4 神の御使いカナン
レンに類稀なる魔法の才能があると分かってから、レンは連日遠出しては、塒の周囲を探索して過ごした。
レンの魔法の才能は、魔法の威力が強い、大規模な魔法行使ができるなどと言ったことではなく、風の魔法を使って体を浮かす、雷の魔法で移動速度を上げるなど、自身の強化に特化していた。
そのため、ホウマもいざという時には逃げられると判断し、レンを見送った。
今日も今日とて塒の外に広がる森を探索するレンは、ずいぶん前に発見した果物がなる木でブドウのような赤い果物を一房もぎ取り、それを一つ一つ口にする。
その果実を一回噛むたびに少し酸味のある甘い果汁が果実からあふれ出しレンの口の中に広がる。
「やっぱりおいしいな、これ。」
レンは顔を綻ばせながら呟く。
この果実をホウマのために取っていったことがあったのだが、ホウマが一口食べるだけで涙を流していたので、それ以来ホウマを泣かせたくないとレンは果実を持って帰っていない。
まあ、本当はレンのプレゼント(?)に感動しただけなのだが。
レンは途中で何度か先程と同じように果実を食べながら森の中を進む。
すると、レンの耳に聞きなれない音が入ってきた。
グルルルルルル
ホウマが支配するこの土地で舞う中の声が聞こえた。勿論生まれてからずっと村から出ず、村から出た今でも猛獣も魔獣もいないこの森で生活しているレンにその音がわかるはずもなく、その好奇心に負けたレンは音のしたほうへと歩いていく。
何回か耳を澄ませて方角を探りながら進むと、いつも水を汲む泉に着いた。
この泉は塒からさほど離れておらず、歩いて三分ほどで着く位置にある。
今その泉にはいつものきらきら輝いたそこまで見えるほどきれいな水と、それの周りを覆う花畑の他に、岩よりも大きい血塗れの毛玉が転がっていた。
いや、それは毛玉ではない。それが規則的に上下していることで、その毛玉のようなものが生き物だと判断することができる。
レンはそれにゆっくり近づくと、相手もレンの存在に気が付いたらしく、その首を上げる。
「オオカミ?」
顔を上げレンを見据えるその毛玉のようなものは、オオカミだった。
血に濡れる前体を覆っていたであろう白い毛皮は、口のところに少し残っている。それだけで、このオオカミが元は純白の美しいオオカミだったことが伺える。
その犬歯は鋭く、レンなどは少し触れるだけで肉をごっそり抉られるだろう。
爪も長く鋭い。その一振りは例えレンがフルプレートアーマーを着ていたところで容易く切り裂かれる事になるだろう。
「ガアアアア!」
オオカミは最後の抵抗とばかりに、咆哮を上げ、レンを威嚇する。その咆哮で空気が震え、衝撃波がレンを襲う。レンはその衝撃波を風の魔法で自分から逸らしつつ、オオカミに近づく。
「大丈夫?」
レンはそう言ってオオカミの鼻を撫でる。
オオカミは目を見開き、レンを凝視する。
『人の子よ。』
その時、レンの頭に直接声が響く。
この状況から、レンはここのオオカミの声だと判断し、返答する。
「何?」
『なぜこの地にいる?この地はホウマの領域のはずだ。』
「ああ、僕ホウマに拾われたんだ。」
『何!?あのホウマがか!?』
オオカミは余程驚いたのか、一度立ち上がろうとして、傷のせいでまた崩れ落ちた。
『そうか、お前はホウマの後継者に選ばれたのだな。』
「後継者?」
聞きなれない単語に、レンは問い返す。
『いや、知らぬのならいい。これはあ奴が言うことだ。』
オオカミはレンの質問には答えず、レンに話しかける。
『私はカナン。ホウマと同じ神の御使いの一人だ。』
「え!?神の御使いってホウマ一人じゃないの!?」
『そこからか。そうだ、神の御使いはこの世界に三体いる。その内の二体がお前を拾ったホウマと、我というわけだ。』
カナンの話を信じるなら、カナンはこの世界において神の次に偉い存在らしい。
それでは一つの疑問が残る。この状況だ。神の御使いであるカナンが何故こんなところで死にかけているのか。レンはそれを聞いてみる。
『人間にやられたのだ。』
カナンの答えに、レンは絶句する。
神の御使いをここまで傷つけることができる人間がいるのか、何故神の御使いを攻撃するのか、様々な疑問がレンの中を駆け巡る。
『ガハッ!』
その時、カナンが吐血した。そして真剣な顔でレンを見つめると、レンに頼み事をする。
『我の下には、生まれたばかりの子供がいる。正直なところ、出産で体力が弱くなったところを襲われたのだ。まあ、それはどうでもいい。お前に、この子のことを頼みたい。』
「僕は治癒魔法を使えるよ。」
『いや、今の我の傷はもうそれこそ神でないと癒すことは出来ない。ホウマの子よ、それはお主も分かっているだろう。』
そう言われて、レンは俯く。カナンの言うとおり、レンはもうカナンが助からないと分かっていた。治癒魔法が使えると言ったのは、ただ見捨てたくないという意思表示だ。
「どうしてもだめなのか?」
『ああ、ダメだな。』
その全てを受け入れたかのような瞳に、レンは気圧された。
レンが俯いたままジッとしていると、子犬の泣き声のようなものがレンの耳に入る。
『この子がそうだ。さあ、連れていけ。』
カナンは前足で器用に子オオカミをレンに差し出す。
「ま、まだ何か手があるかも・・・。」
『行ってくれ。それともお前はこの子に親の死を見せるつもりか?』
カナンの言葉に、レンは歯を食いしばり、その場を去る。
レンの腕の中では小さな真っ白いオオカミがレンの顔を見上げている。
「さ、行こう。」
レンはそう言って、塒へと帰っていった。
ホウマの育児日記
今日はレンがオオカミの子供を拾ってきた。
聞けば、カナンの子らしい。
私はカナンがいるという泉に行った。
時はすでに遅く、カナンは息絶えていた。
神の御使いとして何回か会ったことがあったが、簡単に死ぬような奴ではなかったはずだ。
それに、レンに聞くとカナンは人間に殺されたという。
一番神への信仰心が高い種族がなぜこのようなことを・・・。