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溺れる人魚

 

 童話の通り、海の泡となって消えた人魚姫は、何の因果か現代社会にて女子高生として生まれ変わりました。

 それが私、渡瀬みのる十六歳ピチピチのJKです、よろしく。

 今思えばあの頃の私はバカだった。嵐の日に難破した船から王子を助けて一目惚れして、声と尾びれを犠牲に彼の姿を追いかけ陸上に上がり結果として海の藻屑になって死んでしまうのだから。そんなバカな話を今の人たちは物語として親しんでいるみたいだけど、当事者としてはできればなかったことにしてほしい。

 種族違いの恋なんてするんじゃなかった。そもそも現代的価値観で言えばストーカーだ。一方的に惚れて勝手に自己犠牲して。結局報われなかったんだから後ろ指さされて笑われても仕方ない。

 本によれば王子は助けてくれた相手を勘違いしていたらしいけど、こっちは勘違いで死んだなんてたまったものじゃないし、結局本人の気持ちがどこにあったかなんて本人しかわからないからどのみち助かるチャンスは少なかったんだ。命を懸けた恋、なんて聞こえはいいけど百害あって一利なし。

 まあ、もう過去のことだから何言ったってどうしようもないんですが。

 だから私は反省した。今度は身の丈にあった相手に恋をしよう。そしてもう二度と馬鹿な思い込みはしないと。





「姫ちゃん今日もかわいいね、俺と付き合って」

「嫌ですお断りです帰ってください」


 って、聞いてない! 王子も転生してるなんて聞いてない!!


 前世とまったく同じ容姿をしたびっくり人間みたいなヤツ……桜花幸輝は高校に入って再会してからこのかたずっと私のことを「姫」と呼び、付きまとってくるのだ。

 桜花幸輝は前世金髪碧眼のテンプレな王子スタイルだった。当時はわかる。だけどなんで純日本人に生まれ変わってるはずなのにその容姿なんだ! 隔世遺伝か!?

 それに王侯貴族的な身分なんてもう廃れて久しいっていうのに王子なんてあだ名で呼ばれている。思春期の男子からしたら恥ずかしがりそうなものなのにヤツは自然と受け入れていて、きっと前世の感覚が抜けきれてないのだ。

 ちなみに私は前世とは似ても似つかぬ容姿に生まれました。 現在の黒髪黒目凡日本人スタイルは大いに気に入っている。平凡バンザイ。昔はピンクブロンドに緑の瞳だったからね、そのままだったらどこの二次元の住人ですかって感じだけどね。いやある意味、二次元の存在ではあるんだけど。


「というかそもそも姫とか意味わかんないんですけど」


 私、貴方に前世の記憶があるなんて言ってませんし。貴方と違って容姿も全然違うからわかるはずありませんよね?


「え? だって君は俺の姫だろう?」

「いや、違いますし、現代日本に姫とかいませんから」

「そういう意味じゃないよ。でも俺にはわかるんだ、君はかつての俺が愛した姫だって」


 かつて俺が愛した姫?(・・・・・・・・・・) なら、なおのこと、私のことじゃないじゃない。私はあなたに選ばれなかったから泡になったのに。


「人違いです。さよなら」

「あ! 待ってくれ!」


 背後からする声を無視して歩き出した。……死んでもバカは治らないのかな。こんなにも胸が痛いなんて。まだ私、王子のこと……。

 いいや、私はもう人魚姫じゃない。泡になる魔法もかかってない。ヒレも魔性の歌声ももうなくしてしまって、私を縛るものだって何もないのだから。


 誰を好きになってもいいんだ。……王子以外なら。



「もう、あんな思いはごめんだ」





 ──そうは思っても。


「あ、姫ちゃん。おはよう、いい朝だね」


 相変わらず王子はつきまとってくる。朝から素晴らしい笑顔ですね。迷惑です。


「はぁ……またですか、私は姫ではありません」

「そんなはずないんだけどなぁ……」

「私がいうのも烏滸がましいんですけどつきまとうのやめてもらってもいいですか」


 ただでさえ平凡女に王子キャラが接近するなんて他の女子からの非難を浴びるのにこいつに至っては、どこでも構わず口説いてくるものだから私に対するヘイトが貯まる貯まる。

 さっきの言葉は皮肉だ。下手に蔑ろにしても同様にヘイトが貯まるのだから本当に勘弁して欲しい。


「だって、魔女が言ったんだよ。“次、君が好きになる相手が、かつての君の姫だよ”って。だから君が俺の姫のはずなんだ」

「……は?」


 魔女って、あの魔女? 私を泡に変えた魔法をかけた、魔女? どうして王子が知ってるの……。私が人魚姫だって最後まで気づかなかったくせに。魔法にかかってたことなんて知らないはずなのに。

 気になるけど、聞くことも出来なくて「私は、貴方の姫ではありません」ということしか出来なかった。



 その日の授業は上の空で受けた。王子に聞くわけにはいかないし、かと言ってこの世界に魔女がいるわけがない。だいたい王子はどの段階で魔女に会ったというのだろう。

 あの言い方からしてきっと私が泡になったあと、だと思うんだけど。ん? 待てよ、王子にとって姫っていうのは彼と結婚した隣の国のお姫様のこと。ということは、彼女も私のあと死んでしまったのかしら。

 それに“次”って言葉が示すのは一体いつのことなのだろう。かつての~ということは死んでる相手だと思うんだけど。となると、彼が魔女に出会ったのは彼が死ぬ直前になるのか?


 ……魔女に会ったなら、私がいなくなった理由も聞いたのかな。私が死んだ理由も。王子は知らなかったはずだから。あの時は。その後のことは何もわからないけど。少しは悲しんでくれたかな。そうしたら、あの頃の私も少しは報われるのに。


「姫ちゃん、一緒にご飯食べよう」

「食、べ、ま、せ、ん!」

「いいじゃないかご飯くらい。すきな人と食べるご飯より美味しいものはない」

「貴方はいいかもしれませんけど私はおちおち食べることもできません」


 睨んでくる女子の視線が痛い。おかげで入学以来友達いませんけど何か。はあーとため息をこらえてこめかみを揉んでいると大きな影がにゅっと現れた。


「おい、こいつ嫌がってるだろ。やめろよ」

「……なんだい君は。君には関係ないだろう」

「そういう問題じゃない。なあ?」


 突然の乱入者に驚きながら、いいぞやれやれという気分で見守っていると、話を振られる。え? 私……ってそりゃそうか。つい当事者だってこと忘れかけてた。


「あ、ああはい。いやだって言ってるんですけど聞いてもらえなくて……」

「本人もこう言ってる。どっちの立場が悪いかくらいあんたにもわかんだろ」

「っく、わかったよ。またね姫ちゃん」


 こいつ私の名前知ってんのかな。王子の捨て台詞を聞いて思う。姫なんていない。いたとしてももうとっくに死んだ過去の遺物なのに。


「渡瀬も困ってんなら先生に相談しろよ」

「あ……、うん。でも先生もあれなんだ……」


 乱入者は遠い目をした私にありがたい忠告をくれる。ツーブロックの強面な彼は不良そうな見た目とは裏腹に結構常識人らしい。

 言われた私は、私たちのやりとりを見ているギャラリーに視線を向ける。周りを囲む多数の女生徒のなかに教師の姿がちらほらと。見た目が良く生まれもいいそして素行もいい王子の味方をする先生は男女問わず多いのだ。


「ああ……あれじゃあな……でもなんかあったら困んのはあんただぞ」

「そうなんだよねー……」

「ま、俺でよければ力になるから」

「え」

「なんだ? 不満か?」

「や、ちがくて。……そんなこと言ってくれる人初めてだったから」

「…………」

「ありがとうね。…………ってごめん、名前なんだっけ?」


 クラスメイトだということは知っているが名前までは把握していなかったので聞いてみると、相手は面食らった顔して、それから苦笑しながら教えてくれた。


「武内大雅、ま、好きに呼んでくれ」

「よろしく、大雅……って呼んだら馴れ馴れしい?」

「いや? 俺もみのるって呼んでいいか」

「うん」

「じゃ、また困ってたら助けてやるな、みのる」


 なんだかよくわからないけど、味方が出来たらしい。


 王子が去って、救世主もいなくなって、私はお弁当を取り出して、もそもそと食べ始める。冷めたお弁当は、それでもおいしくて、私は緩む頬を隠せなかった。

 助けてくれる人がいるって幸せだな。






やけくそ。

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