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呼吸が止まる2

 

 渡瀬さんと武内大雅が一緒にいる光景を見て僕はその権利もないのに無性に悔しいと思った。いつだって彼女の隣にいたのは僕だった。近すぎる距離は僕を臆病にもさせたけど、彼女が海を離れるまでその隣は僕のものだったのに。

 僕のそばにいてくれさえすれば、一生をかけて幸せにすると約束できたのに。


 でも、彼女が求めたのは、僕には絶対に与えられないものだった。


『陸で生きるなんて無理だよ』

『大丈夫、人にしてくれる魔女がいるって聞いたの』

『魔女は恐ろしい生き物だって知ってるだろう? 君の願い通りになるとは限らない』

『知ってるわ。わかってる。でも私……』


 あの人のいるところへ行ってみたいの。


 僕の知らない世界に憧れを抱く彼女に僕はなんて言えばよかったんだろう。好きだよって、だから行かないでって?

 それが彼女の足枷になんてなったんだろうか。少なくともその時の僕はならないと思った。諦めてしまった。たかを括っていたんだ、結局彼女の帰る場所はここしかない。いつかは僕の元に戻ってくると。


 彼女は確かに帰ってきた。僕の最も望まない形で。


 ……もう、失いたくない。







 昼休みになって、僕は気まぐれにふらりと一人になった。時々こうして誰もいないところでぼーっとするのが好きなことを仲間たちは知っているので誰も止めようとはしない。どこへとも聞かない。何故なら僕が言わないからだ。


 滅多に人の来ない木陰でスマホのゲームに耽る。ああ、退屈で落ち着く。

 王子といい、武内大雅といい、心をざわつかせる存在が多くて僕は少し嫌になっていた。現実逃避するのには事欠かないのが現代のいいところだなんて本気で思い始めたとき。


 僕の心を一番ざわめかせる人が泣きながら目の前に現れるなんて思いもしないまま。



『僕と付き合おうよ。フリでいいからさ。そうすれば王子への牽制にもなるし周りの誤解も解けるんじゃない?』

『……だけど私たちまだ会ったばっかりだよ』

『そんなこと気にしないで、気軽に僕のこと利用してみない? だって渡瀬さん。泣くほど追い詰められてるんだろう?』


 僕の言葉に何か言いたげにした渡瀬さんはそれを口にすることはなかった。その代わり、僕の提案を受け入れてくれた。

 結局は僕がそばにいたいがための、提案を。


 泣いてる君をそのままになんてできない。なんて理由はもはや綺麗事に思えた。



 初めて握った彼女の手は思っていたよりも小さくて細かった。そして何よりあたたかい。水より抵抗のない世界は軽く僕と渡瀬さんを包む。


「してみたいことある?」


 僕がそう尋ねると渡瀬さんは少し悩んで、「デートと言えばショッピングモール?」と答えた。


「いいね。じゃ行こう」


 できてしばらく経つ近場のショッピングモールは同じような高校生カップルや親子連れでそこそこ賑わっていた。僕が普段見ないような可愛らしい雑貨屋や靴屋、それから本屋を回って、休憩しようと他のカップルのようにフードコートにやってきた。


「何にする?」

「んーシェイク飲みたいな」

「了解。買ってくるから待ってて」

「え、一緒に行くよ」

「いいから。席取っておいてくれる?」

「……わかった」


 自分のコーヒーと彼女のシェイクを買って、彼女の待つ席を探す。四人掛けの席にぽつりと座る渡瀬さんを見つけて僕は何故かホッとしてしまった。


「はい、どうぞ」

「あ、お金……」

「大したものじゃないからいいよ」

「でも」

「今日デートしてくれたお礼」

「……えと、ありがとう」

「どういたしまして」


 ずずとすすり上げながら飲んでいる彼女は『まえ』とは到底似ても似つかぬ容姿をしている。天真爛漫だった性格も変わって今は大人しくてとても静かな子だ。どこを取ってもあのころの面影はない。なのに、どうしてだろう。

 こんなにも心惹かれるのは。

 彼女が彼女たり得ることが僕を魅了してやまない。まるで魂のレベルで惹かれているようだ。と、そこまで思って、あまりの気持ち悪さに自分を笑った。僕はいつまで夢を見ているんだろうか。


「どうしたの?」


 ずっと手元に視線をやっていた渡瀬さんが不思議そうにこちらを見ている。ああ、その丸い瞳は似ているな。なんて。


「なにが?」

「なんか……変な顔してた」

「そう?」

「ごめんね、私といてもつまんないよね」

「そんなわけないよ」

「私、あんま男の人と喋ったことなくてさ、なに話したらいいかわかんないんだ」

「そうなんだ。…………じゃあ、あいつとは何を話すの?」


 僕はできるだけ自然に見えるように高めの声で言った。滲み出そうになる醜い感情は、心の中で必死に誤魔化して。


「あいつ?」

「最近よく一緒にいるじゃない。武内……だっけ?」

「ああ、大雅?」

「……そう、その人」


 いいな、名前で呼ばれてるんだ。


「大雅は……うーん。王子のこととか、かなぁ。あとはよく心配してくれてる。たまにお母さんみたいなこと言うから笑っちゃうんだ。あんな不良みたいな見た目なのにね」

「へぇ。……彼とは付き合ったりしないの?」

「え? どうして?」

「どうしてって聞かれるとちょっと困るけど。仲良さそうに見えたから?」

「それを言ったら私、王子とも付き合わなくちゃならなくない?」


 冗談だと思ったらしい彼女は笑いながら言った。


「王子のことは……」

「絶対無理。……無理なはずなのにさ、」


 言葉を切った渡瀬さんはもう溶けかけのはずのシェイクを飲みにくそうにすすった。


「僕がそばにいるからさ。忘れちゃいなよ」


 君が命を懸けた恋ごと。──とまでは言えなかったけど。


「そのために付き合おうって言ったんだし」

「……忘れられるかな」

「僕、頑張るよ」

「荒牧君が頑張るの?」

「そう僕がね」


 だってもう二度と。君を失うなんてごめんだから。


 手を伸ばしてしまった。見ているだけで諦めるのはもうやめた。再び出会ってしまったから。


混迷している。

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