三人同盟/温子・知美・涼子の不思議な友情
17
孝太と温子は、別れる前と特に変わりはなかった。
ただ、孝太のアパートへは一人で行くことはなくなった。
いつものように、温子は、リサーチ活動に余念がなかった。
メディアタワーを見上げながら、その下を歩いていると、誰かにぶつかって、思わす尻もちをついた。
「こんなところでよそ見しながら歩いていたら危ないわよ。」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そう言って手を差し伸べているのは知美だった。
温子は知美の手をたよって立ち上がった。
「藤村さん?こんなところで会うなんて寄寓ね。」
そう言いながら、お尻の辺りを手ではたいた。
「ええ、そうね。でも、それほど奇遇でもないのよ。私、この近くのアトリエで働いているの。」
「アトリエ?」
「そう。アニメのキャラクターデザインをやっているの。」
「ま、まさか、それって、“ムササビ”じゃあ…」
「あら!知ってるの?」
「知ってるわよ!この場所で、アニメと言ったら“ムササビ”!アニメファンなら誰でも知っているわ。」
「そうね。」
「すごいじゃない?今度私も連れて行ってよ。」
「それはどうかな?遊びに行ってるる訳じゃないからなあ。」
「お願い!CIPの取材とか何とか言って…」
「まあ、考えておいてあげるわ。」
「きゃー!本当?うれしーい!」
「あなたって、本当に元気印なんだね。なんだか、調子狂っちゃうわ。それより、ねえ?ちょっと時間あるかしら?」
知美は、温子の天真爛漫な姿を見ていると、何とも言えない安らぎを覚える。
そんな、温子に、興味を抱いたのだ。
「時間?」
温子は、チラッと腕時計を見た。夕方の六時を少し回ったところだった。
「いけない、そろそろ戻らなきゃ。」
「どこへ戻るの?」
「部室に戻って、データをまとめないと…」
「じゃあ、大学に戻るのね?」
「そう!ごめんなさい。」
「ねえ、私も一緒に行っていい?」
「えっ?でも、部外者は部室に…」
「私なら大丈夫よ。部外者じゃないわ。」
部外者じゃないという、知美の言葉に温子は一瞬、考えたが、知美が何を言いたいのかすぐに理解した。
「!」
言いたいことが、温子に伝わったと思った知美は、温子にウインクして見せた。
温子と知美が、部室に戻って来ると、部屋には良介しかいなかった。
「お帰り!温っちゃん。いつもいつも、せいが出るねぇ。おや、今日は涼ちゃんと一緒だったのかい?」
温子は、知美を見てウインクした。
「いいえ、さっきそこであったから、付き合ってもらったの。この後、食事して帰ろうと思って。」
「そうか、じゃあ、俺はそろそろ帰るぞ。望がパーティーの後から、機嫌悪いんだ。ちょっと、ご機嫌取りをしておかないと…孝太のヤツ、また絡まれたらしいから。戸締まりは頼むよ。」
そう言って、良介は、ブレザーを肩からぶら下げて、部室を出ていった。
「へ〜、これがCIPの部室なんだ。」
知美は、物珍しそうに部屋の中を見渡した。
ある方向を向いたときに、視線が固定された。
コルクの掲示板に何枚も写真が貼られている。
知美はそれに近づいていって、興味深く眺めている。
「まあ、むさ苦しいところだけど、ゆっくりしてて。今日は、もう誰も来ないと思うわ。」
温子はそう言って、レポート用紙を広げた。
「ああ、お構いなく。適当に暇つぶすから。」
知美は、掲示板を眺めながら、孝太が写っている写真を探した。
当たり前だが、どれも、CIPのメンバーと一緒のものばかりだった。
「!」
何枚か、重なって貼られている、写真の下の方に、見覚えのある背景の写真がわずかに見えた。
上に重なっている写真を順番にめくっていくと、一番下に、ボウリング場での写真があった。
メンバー全員で写っている写真だった。
前列に、左から、鵬翔、涼子、温子、良介、皆川、若菜、綾が座っている。
後列には、伸一、望、孝太、知美、司、薫の順に並んでいる。
知美は、温子の方をチラッと見た。
温子は、レポートに集中している。
知美は、その写真を掲示板から丁寧に外して、バッグにしまった。
孝太と涼子の写真も何枚かあった。
いくら似ていても、それは自分ではない。
そんなもどかしさを覚えながら、掲示板のそばを離れ、ソファーに腰を下ろした。
途端に、電話のベルが鳴った。
知美はビックリして、飛び上がった。
「あっ!藤村さん、でて。」
「大丈夫よ。声も涼子と一緒だから、分からないって!」
「そう言う問題じゃ…」
そう言いながら、知美は、おそるおそる受話器を持ち上げた。
「良かった!まだいたな。君は涼ちゃんだね。」
「はい、そうですけど。」
「机の上に、映画のチケットを忘れてきたんだ。正門まで持ってきてくれないか。」
そう言うと、良介は、一方的に電話を切った。
机の上には、チケットの入った、封筒が置いてあった。
「なんだって?」
「日下部さんが、これを正門まで持ってきてくれって。」
「そう、じゃあ、お願い。私、もうすこしだから。」
知美は仕方なく、封筒を手にとって部室を出た。
校門まで行くと、良介が、フェラーリの窓から手を振っていた。
助手席には望がいた。
知美は、封筒を良介に渡した。
良介は、礼を言って、車を発進させた。
知美が部室に戻ると、温子は、もう片づけ始めていた。
「ごめんね。もう終わったから、何か食べに行きましょう。」
正門へ続く桜並木は、外灯に照らされているものの、ほんのり薄暗くなっていた。
温子と知美は、二人並んで、ゆっくりと歩いていた。
「こんな時間までつき合わせてしまって、ごめんなさいね。」
「いいのよ。どうせ、私は下宿に帰っても一人だから。」
「一人暮らしかぁ。いいなあ。私、憧れちゃうわ。」
「広瀬君も一人暮らししているでしょう。あなた、当然広瀬君のところにも泊まったことあるのよね。」
「泊まったのは二回だけよ。最初の日と、最後の日だけ。」
「ねえ、広瀬君のアパート、教えてちょうだい。」
「えっ?孝ちゃんのアパートを?」
「そう!あなただって言っていたでしょう?私たち三人はライバルだけど、スタートラインは同じにしておきたいって。あなただけ知っているのはずるいと思うわ。」
正門を出る二人を、守衛が敬礼をして見送っているのが見えた。
温子は少し考えてから、知美にこう言った。
「そうね!分かったわ。じゃあ、今から行きましょう。」
「えっ?今から?」
「そう!思い立ったが吉日って言うでしょう?涼子にはちょっと気の毒だけど…」
「それじゃあ、彼女も呼びましょうよ。」
知美はそう言って、温子は涼子に電話をして孝太のアパートのある駅のそばにあるファミリーレストランへ呼び出した。
涼子は、午後の講義が終わると、リサーチ活動に出掛けていく温子と、別れて“HIRO”に来ていた。
“HIRO”は、相変わらず、むさ美の学生達で賑わっていた。
カウンターに座ると、智子が水の入ったグラスを置いて、微笑んだ。
「アップルティーでいいかしら?」
涼子は頷いて、水を一口だけ飲んだ。
「今日も、彼を待っているのかしら?」
彼と言われて、涼子は少し照れくさかったが、悪い響きではないと思った。
「孝太君、今日はバイトだから…」
「そう、まあ、ゆっくりしていって。」
涼子はポーチをバックから出して、キーホルダーを眺めた。
ハートの形が半分になっている服を着た女の子の人形がついている。
智子はそのキーホルダーを見て、涼子に聞いた。
「彼も、それ、付けてくれているの?」
涼子は、首を横に振った。
智子は、表情を曇らせ、「悪いことを聞いたかな。」と、反省した。
「でも、ちゃんと持っていてくれてるわ。無造作にポケットに突っ込んでいるだけだけど。」
智子の表情が和らいで、「まあ!素敵!」と、口にした。
涼子も、自然に笑みがあふれてきた。
「たまには、バイト先で彼を待ち伏せでもしたら?」
涼子は顔を真っ赤にして反論した。
「待ち伏せなんて、そんなことできませんよ。」
「それもそうね。涼子ちゃんが、そんなこと出来るような女の子なら、私も、応援なんてしてないわね。」
ママの博子が、アップルティーを持ってきた。
「お待ちどうさま。」
「ありがとうございます。」
そう言って、涼子が軽く頭を下げると、博子は微笑んで厨房に戻っていった。
涼子は、アップルティーを飲みながら、キーホルダーを見ている。
しばらく考えていたが、アップルティーがなくなる頃、ポーチをバッグにしまって立ち上がった。
「すみません。今日はこれで失礼します。」
「何かいいアイディアでも浮かんだのかしら?」
「いいえ、何も思いつかなかったから、待ち伏せします。」
涼子は、代金を支払うと、そう言って、微笑んだ。
涼子が帰ろうとしたとき、司と洋子がやってきた。
洋子は、涼子を見るなり、「あれっ?知美、今日は“ムササビ”じゃなかったの?」と言った。
「河合さんに横山さん!こんにちは。」
「なによ、河合さんって、他人行儀に…あなた、もしかして涼子さん?」
「はい。そうです。私、これで失礼しますから、どうぞ、ごゆっくり。」
りょうこは、微笑んで、そう言うと、店を出た。
智子は、二人に説明した。
「彼女、実家がこのすぐ近くなのよ。だから、バザーの後は良く、ここに来ているのよ。まだ、知美さんと一緒になったことはないけど。それより、横山君とあなたがくっついちゃうなんて、以外だったわ。」
「余計なお世話ですよ。」
司は、笑いながらそう言った。
「いちばん驚いているのは、何を隠そう、このボクなんですから。」
洋子も頷いて、一緒に笑った。
「それより、あの子、なんだか嬉しそうにしていたけど、なにか、いいことでもあったのかしら?」
智子はニヤニヤしながら、「さあ、どうでしょうね?」と話しを濁した。
涼子は、一度家に戻ると、母親に、温子と約束があるから遅くなると言った。
そこへ、その温子から電話があった。
「涼子?これから出られる?」
「えっ?これから?」
涼子は、確かにこれから出かけようと思ってはいたが、まさか、言い訳のために、悪く言えば、利用しようと思っていていた温子からの呼び出しには、少々戸惑った。
本当は、これから、孝太を待ち伏せするために、“磯松”へ行こうと思っていたのに…
「そう、今から、三人で孝ちゃん家に行こうって話しになって…」
「三人?」
「そうなの。偶然、藤村さんにあってね、今まで部室で一緒だったの。」
「藤村さん?」
「う〜ん…詳しいことは、後で話すから。」
温子は、孝太のアパートがある駅名と、その駅前にファミリーレストランがあるので、そこで、孝太のバイトが終わるのを待とうと、言った。
結果的には、待ち伏せすることに変わりないが、涼子はなんだか妙な気分になった。
「じゃあ、お母さん、出掛けてくるね。」
「温子さんに、ご迷惑かけるんじゃないわよ。」
「分かってるって!」
涼子が、店に着くと、温子と知美は、既に来ていて、二人は涼子の姿を見つけると、窓際の席から、手を振った。
涼子は、温子の隣に座った。
温子は和風ハンバーグ、知美はシーフードドリアを頼んでいた。
涼子も、メニューを眺め、トマトソースのハンバーグと、食後にアップルティーを頼んだ。
「やっぱり、アップルティーなんだ。」
温子が、そう言ってニヤニヤしている。
知美も頷いて、笑っていた。
涼子も、「あっ!」そう言って笑った。
温子は、知美と会って、孝太のアパートに押し掛けることになった経緯を、ざっと涼子に話した。
「こんな風に、三人で、食事をしながら、話しをしているのって、なんだか不思議ね。」
涼子が切り出した。
知美も温子も「同感だ。」と、言って笑った。
「ねえ、三人が初めてあったときのこと覚えてる?」涼子が言った。
「私は覚えているわ。何しろ、あの時は、藤村さんが、孝ちゃんを盗みに来たと思ったもの。」
温子が言うと、知美は「そう、そう、私は、広瀬君はいつか絶対、私がもらう。なんて思ってたわ。」真剣な顔で言った。
温子と涼子が、一瞬、ひくと、知美は「な〜んてね。」と言って表情をゆるめた。
二人は、それを見て吹き出した。
「だけど、こんな風に一人の男性を奪い合おうって、三人の女性が集まって笑って話しをするのって、普通じゃあり得ないよね。」
知美がしみじみと言う。
「最初、温子が孝太君と別れたと言ったときは、私のために身を引いてくれたのかと思って、逆に遠慮していたのに、実際は、温子も孝ちゃんが好きだと言うし、三人はライバルなんて言い出したときには、これから、どんな修羅場が待っているのかと思って、気が気じゃなかったわ。」
「そうよね。あの時は、別れたのなら、キッチリ身を引きなさいよって、思ったけど、なんか、あなたを見ていると、とてもライバルだなんて思えなくなるから不思議よね。」
「そうなのよ。私は、高校生の時から、ずっと温子と一緒だったから、当たり前みたいに思っていたけれど、そこが温子の魅力なのよね。」
二人が、温子のことを、そんな風に言うので、温子は、照れて、涼子の肩をポンポン叩いた。
三人は、食事が終わっても、こんな調子で話し続けた。
温子は、二杯目のジンジャーエールを、知美はコーヒーのお代わりをした。
涼子は、アップルティーがなくなったので、今度はレモンソーダを頼んだ。
涼子が意識してアップルティーではないものを頼んだので、温子と知美は、顔を合わせてクスッと笑った。
涼子は「なによ?」とでも言いたげに、二人の顔を交互に見た。
涼子が時計を見ると、既に、十一時を回っていた。
「そろそろ、孝太君、帰ってくる頃かしら。」
涼子が、そう言うと、温子も、知美も時計を見た。
「そうね、そろそろね。」
温子がそう言って席を立つと、二人も席を立ち、店を出た。
三人で孝太のアパートに向かう途中、温子は、この店が、ああで、あの店が、こうで、と言う風に、案内して歩いた。
それを聞いていた、涼子と知美は、「はいはい、どうもごちそうさま。」という風に、温子を冷やかした。
知美は、「今度広瀬君と、ここを歩くときに、温子さんとはこうだったのね。なんてからかってやる。」と言った。
涼子も笑って、「わたしもそうする。」と、言った。
「なんだか、こうやって、夜道を女の子三人で歩いていると、小学校の頃の肝試しを思い出すね。」
温子がそう言うと、他の二人も、「懐かしいね。」と言って、小学校の思い出話に花が咲いた。
そうこうしているうちに、あっと言う間に孝太のアパートに到着した。
部屋にはまだ明かりがついていなかった。
三人は、部屋の前で待つことにした。
鉄骨の階段を上がっていき、その一番上に温子が、そして知美が、その2段下の段に涼子が座って、孝太の帰りを待った。
他の部屋の住人に迷惑にならないように、極力話しをしないように心がけて待った。
十五分ほどすると、誰かが、アパートに入ってきた。
孝太だった。
孝太は、真っ直ぐに階段へ向かい、階段の一段目に足をかけると同時に、目線を上の方に向けた。
薄暗い階段の上に、不気味な影が目に入った。
孝太は驚いて、段を踏み外し、踏み外した弾みに、右足のすねを段鼻に打ち付けた。
孝太は地面に転がって、両手で右足を押さえた。
それを見ていた三人は慌てて階段を駆け下りた。
「孝ちゃん!…」「孝太君!…」「広瀬君!…」「…大丈夫?」
孝太の右足からは、血がにじんでいた。
三人は、孝太を部屋へ連れていくと、手当をしようと、薬箱を探したが、どこにも見あたらなかった。
「ねえ、温ちゃん、薬箱はどこなの?」
知美が尋ねた。
「私だって知らないわよ。」
「私、買ってくる。」
涼子が、そう言って外へ出ようとすると、孝太は何とか口を開いて、「冷蔵庫」と言った。
涼子が冷蔵庫を開けると、中から、薬箱をとりだし、持ってきた。
薬箱を開けると、中には、風邪薬と絆創膏しか入っていなかった。
「も〜、なにこれ?」
温子は、ハンカチを濡らして、傷口を拭くと、傷事態はそれほど大きくはなかった。
知美は、絆創膏を二枚、三枚重ねて貼った。
手当が終わると、四人はようやく落ち着いた。
「いったい、何なんだ?」
孝太は、三人の顔を順番に見ながら言った。
「ごめんなさいね。ビックリさせちゃって。」
温子が言う。
「そうじゃなくて、何で三人でここに来たんだ?」
「同じスタートラインに立たないと意味がないから。」
知美が言った。
「スタートラインってなんだよ?」
「三人はライバルなんだけど、同盟を結んでいるのよ。」
涼子が言った。
「なんのことだか、さっぱり分からないよ。それより、お前達、今何時だと思っているんだ?」
孝太は、柱にかかっている時計を指した。
既に、日付が変わっていた。
「たいへん!電車がなくなっちゃう!」
そう言うと、三人は慌てて部屋を出た。
一人取り残された孝太は、何がなんだか分からず、呆然としていた。
三人が駅に着くと、上りの電車は既になくなっていた。
これでは、温子は家に帰れない。
「仕方がないわ。今日は孝ちゃん家に泊めてもらおうかしら。」
それを聞いた知美が、目をキラキラさせながら、言った。
「あ!ずる〜い。それじゃあ、私も泊まっちゃおっと。」
「そうね!みんなで泊まりましょう!布団は一組しかないけど、今は寒くないから、バスタオルでもかけておけば大丈夫だものね。」
温子がそう言うと、知美は大賛成した。
涼子は一人困った顔をしていたので、知美がこう言った。
「私の下宿にみんなで泊まることにしたらどうかしら?」
「それ、いいね!そうしましょう!」
温子はそう言うと、電話ボックスを探し、家に電話をした。
「涼子と一緒に、むさ美のお友達の下宿先に泊めてもらうことにしたから。」
そう言うと、知美と涼子が代わる代わる、温子の母親にお詫びをした。
温子の母親は、知美と涼子の声を聞いて安心したようだった。
涼子も、同じように、家に電話し、温子と知美が交代で、うその事情を説明した。
「さあ、とりあえず、コンビニにでも行って、お買い物しましょう!」
温子は、そう言って、来た道を引き返した。
「なんだか、修学旅行みたいで楽しいね!」
涼子は、親に嘘を付いて外泊するのは初めてだったので、多少、親に対しては気が引けたが、この状況を、いちばん楽しんでいるようだった。
孝太は、ようやく、落ち着きを取り戻し、ラジオの深夜番組にチューニングを合わせた。
今日の“磯松”は特に混んでいて、刺身の類は全部品切れになっていたので、賄いの夜食が食べられなかったから、昨晩の残りのカレーを温めることにした。
アパートに戻ってきた温子達は、すぐにカレーの臭いに気が付いた。
「うわー、なんかいいにおい。」
知美がそう言って、鼻をクンクンさせた。
「ラッキー!これ、孝ちゃんのカレーだわ。」
温子がそう言った。
「それって!」
他の二人も子供のように、目を輝かせた。
カレーが暖まったので、皿にご飯を装うとしたときにドアをノックする音がした。
孝太がドアを開けると、両手に手提げ袋をぶら下げた温子達がいた。
「ヘヘッ、電車間に合わなかった。」
温子が舌を出してそう言った。そのうしろで涼子と知美も、手提げ袋を掲げて微笑んでいる。




