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夏祭り/ファントム再び

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 “ファントム”の編集エンジニア、源真樹夫は船の上から、八丈島を見ていた。

「もうすぐ到着だな。」

隣にいる、資材部チーフの浜田に確認した。

「荷物は大丈夫。いつでも上陸できます。」

「よし、じゃあ、一丁派手にやってやろうか!」

「そうですね。坊ちゃんをびっくりさせてやりましょう。」


 良介たちは、食堂に集まって朝食を取っていた。

食事が終わると、恒例となった良介のスケジュール発表が始まった。

「えー、今日のボランティア活動だが、海水浴場がどっかのB級映画かなんかの撮影のため、午後四時まで立ち入り禁止になったらしい。

それで、急きょ予定を変更して、八丈植物公園内の清掃活動をすることになった。夜の花火大会は予定通り実施するので、望と温子は今日の船で到着するはずの花火をゲンさんから受け取って準備を進めておいてくれ。残りの者は全員俺について来てくれ。」

むさ美のメンバーは、「あいつら、よくやるよ。」そんな目で、良介の話を聞いていた。

こちらは、レンタカー2台で島内観光をすることになっていた。


食事が終わると、直子がマイクロバスで植物公園まで送ってくれた。

晃が園長にあいさつに行くと、園長は両手で晃の手を握りしめ、「よろしく頼む。」と感謝の意を表した。

晃はメンバーに園長を紹介し、園長はメンバーに仕事の内容を説明した。

良介と涼子は、園長の希望で臨時のガイドをやって欲しいと頼まれた。

メンバーの中で一番の美男美女に白羽の矢を立て、開園までの間に園内の様子を頭に叩き込むよう指示した。

伸一は大工道具一式を渡され、園内の壊れた看板や、壊れそうなベンチの修理を頼まれた。

孝太は“キョン”の飼育場の掃除と餌付けを任された。

園長には、晃が事前にメンバーの持ち味を報告してあった。

晃は、花火大会の段取りで、役場をまわったり、地元の工務店で資材の調達をすると言って、直子と戻って行った。


 船が着くまでにはまだ時間があった。

望と温子は朝食の後片付けを手伝った。

晃の父親が、港まで乗せて行くと言ってくれたが、望は丁重に断った。

本音を言うと、“軽トラックには乗りたくない”だったが、まさかそうは言えない。

幸い、むさ美の連中がレンタカーを借りることを知っていたので、彼らに送ってもらうことにした。

司と薫がサービスセンターまで車を借りに行った。

停まっている車を眺めながら、亨が言った。

「おい!これにしようぜ。」

薫も頷いた。

「そうだな。せっかくの南の島なんだからな。」


 他のメンバーが準備を済ませて食堂に待機していると、クラクションの鳴る音がした。

司は、亨と薫の荷物を担いで玄関まで出た。

他のメンバーも続いて出てきた。

司は担いでいた荷物を地面に落して目を丸くした。

亨と薫が乗ってきた車は、元はワンボックスだが、派手な電飾が施され、ハワイアンなイラストが描かれていた。

望はこんな車に乗るくらいなら、軽トラックの方が良かったと言ったが、他のメンバーはバンザイをして喜んだ。

運転席と助手席のうしろは“F&N”のVIPルームのボックスシートのように改造されていた。

最後部のトランク部分には冷蔵庫も備え付けられていた。

定員は9人といったところだったが、女性メンバーが多いので充分リラックスできる。

但し、港までは余計に二人乗るので、少々窮屈だった。


 源は、浜田が5台のトラックを引き連れて上陸するのを見届けると、ダミーの花火を積んだライトバンに乗り込んだ。

望たちが港に着くと、“ハワイアンカー”の前をトラックが次々と通り過ぎて行った。

「例のB級映画の撮影隊だな。」

亨が言うと、温子はウキウキして声を弾ませながら、トラックの行方を追っている。

「高倉健や松坂慶子とかも来るのかなあ?」

「バーカ!こんなB級映画に高倉建や松坂慶子が出るわけないだろう。」

亨に一蹴され、温子は地団太踏んだ。

「早く行けよ。ほら、向こうで誰か手を振ってるぞ。」

見ると、源が手を振っていた。

温子は源のそばに駆け寄り、「ゲンさんお久しぶり。」と、抱きついた。

望も、「ごくろうさま。」と言って握手をした。

「ずいぶん派手な車に乗ってきましたね。彼らが、むさ美の連中ですか?」

「まったく、美大生のくせに信じられない感性だわ。」

「でも、まあ、楽しそうじゃないですか。御嬢さんのそんな顔は初めて見ましたよ。」

望は苦笑いしながら、ライトバンのドアを開けた。


 この日は土曜日だということもあって、開園と同時に、かなりの来園があった。

良介は20分もパンフレットを眺めると、その内容をほとんど暗記してしまった。

基本的には涼子とペアで、ボケ漫才のように来園客を面白おかしく案内して回るように言われていた。

定期的に園内を巡回しながら、人が集まっているスポットで解説を始める。

良介の巧みな話術と、絶妙の突っ込みを入れる涼子のコンビは瞬く間に園内で評判になった。

二人が客を捜すのではなく、客が二人を捜すようになった。

面白いガイドがいるという評判が、朝、来た客からホテルや空港でうわさになり、昼過ぎには、通常の3倍近い来園客が訪れた。

園長は、予想外の結果に、せめて、明日の日曜日だけでも続けてくれと懇願した。

良介たちは、月曜日の船で帰る予定だったので、日曜日はゆっくり島内観光を楽しむ予定だった。

涼子は、既に、孝太と島一周しているし、その時、来なかったここに、今日来ているので構わないと言った。

良介は、午前中だけということで、園長の頼みを受けることにした。


 八丈島の“キョン”はなかなか人懐っこかった。

飼育係の渡辺由美子は、孝太とそれほど年が離れていないように思われたが、もう、ここで4年半働いていると言った。

二人はまずは、飼育場の掃除から始めた。

最初孝太は、動物の独特な臭いに困惑していたが、由美子が、いろいろ興味をそそる話をしながら一緒に作業してくれたので、次第に臭いにも作業にも慣れて行った。

もともと物覚えはいい方だったので、一通りの世話の仕方はこの日だけで覚えてしまった。

由美子は、「明日は、私がいなくても大丈夫ね!」と言った。

孝太は、「残念だけど、手伝うのは今日だけだ。」と詫びた。

由美子は、クスッと笑って「あら、知らないのね?」そう言って、孝太の手を握って走り出した。

そこには、すごい人だかりができていた。

その中心にいるのは良介と涼子だった。

「彼らの人気がすごくて、園長がもう1日だけお願いしたみたいよ。」

「彼曰く、彼女がもう一日手伝うことになれば、あなたもそうするって言ってたわよ。」

孝太は、ガイドをしながら楽しそうに喋っている涼子を見ながら、「まっ、いいか」そう言って由美子の顔を見た。

涼子が孝太に気づいて控え目に手を振った。

「あなた達はお付き合いしているのね?」

「ええ、まあ。」

そこへ、作業を終えた伸一もやってきた。

「俺は、明日は放免だ。だからお前の方を手伝ってやる。」

「いいんですか?博子ママを放っておいて?島崎さんに取られちゃいますよ。」

「島崎って、“すとれちあ”でシェフをやってる?」

由美子が不思議そうな顔をして、話に割り込んできた。

「そうだけど、島崎さんを知っているんですか?」

「もちろんよ!彼は私の婚約者だもの。」

それを聞いた伸一は、生気をみなぎらせ、走り出した。

「前言撤回!明日は孝太君一人で頑張ってくれたまえ!」


 “すとれちあ”では、源と望、温子が花火のリストと現物を照らし合わせている。

源は美術部から、セッティング用の図面を預かっていた。

去年もやっているので、問題はないと言ってビールを飲み始めた。

「ねえ、ゲンさん?本当に大丈夫なの?」

「ああ、心配ない!いずれにしても、晃君が資材を調達してくれないと話にならないし、海水浴場の撮影隊がいなくならなければ花火のセッティングもできないんだからな。」

「まあ、それはそうだけど。」

温子は不安そうに、ビールをラッパ飲みする源の顔を眺めた。

すると、そこへ晃が帰ってきた。

「先輩!資材は大丈夫ですか?」

温子がきくと、晃は役場の封筒から海岸の使用許可所を出して、Vサインをし、冷蔵庫からビールを取り出すとグラスに注いだ。

「撮影が終わり次第、やぐらを組んでくれるそうだ。」

そう言うと、二人に気づかれない様に、源に合図を送った。

「じゃあ、私たちもそれまでは休憩にしましょう。」

望はそう言って、ビールをグラスに注ぎ始めた。

「副部長、あまり飲まない方が…」

温子は恐る恐る、望に注意したが、「一杯だけよ。」望はそう言って、ウインクした。


 浜田は、海水浴場にトラックを誘導すると、早速資材を降ろし、最初に、海岸が外から見えない様に周囲をシートで囲ってしまった。

そして、数人の警備員(といっても、衣装部から警備員の服を借りてきてスタッフに着せているだけだが)を配置した。

照明用のやぐらと、周囲に提灯をつるすために支柱を組み、ナイヤガラの土台を組んだ。

それから、焼きそば、金魚すくい、焼きトウモロコシなどの屋台を組んだ。

“ファントム”のスタッフは慣れた手つきで、次から次と、仕事をこなしていく。

空輸された食材や金魚をセットし、すぐにでも縁日が始められるように会場が出来上がった。

最後に花火のセッティングをして、すべての作業が終わった。

 浜田は、良介たちの合宿の話を源から聞いた時に、今年は俺達で良介をおどかしてやろうと持ちかけた。

去年、良介に頼まれて、セッティングした時は急な話だったので、それこそ、子供の花火大会レベルで終わった。

良介たちはそれでも満足していたが、浜田はプロとして納得がいかなかった。

今年は、自腹を切ってでも良介がびっくるする仕掛けを作りたかった。

だから良介には内緒で企画を練っていたのだ。

今年も良介に花火の段取りを頼まれたのだが、都合が悪いと断り、源に協力してもらって、いよいよ当日になった。

源は、内部に協力者が必要だと判断し、鵬翔晃に依頼した。

もちろん誰にも言わない約束で。


 良介たちが戻ってくると、源はほろ酔い気分になっていた。

「おい、ゲンさん、大丈夫かい?そろそろ気分を切り替えてくれよ。」

「ああ。プロデューサーお帰りなさい。準備は万端。そろそろ連絡が入る頃だな。」

源は時計を見るとそう言った。

すると、源の言うとおり電話が鳴った。

晃が出る。

受話器を置くと、源にOKサインを出した。

「それじゃあ、皆さん、会場に移動しましょう。」

源は酔っていたので、晃がマイクロバスを運転して海水浴場までみんなを運んだ。

「まったく役にたたないおっさんだ。いったい何をしに来たんだか?」

良介は、源を小突いて悪態をついた。

「あきら、準備はばっちりだろうな。」

「ノープロブレム。」

「よし!」

マイクロバスが海水浴場に着くと、そこでは夏祭りが行われていた。

「おい、どうなってるんだ?まだ撮影が終わってないのか?」

良介は、いらついて、晃に確認した。

「うちが許可を取っているのは何時からだ?」

晃は笑って、許可証を良介に渡した。

許可証には、朝の十時から翌朝の十時までの使用を許可すると書いてあった。

事由には、夏祭りの開催及び、準備、後片付けのためと書かれていた。

源が合図すると、『歓迎!聖都大学CIP』と書かれた垂れ幕がやぐらから垂らされ、花火が打ち上げられた。

やぐらの上から浜田が、「ぼっちゃーん」と叫んで手を振っている。

良介は驚いて源を見た。

「ゲンさん!」

そして晃を見た。

「お前、知ってたのか?」

晃と源は握手をして、してやったりといった表情をした。


 亨達は、間もなく底土海水浴場に到着しようとしていた。

すると、前方にキラッと閃光が走り、パンパンパンと轟音がとどろいた。

「おっ!始まったらしいぜ。」亨が言った。

「でもまだ明るいわよ。」洋子がそう言うと、司が説明した。

「たぶん合図か試し打ちだろう。」

「まあ、着いたらちょっとは手伝ってやろうか。」

亨がそう言うと、みんなも賛成した。

亨達の“ハワイアンカー”が海水浴場に着くと、夏祭りが始まっていて、すごい人だかりができていた。

「こいつぁ…すごいなあ。」亨がつぶやく。

他のメンバーも唖然としていた。

「ここまでやるとは思わなかったな。」司も、薫も感心した。

女性陣は、「すごーい!」と歓声を上げ、「早く行こう!」そう言って人ごみの中に消えて行った。

亨は、『歓迎!聖都大学CIP』と書かれた垂れ幕を見て、あながち、全部、良介たちがやったわけではなさそうだと思った。

「まあ、何はともあれ、こんな舞台が用意されてあるんだ。楽しまない手はないな!」


 やぐらの上では、浜田と良介が全体の風景を見ながら、花火の打ち上げスタッフと最後の打ち合わせをしていた。

そろそろ日が暮れて、いい具合になってきた。

「よしっ!始めてくれ。」

浜田がトランシーバーで合図すると、手始めに打ち上げ花火が単発で連続10発上がった。

その後は100発の打ち上げ花火の乱れ打ち。

続いて、会場から大玉が上がった。間をおいて3発。

再び100発の乱れ打ち。

そして最後にナイアガラ。

時間にしたら、わずか30分で終了したが、その間、島にいる人々はみんな花火に見とれていたに違いない。

花火の余韻が残る中、メンバーは、源が用意してきたダミーの花火で遊び始めた。

これも、遊びにしてはかなり豪華なおもちゃ花火だった。

やぐらの上から見ていた良介は、浜田に尋ねた。

「いったい、いくら使ったんだ?」

浜田は笑って指を二本突き出した。

「よくやるよ!こんなことにニ千万?」

「なぁに、ほんの二カ月分の給料ですよ。それに、社長が経費で認めてくれると言ってましたから。」

「おやじが?まさか!」

信じられないという表情の良介に、浜田は上空を指さしてほほ笑んだ。

ニ機のヘリコプターが旋回している。

そして、浜田は改めて良介に海岸の使用許可証を見せた。

使用者は、株式会社ファントム代表取締役社長日下部良太郎になっていた。

良太郎は浜田から花火大会の話を聞いて、閃いた。

数社の得意先クライアントに話を持ちかけ、スポンサーを募り、島の夏祭りを大々的にプロデュースしてみるのは、意外と面白いかもしれないと考えた。

今回は、軽いテストみたいなノリで、浜田を差し向けたのだった。

「そういうことか!こりゃ、一杯食わされたな。」

「実は、すでに来年以降のスポンサーも決まっているらしいですよ。」

浜田は、下を指して、良介にウインクした。

やぐらの下で、望が呼んでいる。

「じゃあな!ハマさん。おやじによろしく言っといてくれ。」

そう言って良介はやぐらの梯子を下りてった。

 夏祭りは、夜の十時までで終了させた。資材の片付けは、翌朝の早朝から行うことになっていたので、やぐらや足場の周りにバリケードが張られた。

屋台も、食材がなくなっていたのでシートで覆われた。


祭りの後…

メンバーは砂浜に並んで座り、祭りの後の余韻に浸っていた。

すると、いきなり、フラッシュの光が孝太たちを照らした。

源が写真を一枚撮ったのだ。

「皆さん、いい表情してましたよ。写真はまとめて後で学校に送っておきますからね。」

「まとめてって?」

温子がきくと、源はにこりと笑って、答えた。

「俺だって、ただの酔っ払いと一緒にされちゃあかなわないからな!地味な仕事をさせてもらったよ。」

そう言うと源は、浜田とライトバンに乗って引き揚げて行った…と言うよりは、夜の街に消えて行った。

今日の花火の仕掛け人だと話をしたら、二人ともモテモテだろうなと、良介は思った。


 翌日、渡辺由美子が迎えに来て、孝太は良介と涼子と一緒に、八丈植物公園に向かった。

公園の入り口には、『特別ガイド本日限り(12:00まで)』と書かれた、立て札が立てられていた。

三人が到着すると、園長は良介と涼子を丁重にもてなした。

孝太のことは、ついでのお手伝い程度にしか思っていないようだった。

「まあ、あっちはほっといて、私たちは行きましょう?」

由美子はそう言って、孝太の手を引いて飼育場へ向かった。

「今日は午前中しか手伝えないけど、その分、一生懸命やるから。」

「別にいいのよ。今日は何もしなくても。」

「えっ?だって、昨日…」

「ああ!あれはね、ただ、あなたに来て欲しかったから。あなたと一緒にいたかったから。」

「?」

孝太と由美子は“キョン”に囲まれて、二人でベンチに腰かけていた。

突然、由美子は、孝太に寄りかかり顔を近づけてきた。

びっくりして、よけようと思ったが、由美子の唇が孝太の唇をとらえる方が早かった。

「!」

孝太は一瞬何が起きたのか理解できなかった。

由美子は、目に涙を浮かべながら、「ごめんなさい。」としきりに謝った。

「どうしたんですか?」

孝太はようやく我にかえって、泣き崩れる由美子の肩を抱いた。

まだ、開園前なので誰かに見られる心配はなかったが、孝太は胸がドキドキして、心臓が破裂しそうだった。

しかし、由美子の尋常ではない姿に何か出来ることはないかと必死に考えた。

孝太に肩を抱かれると由美子は、大分、落ち着いたようだった。

「島崎が浮気をしているの。」

「えっ!」

「心配しないで。あなたと一緒に来ている人ではないから。」

「…」

「私たち、年が離れすぎているから…周りには色々言う人がいて、小さな島だから、彼も最初はかばってくれていたんだけど、最近は煩わしく感じだしたみたいで…浮気の相手っていうのは、“すとれちあ”に宿泊した本土の女なの。彼が休みのときに、つけて行ったの。そしたら…」

「由美子さん…」

孝太には、あの島崎が浮気をするとは到底思えなかった。

「…島崎さんには確かめたんですか?僕には島崎さんがそんなことをするような人だとは到底思えないんだ。」

由美子は首を横に振った。

「そんなこと怖くてできないわ。」

「怖くても聞いてみるべきだよ。そうしなければ前に進めないと思う。」

由美子は少し考えていたが、決心したようだった。

「今から、“すとれちあ”に行ってくるわ。」

由美子は立ち上がり、涙をぬぐった。

「あとはお願いね。どんな結果になっても、お昼までには戻ってくるわ。」

 

昼前に由美子は戻ってきた。

戻ってきた由美子の表情が結果を物語っていた。

「孝太君、ありがとう。確かめに行ってよかったわ。完全に私の勘違いだったわ。例の女だけどね。島崎の従妹だったわ。島崎より先にマスターが教えてくれたわ。」

由美子は、そう言い、孝太を抱きしめてキスをした。

「さっきは、ごめんなさいね。あれは忘れて。それで、今のはお礼よ。こんなお礼で申し訳ないけど。」

「いいえ、気にしてませんから。それに、こんな素敵なお礼はありませんよ。」

孝太は、竹ほうきと角スコップを担いで、道具箱の扉を開け、中にしまった。

「孝太く〜ん。」

涼子が仕事を終えて、飼育場へ孝太を迎えにやって来た。

孝太は、涼子がもう少し早く来ていたら、由美子にキスされたのを見られたかもしれないと思うと、冷や汗が出た。

孝太は、由美子におじぎをして涼子と一緒に事務所に戻った。

由美子は、“キョン”達に餌の残りをやりながら、幸せいっぱいといった表情をしていた。



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