1 出会い
「わーん!わーん!」
森の中に子供の泣き声が響く。その声は幼い男の子の声だというのがわかる。
魔物が多く暮らす森の中で大声を上げるなどという命知らずな行為も、三歳になったばかりの少年には知る由もない。
「おとーさん!おかーさん!どこー?」
少年はそう言って辺りを見回す。どうやら両親を探しているらしい。
少年は銀色の髪の毛を長く伸ばし、後ろで括っている。顔のパーツも整っており、将来を期待させる。その蒼い瞳は全てを飲み込む水のように美しい。あまり外に出ていなかったのか肌は透き通るように白く、雪のように美しい。
しかし、いかに優れた容姿をしていても魔物たちにとってはただの餌だ。その美しい髪も、肌もすぐに血によって赤く染まるだろう。
だが、少年が魔物に襲われることはない。どころか、少年は野生動物一匹目にすることはない。
魔物や野生動物たちは知っているのだ。この森には絶対的な強者がいることを。
人間たちもこの森に何か強大なものがいることは知っていたが、それが何かは知る者はいない。なぜなら、それを知ろうと森に入った者が帰ってくることはなかったからだ。
村人、商人、冒険者、騎士、果ては貴族までもがこの森の主の探索をしたが、結局誰一人として帰ってきたものはいなかった。
そのため、この森の主はうわさだけが独り歩きすることになった。
曰く、この森の主はグリフォンである。
曰く、この森の主は大蛇の魔物である。
曰く、この森の主はオオカミ型の魔物の最上位種、フェンリルである。
曰く、この森の主は・・・・・・、
「何を泣いている小僧?」
・・・・・ドラゴンである。
この森を彷徨っていたいた少年の前にはじめてあらわれた生物、それは真っ白な鱗に覆われたドラゴンだった。
そのドラゴンの爪は少年を殺すには少々大きく、少年の足ほどの大きさだった。牙も鋭くとがっており、どんなものでも噛み砕けそうな印象を受ける。少年とは対照的な真っ赤な目は少年を真正面から見つめており、少年に言いようのない不安を植え付ける。
「ひっ!ドラゴン!?」
家からあまり出ない少年でもドラゴンのことは知っているようで、森の奥から現れたドラゴンに怯えるあまり失禁してしまっている。更に、ドラゴンと目が合ったことで更に泣き出してしまった。
「びえぇぇぇぇぇ!びえぇぇぇぇぇん!」
「こ、これ!何を泣いておる!泣き止まんか!」
ドラゴンが慌てて少年を宥めるが、少し大きな声が出てしまったため、少年の泣き声はさらに大きくなる。
「ほ、ほら!飴!飴あげるから!」
ドラゴンはどこからか飴玉を取り出し、少年に差し出す。ドラゴンが前足に飴玉を乗せ、少年を泣き止ませようと四苦八苦している。もしこの場面を見ている者がいたら現実を受け入れられずにそこら辺の木に頭を打ち付けるであろう。
「飴?ううっ。」
「そう、飴だ!あげるから泣き止んでくれ!」
「飴って何?ひぐっ。」
「飴っていうのは甘いお菓子だ!さあ、ほら食え!」
「うん。」
少年はドラゴンから飴玉を受け取ると、それを口の中に入れる。
「・・・!?」
飴を口に入れた瞬間、少年は顔を綻ばせる。どうやら気に入ったようだ。
「うまいか?」
ドラゴンが泣き止んだ少年を見て、ほっとしながら聞いた。
「ひっ!」
「あ、待って!泣かないで!ほら、人間の姿になるから!」
綻んでいた少年の顔がドラゴンを見て涙目になった。そのため、ドラゴンは一瞬光ると、人間の姿となる。
人間の姿になったドラゴンは、鱗と同じ真っ白の髪の毛を腰辺りまで伸ばしている。赤い瞳はそのままで、少し他人に威圧感を与えるがどこか綺麗に見える。少年とは違い肌は健康的に焼けており、何処か活発な少女のような容姿だった。筋肉もそれなりについているが、人間の姿となり女と言える外見となったドラゴンの美しさを損なわない絶妙なバランスを保っていた。
少年はいきなり女の姿になったドラゴンを見てぽかんと口を開けてしまい、飴を落としてしまう。
「ああ!」
少年は地面に落ちてしまい土だらけになった飴玉を見て、またその綺麗な蒼い瞳に涙を溜める。
「待て!頼む、泣くな!新しいのあげるから泣くな!」
女となったドラゴンは最早必死になって少年を泣かせまいとまたどこからか飴玉を取り出す。
「わあ!ありがとう!ドラゴンのお姉ちゃん!」
少年は飴玉を受け取ると、早速舐め始める。顔はニコニコ笑っており、幸せそうな少年に、ドラゴンの女は最初にした質問をした。
「で?お主はなんで泣いておったんじゃ?」
ドラゴンの女の質問に、少年はぽつぽつと話し始める。
「わかんない。気が付いたらここに一人でいたんだ。それで、僕怖くなって父さんと母さんを探したんだ。でも、見つからなくて。怖くて怖くて泣いていたらドラゴンのお姉ちゃんが来たんだ。」
少年の話を聞いて、ドラゴンの女は表情を険しくする。
「どうしたの?ドラゴンのお姉ちゃん?」
少年は小首をかしげながらドラゴンに問いかける。
「まだ確証はないが、お主は恐らく・・・」
ドラゴンの少女はそこで気まずそうに言葉を切る。
「どうしたの?僕が何?」
少年はドラゴンの女の顔を下から除きこむ。
「お主は、親に捨てられたんじゃ。」
「え?」
少年の目が見開かれる。
「嘘だ!」
少年はドラゴの女の言葉を否定する。
「お父さんとお母さんは僕を捨ててない!捨てるはずなんかない!確かに今年は麦があんまり取れなかったけど、それでも大丈夫って言ってたもん!」
少年はドラゴンの女をポカポカ殴る。
「落ち着け!お主は口減らしのために捨てられたんじゃ!お前の家でお前を養い余裕が無かったから!」
「嘘だ!嘘だ!嘘・・・、うわーーーーーん!」
少年はまた泣き出してしまった。今度はドラゴンの女が少年を宥めるようなことはしない。
「大丈夫じゃ。大丈夫じゃよ。」
ドラゴンの女は少年を抱きしめる。
「確かにお主は先程まで一人じゃったが、今はわしがいるじゃろう?」
少年は暫くなく続けると、次第に泣き止む。
「いい子じゃ。いい子じゃ。」
泣き止んだ少年の頭をドラゴンの女が撫でる。
「さて、少年。」
ドラゴンの女は少年の肩を掴み、少年の目を見ながら問う。
「お主の両親の元に戻るか、それともわしと共に来るか。どっちがいい?」
ドラゴンの女の問いに、少年は少し考えた後小さく答える。
「お姉ちゃんと一緒に行く。」
「そうか。」
ドラゴンの女は少年に向かってほほ笑むと、少年の手を引いて歩き始める。
「わしの名前はホウマ。神のみ使いである神龍ホウマじゃ。」
「僕はレン。ただのレンだよ。」
「そうか、レン。これからよろしくな。」
「うん、よろしく!ドラゴンのお姉ちゃん!」
レンはドラゴンの少女改めホウマと共に歩いていく。
これが後に千年戦争の悪魔と呼ばれるレン・ホウマと、その育ての親神龍ホウマが出会った瞬間である。
お読みいただきあるがとうございます。
誤字脱字などがありましたら、教えてください。
これからも多分このぐらいの文字数で投稿すると思います。
今後も『千年戦争の悪魔』をよろしくお願いいたします。