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夏合宿スタート/いざ!八丈島

18

 

 夏休みに入るとCIPは、八丈島へ合宿に行くことになった。

何で八丈島かというと、鵬翔の実家が八丈島なのだ。

鵬翔の実家は、八丈島でペンションを営んでいる。

もともと、北海道で漁師をしていた父親と、北海道へ観光に来て知り合った母親は周囲の反対を押し切って、半ば、駆け落ち同然でこの八丈島へやって来たのだ。

晃は、地元の中学を出ると、本土の高校に行くと言って島を出たが、学校が夏休みになると、島に戻って、実家のペンションを手伝った。

彼が高校三年の時、家族で旅行に来ていた、根本直子は、晃の両親が営むペンション“すとれちあ”に三泊した。

その時、晃と知り合った。

依頼、晃は聖都に、直子は西東京国際大学に進んだが、交際を続けている。


温子からCIPの合宿の話を聞いた知美は、洋子達を誘って、旅行に行こうと持ちかけた。

洋子は二つ返事でOKした。

結局、知美を始め、むさ美の面々は、洋子に司、亨に若菜と綾、薫に智子と“HIRO”のママ博子も一緒に行くことになった。

 出発の日の夜、CIPのメンバーとむさ美のメンバーは、共に竹芝桟橋に集合することになっていた。

孝太は、リュックに最低限の着替えだけ詰め込んでやって来た。

良介と望は、カートにスーツケースをくくりつけて、事務長の日比野が運転する、マイクロバスから降りてきた。

温子と涼子と知美は、三人一緒にボストンバッグを担いできた。

洋子は手ぶらで、司が二人分のバッグを抱えて、亨は、若菜と綾を引き連れ、薫と智子、博子はタクシーでやって来た。

薫は、博子のバストンバッグを二つと智子のスーツケースをカートに載せて引っ張ってくる。

最後に伸一と晃が到着した。

晃は、向こうに一式あると言ってリュック一つを背負って、8ミリカメラと一升瓶を持っていた。

伸一はクーラーボックスと缶ビールの入った箱を2ケース、缶酎ハイの箱を2ケース、カートに載せていた。

桟橋には、八丈島へ向かう、かめりあ丸が既に出向準備を終えて、乗船客を待ちかまえている。

「よし!全員揃ったな。それじゃあ、出発だ。」

良介が号令をかけて各々乗船していった。

船室は、あえて、みんなでざこ寝できる二等船室にした。

乗船すると、晃と伸一はダッシュでいちばん広いブースを目指した。

この時期は、船も混んでいるので、もたもたしていると、通路やデッキで寝る羽目になるのだ。

その甲斐あって、総勢16人がなんとか寝られる広さのブースを確保することができたのだ。

そのブースに陣取って、伸一が得意そうな顔で、両手をあげて、みんなを手招きしていた。

ブースに荷物を降ろすと、晃がリュックからネットとロープを出して、みんなの荷物に被せ、ブースのヘリのパイプに固定した。

混み合った船内で、荷物を盗難から守るためだ。

初めて参加した、孝太達は晃の手際の良い段取りに、しきりに感心した。


 ブースは通路の床より30センチメートルほど高くなっている。

棚には長方形の枕が並べられている。

一人一つずつ枕を確保すると、伸一が缶ビールを配り、酒盛りが始まった。

孝太は、ジュースで乾杯だけした後、東京湾の夜景を見るためにデッキへ出た。

海の上とはいえ、この時間になってもまだ蒸し暑かった。

時折、吹く風も生暖かく、塩気を含んでベタベタする。

孝太が手摺にもたれて、海面に映ったネオンの明かりをぼんやり眺めていると、急に、背中が冷たい何かに襲われたような感覚を覚えた。

「ど〜お?気持ちい?」

温子が孝太のTシャツの中に、氷を入れたのだ。

のけぞりながら振り向いた孝太は、バランスを崩して、あわや手摺から飛び出しそうになった。

温子は、あわてて孝太を抱きとめた。

「あ〜っ!温っちゃんずるいよ!抜け駆けはなしでしょう?」

ちょうど、デッキに出てきたばかりの知美が、抱き合っている二人を見て、叫んだ。

すぐに涼子も、出てきた。「あっ!」思わず口に手を当てた。

知美があまりにも騒ぎ立てるので、温子は、わざと孝太を強く抱きしめて、二人の方を見て舌を出した。

知美は、すぐに駆け寄ってきて、二人を引き離そうとした。

「おい!いい加減にしてくれよ。今度こそ本当に落っこっちゃうよ。」

「今度こそって?」

温子と知美がもみ合っているそばで、その様子を見ていた涼子が言った。

「実は、さっき温子に氷を背中に入れられたもんで、驚いて、落っこちそうになったところを抱きとめられただけだ。なにも、いちゃついていたわけじゃないから、勘違いしないでくれ。ほら!温子、お前も早く離れろよ。暑くて仕方ないじゃないか!」

それを聞いて知美は二人から離れた。

「な〜んだ。まあ、大方そんな事だろうと思ったけどね。」

「よく言うよ。さっきの顔ったらすごい形相だったわよ。鏡に映して見せてあげたかったわ。」

そう言って、温子は知美をからかった。

「ねえ、見て!きれいな夜景。」

涼子の言葉に、温子も知美も、今までの小競り合いさえ忘れてデッキの手摺に並んで、海上から見える東京の夜景を眺めた。

「本当!きれい。」知美が言うと、温子も頷いて、孝太にもたれかかった。

反対側からは、知美も孝太にもたれかかる。

孝太は、少し離れたところに一人でいる涼子の方を見た。

涼子の長い髪が、風になびいてとてもきれいだった。

「よー!モテモテだねえ。広瀬君。」

薫と智子もデッキに出てきた。

6人で手摺に並んで、遠ざかる東京の明かりを見ながら、たたずんでいた。

沖に出るにしたがって、風が心地よくなってきた。


 船室では、あちこちから奇声や歓声が上がっている。

良介たちのブースも、かなり盛り上がっていた。

酒が弱い良介が悪酔いしないように、望みは常に目を光らせていた。

若菜と綾は、良介の武勇伝に耳を傾けていた。

伸一は、“HIRO”のママ博子と差し向かいで、日本酒を酌み交わしている。

博子が作ってきた自家製の塩辛を摘みながら、バザーのビデオの話しをしていた。

晃は、既に横になっていた。

眠っているわけではなかったが、何か考え事をしているようだった。

亨は、ガイドブックを広げて、島の観光スポットを研究している。


司と洋子は、レストランでコーヒーを飲んでいた。

「おめでとう!」

司が突然、そう言って、小さな箱を差し出した。

箱には赤い包装紙と緑色のリボンが付けられていた。

「えっ?」

洋子は、キョトンとして、その箱を手に取った。

「誕生日だろう?今日。」

「え〜っ!どうして知ってるの?私話してないよね。」

「ああ。藤村が教えてくれたんだ。」

「そっかあ。ありがとう!うれしーい。ねえ、開けてもいい?」

洋子は、リボンを外して、包装紙を取って、箱のふたを開けた。

中には、シルバーの十字架のネックレスが入っていた。

「うれしーい!こんなの欲しかったんだあ。」

そう言って洋子は、早速ネックレスを首に付けようとした。

司は、洋子の首の後に手を回して留め金を付けてやった。

二人の顔が、ほんの数センチまで近づいた。

洋子が目を閉じると、司は、そっと唇を合わせた。

「やっぱりコンクリートよりは、ずっと、こっちの方がいいや。」

洋子は、思わず吹き出して、司の背中を思いっきりひっぱたいた。

「もー!こんな時に…」


 消灯時間になると、船室の明かりが消えた。

補助灯のみが付いていて、辺りは薄暗くなった。

孝太達は、廻りに迷惑がかからない程度に、島での計画を話していた。

夜の十二時を回る頃には、みんな床についた。

孝太は、なかなか寝付けなかった。

一人で、デッキに出た。

外は真っ暗で、空と海の境も分からなかった。

真上からは、無数の星が孝太を見下ろしている。

船が作った波だけが、白く後方に消えていった。

「孝太君も眠れないんだ?」

涼子だった。

「私も、なんだか興奮しちゃって。」

孝太は、うれしさに、顔がほころんだ。

誰にも邪魔されずに、涼子と一緒にいられると思うと、この船がいつまでも、夜の海を走り続けていてくれればいいと思った。

「ちょっと待ってて。」

孝太はそう言うと、船室の方に戻っていった。

誰かに気が付かれないように、伸一のクーラーボックスを静かに開けて、紙コップに氷を3個入れた。

自分のリュックから、水筒を取り出した。

 孝太はすぐに戻ってきた。

紙コップを涼子に渡すと、水筒の中身をコップに注いだ。

「どうぞ。」

涼子はありがとうと礼を言って一口飲んだ。

「孝太君、これ!」

「ああ、船の中では買えないかもしれないと思って、途中で買って入れておいたんだ。」

孝太が持ってきたのは、アップルティーだった。

「ありがとう!うれしい、」

そう言って再び涼子はコップを唇に近づけた。

その涼子の唇を、孝太はじっと見ていた。

涼子は孝太の視線に気が付くと、急に顔を赤くした。

「孝太君も飲む?」

不意にそう言ってごまかした。

孝太は、涼子から紙コップを受け取ると、涼子が唇を付けた場所と同じ場所からアップルティーを一口だけ飲んだ。

涼子がそのことに気づいたらどう思うだろう…ふと、そんなことを考えたが、余計な心配だった。

二人は手摺にもたれて、デッキの床に並んで座った。

穏やかな風が、二人を包んだ。


 船は、早朝に三宅島と御蔵島(みくらじま)に立ち寄り、予定通り午前九時三十分には八丈島に着いた。

港には、晃の両親がバスで迎えに来ていた。

みんながバスに乗り込むと、晃だけが別の方向に歩いていった。

その先には、根本直子がいた。

晃は、直子の運転する軽トラックに乗り込んだ。

「あれって、西東京国際大学の…」

温子が、涼子に晃があるいて行った先を指さして言った。

「ああ、彼女ね。毎年、夏休みになるとアルバイトに来てもらってるんだよ。」

晃の父親が言った。

「働きもんで、いい嫁になるわ。」

今度は母親が、そう言った。

「よ、嫁って?二人は結婚するんですか?」

温子はビックリして、晃の母親に聞いた。

「ああ、二人が大学を卒業したら、結婚してうちを継ぐことになっているのさ。」

「え〜っ!」

温子はビックリして腰を抜かしそうになった。

孝太と涼子も顔を見合わせて、驚いていた。

「先輩達は知ってたんですか?」

「いいや、それは初耳だ。」

良介は平然と言った。

「そりゃあ、そうだろう。俺達だって、昨日電話があって初めてそう言われたんだ。」

晃の父親は、そう言って、バスを発進させた。

直子は、晃を助手席に乗せると、バスの後ろをついて行った。


 バスは港から島の中心部に向かっていく。

右手に、八丈富士の雄大な姿を見上げ、空港へ向かうヤシ並木を通り、ペンション“すとれちあ”に到着した。

“すとれちあ”は、空港のそばにあり、白い壁にアーチ形の窓がいくつもはめ込まれている。

屋根は三角にとがった形をしていて、赤い瓦調の屋根材で覆われている。

建物の裏側にはウッドデッキと木製の白い柵で囲まれたテラスがあり、ビーチパラソルが付いた白い丸テーブルが5つ置かれている。

テラスの先には、広い庭があり、キャンプ場などでよく見かけるようなバーベキュー用の設備がある。

八丈富士を眺めながらのバーベキューは“すとれちあ”の名物でもある。

部屋割りは、知美、洋子、若菜、綾が二段ベッドが二つある四人部屋、亨、司、薫がシングルベッドが三つある三人部屋、智子と博子は、カップル向けのツインルームになった。

CIPの方は、晃は自分の部屋があるのでそこに泊まることにして、男女別で、亨達と同じタイプの三人部屋になった。

部屋へ移る前に、食堂に集まって、用意してあった握り飯と、明日(あした)()の葉のてんぷらで軽く朝食を済ませたあと、良介が部屋割を発表した。

 三人部屋と四人部屋は二階にあり、三階はツインルームになっている。

温子達の三人部屋は、ベッドが三台並べられていて、それぞれの壁面にアーチ形の出窓が付いていて、ストレチアの花が飾られている。

天井は白い塗料で塗られており、木製の廻り縁が付いている。

壁は、腰の高さまでは木の板が貼られてあり、その上は天井と同じ白い塗料が塗られている。

部屋の中央には、小さなダイニングテーブルと椅子が三脚あり、入り口の脇にはドレッサーが置いてある。

反対側には広めのクローゼットがあり、その並びには扉付きのサイドボードが壁面に埋め込まれてように設置されていて、テレビが一台置かれていた。

四人部屋もほぼ同じ内装が施されており、二段ベッドが二つなれべて置かれていて、それぞれ、その両側にアーチ形の窓が付いていた。

三階にあるツインルームには天窓があり、電動のシャッターが付いていた。

どの部屋のも、ユニットバスにエアコンと冷蔵庫が完備されていた。


 部屋に入るなり温子は、荷物を放り投げ、ベッドに飛び乗り、寝転がった。

望と涼子は、荷物をクローゼットにしまって、ダイニングテーブルに腰かけた。

「素敵な部屋だね。」

温子はベッドの上で体を起してつぶやいた。

「さあ、荷物を置いて着替えたらすぐに下へ降りるわよ。遊びに来たわけではないんだからね!」

「も〜!せっかくの気分が台無しだわ。」

温子は、バカンス気分から急に現実に引き戻されたので、ふくれっ面をしてそう言った。

涼子は、そんな温子を見てクスッと笑った。

望は、温子を睨みつけ、その後すぐにほほ笑んだ。

「まあ、合宿と言っても、半分はバカンスと同じだから!」

そう言って、スウエットと半袖のポロシャツに着替えた。

「副部長がそんなラフな格好しているの、始めて見たわ。」

温子がそう言うと、涼子も頷いて望を見た。

「なに言っているのよ!私だって、年がら年中スーツを着ているわけではないのよ。寝るときにはパジャマを着るし、お風呂に入るときには素っ裸よ。」

望からそんなセリフが飛び出すのは意外だったので、温子と涼子はあっけにとられて、しばらく固まっていた。

「さあ、早く着替えちゃいなさい。」

温子と涼子は、われに返って着替え始めた。

「副部長って、お母さんみたいね。」

涼子が小声で温子にそう言った。

温子も、うんうんと言ってうなずいた。

 温子達が食堂に降りてくると、男性メンバーはすでにそるっていた。

「よし、そろったな。まずは、今回の旅行…」

良介がそう言うと横で望が良介の足を踏んだ。

「痛いっ!なんだよ。」

「旅行じゃないでしょう!」

「あっ!いや、その…合宿のスケジュールを発表するからよく聞いてくれ!」

良介はそう言うと、スケジュール表を全員に配った。

「…というより、このスケジュール表の通りだ。まず、今日はこれから、空港に行ってこのビラを配る。」

良介が掲げて見せたのは、ペンション“すとれちあ”の宣伝チラシだった。

オンシーズンで、宿泊客には事欠かない日々が続いていたが、“すとれちあ”では、宿泊客以外にもバーベキュー料理をふるまっている。

いわば、お世話になるお礼を兼ねて、客引きをやるのだ。

良介曰く、これも立派なCIPも修行の一つらしい。

「その後は、ここに戻って、バーベキューの準備を手伝うことになっている。各自の担当は、戻ってきてから副部長が発表する。我々は、一般客が終了した後に、貸切でバーベキュー大会だ。明日の予定は、その時に確認する。それでは出発。」


 むさ美のメンバーは、便乗してついてきただけなので、昼まで部屋でくつろぐことにした。

昼になると、シェフの島崎が、シマアジとカンパチの寿司を握ってくれた。

地元の漁師が捕ってきたばかりの新鮮なネタだった。

若菜と綾は、廻ってないお寿司は、初めてだと言って大皿の半分を二人でたいらげた。

「お前ら、そんなに喰ったら、帰りは、体重オーバーで船に乗れないぞ。」

亨がそう脅すと、二人はそれを真に受けて、「もっと早く言って下さいよ!」と、しきりに後悔した。

薫は、博子に「そんなことがあるのか?」とまじめに聞いたので、若菜と綾以外は、腹を抱えて笑った。

「えっ?どういうこと?もしかして、今のは嘘なの?」

綾が真顔で聞いたので、亨と司は、椅子から転げ落ちて手足をバタつかせながら、大笑いした。

「あなた達って本当に、天然なのね。」

洋子が言うと、知美がさりげなくフォローした。

「そういうところって、とても素敵なことだと思うわ。なんだか羨ましい。」

「ところで、藤村は、どうなんだ?」

司が、孝太とのことを心配して知美に尋ねた。

「そうね…何か、あの元気印と一緒にいると、調子狂っちゃうと言うか、これまでの想いはなんだったんだろうなんて思えてきちゃうのよねぇ。」

「お前、それって、元気印の思うつぼじゃないのか?」

亨が口を出すと、洋子も同じように思ったと見えて、釘を差すように知美に言った。

「今更、横山先輩に言い寄ったりしないでちょうだいね!」

司は、ちょっとばつの悪そうな表情を浮かべたが、知美は敢然と否定した。

「それはないわ。」


空港までは、送迎客を当てにして、晃の父親がバスを出してくれた。

CIPが午後からのバーベキューの手伝いを、かって出てくれたということで、直子も、ビラ配りに参加することになった。

道中、温子は晃と直子が座った座席の前に陣取り、後ろ向きになって、シート越しに二人に質問の嵐を浴びせた。

晃は、大概にしてくれと言わんばかりに、窓の外に視線を向けたが、直子は、温子の質問に対して、丁寧に受け答えした。

空港へは、元々歩いてでもいける距離だったので、バスはあっと言う間に空港に着いた。

メンバーは、到着ロビーに並んで、飛行機から降りてきた乗客に、“ストレチア”のチラシを配った。

晃と直子は、空港の売店と五千円以上の買い物をした客は二割引にすると事前に交渉していたので、でポスターを貼ってから、五千円以上買い物をした客に割引券を配った。

宣伝の甲斐あって、晃の父親は、バスを3往復することになった。

CIPのメンバーと直子は、空港のレストランでバイト代替わりの昼食をして、パッションフルーツの生ジュースを飲みながら、しばしの休憩をとっていると、売店で働いている女の子がやってきた。

晃の父親は、送り届けた客のバーベキューの準備で戻れないから、歩いて帰れと伝えてくれた。

しかし、その子は、自分もこれから帰るから、送っていくと言ってくれた。

彼女は着替えてくると言って、一旦、戻って行った。

戻ってきた彼女は、半袖のニットセーターに膝上でカットしたジーンズをはいていた。

彼女に連れられて、従業員用の駐車場に行くと、車が三台止まっていた。

1台はマイクロバス、1台は乗用車、そして軽トラックだった。

彼女がキーを差し込んだのは軽トラックだった。

望は、荷台に乗るくらいなら、一人で歩いて帰ると言い張ったので、助手席に乗せてもらった。

残りの7人は、はしゃいで荷台に乗り込んだ。

 ペンション“すとれちあ”に戻ると、晃の両親とシェフの島崎は忙しそうに、バーベキューセットの盛り付けをしていた。

どういう訳か、むさ美の連中も駆り出されて、ワゴンで料理を運んだりマキを割ったりさせられていた。

“すとれちあ”の庭にはバーベキューの料理をワゴンで運ぶための道が芝生の間を縦横にいくつか通っている。

むさ美の連中は、全員、ストレチアの花の絵にペンションストレチアのロゴが入った、直子が身につけているものと同じエプロンを着けていた。

戻ってきたCIPのメンバーに気が付いた亨が、大声で怒鳴った。

「遅ーい!早く手伝ってくれよ。」

「何で、お前らが手伝ってんだ?」伸一が聞いた。

「お前らが配ったビラの効果が、思ったより良くて、次から次と客が絶えないんだ。」

薫が、マキをリズミカルに割りながら、伸一に答えた。

「だからって、どうして?」温子も尋ねた。

「お昼に、とても美味しいお寿司をごちそうになったの。どこに出かけようか相談していたら、なんだか、お客さんがどんどん来ちゃって、お寿司のお礼に手伝うことにしたのよ。」

今度は、知美が、ジョッキに生ビールを注ぎながら、答えた。

孝太たちも、エプロンを着けて、それぞれ手伝いについた。

「これじゃあ、担当も何もないわね。」

望がポツリとつぶやいた。

午後八時のラストオーダーを終えて、客が全部帰ったのは九時少し前だった。

孝太たちは、かなり疲れて、地面やテーブル席に座りこんだ。

だが、シェフの島崎が運んできたワゴンを見て一斉に立ち上がった。

脂が乗った牛肉のブロック、八丈沖で補れた高級魚の刺し盛り、自家製のソーセージに新鮮な野菜等々。

島崎は中央のテーブルまで、食材を運ぶと、肉のブロックを切り始めた。

分厚く切られた肉の塊を、網で焼き始めると、何とも言いようのないにおいが漂ってきた。

孝太たちは、忙しさのあまり、空腹さえ忘れていたが、この瞬間、あちこちから腹の虫のなく声が聞こえてきた。

博子は、島崎を手伝って食材をステンレスの串にさして網に並べた。

レアの肉を島崎が切り分けると、孝太たちはむさぼるように食べ始めた。

「よく、カニを食べる時は無口になるって言うけど、こんなにひたすら肉を食べていられるのはすごいネ。」

綾が、ぽつんと言った。

しかし、だれも反応しなかった。

少し、空腹がおあまると、島崎はすしを握ると言って焼き方を博子と孝太に任せた。

もちろん、博子はプロだが、孝太の手つきがいいのを島崎は、ちゃんと見ていた。

孝太は、串に刺すように、ちょうどいい多いさに肉や野菜を切り分け、塩・コショウを手際よくかけていく。

博子は、新鮮な生野菜でサラダとドレッシングをこさえて、女性陣に差し出した。

肉があまり好きではない望は喜んだ。

若菜が、温子にこう言った。

「あまりたくさん食べて体重が増えると、帰りに船に乗れないらしいわよ。」

温子は食べる手を止めて、固まった。

「え〜!それ本当?どうしよう…」

涼子の方を見て、泣きそうな顔で訴えた。

「…どうしよう?私、島から出られないかもしれないわ。肉を取るか、船を取るか…どうしたらいいと思う?」

涼子は呆れた顔をして言った。

「バカね!そんなことがあるわけないでしょう!」

温子は若菜の方を見た。

若菜は必死で笑いをこらえながら、亨達の方を見て言った。

「ここにもいたよ!」

「ああ、いたな。」

亨は若菜と綾の頭を撫でて、微笑んだ。

外のむさ美のメンバーも笑っている。

若菜がここにもと言ったので、涼子は彼らが何で笑っているのか大体、察しがついた。

そのことを温子に説明すると、温子は顔をしかめてこう言った。

「え〜っ、それじゃあ、わたしは、あの不思議ちゃん達と同じレベルってこと?」

「まあ、そういうことだ。元気印!」

亨が嬉しそうに、温子を見た。

 島崎が握った寿司は、絶品だった。

〆には、晃の母親が、そうめんを茹でてくれた。

みんな腹一杯になって、満足すると、博子が入れてくれた紅茶を飲みながら、月の光に照らされた八丈富士を見上げた。

良介が、明日はその八丈富士に登ると言った。

時計は既に、十一時を回っていた。

そして、それぞれ、部屋に引き上げていった。

孝太は最後まで後片付けを手伝うと言って、その場に残った。

涼子は、一緒に残りたかったが、温子がくたくただから早く寝たいと言ったので仕方なく、部屋に戻った。

シャワーを浴びて、ベッドに横になると、温子も望も五分と立たずに寝息を立てた。

涼子は、眠れなくて、窓から外を眺めていた。

ウッドデッキのテラスに、孝太と博子、薫、智子がいるのが見えた。

涼子は、そっと部屋を抜け出し、テラスへ降りていった。

「あら、あなたはどちらの彼女かしら?」

博子が尋ねると、智子が「涼子さんよね。」と自信たっぷりに言った。

「そうなの?良く見分けが着くわね。」

博子が言うと、智子は自信満々に答えた。

「確かに、知美さんとそっくりだけれど、彼女の廻りには、いつも穏やかな風が吹いているわ。」

「穏やかな風…」

確かにそうだ。孝太は思った。


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