特別な朝食/孝太と涼子の想いで作り
20
翌朝、孝太は厨房で朝食の支度をしていた。
ベーコンを電子レンジで暖めて、ほうれん草とあわせてサラダを作った。
電子レンジで温めたベーコンは、カリカリした食感を出すのには、いちばん簡単な方法だった。
和風のドレッシングを掛けて、カリカリベーコンの和風サラダにした。
卵は目玉焼きにし、二つの卵を時間差でフライパンに載せ、黄身が半熟と完熟のものを一度に作った。
孝太が半熟は苦手だったのでそうしたのだ。
二種類のソーセージはボイルして、軽く網で焼いた。
そして、涼子が誉めてくれたオニオンリングフライ。
オーブンを覗くと、バターロールがいい具合に仕上がっていた。
地元の牛のミルクで作った杏仁豆腐にパイナップルを加えたデザートをデザートカップに盛ったところで島崎がやってきた。
「ほー!なかなか美味そうじゃないか。」
島崎は孝太の作った朝食を見て言った。
「このベーコンはいい具合だな。電子レンジを使ったのか?」
「はい、横着しちゃいました。」
「いや、このやり方を知ってるヤツはそうはいないぞ。どこで覚えた?」
「お袋が朝早くに仕事に行くので、僕らは支度してある朝食を電子レンジで暖めて食べることが多かったんで、そのとき偶然発見したんです。」
島崎は、うーんとうなって言った。
「やっぱり、コックになれ!」
孝太は笑って、島崎に頭を下げた。
「さて、あとはこれで足りるかな?」
島崎は搾りたてのミルクが入った容器と自転車の鍵を二つ調理台の上に置いた。
「ありがとうございます。」
孝太は礼を言って、料理を食堂のテーブルに運んだ。
涼子は、他の二人が起きないように、そっと着替えて部屋を出た。
食堂からは、パンが焼ける匂いと、油の香りが漂っていた。
厨房にいちばん近いテーブルには、二人分の朝食が用意されていた。
涼子が席につくと、エプロン姿の孝太が厨房から出てきた。
「おはよう!」
お互いに挨拶をすると、孝太は微笑んで「今朝は特別メニューなんだ。」と言った。
涼子は、一つ一つ味わうように食べた。
「美味しいわ。」
それを聞いて孝太はホッとした。
厨房のカウンター越しに、島崎がニコニコしながら二人を眺めている。
「こんなに絵になるカップルは初めてだよ。」
そんなことを言って二人をからかった。
涼子は顔を赤らめながら、孝太を見て、はにかんだような笑顔になった。
食事が終わると、孝太は二つの水筒に氷を入れ、麦茶を注いだ。
それから、もう一つ。少し小さいポットに、淹れたばかりの熱いアップルティーを注いだ。
そして、二人でおにぎりを作った、
昨日孝太が作ってきたように、小さ目のおにぎりに何種類かの具材を入れた。
梅干、鮭、昆布、焼きたらこ、おかか、野沢菜の混ぜご飯、高菜の混ぜご飯、ゆかりご飯の8種類を作った。
島崎に借りたランチバッグに荷物を詰め込むと、二人は空港のほうに向かって歩きだした。
サービスセンターの前には二台のツーリング用自転車がチェーンでガードパイプにつながれていた。
孝太は島崎から受け取った鍵でチェーンをはずしてそのうちの一台にまたがった。
昨日の夜島崎が帰る途中で二台を外に出しておいてくれるように頼んでおいてくれたのだ。
「さあ、行こうか!」
二人は、八丈島一週のサイクリングに出発した。
温子は目がさめると、涼子がいないのに気が付いた。
テーブルの上には、温子宛の封筒が置いてあった。
温子は静かに微笑んで、その封筒を手に取った。
…おはよう。夕べ孝太君に告白しました。今日は二人で島一週のサイクリングに出掛けます。温子ならきっと喜んでくれるよね。…
そう書かれた手紙が入っていた。
温子は穏やかな笑みを浮かべて、アーチ型の窓を開けた。
そして、両手をあげて思いっきりのびをした。
「やれやれ、これでやっと肩の荷が降りたわ。」
そう呟いて、食堂へ降りていった。
二人は、ヤシ並木を底土港へ向かって併走した。
右手前方から朝日が昇ってくる。
孝太は、自転車のバッグからスポーツキャップをとりだして被ると、同じものを涼子にも渡した。
涼子は自転車を孝太のそばに近づけてキャップを受け取った。
涼子は長い髪を後で結んでポニーテールにしていた。
フレッドペリーの紺のポロシャツに白いホットパンツ、NIKEのスニーカーを履いている。
孝太は、袖の部分が紺色になっている白いTシャツ、カーキ色の半ズボンにコンバースのバスケットシューズだ。
底土港まで出ると、右にカーブして島を南下していった。左手に太平洋を見ながら海岸線を軽快に飛ばしていった。
晃を除く男性陣は、誰も起きてくる様子がなかった。
温子が食堂に降りてくると、間もなく望みもやってきた。
「男どもは、今日は全滅ね!少なくとも、良介はたぶん使い物にならないわ。」
髪を掻き分けながら、そう言うと、温子の横に座った。
食堂には家族連れが二組とカップルが一組いて朝食をとっていた。
「あら?涼ちゃんは?」
望みは、そう言って辺りを見回した。
「ええ、ちょっとお散歩かな。」
温子はそう答え、話しをはぐらかした。
島崎が、カウンター越しに顔を出し、「もう出してもいいかな?」そう言った。
「すぐに揃うと思うからお願い。但し、女性だけね。」
「ああ、ハナからそのつもりだよ。今日は、お前さん達にだけ、特別メニューがあるんだ。」
島崎はそう言って、料理を運んできた。
それを見た望みは、「これのどこが特別なのかしら?」そう思ったが、島崎が、自慢げに説明を始めた。
「この料理は、初めてお互いの想いを告げて結ばれたカップルが、最初の朝に食べた朝食のメニューなんだ。愛する彼女のために男性が作った最高の料理さ。」
「へー!ロマンティックなエピソードね。それって、実話なの?」
ちょうど、むさ美の女性陣を引き連れて食堂に降りてきたばかりの智子が尋ねた。
若菜と綾も興味津々といった顔で、島崎の答えを待っている。
「ああ、実話だ。でき立てホヤホヤのな!」
それを聞いた知美は涼子の姿がなかったのを思い出し愕然とした。
その様子に気が付いた温子は、知美を隣に座らせて、肩を抱いて慰めた。
他のメンバーは、まだ気が付いていないようだった。
「ワオー!島崎さんおめでとう!」
若菜と綾はお互いの肩を叩きあって歓声を上げた。
てっきり、島崎が自分のことを話しているのだと思っていた。
島崎は、首を横に振って、否定した。
「この料理を作ったシェフの名前は“広瀬孝太”さ!」
「え〜!」
一同は一斉に驚きの声をあげた。
「相手は誰?温子ちゃん?知美ちゃん?それとも涼ちゃん?」
博子は、そう言って二人を交互に見た。
知美は温子にもたれかかってうなだれている。
その温子は知美を慰めながら、あきらめにも思えるすが、すがしい表情をして左右の手を交差させ、×印を作っている。
その時、初めて気が付いたが、涼子だけがここにいなかった。
「それで、二人は今どうしているんですか?」
智子が島崎に向かってそう聞くと、温子が涼子の手紙をみんなに見せた。
知美には気の毒だとは思ったが、一組のカップル誕生に他のメンバーは歓声をあげた。
孝太と温子は、ゆっくりとしたペースで島を南下しつづけた。
南下するにしたがって、上り坂が続いた。
急坂を休み休み登っていくと登龍峠展望台がある。
自転車を止めて、ポットからアップルティーをコップ代わりの蓋に注いだ。
先に涼子に飲ませてから、自分も一杯飲んだ。
ウエストポーチからビスケットを出し、1枚ずつ食べた。
「今ごろ、もう、みんなは起きてるでしょうね。」
「ああ、少なくとも女の子達はネ。」
「私、温子に手紙を置いてきたの。」
「手紙?」
「そう、孝太君と二人でサイクリングに出かけるって。」
「そうなんだ。温子は抜け駆けしたと怒るんじゃないか?」
「それは大丈夫だと思うわ。それより藤村さんが落ち込まなければいいけど。」
「藤村なら大丈夫さ。温子もついてる。」
「そうね。」
二人は再び自転車を走らせた。
十時を過ぎた頃、ようやく男性陣が起きてきた。
朝食を食べるだけの食欲がないと言うので、晃の母親が、二日酔いに効くと言って、アロエのジュースを作った。
ほんのりした苦味はあったが、ハチミツで飲みやすくしてあった。
温子たちが散歩から帰ってくると、男性陣は島崎に借りたクーラーボックスを担いで釣りに出かけるところだったので、温子たちも同行することにした。
一同は、ペンションのマイクロバスで、底土港へ向かった。
港の釣り宿で、釣りざおを借りて、桟橋の近くの堤防にそれぞれ陣取った。
温子と知美以外は自然にカップル同士になった。
温子は知美を連れて、亨の元に行った。
「ねえ、私たちも一緒にやっていい?」
「ああ、かまわないけど、涼子ちゃんと孝太君はいないみたいだなあ。」
温子と知美は何も言わなかったので、亨は大体のことを察したようだった。
「ははーん、さては、二人とも振られたんだな。」
「違うわよ!私達が孝ちゃんを振ったのよ。」
「それは、それは。」
亨は二人の気持ちも考え、それ以上の突っ込みはやめることにした。
「ねえ、若菜ちゃんに綾ちゃん?私達も一緒でいいかしら?」
知美が二人に気を使ってそう聞くと、二人はそろってこう答えた。
「もちろんですよ!二人も四人もおんなじですから。大勢のほうが楽しいわ。ねえ!先輩。」
亨はニヤッと笑って、「そうだな!」そう言って、釣り糸をたらした。
峠を越えると、道は徐々に下り坂になった。
末吉地区に入って灯台を目指す。
島の最南端に位置する八丈島灯台は小さな灯台だったが、なぜか安らぎさえおぼえる趣があった。
灯台のすぐそばには、眼下に海を見下ろすことが出来る、“みはらしの湯”という露天風呂があったが、今日はゆっくり温泉に浸かっている時間はなかった。
再び緩やかな登りに入り名古の展望台から西へ向かい、中之郷地区に入った。
孝太と涼子は明日葉のソフトクリームが有名だという、中田商店から、歩いて裏見ヶ滝を見にいった。
裏見ヶ滝は、名前の通り、滝を裏側から見ることが出来た。
中田商店に戻ると、涼子は名物の明日葉ソフトクリームを、孝太は氷あずきを食べた。
中田商店からは北上して少し進むと、黄八丈の織り元“めゆ工房”がある。
涼子は、そこで黄八丈織りのランチマットを買った。
この辺りからは道も平坦になっていた。
更にしばらく北上を続けると、大阪トンネルに入った。
トンネルを抜けると、展望台があり、孝太と涼子は、ここで昼食をとることにした。展望台からは八丈富士と八丈小島が親子のように並んで見えた。
「ずいぶん走ったね。自転車に乗ったのも久しぶりだけど、こんな距離走ったことなんてなかったから自分でもビックリしているわ。」
涼子はそう言って、ベンチに先ほど買った黄八丈織りのランチマットを広げた。
「俺も、高校時代は自転車で通ってたけど、本格的なサイクリングは初めてだよ。」
そう言って孝太は足の太股をパンパンと叩いた。
二人は朝作ってきたおにぎりを全部半分ずつにして食べた。
むぎ茶を飲んでしばらく休憩することにした。
「今頃みんなは何しているかなあ。」
「鵬翔先輩が、釣りに行くと言っていたからみんな一緒に行ったんじゃないかな?」
「釣りかあ。じゃあ、今夜のおかずは魚料理だね。」
「さあ、それはどうかなあ。」
温子達は、孝太の予想通り、なかなか釣れなかったので、晃と直子以外は底土海水浴場に来ていた。
女性陣は、一日中釣りをして過ごすつもりはなかったので、水着を用意してきていた。
男性陣は、そんな用意をしていなかったので、上半身だけ裸になり、ズボンをはいたまま海で遊んだ。
温子は黒のワンピース、知美は花柄のビキニ。本当は孝太に見せたかったのだが、今となっては、他の男性陣の目の保養にしかならなかった。
望は、上半身だけビキニの水着を着て、下はホットパンツだった。
智子は、黒と茶色のワンピース。
洋子はオレンジのビキニ。
若菜と綾は、それぞれ、ピンクと白のワンピースだった。
博子は水着には着替えずに、浜辺でビーチパラソルの下にいた。
「若い子はいいわねぇ。日焼けも気にせずにいられて。」
「博子さんもまだまだいけますよ。」
そう言って、伸一は博子に冷えた缶ビールを差し出した。
「あら、二日酔いは大丈夫なの?」
「ええ、迎え酒です。」
良介と望はビーチサイドにあるカフェでお茶を飲んでいた。
望はチョコレートパフェを食べていたが、良介は熱い日本茶を飲んでいた。
「まったく強くもないのに威勢だけはいいんだから…一体一晩でいくら遣ったの?」
良介は頭を抱えて、財布の中身を確認した。
30万入れておいた財布の中には、まだ15万ほどは入っていた。
良介も途中で晃に財布を預けてからは…と言うより、預ける前から記憶がなかった。
「ご、5万くらいかな?」
「バカね!6人で一晩飲み歩いて5万で済むわけがないでしょう!」
望はあきれた顔をしてパフェをスプーンですくった。
そして砂浜のほうを見ると、温子たちがビーチボールで遊んでいるのが見えた。
「あなたは、ひとりで爺くさ〜くお茶でもすすってなさい。」
望はそう言い残して、砂浜の方へ駆けていった。
「ああ、望先輩!一緒にどうですか?」
温子に誘われると、「もちろんそのつもりよ。」そう言って、ビーチボールを温子から受け取った。
孝太と涼子は昼食を済ますと、海岸沿いを更に北上し、八丈島歴史民俗資料館に立ち寄った。
それからまた北上し、はまゆうロードに出た。
道は平坦で快適だったが、背中に照りつける太陽を遮るものがなかったので首のうしろがジリジリと暑く、額からは汗がにじんできた。
孝太は、格好は悪いがタオルを濡らして首からかけるよう涼子に進めた。
涼子は素直に孝太の言うとおりにした。
はまゆうロードが終わると、道は東にカーブし八丈循環線に出ると再び北へ向かって延びていた。
再び海岸線に出ると左手には八丈小島が目の前に見えた。
孝太と涼子は順調に島の最北端にある大越し鼻灯台がある永郷展望台に到着した。
二人は自転車を止めると、最後の休憩をとることにした。
「今日はいいお天気で本当に良かったわね。」
「ああ、日頃の行いがいいからな。それより疲れただろう?」
「そうね、でも、孝太君と一緒だから平気。」
涼子は、こんな台詞が言える自分に驚いた。
「この後はずっと平坦な道だし、山の影になるから日射しも当たらなくなる。」
「明日の予定はボランティア活動だったわよね。何をやるのかしら?」
「確か、キャンプ場のゴミ拾いをして、そのあと花火大会をやるはずだったと思ったけど。」
「花火大会かぁ。きっと素敵でしょうね。」
「ああ、そうだな。君と一緒ならゴミ拾いもきっと素敵だよ。」
涼子は笑って立ち上がった。
「そろそろ行きましょうか。」
「そうだな。」
二人はまた自転車を走らせた。
沈み始めている太陽が、正面から二人を迎えるように照りつけていた。
晃と直子はクーラーボックスをマイクロバスに積んで海水浴場に向かった。
良介達を迎えに行くためだ。
ビーチに着くと、みんなは遊ぶのに飽きて砂の城を造っていた。
晃のマイクロバスを見つけると、みんなは片づけを始めた。
片づけが終わると、身体に着いた砂を落とすためにシャワーを浴びた。
座席が濡れないように、腰にタオルを巻いてバスに乗り込んだ。
晃は車を出そうとしたが右手の方からやってくる二台の自転車に気が付いた。
「おーい、みんな、孝太達が戻ってきたぞ。」
それを聞いた、温子と知美は窓から二人を確認すると、すぐにバスを降りて二人に手を振った。
他のメンバーもバスを降りて二人を出迎えた。
孝太と涼子は、みんなに手を振って、バスの前までたどり着くと自転車を止めた。
「せっかくの合宿なのに単独行動は良くないな。」
良介が一言だけ二人を戒めた。
「お帰り!」
温子と知美は涼子を抱きしめた。
「ごめんなさいね。」
涼子は二人に詫びた。
そして孝太もみんなに頭を下げた。
「おまえさんのおかげで、俺は彼女が四人に増えてたいへんだ。」
亨が孝太の頭を軽く小突いた。
「偉そうに言わないでよ。とりあえずのキープ君なんだから。」
温子と知美は声を揃えていった。
「きっとこうなると思っていたわ。」
智子と博子はそう言って二人を祝福した。
「この後どうする?自転車は積んでいけるから一緒に乗っていくか?」
晃がそう言ってくれたが、孝太と涼子は首を横に振った。
「せっかくここまで来たんだから、最後まで自転車で帰ります。」
「分かった。じゃあ、俺達は先に帰ってるからな。」
そう言って晃はみんなが車に乗り込むのを待って出発した。
それを見送ってから孝太と涼子は目を見合わせてペダルを踏み出した。
バスの窓から温子と知美が手を振っているのが見えた。
夕食は、晃と直子が釣ってきた魚でバーベキューをすることになった。
良介達が海水浴に言った後も、二人でイシダイやニシキベラなど20匹釣ったのだ。
良介達が13人で釣った4匹と合わせて24匹がクーラーボックスの中にギッシリ詰まっていた。
メンバーだけでは食べきれなかったので、他の宿泊客にも振る舞われた。
温子と知美は涼子の両側に座って、夕べからのことを根ほり葉ほり聞いている。
「あなたが孝ちゃんに選ばれたんだから、同盟を結んだ私たちに報告するのは当然よねぇ。」
温子が言うと、知美も目を輝かせて質問の嵐を浴びせた。
「ねえ、キスはもうしたの?どんな味だった?」
涼子は恥ずかしくて穴があったら入りたいと真剣に思っていたが、二人が協力してくれたおかげで孝太と付き合うようになったのだから、拒むわけにも行かなかった。
すると、智子と博子もそばに寄ってきて話しに加わった。
「それで、今朝の朝食は孝太君が作ってくれたの?」
智子が尋ねる。
「はい。」
「あなた達が出掛けた後、島崎さんが私たちにも同じものを作って出してくれたのよ。」
シンプルだったけど愛情がこもっていてとても美味しかったわ。」
博子が話してくれた。
「そうそう、本人が作ってくれたものを食べられたらとても幸せでしょうね。」
知美がしみじみ言う。
「私も、孝ちゃんのご飯は何度か食べさせてもらったけど、朝ご飯だけは食べたことがないもの。」
「しかし、島崎さんも粋なことするわね。」
博子がそういうと、涼子はニコニコして博子に耳打ちした。
「島崎さん独身なんですって。」
とたんに博子の表情が緩んだので、智子達は涼子が何を言ったのか聞いた。
「島崎さんが独身だって言ったの。」
「それ、本当なの?」
「ええ、孝太君が教えてくれたの。」
温子の目が急に輝きだした。
「だめよ、温子ちゃん!彼、私のタイプなんだから。」
博子は温子をけん制した。
「だって、博子ママは高倉先輩といい感じじゃないですか。」
「でも、やっぱり、結婚相手は年上じゃなきゃねえ!」
「え〜!そこまで話が飛んじゃうんですか?」
温子がそう言うと、他のみんなはケラケラ笑った。
話しが思わぬ方へ進んでいったが、涼子は矛先が自分から離れたのでホッとしていた。
「ずいぶん楽しそうだな。」
伸一が、焼けた魚を届けに博子の元へ来ると、「高倉先輩かわいそう。」と言う声が聞こえたので伸一は気になったが、昨夜酔いつぶれた男性陣はペナルティーとして今夜の食事を用意しなければならなかった。
若菜と綾、それに洋子は健気にパートナーを手伝っている。
望は良介がさぼらないように、目を光らせている。
涼子はトイレに行くと言ってその場を抜け出した。
厨房では晃の両親と直子が宿泊客の、島崎と孝太がバーベキュー用の料理の下拵えをしていた。
「お手伝いしましょうか?」
「ありがたい。もうすぐ宿泊客の夕食の時間だから助かるよ。」
晃の父親は、額の汗を拭いながらエプロンが掛かっている場所を指さした。
涼子は孝太の手伝いがしたかったのだが、島崎にそう言われて苦笑いしながら、エプロンを身につけた。
六時半頃から、宿泊客がぼちぼち食堂に姿を現した。
涼子は出来上がった料理をテーブルに運んでいった。
バーベキュー用の下拵えが終わったので島崎が宿泊客用の料理に廻るからと言って、孝太と涼子に料理をバーベキュー場に持っていくように言った。
二人は料理をワゴンに乗せて、テラスに出た。
お揃いのエプロン姿で二人がやってきたので、バーベキュー場からは冷やかしの声があちこちから飛んできた。
博子は、島崎は来ないのかと孝太に聞いた。
「宿泊客の夕食が一段落着いたらきっと来ると思いますよ。」
孝太がそう答えたので、「あら、そう。」と、なんだか嬉しそうだった。
涼子は先ほどの話を孝太に聞かせた。
「なるほど、そう言うことか。そうなると、高倉先輩はかわいそうだな。」
「誰がかわいそうだって?」
伸一が孝太の後から声をかけた。
孝太はビックリして飛び上がりそうになった。
「い、いや、なんでもないです。」
伸一は首を傾げながら、眉間にしわを寄せた。
孝太はバーベキュー用の炉まで行くと、下拵えの済んだ料理を焼き始めた。
涼子も一緒に手伝った。
そんな二人を温子と知美は微笑んで見守った。
「やっぱりお似合いよね。あの二人。」
「悔しいけど、その通りね。見た目はそっくりでも涼ちゃんはやっぱり私とは違うわ。」
知美も、もう失恋のショックはなくなっているようだった。




