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二人だけの写真/知美の想いと孝太の告白

19


 八丈富士への山道の入り口は“すとれちあ”のすぐそばにある。

孝太達7人は、バターロールにスクランブルエッグ、カボチャの冷たいスープ、自家製ソーセージ、パッションフルーツの生ジュースで朝食を済ますと、自分たちでこしらえた握り飯とペットボトルに凍らせた麦茶をリュックに詰めて、参道の入口に立った。

「いいか、全員で頂上まで行くぞ!一人の脱落者もでないようにみんなで協力するんだ。自信がないヤツは今からでも遅くないから、部屋に戻ってもいいぞ!」

良介が号令をかけると、全員がやる気満々で良介の顔を見た。

「よし!それじゃあ、出発だ。」

良介を先頭に、7人は参道を歩き始めた。

しばらく歩くと、浅間神社の鳥居が見えてきた。

神社そのものは頂上にある。

道中はまだ長い。

山の中腹までは、それほど急ではない登り道をひたすら歩く。

途中、休み休みゆっくり登っていった。

まだまだ、みんな余裕がある。

林道に入ると、急カーブを登ったり下ったりしながら、ジグザグに歩いた。

展望台に到着すると、さすがに女性陣には疲れが見え始めていたが、そこから見える景色は、まさに絶景で今までの疲れも吹き飛んだ。

ペットボトルの中には、凍った麦茶がまだ解けきっていなかったので、解けた分だけを飲んだ。

孝太は、温子と涼子が解けた麦茶を一気に飲み干したのを見て、自分はなるべく飲まないようにした。

30分ほど休憩をした後は、鉢巻道路を少し北上し、登山道へ入り、一気に頂上まで登った。

頂上付近は、巨大な岩が累積していたが、その間には草木が密生していて、その大部分は牧場を思わせるような草原のようになっていた。

頂上に着くと、浅間神社にお参りをして、昼食をとった。

「山登りなんて、高校生の時に林間学校で日光に行ったの以来だわ。」

温子は昆布の入ったおにぎりを頬ばりながら言った。

朝、みんなで自分のおにぎりは自分で作った。

温子は昆布とおかかのおにぎりを作った。

涼子は鮭と焼きたらこのおにぎりを作った。

「そうね。あの時は、わたし、風邪をひいてしまって山登りには参加できなかったから、今日はとても楽しみにしていたの。頂上まで来られてホッとしたわ。」

涼子は、高校生の時の林間学校は、行く前日から体調を崩していたのだが、母親の反対を押し切って参加し、結局熱を出して、一人部、屋で寝ていたことを思い出していた。

「そうね、そんなこともあったわね…ねえ、やっぱり、その焼きたらこ半分交換して。」

温子は、おかかと焼きたらこを最後まで迷ったのだが、三つは食べられないと思って焼きたらこをあきらめたのだ。

しかし、涼子が食べているのを見たら、どうしても欲しくなってしまった。

これが、普通に学校の教室で食べていたのらこんな気持ちにもならなかったかもしれないが…

「ほらっ、これ食えよ。」

そんなやり取りを聞いていた孝太が、温子におにぎりを差し出した。

きれいな三角形をしたおにぎりだった。

孝太は、一つ一つを少し小さめに握って、5種類のおにぎりを作ってきていた。

焼きたらこ、鮭、昆布、高菜の油いためをみじん切りにして混ぜ込んだもの、そして王道の梅干しの5種類だ。

その中から、焼きたらこを温子に渡した。

「えっ?いいの?うれしーい!」

温子はそう言って、代わりに、ほぼ、野球のボールのような、おかかのおにぎりを孝太に半分差し出した。

「さすが、孝太君ね!小さめに握って、種類をいくつも作るなんて。しかも、きれいな三角形。」

涼子は、孝太の弁当箱の中を見てそう言った。

「ただ、欲張りなだけだ。それに、この豪快なおにぎりは、おふくろのおにぎりを思い出して、なんだか懐かしいよ。」

孝太は、温子から受け取ったおにぎりを見つめた。

そばを通りかかった良介と望も、孝太の弁当箱をのぞいて、次からは孝太に任せるのがいいと言った。

一時間ほど休憩してから、登山道の入り口まで下りてくると、一同は、鉢巻道路を一周することにした。


大賀郷の八重根海水浴場は島の西側に位置し、空港からは、ほぼ南に当たる。

細長い入り江に囲まれた海水浴場は、岩場が多く、砂浜はほとんどない。

むさ美の連中は、この海水浴場の入り江の中でゴムボートを浮かべ、水遊びを楽しんでいた。

入り江の先にはマリンブルーの外洋が果てしなく広がって、海の藍と空の青が融合し、遙かかなたで一体になっている。

四つのゴムボートには、それぞれ、司と洋子、亨と若菜に綾、薫と智子、そして知美は博子と一緒に乗っていた。

知美は、ゴムボートに仰向けになって、上空を見ている。

眩しい日差しを避けるよう麦わら帽子をかざした。

ふと目に入った八丈富士を見て、ため息をついた。

「あら、知美ちゃん、富士山に登ればよかったと思っているのかしら?」

何となく、知美が楽しめていないような気がしていたので、博子は、きっと、孝太たちのことが気になるのだろうと思っていた。

「ええ、やっぱり、一緒に行けばよかったと後悔しているわ。」

「正直ね。」

博子は、そう言うとボートを漕ぎ始めた。

「ほら、あなたも漕いでちょうだい。今からなら、ちょうど降りてきた彼らと参道の入り口あたりで会えるわよ。」

岸に着くと博子は智子に向って「先に帰る。」と大声で怒鳴った。

智子と薫は手を振って「わかった。」と合図した。

知美は水着の上からホットパンツとヨットパーカーを、博子はジーンズにアロハシャツを着て自転車にまたがった。

むさ美のメンバーは、レンタサイクルを借りて遊びに来ていたのだ。


鉢巻道路まで下りてくると、まずは、北上し、そして西へ、南へと、時計と反対回りに進んで行った。

船で到着した底土港を眼下に見下ろすと、その先には広大な太平洋が広がる。

はるか北には、御蔵島や三宅島がかすかに見える。

島の西側からは、八丈小島が目の前に浮かんでいる。

さらに南下してくると、南原千畳敷から八重根港、そして、空港の滑走路が見えてくると富士山道をゆっくり、麓まで歩いた。

良介が先頭を歩き、望は良介の横を寄り添って歩いた。

次に、伸一、が歩いている。

ちょっと離れて温子と孝太が続いている。

涼子はいつものように、孝太のすぐ後ろをついて行く。

最後尾を晃が、八ミリカメラを片手に歩いている。

参道の入り口まで下りてくると、そこには、博子と知美が待っていた。

伸一は、二人の姿に気が付くと、良介たちを追い越して二人の元へ走った。

「わざわざ、出迎えてくれたんですか?」

伸一は、博子にそう言って深々と頭を下げた。

「だって、向こうはカップルばかりでつまんないんだもの。」

博子は、伸一にウインクして、続けた。

「この後の予定はどうなっているのかしら?」

「はい、一度“すとれちあ”に戻ったら、少し休憩して、またバーベキューのお手伝いです。今日は宿泊客だけですから、早く終わると思います。」

「そう、それなら、お仕事が始まるまで、付き合っていただけないかしら?」

博子は、黄八丈の民芸品を買いに行きたいから付き合って欲しいと伸一に言った。

伸一は、二つ返事誘いに応じた。

博子は、ここまで乗って来た自転車を孝太に預けた。

「孝太君、知美ちゃんと一緒にその自転車返しておいてくださいな。」

博子は、伸一の腕を引っ張りながら、そう言うと、伸一が停めたタクシーに乗り込んだ。

いきなり自転車を渡され戸惑っている孝太をよそに、温子が二人の間に顔を出した。

「仕方ないなあ、今日は私と涼子の二人で孝ちゃんを取っちゃったから、特別サービスね。ちょっとしか時間ないけど、その間だけ二人でデートしておいでよ。」

「そうね。たまには、いいかもね。」

涼子も賛成した。


 孝太と知美は空港の滑走路沿いにヤシ並木を東へ進んでいた。

滑走路を回り込むように、空港の向こう側の通りに出る。

今度は、西に傾きかけた太陽に向かって南へ進む。

滑走路を挟むようにして、空港のちょうど反対側の位置に八丈植物公園はある。

知美が、どうしても“キョン”を見たいと言うので孝太は付き合うことにした。

“キョン”というのは、ここで飼育されている体長60センチメートルほどの小型のシカの仲間で、八丈島の“キョン”といえば、全国的にもけっこう有名なのだという。

孝太は全く知らなかったが、知美はアニメのキャラクターの題材として本物をぜひ見たいと言ったのだ。

植物公園の中は、いかにも南の島といった雰囲気がして、デートコースとしても打って付けだった。

知美は、用意していた使い捨てカメラで南国の植物や“キョン”の写真を撮った。

フイルムの残量を確認すると、あと二枚しか残っていなかった。

知美は今回の旅行で、どうしても叶えたいことがあった。

孝太との二人だけの写真。

今が絶好のチャンスなのだ。

知美は、あたりを見回し、誰か写真を撮ってくれそうな人がいないか探した。

こういう時に限って、ぱっとした人が見当たらない。

平日の閉園間際ではそれも仕方ないところだ。

しかし、神様は知美を見捨てなかった。

博子と伸一に出会ったのだ。

智子は、博子にシャッターを押してくれるように頼んだが、博子は機械が苦手だと断ったので伸一が代わりに撮影することになった。

「伸一君、知美ちゃんの大事な思い出になる写真なんだから、しっかり撮ってあげるのよ。」

博子にそういう風に言われたものだから、ただ1枚写真を取ればいいだけなのに、しかもシャッターを押せばいいだけなのに、伸一はものすごく緊張してしまった。

しかし、かえってそのことが知美の緊張をほぐし、自然な表情で写真に収まることができた。

そして、最後の1枚は、通りかかりのカップルに頼んで4人で“キョン”と一緒にカメラに収まった。

このときの写真は、知美がプロの売れっ子グラフィックデザイナーになった後、“HIRO”の店内に飾られることになる。

「ところで先輩、どうしてここにいるんですか?たしか…」

確か、黄八丈の民芸品を買うと言ってだかけたはずの二人がどうしてここにいるのか孝太は伸一に尋ねた。

「それがな、博子さんが…」

伸一はいつからママのことを博子さんと呼ぶようになったんだろう?ふと孝太はそう思った。

「…博子さんが織元の“めゆ工房”へ行くと言ったんだけど、タクシーの運転手に、この時間じゃ遅すぎると言われて、仕方なくここへ寄ったんだ。」

「そうなのよ。明日はみなさんオフなんでしょ?だから改めて、明日出直すことにしたのよ。」

「えっ?明日はオフなんですか?」

明日の予定は、昨日もらった予定表だと、島内一周サイクリングのはずだったが…

孝太はそう思って、伸一に確認した。

「実は、さっき、山を下るとき、副部長が足をくじいたんだ。それで急きょ明日はオフで自由行動にしようということになったんだ。部屋に戻ったら発表すると言っていたから他の連中はもう知っているはずだ。」

それを聞いて、知美も目を輝かせた。

たぶん、温子と涼子も一緒だろうが、明日は、一日、孝太と一緒にいられる。

植物公園からは、孝太が知美を、伸一が博子を自転車の後ろに乗せて滑走路を一回りするようなコース取りで空港の旅行サービスセンターまで自転車を返すために二人乗りで走った。

南から吹く向かい風も、夏の日差しの中では快適に感じられた。

知美は、孝太の前に手を廻して、しっかり掴まっている。

汗で濡れた孝太の背中は、暖かかった。

知美は、孝太の背中に、意識して胸を押しつけ、頬を寄せた。

滑走路の端を過ぎるとUターンするように、今度は北へ針路をとった。

博子は、伸一のうしろで子供のようにキャッキャ、キャッキャはしゃいでいる。

伸一も、時折ふざけて、道路を蛇行しながら自転車を走らせていく。

追い風が知美の髪を孝太の顔の横までなびかせる。

「ごめーん!髪の毛邪魔だね。」

そう言って知美は片手で髪を押えた。

「大丈夫だから、しっかり掴まってろよ。」

孝太はそう言うと、自転車のスピードを上げた。

「急がないと、夕飯の支度に間に合わなくなりそうだ。」

空港について、自転車を返すと、昨日、“すとれちあ”まで送ってくれた売店の女の子が、昨日とおなじ軽トラックで通りかかり、孝太たちに声をかけてくれた。

「乗せていきましょうか?」

孝太と、伸一は「助かるよ。」と言って、荷台に飛び乗った。

「君たちはどうする?」

伸一が、知美と博子に声をかけると、「ご一緒させて。」と言って、博子が伸一に手を差しのべた。

知美も、頷いて手を出したので、孝太が荷台に引き上げた。


 “すとれちあ”に着くと、望以外のものは、既に、調理場に入っていた。

むさ美の連中はまだ戻っていないようだった。

孝太は早速、エプロンを身につけると、シェフ島崎のそばでバーベキュー用の食材を切り分ける手伝いをした。

島崎は、孝太の手つきを見ながら、「将来はコックになったらどうだ?いい師匠を紹介するぞ。」と言った。

もちろん孝太は丁重に断った。

コックになるために聖都に入ったわけではない。

 宿泊客の夕食が終わると、孝太たちには和風の料理をふるまってくれた。

新鮮な刺身に、山菜のてんぷら、明日葉のお浸し、くさや、等々。

くさやは、孝太たちがいない間に焼いてあったらしい。

これらを冷たいうどんと一緒に食べるのは、昨日のバーベキューの後では物足りないようにも思えたが、これらの郷土料理は、決して東京では食べられないおいしさだった。

もっとも、今日は山登りして、疲れていたから、余計に、こういった料理がどんどん腹の中に消えて行った。

デザートには、島で育った牛のミルクで作った杏仁豆腐が出てきた。

まろやかで、なかなか美味かった。


 食事が終わると、良介たちは“親不孝通り”へ繰り出そうと相談している。

“親不孝通り”とは、東京でいえば新宿のゴールデン街のような歓楽街のことだ。

良介と亨が中心になって、男だけで夜の街に繰り出すことになったらしい。

孝太も誘われたが、酒は、どうも苦手だったので断った。

それに、未成年だし。

結局、孝太以外の男性メンバーは全員、夜の街に繰り出していった。

一方、女性陣は望が足をくじいていたので、博子が温泉ホテルへでも行って、「ゆっくり温泉につかろう。」と提案した。

女性メンバーは、揃って賛成し、みんなで出かけることになった。

孝太は、島崎を手伝って、食事の後片付けをすることにした。

片付けが終わって厨房を掃除していると、涼子が食堂に姿を現した。

「涼子ちゃん?どうしたの?みんなと一緒に行かなかったの?」

孝太が尋ねると、涼子は厨房にいちばん近いテーブル席に腰かけた。

「実はね、タクシーを二台呼んだんだけど、4人ずつしか乗れなくて、一人あぶれちゃったの。みんなは、無理矢理でも乗れなくはないから行こうって誘ってくれたんだけど、今日はちょっと疲れたからここでゆっくりすることにしたの。」

「みんな、疲れを癒すために温泉へ行ったんだろう?」

そう言いながら、孝太は、女性メンバーの顔を指を折りながら思い浮かべてみた。

確かに9人いたので、5人乗りのタクシーなら運転手を入れると一人あまると思った。

「うん。でも、私は孝太君のそばにいる方が癒されると思ったから。」

島崎が、「ここはもういいから、テラスに行け。」と言ってくれたので、孝太は「ひとつお願いがある。」と言って島崎に小声で耳打ちした。

島崎は「お安い御用だよ。」と言って、胸を叩いた。

それから孝太は、涼子を誘ってテラスに出た。


 “親不孝通り”と呼ばれるその通りには、スナックやバーといった類の店が連なっている。

「よしっ!今日は俺のおごりだ。端から順番に制覇するぞ!」

良介の掛け声に、亨達は、「おう!」と答えた。

むさ美の連中は、良介が酒に弱いことを知らなかったから、「いいぞ、大蔵大臣!」などとはやし立てている。

良介たちはまず、通りに入ってすぐのスナックに入った。

店はすいていた。地元の漁師らしい男が一人と、30前後の女性が一人並んでカウンターに座っていた。

良介たちが店に入ると、その女性が「いらっしゃい。」と言って、立ち上がり、カウンターの中に入って行った。

とりあえずビールを3本とアタリメを頼んだ。

漁師らしい男は、良介たちが入って来ると、「ちぇっ、いいところだったのに邪魔しやがって。」というような顔をして、良介たちを見た。

良介たちは、あっという間にビールを空にすると、「次!」と言って、隣の店に入った。

ここは最初の店より広く、ボックス席には数組の客がいた。

それぞれのボックスに、店のホステスと思われる女性が付いていた。

良介たちは、奥の角にあるL型のボックスに案内された。

良介たち6人に対して、女の子が3人来た。

女の子は、それぞれ男性の間に座り、勝手に、ウイスキーのボトルを要求した。

亨達は、ちょっと驚いて良介を見たが、良介は平然として、ボトルに名前を書いている。

それを見た亨達は、安心して腰を落ち着けた。

もともとキープするつもりのボトルではないが、みんなで廻して落書きをした。

男6人と店の女の子も一緒に飲んだので、ボトルはすぐに空になった。

女の子が、新しいボトルを入れようとしたが、良介は、それを制して、「次行くぞ!」と言って席を立った。

晃と伸一も後に続いた。

亨達は、気に入った女の子がいたので未練があったようだが、大蔵大臣には逆らえない。


 タクシーで八丈島温泉ホテルにつくと、フロントで博子が8人分の代金を払った。

早速、脱衣室に入ると、温子、智見、若菜、綾、洋子の1年生たちは水着に着替え、ジャングル風呂へ向かった。

この、八丈島温泉ホテルには、混浴のジャングル風呂があるのだ。

博子と、智子、望は女湯の中の大浴場でゆっくり温泉に使った。

「望さん、足の具合は々?」

博子が気遣って尋ねると、望は舌を出して答えた。

「実は、もう、ほとんど痛みはひいてるの。だけど、明日のサイクリングにはちょっとって感じだったから、つい…」

「そうね。サイクリングも悪くはないけれど、強制的に島を一週するっていうのはいかにも体育会系ね。そもそもこの合宿プランは誰が考えたの?」

と、智子。

「決まってるでしょう!良介よ。」

「やっぱりね。“ファントム”のプロデューサーをしているときの彼とは、まったく違ったセンスよね。」

「だけど、そこがまた素敵なところでもあるのよねぇ。ねっ!望さん。」

望は照れくさくなって、浴槽の中に頭まで浸かった。

 温子達は、ジャングル風呂で、温泉に浸かると言うよりは、プールで遊ぶ感覚ではしゃいでいた。

特に若菜と綾は子供のようにビーチボールで遊んでいる。

今日行って来た海水浴場は、岩場ばかりでボートの上で浮かんでいるか、本当に泳ぐか、しかなかった。

温子と知美、洋子は三人でビーチチェアーに横になって、話し込んでいた。

「ねえ、涼子には悪いことしたよね。」知美が言うと、温子はニヤッと笑って、

「知ってる?男達、全員飲みに行ったと思ってるでしょう?」と言った。

知美は、眉間にしわを寄せた。

「えっ?違うの?」

洋子も身を乗り出して聞き返した。

「どういうこと?」

温子は、してやったりと言う顔で続けた。

「実は、孝ちゃんだけ、シェフの島崎さんを手伝うと言ってペンションに残っているのよ。」

「え〜っ!それじゃあ、今ペンションには広瀬君と涼子ちゃんが二りっきりなの?」

「まあ、そういうことになるかな…」

知美は頭を抱えた。

「ねえ、温っちゃん。あなたは平気なの?」

「ええ、だって、今まで涼子がいちばんチャンスがなかったんだよ。少しくいらいチャンスをあげないと不公平だわ。」

「温っちゃん、何言ってるの!あなただって分かってるでしょう?広瀬君が今、一番気になっているのは涼子ちゃんなんだよ。その二人を…」

興奮してしゃべる知美を温子は制した。

「言ったでしょう!正々堂々と。その結果、孝ちゃんが誰を選んでも恨みっこなし。」

「それはそうだけど…」


 孝太は、食堂から小皿を三枚持ち出してきた。

テラスの丸テーブルの上に、それを置くと、フライドポテトとオニオンリングフライを入れた。

片づけが終わったら、一人でゆっくり飲みながら摘もうと作っておいた物だった。

もう一皿には、枝豆を盛った。

エプロンのポケットから、冷えた缶ビールを二本取り出した。

孝太は、丸テーブルに椅子を二つ並べて置いた。

二人並んで座れるようにだ。

涼子に缶ビールを1本渡すと、軽く掲げて、「乾杯!」と言った。

涼子も同じようにして「乾杯!」と言った。」

「これ、孝太君が作ったの?」

涼子は、オニオンリングフライを摘んで、一口食べて、そう孝太に聞いた。

「ああ、“F&N”のにはかなわないけど、なかなかだろう?」

孝太も一つ摘んで口に放り込んだ。

「うん。美味しいわ。」

「風が気持ちいいなあ。」

「本当!すてきな風ね。」

「まるで、涼子ちゃんのようだ。」

「えっ?」

涼子は、自分の耳を疑った。

そして孝太の横顔を見つめた。

「涼子ちゃんは、いつも穏やかな風のようだ。君といると、いつも穏やかな風に抱かれているようだ。」

孝太は、真っ直ぐに前を向いたままそう続けた。

そして、涼子の方を振り向いた。

風になびいた自分の髪が涼子の視界を遮った。

手で髪を掻き上げると、孝太の顔が近くなっていた。

涼子は一瞬ドキッとしたが、そのまま目を閉じた。

孝太の唇は柔らかかった。

涼子にとって、初めてのキスは、孝太が作ったオニオンリングフライの香ばしい塩味がした。


 良介達は、既に7件目の店に入っていた。

この頃になると、良介はかなり酔っていた。

亨と司の肩に捕まって、ようやく歩けるほどだった。

晃は、良介から財布を預かると、店の勘定を済ませた。

「さ〜!次行くぞ!」

相変わらず、威勢だけはいいが、もう限界だと、晃と伸一は思った。

おあつらえ向きに、少し離れたところに、小料理屋があった。

晃は、亨達に良介をそこに運ぶよう指示した。

思った通り、そこには座敷があった。

良介を座敷の畳に寝かせると、晃は、店の電話で家に電話し、直子を呼んだ。

良介の財布を伸一に預けると、「現金はみんな使っていいが、カードだけは使うな。」と、釘を差した。

伸一は、亨達を引き連れて再び、夜の街に繰り出した。

「二件目の店に戻ろうぜ。気に入った子がいたんだ。」亨が言うと、薫も「実は俺も。」と言った。

話は決まった。

四人は二件目の店へ舞い戻っていった。

晃は、小料理屋で、冷や酒を飲みながら、迎えが来るのを待った。

店の女将が、お通しで明日葉のゴマ和えを出してくれた。

晃は、もう一品、いか納豆を頼んだ。


 ビールがなくなる頃には、孝太も涼子も少し、いい気持ちになっていた。

しかし、意識はしっかりしていた。

涼子は孝太にもたれかかった。

「私ね。孝太君がいつも温子といたから、私も孝太君と一緒にいるような気がしていて、気が付いたら、孝太君のこと好きになっていたの。」

「えっ?」

「だから、私、孝太君のこと好きになっちゃったの!」

「涼ちゃん?酔っぱらってる?」

「ううん、酔ってないよ。」

涼子はそう言って、孝太の顔を見上げた。

涼子の目には、しっかりとした光が宿っていた。

「ごめん、涼子ちゃん。今のはなかったことにしてくれないか?」

孝太の言葉に、涼子は急に血の気が引いた。

「えっ?」

明らかに、涼子はうろたえていた。

孝太はすぐに、次の言葉を切り出した。

「涼子ちゃんに、先に「好きだ」なんて言わせてはいけなかったんだ。だから、今のはなしにして。お願い!そして、改めて聞いて欲しい。」

そう言うと孝太は、立ち上がって、真っ直ぐに涼子を見た。

「広瀬涼子さん。合格発表で初めてあったときからずっと好きでした。今まで、ずいぶん寄り道をしたけど、これからは、ちゃんとした付き合いをしたいと思っているんだ。だから、宜しくお願いします。」

タイミングを計るように島崎が、ティーポットと二組のティーカップを持ってきた。

「島崎さん、遅いよ!おかげで、格好悪いことになっちゃたじゃないか。」

孝太は、照れ隠しで島崎に文句を言った。

「悪い、悪い。」そう言って、島崎は、食堂の中に消えていった。

「涼子ちゃん、これ。今はこれしかないから。結婚指輪の替わりと言ったらまだ早すぎるけど、ボクの気持ちの証として。」

そう言って、孝太はティーポットから紅茶を注いで涼子の前に置いた。

涼子はそれが何の紅茶なのかすぐに分かった。

「ありがとう!」

そう言った涼子の目からあふれてきた涙を見て、孝太は、「真珠のような涙とはこういう涙なんだ。」と、そう思った。

それほどきれいで輝いている涙を孝太は初めてみた。



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