金や銀より鉄の斧
金の斧と銀の斧の話は、正直は美徳ということを伝える童話だと思われていますが、あの木こりは本当にただの正直者だったのでしょうか。
実は、己の仕事に誇りを持つプロだったのではないでしょうか。
と「本野夢詩の童話考察①」(http://ncode.syosetu.com/n7391df/)で指摘されていたのを読んで思いついた作品です。
2016/11/2の6:30に大幅改稿しました。
あるとき、正直な木こりがうっかりと斧を泉に落としてしまいました。
すると泉から神様が現れて金の斧を差し出しながらたずねました。
「お前が落としたのは、この金の斧か?」
正直な木こりは答えました。
「俺のじゃねえ! そんな重くてヤワな斧じゃ木なんぞ切れやしないよ!!」
そこで神様は銀の斧を差し出してたずねました。
「では、お前が落としたのは、この銀の斧か?」
正直な木こりは答えました。
「俺のじゃねえ! そいつも木を切るにはヤワすぎらあ!!」
そこで神様は正直な木こりの斧を差し出してたずねました。
「では、お前が落としたのは、この鉄の斧か?」
正直な木こりは答えました。
「おお、そいつだ! 返してくれねえか? 木を切るにはこいつが一番だからな」
そこで神様は正直な木こりに言いました。
「お前は正直者だな。斧は返してやろう。それに加えて、ほうびにこの金の斧と銀の斧もやろう」
ところが正直な木こりは答えました。
「いらねえ。俺はなあ、自分の仕事に誇りをもって木こりをやってるんだよ。金が欲しけりゃ、木を切ってそいつを売って稼ぐぜ。人様に金を恵んでもらって喜ぶほど俺は安くねえぞ」
それを聞いた神様は、大いに恥じ入って泉の中に消えていきました。
家に帰る途中で仲間の木こりに会った正直な木こりは、そのことを話しました。
それを聞いた仲間の木こりは欲張りだったので「バカなヤツだ」と思って、その泉のところに行って自分の斧を投げ込みました。
すると泉から神様が現れて金の斧を差し出しながらたずねました。
「お前が落としたのは、この金の斧か?」
欲張りな木こりはものすごく「俺のだ」と言いたかったのですが、「正直のほうび」と聞いていたので我慢して正直に答えました。
「それは俺のじゃありません」
そこで神様は銀の斧を差し出してたずねました。
「では、お前が落としたのは、この銀の斧か?」
欲張りな木こりは、また我慢して答えました。
「それも俺のじゃありません」
そこで神様は欲張りな木こりの斧を差し出してたずねました。
「では、お前が落としたのは、この鉄の斧か?」
欲張りな木こりは答えました。
「それが俺の斧です」
そこで神様は欲張りな木こりに言いました。
「お前は正直者だな。斧は返してやろう。それに加えて、ほうびにこの金の斧と銀の斧もやろう」
欲張りな木こりは「ありがとうございます」と金の斧と銀の斧と自分の斧を受け取って、大喜びしながら家に帰りました。
そして、さっそく町に行って金と銀の斧を売ると、大金を得ました。
欲張りな木こりは、欲張りだったので、その大金をさらに増やそうとして、商売を始めることにしました。
ところが、慣れない商売は全然うまくいかず、あっという間に大金は全部なくなってしまい、それどころか残っていた鉄の斧さえ借金のかたとして取られてしまいました。
すべてを失って森に戻ってきたものの、斧がないので木を切ることすらできなくなってしまった欲張りな木こりに、正直な木こりは言いました。
「だから持ち慣れない大金なんぞを人に恵んでもらうもんじゃねえんだ」
そして、危うく斧をなくしそうになったことを反省して、いざというときのために買っておいた予備の斧を貸してあげると、一緒に木を切りに行ったのでした。