騎士の妄言
とろりとろり。ふわふわ。しあわせって、こういうことなのかな。
ゆるゆると目を覚ます。重い瞼を持ち上げて、愛しいあの人を目に映す。
アルフレッド様、私の愛しい旦那様。
柔らかな藍色の髪が頬にかかり、麗しいお顔が端整に輝いている。
なんて素敵なんだろう。見詰めるほどに胸が苦しくて、愛おしくて。
大好き、大好き、アルフレッド様、私のアル様。
胸板にそっと頭を擦り寄せて、彼の匂いに満たされる――
◆◆◆
「なんてな、なんてな!」
「気持ち悪いなお前」
でれでれと顔を蕩けさせるアルフレッドに、数少ない所か唯一の友人といっても良いシアンは一言吐き捨てる。
「己と彼女で妄想するのはもはや何も言うまい。で、現実では何かしら進展があったんだろうな」
「そんなリアルでリディとキャッキャウフフな展開なんて俺の頭と下半身がオーバーヒートするだろ」
「下ネタは止めろ気色悪い。毎回君の妄言に付き合わされる僕の気持ちも考えてくれないか」
「毎回お前の師匠崇拝に付き合わされる俺のことも考えろ」
「僕の師匠は凄いんだぞ! いや、いい。今はそんなこと言ってるんじゃない。僕の師匠の話は実際に現実で起こったことだからな。君の話は妄想でしかないだろう。いい加減話を進めてくれないか」
「話を進めるって…………そんな、子どもが出来た話なんてまだ想像が」
「違うそうじゃない」
はあーーーーーーーーーっとそれはそれは長いため息を吐いたまま項垂れてしまったシアン。彼は物凄く、非常に、随分と、甚だしく哀しかった。
これが氷の騎士と呼ばれる男の本性か、と。こんなに気持ち悪い男に、あんなに美人で優しくて可憐で清楚で純粋な花の精霊が如き女性が絡め取られるなんて世も末だ、と。
アルフレッドは婚約者であるリーデシアをそれはそれは愛していた。溺愛している。鬱陶しいほどに。煩わしいほどに。
彼が騎士になった理由だってそうだ。
幼い頃リーデシアが「騎士さまってみんなを守る強い人なんだって。かっこいいね」と無邪気に伝えたところ、アルフレッドは「そうか。(リディに格好いいと思われたいから)俺も騎士になるよ」と返し、騎士団に入団した。
センスも才能もあった彼はひたすら努力した。婚約者に格好いいと思われるために。地道な体力作りも訓練の一環としてのダンジョン探索も頑張った。婚約者に凄いと思われるために。
どんなに疲れようとも動けなくなろうとも這ってでも自宅へ帰った。すべては婚約者のリディが彼の帰りを待っているから。
行動の理由も思考の基盤もすべてがリディ中心の彼は、愛しい婚約者との妄想を同僚に吐き出しては身悶えていた。実際にはキスまでしか出来ていないのだが、妄想は自由だ。それは羽ばたく翼のようにどこまでもぶっ飛んでいく。
リーデシアの傍にいるだけで幸せで、眠たくなるほどリラックス出来てしまうアルフレッド。このままではいけないと思うのだが、ふと隣を見るとリーデシアもまたすよすよと可愛らしい寝息を立てているではないか。
どこかで聞いた「相性がいい人とは傍にいるだけで満たされ眠くなる」という話を思い出したアルフレッドは、眠る彼女に心臓をぶち抜かれた。プラトニックな純愛に歓喜した。
それはそれとして愛する婚約者と一歩といわず万歩くらい進みたい彼の妄想は色欲満点春爛漫だった。気持ち悪い。
「いい加減手を出したらどうだ」
「お前最低だな。出される側は妊娠するリスクを背負ってるんだぞ。約十ヶ月の苦痛と身体拘束、出産時には体内欠損と大量出血。堕胎するならその身を持って産まれた命を殺させねばならんのだぞ。俺はリディにそんなことできない。それなのに軽々しく手を出せなどお前、最低だな。最低だよお前、地獄に落ちろ」
「えっ、あっ、何、俺が悪いの? いやごめん、そこまで本気じゃなくて」
「本気じゃないならなおさらだろ。冗談でも言ってはいけないことがある。お前の師匠から習わなかったのか」
「師匠は悪くない全部至らない俺が悪い。いや、え? じゃあ、お前の妄想はいいの? アウトじゃねえの?」
「煩え! 思うだけなら自由だろうが!!」
「いや君僕に話してるからな!? 全然思うだけに収まってないからな!?」
「リディが可愛すぎてつらい! いや全然つらくない! 好きだリディ! 愛してる!!」
「人の話を聞けぇ!!」