い掛けにニケは首を横に振る。
「多分これ死に掛けてるぞ?ニケ、そこの壁だ」
ニケは言われるがままに、杖を壁へと向けてグランの指差す場所の壁に穴を開ける。
普段であればグランの言うことなど絶対に聞きはしないであろうが、その表情から冗談や嘘の類いで無いと判断し、素直に従ったようであった。
そして、壁に開いた穴の深さが三メートルほどに達した時、杖を持つニケの手がピクリと動く。
「空洞なのです」
マナを温存するためか、大規模な穴ではなく人一人が立って歩ける程度の大きさしかない穴の外からは、奥深くのそれを目視する事は出来ない。
だがニケがそう言った矢先、ガルーの鼻が中に居るも者の匂いを嗅ぎ当てた。
「メイナーーー!こりゃメイナの匂いだ!!それに一緒にいたティキ村の騎士も居るぞ!!早く助けねぇと」
「どいてろおっさん、俺が行く!」
内心では諦めかけていた仲間が直ぐそこに居る。
ガルーはニケの開けた穴へ向かい走るが、グランはそれを抑制し、体の小さな自らが穴へ入る。
穴の中に開いた空洞は直径二メートルほどの半球型で、そこには全身が傷だらけになった深紫色の髪の猫人族の若い女性と、同じく傷だらけの妖精猫族の騎士が横たわり、意識を失っている。
「居たぞ!!」
グランは空洞の中から外へ向けて叫び二人を抱え上げ穴から出ると、外で待ち構えて居たニケの前に二人を降ろして仰向けに寝かせる。
「メイナ!!ーーーおい、メイナ!!」
仲間の元に駆け寄ったガルーは、風前の灯火となっているメイナの手を握って声をかけ、ニケを見る。
「お嬢ちゃん、メイナはーーーメイナ達は助かるのか!?」
ガルーは取り乱しながらも治療の邪魔をせぬよう、体を避けてニケを通す。
ニケはぐったりとする二人の姿を見比べると、より重症であると判断したメイナの鳩尾付近に手を置いて唱える。
「光よ、この者に癒しを。光治癒なのです」
するとニケの手が置かれた周囲は光で覆われ、その光に接している部分の傷が見る見る塞がって行く。
ニケは深く傷ついている部分から優先するように手を動かして次から次へと傷を消して行き、それを見るガルーからは感嘆の声が漏れる。
その様子からはニケの治癒魔法に対する技術が相当高度なものであることが伺えるが、カナタが内に抱いた感想は“遅い”の一言であった。
ソフィーの治癒魔法しか比べるものが無いカナタにとっては、手を触れる事なく、それも一瞬でカナタの傷を癒してしまったソフィーの治癒魔法と比べれば、ニケの治癒魔法が遅いと感じてしまうのは当然のことであった。
何せ、ソフィーであれば二人同時に一瞬で治癒を済ませるのも容易なのではと思えるほどなのだから。
それはグランにしてみても同じ事のようで、ソワソワとした様子で遂にはニケを急かし始めてしまった。
「おい、そんなチマチマやってたら二人とも死んじまうぞ!?こうもっと、パッと治せねぇのかよ!?」
「素人は黙りやがれなのです。ニケの治癒魔法は師匠譲りの超絶技巧なのです」
「嬢ちゃんの言う通りだぜ?無茶言うんじゃねぇよ。
俺も体験したから分かるが、これ程の治癒魔法は滅多にお目にかかれるもんじゃねぇ。
今は邪魔をしねぇことが第一だ」
例えニケの治癒魔法が遅かろうとも、この場にメイナを治せる者はニケを除き他に居らずグランに出来ることと言えば周囲の見張りくらいのものだ。
ガルーの一言でそれを理解したグランは、喉まで出かかった言葉を飲み込み周囲の警戒にあたる。