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GOOD LUCK〜十秒だけは異世界最強  作者: 染谷秋文
第1章 彼方から始める異世界生活
12/72

十二、六十騎士、ニケ

 


  「よぉし!こんなもんでいいだろ!」


 針千牛の解体を終えたカナタは、宝巾着(トレジャーポーチ)に少しだけ溜めている山菜や川魚、フルーツなどを使って食卓に色を添える。

 本日のテーブルは物質変形(デフォルメイション)を使って大きな倒木から作り上げた物で、表面はヤスリで磨かれたように滑らかで継ぎ目は無く、形は敢えて歪にしてあるため、年代物の大木を輪切りにして作ったような造りになっている。

 脚の部分は一本の湾曲した木から沢山の枝が生え、それらがテーブルの板の部分を支えるような構造だ。

 言うなれば、葉の無い木の上に板を乗せたような形である。

 その全てに継ぎ目は無く、カナタの力を知らぬ者が見れば、その道数十年の職人が一本の大木から彫り上げた美術品のようにも見えるだろう。

 それに合わせるように造られた同じ構造の椅子も見事としか言いようが無いのだが、片側にだけ建てられた飛竜の翼で作った黒いパラソルが一風変わった雰囲気を醸し出している。

 パラソル側には針千牛の針から造ったナイフとフォークが、対してもう一つの椅子の前には同じ牛の角が素材となった箸がセットされ、料理が置かれた皿や器も全てが木製だ。

 当初は収集を始めた様々な種類の石を使って食器を作っていたカナタだったが、食後の洗い物の手間を無くすため、食器だけは使い捨てタイプを使うことにしている。


「さてと・・・」


 食卓の準備が整っていることをもう一度確認したカナタは、宝巾着から“ナルネ”という栗に似た拳大の木の実を取り出すと、料理に使った焚き火の燃え滓へと放り投げ、椅子の後ろへと避難する。

 すると数秒でナルネの実が焦げ付くような音が聞こえ、更に数秒後、散弾銃が放たれた時のような、そんな凄まじい破裂音が森へと響き渡った。

 ナルネは一見すると大きい木の実だが、実際は身がなく中には少量の種のみが入っているという変わった木の実で、こうして熱を与えると物凄い破裂音と共に四方へと種が飛び散る性質を持っていることから、森の中で自分の位置を知らせるために使われる事もあるようだ。

 それを鑑定によって知ったカナタとグランは、以来この音を“集合”の合図にしており、カナタがナルネを鳴らした直後、カナタの背後からガサガサと木々を分ける音が聞こえてくる。


(グランにはしては速すぎるな・・・。魔獣か?)


 グランはトレーニングに必死になると自分の位置など忘れて走り回るため、料理が完成するころにはかなり遠くにまで行っていることが常である。

 そのため数も多く、音によく反応するギリル鳥が近くにいたのだと、カナタは腰から外した不折剣(オルナ)を竜包丁へ変化させて身構える。

 幸い、不落之果実(インビジブル・タイム)の発動は二回残っているため、音のする方向を見据えるカナタは落ち着いた様子だ。


 ガサガサと乾いた草木を掻き分ける音の正体は、真っ直ぐに、ゆっくりとカナタへと近づくと、草木の間から意外な姿を覗かせた。

 


「ひゃあ・・・、びっくりした・・です」



「お前は確か・・・」



 茂みを掻き分け現れたのは、グランと同じか、さらに小さな背丈の妖精猫族(ケット・シー)の少女。

 身の丈に合わぬ暗い紺色のワンピースを引き摺り、頭に被った同じ色のツバの大きなトンガリ帽子は、くちゃっと半ばから折れ曲がっている。

 全体的にダボッとした格好の少女は目が隠れるほど深くトンガリ帽を被り、所々には落ち葉をつけている。

 右手には背丈を超える大きな木製の杖を持ち、品のある青みがかった灰色が印象的な妖精猫族の少女がそこに居た。


「・・・クンクン、・・・クンクン、

  ・・とっても美味しそうな匂いなのです」


「お、お前・・・、バロンに居た・・・確か、ニケとかって呼ばれてたやつだよな?こんな場所で何してんだ?」


 それは猫耳ソフィーを助けた後、暴れる狼馬と獣車を止めた三人の妖精猫族の内の一人の姿だった。

 帽子からはみ出る耳をピクッと動かしカナタの声に反応する少女は、首をクルクルと回して周囲を見渡し、やっとカナタの姿を発見したようだ。


「・・・お兄さんは誰なのです?」

 

「お、俺は、蒼井奏多だ。・・よろしく、・・でいいのか?」


「そうなのですか・・です。わたしはニケなのです。よろしくなのです」







 ・・・・・







 ・・・・・・・







 暫くの沈黙が流れ、少女の目が自分の持つ竜包丁に向けられている事に気付いたカナタは、ハッとしたように竜包丁を通常時の不折剣へと戻して腰のベルトにぶら下げる。


「すまん、驚かせたか?よろしくなニケ!・・それで、ニケはこんな所で何をしてんだ?」


「・・・それは、お兄さんのなのですか?・・です」


 何とも独特な雰囲気を持った少女ニケは、口元から涎を垂れ流しカナタの作った食卓を見つめている。

 目の前の少女が強いことはバロンの一件で知ってはいるが、このような危険な森で誰かが近くにいる様子でも無く、腹を空かせている。

 そんなニケを不憫に思ったのか、カナタは考慮の後、食事の並ぶテーブルの側にもう一つの椅子と、ナイフとフォークをセッティングし、少女を手招きする。


「腹が減ってんなら来いよ。話はそれからだ」


「・・・いいのですか?なのです」


「おう!沢山あるから遠慮すんな!」



「はい・・・なのです!」


 

 涎を垂れ流したまま笑顔を見せた少女は、カナタの作った椅子へテクテクと歩み寄り座った。

 手に持っていた大きな杖は膝の上に置き、目を光らせて料理を見ている。

 普段であればグランと二人っきりで、互いに好きな物を好きなように突いて食べているため料理を取り分けたりはしないのだが、体の小さな少女を気遣ったカナタは、新たな皿を作ってそこへ料理を取り分け差し出す。


「足りなくなったら自分で好きなの取って食うんだぞ?」


「はいなのです!」


 料理を前に心なしか早口になるニケは、料理を取り分けたカナタが席に着くのを確認すると、セッティングされたフォークとナイフに手を伸ばした。


「グランは・・まぁいいか。ーーーいただきます」


 少女は、手を合わせるカナタを不思議な目で見る。

 空腹で、それも見たこともない少女に“いただきます”を強要するのはいかがなものかと、自分一人で所作を行なったのだが、どうやら何をしているのか気になったようだ。

 ニケに対しマイペースな印象を持っていたカナタにしてみれば、今見せているニケの様子は意外という他ない。


「ああ、気になったか?」


 ニケはナイフとフォークを持ったままコクリと頷く。


「これは、俺の地元で食事の前にする挨拶みたいなもんで、食材に感謝する言葉なんだ。“命をいただきます”ってな。やってみるか?」


「はいなのです!」


 興味を持ってくれた様子の少女のため、カナタは所作を教え、もう一度掌を合わせる。

 ニケも其れに習って手を動かしたのを確認したカナタが号令する。


「それじゃ行くぞ?」


  それに黙って頷くニケ。





「「いただきます!!」・・です!」


 



 カナタが料理を口に入れるのを確認したニケは、待ち侘びた様子で皿に取り分けられた料理を口にする。

 だらし無さそうに見えた少女に、そういった礼儀が身についている事は確かなようだ。


「美味しい・・・なのです!」


「そっか、よかったよ。どんどん食え!」


 自身の皿に取り分けられた料理をあっという間に完食して見せた少女は、カナタの言葉通り、次々に食卓に並ぶ料理を飲み込んで行く。

 これまで自分の為にばかり作っていた料理を他人に食べて貰い、美味いと言ってもらえることが余程嬉しいのか、カナタは笑顔でそれを見守る。


「ありがとうなのです。・・・お兄さんはいい人みたいなのです」


「はは、そうか?

  喜んでくれたら作った甲斐があるよ!」


  無心で料理を食べ進める少女を見守り、食べるペースが少し落ち着いた所で、カナタは切り出した。


「そんで、ニケはどうしてこんな場所に一人でいたんだ?」


「レオ達とはぐれたのです。暇だったので寝てたら、お兄さんに起こされたなのです」


「レオ達ってのはニケの仲間だったな・・・。つか、こんな危険な森で寝ててよく無事だったな」


「この森は・・危険、なのですか?・・です。それよりもニケはお腹がすいて大変だったです」


「そりゃ危険も危険、大危険さ!危ない魔獣や猛獣が沢山いるんだぞ?って、ニケの方が詳しいか、へへ。

  それで、仲間のレオってやつとはいつ頃はぐれたんだ?」


「そうなのですか、です。レオ達とは三日前にはぐれたのです」


「本当に、一人でよく無事だったな・・」


「お腹が空いて死ぬかと思ったです。お兄さんは命の恩人なのです。このご恩はいつか・・です!」

 

「ははっ大袈裟だな。そんな大したことしてねぇよ。

  それよりニケ、バロンの街はこの近くなのか?」


「近くかは・・・よく分からないのです。迷っていますので・・です」


「そうか・・・、そうだよな。実は俺と、俺の仲間もバロンへ帰る途中なんだが、どうも道に迷ったらしくてな・・・」


「お兄さん、バロンを知ってるです?」


「まぁ、何日か前に居たしな。丁度、ニケ達が暴れる狼馬から街を守ったのを見てたんだぞ?」


「ほんとなのです?ぜひニケを連れて帰ってほしいです!」


「いや、だから俺も迷ってんだって!

  けどまぁ、どうせバロンを目指すんだし、俺たちと一緒なら飯には困らないか・・・・。よし、分かった。俺たちに任せとけ!」


「やったなのです!お願いしますです!・・・ところで、お兄さんのお供のかたはどこにいるです?」



「ああ、あいつはもうすーーーー」


  「お兄さん!隠れてなのです!!」



 終始、和やかムードでほのぼのとした様子だったニケの口調が、突然強張った。

 ニケはカナタの言葉を遮ると、椅子から飛び降りてカナタの前に立ち、膝の上に置いていた杖を握り締めて、ある一点を見つめる。


 聞かずともその様子が物語っていた。

 ーーーー何か、来ると。


「ニケ!何が来るんだ!?」


「・・分かりません、です!ただ、何か良くないものが・・物凄い速さで向かっているです・・っ!」


 そう言われて少女の目線の先に意識を集中するカナタだが、特に何の異変も感じられない。

 何かの加護か魔法か、それは分からないが、少女にはカナタに見えない何かが確かに見えているようだ。


  ーーーそして数秒後、少女の目線の先にそれは現れた。




「カナター!帰ったぞ!はぁー腹減ったぁーーー」





「お兄さん、早く隠れるです!」




「グラン!?」


 森を抜けやって来たのは、カナタの合図を聞きつけたグラン。

 到着するなり、何やら物々しい空気になっていることに気が付いたグランは、その場で立ち止まり少女を一瞥した後、カナタに語りかける。


「・・・ん?誰だそいつ。カナタの友達か?」


「あぁ、友達・・なのかな?さっき知り合ったんだ」


「お兄さん・・、アレを知ってるですか?」


 ニケもニケで状況が掴みきれず、グランから目は離さずカナタに語りかける。

 今は木陰に入っていて分からないが、グランが到着した一瞬、グランの皮膚が煙を上げて爛れるのを、そしてそれが木陰に入った瞬間に治癒したことを、少女は見逃さなかった。

 ニケはさっきまでリラックスさせていた耳を立て、ピクピクと動かして少しでも情報を得ようと努め、何かあっても直ぐに対応できるよう少し腰を落とした状態でグランを見つめる。

 それを察したグランまでもが体勢を低く構えたことで一気に緊張感が高まり、カナタが間に割って入り、二人を落ち着ける。


「ニケ、落ち着いてくれ。こいつはグランって言って、俺の仲間だ。グランも何もしないでくれよ?」

 

  「仲間・・です?この吸血鬼と、お兄さんが?・・です」

 

 カナタはこの世界での吸血鬼の嫌われ具合も大体想像通りだったことがほぼ確定したことで、溜め息を吐く。


「色々とややこしいんだが、こいつは別に吸血鬼ってわけじゃ無いよ。二人とも、俺を信じて一旦落ち着いてくれないか?」


「・・・・・・・分かりました。・・です」


「・・・ちっ」


 ニケが渋々杖を下ろしたところで、グランも低く構えた体勢を元に戻し、パラソルの設置された椅子へと移動し腰掛ける。


  「吸血鬼でも無いのに、何で陽射しを避けるですか?です!」


「あぁ!?」


 席に着くなりいきなり険悪なムードになる二人を落ち着けようと、又してもカナタが割って入る。


「落ち着けって。ニケ、グランは吸血鬼ってわけでも無いけど、吸血鬼じゃないわけでもない。ハーフヴァンパイアってやつだ」


「やっぱり吸血鬼なのです!お兄さん、ニケに嘘ついたです!」


「待て待て!話を聞いてくれ!な?」


 杖を握る手から力が抜けることはないが、グランに襲いかかろうとも逃げようともしないという事は、一応話を聞いてくれるという意味だと理解して、グランに落ち着くよう視線を飛ばして話を進める。


「確かに半分はそうだが、それの何がいけないんだ?グランは人を襲って血を吸うことはしない。ちょっと太陽に弱いってだけで罪にはならないだろ?」


「血を・・吸わないです?嘘なのです!その子供だって、血の味を知れば見境い無く他者を襲うに決まってるです!お兄さんは騙されてるです!」


「・・んだと?テメェ、黙って聞いてりゃ好き放題言ってくれんじゃねぇか!!俺がお前に何したってんだよ!?あぁ!?」


「そんなに大声を出して、これから何かする気なんじゃないですか?です!!」


「テメェが喧嘩売って来なきゃ話しかけもしねぇよ!大体お前もガキだろうが」


「ニケはガキじゃないですよ!です!」


「ですですうっせぇんだよクソガキ!俺よりチビじゃねぇか!」


「チビ・・・?今・・ニケにチビって言ったです?」


「ああ言ったさ!聞こえなかったのか?どう見ても俺よりチビだろうが!ちぃび!」


「もう・・いいです。許さないです。お兄さんに止められたから優しく話を聞いてあげてたのに・・です!!」


  プルプルと震えるニケは杖を頭上へと掲げ、ブツブツと何かを呟いている。

 

「許さないです・・、ぶっ殺してやるです・・・。吹き飛びやがれ・・・です!!大地の化身(パペット・アース)!!ーーーです!!」


 ニケが頭上の杖を真っ直ぐ振り下ろすと同時、巨大な亀裂が大地を割る。

 けたたましい音を立てて割れる大地は大きく盛り上がって周囲の木を薙ぎ倒し、その高さを増し続けていく。

 大地は次第に形を変え、高さ五メートルほどに達した頃には、その姿を巨大なゴーレムへと変貌させていた。

 信じ難い光景ーーーー。バロンの街で見た、地面から造られた手。それを遥かに超える迫力に言葉を失うカナタを他所に、少女は声を上げた。

 

  「タロちゃん・・、行くです!!」


 ゴーレムの肩に乗るニケは手に持った杖でゴーレムの肩を二度突いた後、進む方向を指示するように、グランのいる場所へ杖を向ける。

 ゴーレムがそれに従うようにグラン目掛けて長く太い腕を振り下ろすと、大地は割れ、木はなぎ倒され、周囲には土煙が巻き起こり、まるで地震でも起こったような揺れがカナタを蹌踉めかせ、腰をつかせた。


「っと、危っねぇ!!いきなり何しやがんだ!?ーーーっうお!?ちっーーーちょっと待て!!」


 攻撃を躱す度に、追撃が迫る。

 ゴーレムの攻撃を躱すだけであれば然程問題は無いのだが、ゴーレムの肩に乗る少女がそうはさせない。

 周囲に飛び散った岩盤を次々と操りグランを追い詰め、体勢を崩した所へゴーレムが襲いかかる。

 これでは反撃する隙が見当たらないと判断したグランは、チャンスを伺うため一旦距離を置こうと、後ろへ大きく飛び跳ねるが、少女は少女で、グランに反撃の隙を与えまいとばかりに杖を大きく振ってゴーレムを動かし、直ぐさま突撃させる。

 それを見たグランは口角を上げ、笑った。


「ーーーーハッ!!遅ぇよ!!」


 体勢を低く構え、下半身の形を歪に膨らませるグラン。顔や体には血管が浮かび上がり、体の末端へと伸びて行く。



「ちょっと待て!!お前らやめろって!」



 だが、二人にはもう、目の前の敵しか見えていない。

 グランは、自身に迫るゴーレムに真正面からぶつかる腹積もりのようで、膨らませた脚に力を蓄えるように、浮き上がる赤い血管を太くして行く。

 その脚から生み出される超突進によって、大地にヒビが入る所をカナタが想像した時だった。


 森に轟音と土煙を巻き上げ、突然、ニケを乗せたゴーレムがその場に崩れ去ってしまったのだ。

 肩に乗っていたニケは崩れ行く岩石を蹴り猫のような身軽な動きで着地し、ことなきを得たようだが、その足元はどこか覚束ない。

 それを見ていたグランは、舌を鳴らして変形させた脚を元の形に戻し立ち上がる。


「おいニケ!大丈夫か!?」



「お腹空いた・・・です」







 杖を持つ腕をプルプルと震わせるニケは、そのまま倒れ、意識を失ってしまった。




 

 

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