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呼吸が止まる3

 

 予感がした。彼女が僕の元からいなくなる、そんな予感が。


 なぜ彼女はいつも僕の手を離れてしまうのだろう。

 今度はどこに行ってしまうの?

 どうして優しく守っているのに彼女はそこから飛び出そうとする?


 ──優しく守られていたいと、思うようなひとではないと知っているのに。


 僕にはこのやり方しかわからない。だから、いつも失うのか。二度目のチャンスも無駄になるのか。


 どうして。


「君が、君である限り。……それは叶わぬ願いなんだよ」


 遠ざかる二人の影を力なく見送る僕の横から聞き慣れた声がする。


「かさ、ね……?」

「彼女と君は交わらない。交わる先は悲しい別れだけ」

「そんな」

「君だって知ってるだろう。この世界に悲恋や悲劇で終わる逸話は多い。それはその二人が結ばれない運命なんだと言ったら君は信じるかい?」

「嘘だ……そんなこと、信じられない」

「でも残酷なことにこれが、理なんだ」

「神にも見捨てられてるのか」

「そうじゃない。神が認めないだけ」


 シンと音が消える。重の声だけが、辺りに響いた。

 そんな馬鹿な話があるかと思った。思っても思っても別れなくてはならないと。僕のこの手に得られるものなんて何も無いのだと。認められるわけがなかった。


「僕がどんな罪を犯したっていうんだ。どうしてそんな運命を受け入れなきゃならない?」

「好きという感情は罪悪か? 愛しいと思う気持ちは意図的か? ……どちらもノーである限り、この運命は永遠だ」

「好きだから、結ばれないと」

「そう。君は繰り返す。ありえない「いつか」をつい夢見てしまうんだ」


 僕以上に苦しそうな顔でこちらを見る重。光の失せた瞳は何を考えているのか、全くわからない。


「だから、今回で終わりにしよう」

「……終わり?」

「ああ。君と彼女を繋ぐ悲劇の鎖を壊す。君はもう二度と彼女と会うことはない。そしていずれ幸せになれる」

「……」

「選択肢は君にある。君が決めてくれ。この永遠の連鎖を終わらせるか否かを」


 選べない選択を迫られているのだと思った。けれど選ばなくてはいけないと重の顔は言っている。


「君に幸福になってほしいんだ。君が諦めてくれさえすれば、俺が君にしてやれることがたくさんある」

「彼女と、幸せになる運命は」

「ない。……ないんだ。だから、」





 僕は答えた。その瞬間、僕の呼吸は止まる。






「ごめんね」

「どうして荒牧君が謝るの?」


 放課後、会いたいと言った僕に彼女は会いにきてくれた。彼女は王子との問題が解決したといい、それならと僕はおしまいを告げた。

 仮の彼氏はもう必要ないから。


「今までありがとう」

「こっちこそ短い間だったけどありがとう! 荒牧君のおかげでいろんなことが変わったよ」

「うん、僕も変わった」

「そうなの?」

「そうだよ」


 ぱちくりとこちらを観察するような瞳につい笑ってしまう。彼女は変わってない。その仕草も、なにもかも。


「荒牧君って、なんか懐かしい感じがする」

「え?」

「自分でも不思議なんだけど、前世で幼馴染みだったのかもね」


 彼女の言葉がまっすぐに胸を突き刺す。そうだよ。僕は心の中で答えた。ずっと君が好きだったんだ。君は気づかなかったけどね。


「だったら面白いかもね」

「ねー!」


 ああ、無邪気に笑う君をそばで見ていたかったよ。


「じゃ、僕の用は終わったから行くね」

「あ、うん。ほんとにありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして」


 振り返って歩き出す。もう二度と振り返らない。


「……荒牧君も、」


 聞こえてきた声につい足を止めるけど、振り向きはしない。振り向いたら、涙が落ちてしまうから。


「幸せになってね!」


 何も知らないのに、何もかもを知っているようなことを言う。彼女はむかしからそういう勘だけはいいんだから。


 呆れ半分、嬉しさ半分。


 僕は後ろを向いたまま右手だけを軽く上げて返事の代わりにする。




「さようなら、僕の人魚姫」






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