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白昼夢の終わり

魔女視点

 

 あれほど誰かの思いを傷つけたことがあっただろうか。

 あれほど誰かの関係を壊したことがあっただろうか。


 姿を変えて時代を超えてやってきたこの場所で、前世の縁で結ばれた彼らが再びまみえた時。きっと僕は罰せられるのだろうか。人の心を弄んだ罪とやらで。



 *


 そのものがかかえていた一途な愛を僕はめちゃくちゃにしてブチ壊した。僕が彼女に手を伸ばさなければ与えられていたはずの愛を、もっとも残酷な形で奪ったのだ。

 愛するために自分を犠牲にした彼らは一片の愛を得ることもなく失った。それまでの僕だったならその哀れな様を見て高笑ったことだろう。なんて馬鹿で愚かなやつらだろうと。

 自分以外の幸せを願う気持ちなんてこれっぽっちもわからなかった。手にできない幸せなんてなんの意味もない。自分以外の幸福なんて不必要だとさえ思っていた。

 でも彼は最後に笑ったのだ。幸せなはずがないのに恨むでもなく悔しがるでもなく、ただほんの少しほっとした顔で。


『──そっか。でもそれが彼女の望んだ未来だから』


 誰もいない深い海の底で、失ったものを嘆くでもなく、諦めてしまった彼は間違いなく馬鹿だったと思う。だけど、どうしてかそんな彼の生き様を羨ましく思ってしまった自分がいた。自己犠牲、なんて言葉とは程遠い生き方をしていたのに。


 運命なんて都合のいい言い訳でしかなかった。彼の未来は僕が決められるものではない。けどあの子はもうすでに選んでしまったから。



 *


「それで君はどうするの?」

「どうするも何も。彼女が真実に気付くまで待つだけさ」


 盲目というか、愚かというか。王子も生まれ変わってもその性根が変わっていない。もうとっくに彼女とのえにしはなくなったというのに、いつまで過去に縋り付いて哀れな夢を見ているのだろう。





 王子が人魚姫の不在に気づいたのは、隣国の姫と結婚式を挙げた数日後のことだった。王子は焦った様子で城中を探し回ったが、王子が言いだすまで誰も彼女がいないことに気づいてすらいなかった。そのあんまりな様を見ていた僕はつい口を出してしまった。


『彼女はもういないよ』

『なに? というかお前は誰だ』

『さあね。彼女の真実を知るものとでも言っておこうか?』

『彼女がいないとはどういうことだ!』

『そのままの意味さ。彼女には呪いがかかっていた』

『ああ、だから口が……。してどんな呪いだったのだ』

『君と結ばれないと泡になる呪いだよ』

『は……?』


 王子はすぐには理解できなかったようだ。しばらくして事情が飲み込めたように顔が青ざめていく。


『ということは……』

『そう。彼女は泡になった。もう二度と会えないよ』

『そんな……、私のせいで』

『君は人魚姫が好きだったの』

『人魚姫……? まさか、彼女が、』

『そうだよ。君の命を助けたひと。君ともう一度会うために声と尾びれを捨ててここにやってきた』

『嘘だ、なら、私は、なんてこと……!』

『故意ではないにしろ、君は命の恩人の、命を奪ってしまったね』

『そんな……そんな……嘘だ……』

『ねえ、君は人魚姫が好きだったの』


 二度目の質問も王子は答えなかった。代わりにこう言った。


『もう一度、彼女に会いたい。今の私が差し出せるものはすべて差し出すから』と。


 だから僕は言った。


『いいよ。もう彼女は死んでしまったから次の生でになるけど』

『……わかった』

『間違えないで。次、君が好きになる相手が、かつての君の姫だよ』


 そうまでしても。彼女に許されるとは限らないのにね。そもそもこの生で王子は彼女を選ばなかった。その時点で答えは出てるんだ。綺麗事が好きな王子は命を捧げて償いをする自分に酔っているだけ。過去は過去だというのに。


 馬鹿で愚かで、哀れだ。




「彼女はもう君を選ばない」

「どうしてわかる?」

「むしろわからないの?」


 俺はすっと指をさす。


「あれを見ても?」

「…………」

「お似合いのカップルじゃないか。王子と姫よりも」

「……騎士と姫、か」

「おっと俺を恨んだりしないでくれよ。君が選んだ未来なんだから」


 なんて。詭弁だったけれど。いい加減彼も夢から覚めるべきなんだ。ここには人魚姫も、王子も、魔女も、いない。

 新しく回り始めた世界なのだ。かつての運命はもはや記号でしかない。囚われた過去から目を覚まし、今を生きる彼女のように。


 ここが、夢の終わり。


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