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遠ざかる幻想2

 

 翌日から校内はある噂で持ちきりだった。


「ねえ見た?」

「見た見た。まさか渡瀬さんと荒牧君がくっつくなんて予想外すぎ!」

「ダークホースってやつかー。でも王子どうすんだろね」

「ねー」


 そうそれは、みのると荒牧という男が付き合っているという噂だ。どうしてそんなことになったのか、俺にはわからなかった。わからなかったから、本人に直接聞くことにした。

 下駄箱の前で待っていると噂の二人が手をつないで仲良くやってくる。胸にちりっと痛みが走った。


「あ、大雅。おはよ」

「はよ」


 みのるはいつもと変わらない様子で挨拶をしてくる。ちらりと隣を見れば微笑んでいる男。これが、荒牧か。優男風のそいつは口元を笑みの形にしてはいるけど雰囲気がどこかおっかない感じがした。


「なあ、そいつ誰?」


 回りくどいことは嫌いだ。俺は率直に尋ねた。


「あー、あのね、昨日付き合うことになった荒牧君、です」

「どうも、よろしくね」

「……そうか、昨日の今日でどうしてそうなったのか聞いたら教えてくれるか?」

「いいけど授業始まるから昼休みでいい?」

「ひどいな渡瀬さん、できたばかりの彼氏をほっとくのかい」

「え、あっそうか。でも……」

「俺は三人でもいいぞ」

「そう? 荒牧君もそれでいい?」

「渡瀬さんがそれでいいなら」


 なんとも言えない空気を孕んだ会話は始業のベルで終いになった。二人はそのまま校舎に入り教室へ向かったようだ。俺はその足を屋上に向けた。授業なんて受けられるような気分じゃない。

 付き合うといったみのるの表情はいつもと変わりなく見えた。だからおそらく恋愛云々の結果付き合うことになったのではなくなんらかの利害関係ゆえにそういうことになったんだろうという察しはついた。でも面白くないものは面白くない。


「だから言っただろう。彼女には過去からのしがらみが多いんだ」


 廊下の陰から突然現れたのはこの間も俺の前にやってきた魔女だ。名前は確か日向重と言っただろうか。


「あいつもそうなのか」


 それは疑問というより確信だった。こいつが現れたことがなによりの証拠だ。


「そうだよ。彼もずっと、君なんかよりもずっとずっと彼女のことを思っていた」

「へえ。お前はあいつに肩入れしてんのか」

「……違う、と言いたいところだけど、言ったところであまり信ぴょう性がないからね。俺は傍観者でいたいんだ」

「じゃあどうして俺に近づく?」

「……わからない。どうしていいか、わからない。君にもひどいことしたからね償いたいのかもしれない」

「あんた、変わったな」

「まあね。俺もいろいろあったんだよ」


 俺にはわからないが、確かにいろいろあったんだろう。じゃなきゃあんな愉快犯みてーなやつがこうも神妙な様子で俺に忠告してくるわけがない。もしかしたらこれも嘘で一計にかけようとしてるのかもしれないが。


「でも悪いがもう二度と同じ思いはしたくないんでな」

「あきらめるつもりはないと?」

「ああ。絶対な」

「求めなければ失うこともないのに?」

「求めなければ得られもしない」

「……そういうところは変わらないね」

「生まれ変わっても変われないこともあるってことだ」


 その場に立ち止まっている魔女を置き去りにして俺は目的地に足を運んだ。





「やっと見つけた!」


 耳元で声がして俺は目を覚ました。隣には怒った顔のみのるがいて今何時かと思った。常につけている腕時計はとっくに昼休みに入っていることを示していて、俺は素直に謝る。


「悪い、寝すぎた」

「具合でも悪いの?」

「いや天気いいから」

「ついつい?」

「そ」

「……渡瀬さん。武内君も見つかったことだし早くお昼食べないと時間なくなるよ」


 二人で会話をしていると間を裂くように荒牧が声をかける。こいつは一体どんな関係者なんだろうな。きっと相当近いところにいたんだろう。みのるの性格をよくわかっているみたいな態度だ。


「あ、ほんとだ。ごめん大雅、話しながらでいい?」

「気にすんな。探し回させたみたいだし」

「ありがとー」


 俺の握りこぶし一つ分くらいしかなさそうな弁当箱をあけて食べ始めるみのる。


「女子ってそんなんで足りんの?」

「んーまあまあ? 足りない時はおかし食べる」

「ああ、確かに女子ってよく食べてるよね」


 荒牧の相槌に俺は思ったことを言う。


「だったら弁当の量増やせばいいのに」

「いっぺんにいっぱいは食べられないの〜」

「ふうん。そんなもんか」

「大雅のご飯は?」

「あー、買ってない」

「え、そうなのごめん」

「みのるが謝ることじゃねーだろ? まあ俺のことはいい。そろそろ教えてくれるか、そいつとのこと」


 聞き込むとみのるはあたりに人がいないことを確認してから、声をひそめて言った。


「……荒牧君とはね、付き合うふり、してるだけなの」


 それは、俺でもよかったんじゃないか。言いかけて、やめる。先手は向こうに取られたらしい。向こうもそう思っていたことなんて知らないまま。


「ふりってつまり王子対策ってこと?」

「うん……まあだいたいそう」

「効果は結構あったよね」

「それはかなり。今日も荒牧君とお昼食べるってゴリ押ししたらなんとかなったし」

「でもこれからどうすんだ」

「王子のこと?」

「王子が諦めた後のこと」

「そのときは……、そのとき考える?」


 ぼんやりと食べ物のなくなった橋をかじるみのるは危機感とかそういうものがまったくないとても無防備な表情で首を少し傾いだ。


「いいじゃんほんとに付き合っちゃえば。だめ?」


 そこにすかさず相槌を入れる荒牧は冗談ぽく言ってみせる。そう思うのはたぶんみのるだけなんだろうけど。


「そこまで荒牧君を付き合わせるわけには!」


 ぶんぶんと首をふるみのるを見て、俺はざまあみろと心の中で思ったことは彼女には一生の秘密だ。荒牧は明らかに失敗したという顔をしていた。






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