表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

溺れる人魚2

 

「いつになれば君に届くのかな?」

「知りませんていうか一生届きません」


 ──だって私は死んでも届かなかった。


 なんて未練がましいことは言えませんけどつい思った。王子は持ち前の鈍感さをフルに発揮して私の断りを悉く無視していく。まるで世界は自分を中心に回っているかのように。いや回ってるんだろうな彼の中では。昔は実際そうだったし様子を見るに今もそう変わっていない。


「俺、姫ちゃんに嫌われるようなことしたかな」


 ええ、現在進行形で。


「君がいなくなった後。俺はものすごく後悔したんだ。もっと君にしてあげられることはなかったのかなって。魔女に君の真実を聞いてもっと後悔した。でも償おうにも君は泡になってしまっていた」


 そんな。


「だから魔女に頼んだんだ。俺に差し出せるものはすべて捧げるから、その代わりに」


 待って、待って。


「君にもう一度会えるようにしてくれって」


 ──馬鹿じゃないの。


 そう言ってやろうと思った口は、無音の息ばかりが漏れて、消えた。





 授業そっちのけで廊下を走る。カバンは教室に置きっぱだ。このままでは帰れない。けど誰にも会いたくない。だからひたすら人のいない方に走った。


「ハァ、ハァ」


 息が切れて、足がもつれそうになって、私はようやく立ち止まった。薄暗いここは校舎裏のプール近くの中庭だった。等間隔に並んだ広葉樹には緑の葉が綺麗に生えている。

 逃げ出して一人になって、疲れた体に酸素が回る。同時に王子の言葉が蘇ってきた。

 なんで。なんで。あんなこと言われて。


 ──嬉しいなんて。


 馬鹿なのは自分だ。勝手に好きになって、報われなくて、結局命まで捧げて。なんのために人魚姫は生まれたのかそれすらわからなくなって。

 もうあんな思いはしたくないと。せっかく記憶を持って生まれたのだから同じ過ちはしないと決めたのに。

 どうして。どうして。


 思わず涙がボロボロと零れ落ちた。悲しくて馬鹿馬鹿しくて、みっともなくて。それでも喜びを感じてしまった自分が惨めで。


 息ができない。





「これ、使って」


 白いハンカチが視界を覆う。ゴポリ、と酸素が弾ける音がする。


「…………え?」

「綺麗なやつだから安心して」

「う、ん」


 呆然と、思考する間もなく受け取った。目の前に現れたのはワイシャツを緩く着たカースト上位にいそうな黒髪の男の人だった。白いハンカチなんて持ってそうもない外見なのに渡されたそれは綺麗に折りたたまれて洗剤のいい匂いがした。

 いろんなことにびっくりして、涙は止まっていた。目尻に残っていた水滴をハンカチでありがたく受け止めて私はそっとポケットにしまう。持ち逃げしようというんじゃない。洗って返すためだ。


「あの……」


 黒髪の彼は木陰に座り込んだ私の隣に同じように座っている。スマホで何か読んでいるようで私はおずおずと声をかけた。授業……行かないのだろうか。自分のことはとりあえず棚上げにした。


「落ち着いた?」

「はい……ありがとうございます。ハンカチ、洗って返します」

「ああいいよ気にしないで。そのまま返してくれていいから」

「あ、いや。あのお礼しますから」

「ほんとに気にしなくていいのに。君は律儀だね」


 彼は一見冷たそうなのにほわっと笑うと印象がガラリと変わる。その優しい笑みに記憶が重なった。

 ……私、この笑顔、知ってる。


「……あの、お名前、教えてもらえますか」

「僕?」

「はい。よければ、ですが」

「僕は…………荒牧望、B組だよ。よろしくね渡瀬さん」

「私のこと……?」

「もちろん。君は有名だから。あと同級生だし敬語はいらないよ」

「……うん」


 私のことまえ(前世)から知ってるの? とはさすがに聞けなかった。私の知ってる「彼」も、こうして私が落ち込んでいるときそっと優しくしてくれた。

 その彼を置き去りにするように私は海を捨ててしまって、……そういえばそのあと彼はどうなったのだろう。私と違って幸せになってくれたのだろうか。確認する術はもうないけど。


「大変だと思うけど」

「え?」

「ほら、“王子”のこと」

「あ、ああ。うん」

「よかったら僕が話聞くよ」


 きっと逃げ道が欲しかったんだと思う。優しい雰囲気の「彼」によく似た荒牧君に、私は初対面だというのに、あれこれと止め処なく溢れる弱音を吐き出していた。もちろん前世の話は抜きで。


「もう嫌なんだね」

「でも、嬉しかった自分がいてそれがどうしようもなく汚く思えて、苦しくて、怖い」

「……うん。そっか、じゃあさ、」


 ──僕を利用してみない?







「はいお待たせ」


 いつの間にか放課後になって、下駄箱で待っていた私にカバンを差し出してくれる荒牧君。


「行こっか」


 自然と差し出された手に自分のものを重ねる。初めて握った異性の手のひらは、思っていたよりも大きくて暖かかった。その様子を見ていた周囲がざわつく。


「……ねえほんとによかったの」


 思っていたより大きいざわめきに私は尻込みして、繋いだ先にいる彼を見た。


「ん? 何が?」

「みんな、見てるよ」

「見せつけてるんだよ。そうじゃなきゃ意味がないから」



 ──僕を利用してみない?


 彼はそう言った。彼の話を要約すると、私と荒牧君が付き合うふりをして、私の王子にまつわる噂を払拭しようというものだった。

 現状私は王子に言い寄るうざい女として認識されている。それを改めさせるために荒牧君と付き合うふりをするのだ。

 こんなことで認識が変わるのか信じられなかったが、根本的に解決する方法がわからないでいた私に差した一筋の希望に見えて、この突拍子もない提案に乗ることにした。

 荒牧君とはまだ出会って数時間、恋はともかく好意すらまだあやふやなものなのに、ふりとはいえ恋人になるなんて。自分でもどうかと思うけど、どうしてか彼は私にひどいことはしないだろう、だから大丈夫。なんて根拠のない思いがあった。


「どこか寄って帰る? 門限ある子?」

「え……、ないけど」


 てっきり学校を出るまでの話だと思っていた私は驚きを隠せない。


「まさか門を出たらバイバイだと思ってた?」

「……まあ」

「せっかくだし恋人ごっこ楽しもうよ。気楽にさ」

「……うん、せっかくだもんね」


 私がそういうと荒牧君は握った手をさらにぎゅっとして笑った。その顔がどこか泣きそうに見えたのは、何故だろう。

 そのまま手を引かれて半ば駆け出すように歩き出した彼に、私はついていくことに必死になって一瞬の疑問はすぐに霧散した。




とりあえず三人(ヒロイン→元幼馴染み→元漁師)の視点でぐるぐる回していく感じになるかと。


着地点は決まってません。展開も行き当たりばったりです。こうして欲しいとかあったら気軽に感想へ。作者の独断と偏見で参考にさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ