合コンラリースタート/温子の告白
14
孝太と温子は、駅前の商店街にある、スーパーに来ていた。
孝太が買い物かごをぶら下げて、温子がめぼしいものを物色しては、かごの中に放り込んでいく。
まず、野菜コーナーで玉ねぎとマッシュルームを、それから、鮮魚コーナーでイカを、乾物物のコーナーではパスタを、調味料のコーナーで固形のコンソメを、乳製品のコーナーでは生クリームと粉チーズを買った。
孝太にもメニューの察しがついたので、ベーコンと卵は冷蔵庫に入っているので、買わなくていいと言った。
「なんだか、私達、新婚さんみたいだね。」
「そうだな。ちょっと恥ずかしいけど、こういうのも悪くない。」
アパートに着いたら、温子は、早速、台所に立った。
決して、慣れているとはいえない手つきで玉ねぎを刻むと、涙が溢れてとまらなかった。
「孝ちゃん、悲しいよ〜」
そう言って、ハンカチで目を拭きながら、孝太の方を振り向いた。
「玉ねぎだろう?本当は、冷蔵庫で冷やしておくと涙は出ないんだ。」
「え〜、そうなの?だったら玉ねぎ、冷蔵庫に蓄えておいてよぉ。」
「昨日まではあったんだ。」
孝太は仕方がないと笑いながら、レコードプレーヤーに青リンゴのマークが入ったレーコード版を乗せて、針を降ろした。
ジャケットには、四分割された4人のメンバーの顔が描かれている。
アルバムの最初の曲、TWO OF USが軽快なリズムを刻み始めた。
温子は、生クリームに固形のコンソメと粉チーズを入れて、弱火でゆっくり溶かしている。
玉ねぎとベーコンを炒め、マッシュルームを加える。
それにコンソメのきいたホワイトソースを合わせる。
パスタを茹でる。
茹でたパスタを、ホワイトソースに絡める。
卵は、ポーチドエッグにして皿に盛ったパスタの上に乗せた。
パセリをみじん切りにして振りかけ、温子風カルボナーラの完成である。
A面6曲目の、LET IT BEが終わろうとしていた。
「おお、旨そうだな。」
「失礼ね!旨そうなんて、美味しいに決まってるじゃない!」
孝太は、バーゲンセールの時に買い貯めしておいたインスタントのコーンスープを二つ作った。
「いただきま〜す。」二人同時に、手を合わせた。
温子の作ったカルボナーラは、なかなかのものだった。
「美味しいよ。お嬢様にしては頑張ったな。」
「バカにしないでちょうだい。こう見えても、小さい頃は、お手伝いさんと一緒に、夕飯の支度をしていたのよ。」
食事が終わると、温子は食器を洗って後片づけをした。
孝太は、温子にシャワーを浴びるように言ったが、温子が銭湯に行きたいと言ったので、二人で出掛けた。
石鹸やシャンプーは一つずつしかなかったので、孝太はそれを温子に持たせた。
孝太は、途中のコンビニで、旅行用のトラベルセットを買った。
銭湯に着くと、「じゃあ、後で。」と、それぞれ、男湯と女湯に別れた。
温子は、入念に、隅々まで身体を洗った。浴槽に浸かっていると、男湯の方から口笛が聞こえてきた。
孝太が、「もうあがる。」と合図をよこしたのだ。
温子は、「先にあがってて。私はもう少し入ってる。」と言った。
孝太は、先にあがって、牛乳を1本買って飲んだ。
しばらくすると、女湯の脱衣場から、温子の声が聞こえてきた。
「孝ちゃん、牛乳飲む?」
「もう飲んじゃったよ。」
「な〜んだ。」
温子は、いちご牛乳を買った。
番台に、お金を払いに来た、温子がチラッと見えた。
まだ、服を着ていないようだった。
孝太は、股間が大きくなっていくのを感じて、慌ててタオルで隠した。
「先に出てるぞ。」孝太がそう言うと、「私もすぐ出るから。」と温子が言った。
孝太は先に外に出て、入口の脇にあるベンチに座って、温子が出てくるのを待った。
温子もすぐに出てきた。
温子は、孝太のTシャツとジャージを着ていた。
二人は、手をつないで、夜の道を歩いた。
「ねえ、ちょっと公園に寄って行きましょう。」
「今からか?」
「湯冷めするぞ。」
「何言ってるのよ。真冬じゃあるまいし。」
「ねっ!いいでしょう?」
「分かったよ。」
公園は、アパートを通り越した先だったが、孝太は、仕方なく従った。
公園のベンチに座って、温子は空を見上げた。
「星がきれいね。」
「そうだな。」
「ねえ、前にここでお芋食べたね。」
「そんなこともあったなあ。」
孝太には、今日の温子は、今までの思い出を辿っているように思えてならなかった。
「さあ、そろそろ帰りましょうか?」
アパートに帰ると、二人はすぐに布団に潜り込んだ。
そして、自然に抱き合った。
翌朝、温子は、一度家に帰るといって、一人で先にアパートを出た。
その日、温子は大学に来なかった。
やっぱり湯冷めして、風邪でもひいたかなあ…最初孝太は、そんな風に思っていた。
しかし、次の日も温子は来なかった。
涼子に、何か聞いていないか尋ねても、知らないという。
1週間経っても温子は来なかった。
孝太は、内心穏やかではなかった。
涼子に温子の自宅の電話番号を聞きだし、電話をしてみることにした。
孝太は、中庭にある、電話ボックスに飛び込んだ。
受話器を持ち上げ、十円玉を入れ、プッシュボタンを押す。
受話器から呼び出し音が聞こえてくる。
その時初めて、孝太は気づいた。
「家の人が出たらどうしよう。温子は朝帰りのことで家から出してもらえないのかもしれない。電話を掛けてきたのが、その張本人だったら…」
だが、遅かった。
受話器を一旦置こうとしたとき、女性の声がした。
「はい、廣瀬です。」
「あ、あの、広瀬と申しますが…」
「ええ、うちは廣瀬ですが、どちら様ですか?」
「だから、その、ボクも広瀬と言うんです。」
「あら、もしかして、お嬢さんの大学の?」
「はい、そうです。あの、温子さんいらっしゃいますか?」
「はい、はい、少しお待ち下さいな。」
孝太は、ホッとした。
程なく、受話器から、温子の声が聞こえてきた。
「孝ちゃん?元気にしてる?」
「元気にって、それはこっちの台詞だよ。具合でも悪いのかと心配したんだぞ。」
「ハハッ、ごめんね。全然大丈夫だよ。」
「じゃあ、どうして大学に来ないんだ?」
「時間が必要だったの。なかなか、気持ちの整理が出来なくてね。でも、もう大丈夫だから。」
「気持ちの整理って…」
「ねえ、孝ちゃん、良く聞いてね。私たち、もう別れましょう。」
「なんだって?」
「もう別れましょう。そう言ったのよ。」
「どうして?藤村のことか?あれは…」
「違うのよ。そのことと、このことは、全然関係ないから。」
「だったら、どうして?」
「それが、お互いのためだと思うわ。」
「なんで?」
孝太には、訳が分からなかった。
「孝ちゃんのことが嫌いになったわけではないのよ。今でも大好きだよ。」
「だったらなんで?」
孝太は電話ボックスの硝子の壁を蹴飛ばした。
「明日からは、また大学に行くから、もう、心配しなくてもいいよ。それじゃあ。」
そう言うと、温子は受話器を置いた。
電話が切れたあとには、プーッ プーッと虚しい音だけが受話器から聞こえてくる。
受話器を耳に当てたまま、しばらくは立ちすくむしかなかったが、諦めて受話器を置いた。
全てが終わった…いや、そんなことを考える気力もない。
体の中から力という力が徐々に失われていくことに何の抵抗もできなかった。
電話ボックスのガラスの壁にもたれて、そのまま崩れ落ち、しゃがみ込んだ。
どこから湧き出て来たのか、目の表面を覆う液体越しに見る空の色は、どんよりとした灰色で、ずっしりと重く、今にもこの世界を押しつぶしてしまいそうだった。
部室へ向かう途中、電話ボックスの中でうずくまっている孝太を、涼子は見かけた。
涼子は、おそるおそる、電話ボックスに近づいた。
「孝太君?どうかした?」
孝太は、うつむいたまま、そっと涙を拭った。
「涼子ちゃん?」
涼子は、心配そうに孝太を見ている。
「孝太君、どうかしたの?温子に何かあったの?」
孝太はゆっくりと立上り、電話ボックスを出た。
「いや、なんでもない。」
「でも…」
孝太は、無理に笑顔を作って、涼子に答えた。
「何でもない。温子、明日から出て来るって。さあ、部室に行こうか。」
そう言って、孝太は先に歩き出した。
涼子は、いつものように、孝太の少し後をついていった。
そして、前を歩く孝太の背中を心配そうに見つめた。
部室につくと、良介が、孝太達に温子はどうしたのか尋ねた。
「大丈夫です。明日から来るそうです。」
孝太は答えた。
「そうか、なら、良かった。それじゃあ、みんな集まってくれ。次の仕事だ。」
全員がテーブルにゆくと、望が次のプロジェクトについて話し始めた。
孝太には、望の話しは、まったく耳に入っていなかった。
とにかく、ある程度の時間が必要だと思った。
あの日、温子は、孝太との思い出を精算しようと思った。
それは、全てを忘れてしまおうということではなく、きちんと、アルバムにしまい込んで、確かな思い出として、整理しておきたかった。
自分の気持ちとともに…
自分で出した結論に、悔いはなかった。
涼子の気持ちを知ってしまったからには、今まで通りでいるわけにはいかない。
選択肢は三つあった。
孝太をとるか、涼子をとるか、あるいはどちらもとらないか…
考えたあげく、温子は涼子をとった。
恋よりも、友情をとったのだ。
恋について言えば、この先、もっと素敵な人に巡り会うかもしれない。
しかし、涼子との友情は、これからの人生においても、失うわけには行かない、かけがえのないものだと思っている。
温子は、そう考えた。
自分が、孝太と別れたことを知ったら、涼子はどう思うだろうか?
私が、涼子に遠慮して、そうしたと思うかもしれない。
涼子が、そう考えたら、逆に孝太との距離をおいてしまうだろうか?
たぶん、それは大丈夫。
涼子なら、傷ついた孝太を放っておけるはずはない。
しかし、当分の間、涼子が自分に気をつかわない様に、演じなければならないだろうと温子は思った。
その後、どうなるかは、本人同士のことだから…
きっと、涼子なら、孝太とうまくやっていける。
悔しいけれど、やっぱり、二人はとてもお似合いだと、温子は思った。
孝太の家に泊まってから、一週間経った。
温子は、どうにか、心の中のアルバムを引き出しにしまった。
その時、孝太から電話がかかってきた。
温子は、孝太に別れを切り出した。
孝太は納得できない様子だったが、温子はかまわず、受話器を置いた。
後は、涼子がうまくやってくれるはず…
「さて、明日から、また忙しくなるわ!」
涼子が、教室に入ると、温子は既に、席に着いていた。
涼子は温子の隣の席に着き、声を掛けた。
「久しぶりだね。どうしてた?」
「孝ちゃんに聞いた?」
「ええ、孝太君は大丈夫だって言っていたけど…」
やはり、孝太は涼子に分かれたことを話していなかったようだ。
「ちょっと、考え事をしていたの。」
「考え事?」
「そう、考え事。」
「ねえ、孝太君と何かあった?」
「そうねぇ…あったと言えばあったかしら。孝ちゃんはなんて言ってた?」
「何も聞いてないわ。だけど、なんだか元気がないみたい。」
「そう?じゃあ、ちゃんと慰めてあげなきゃね!」
「そうだよ!」
「孝ちゃんったら、本当に何も言ってないのね。いい?涼子、孝ちゃんを慰めてあげなければいけないのは、あなたなのよ。」
「えっ?わたし?何を言っているの?」
「私、孝ちゃんをふっちゃったの。だから、傷心の孝ちゃんを慰めてあげられるのは、涼子、あなたしかいないの。」
「そんな…ねえ、冗談でしょう?どうしたの?」
「本当のことよ。孝ちゃんが、元気ないのはきっと、そのせいよ。」
「温子、どうしちゃったの?喧嘩でもしたの?」
「どうもしないって。当分はCIPの仕事をちゃんとやりたいの。だから、今まで通りの付き合いは出来ないの。それがたとえ孝ちゃんでも。」
「うそ!温子、あなた、もしかして、私のために…」
「まさか!たとえ涼子でも、孝ちゃんだけは譲ってあげないわ。それはこれからもずっとそうよ。今は、孝ちゃんをふっちゃったけど、また一から始めるの。だけど、もし、孝ちゃんの方が、涼子のことを好きになったら、その時は仕方がないから、諦めるわ。」
温子が、一週間ぶりにCIPの部室に顔を出すと、良介と望がいた。
「どうも〜。ごぶさたで〜す。」
「おお!ちょうど良かった!まあ、座れ。」
良介は、温子の顔を見ると、いきなり、次の仕事の話しを始めた。
「昨日は来なかったからな。」
「何があったかは、知らないけれど、連絡くらいは入れなさい。」
望もそう言って、プロジェクトの内容を告げた。
今度の仕事はこうだ。
新学期が始まって、3ヶ月ほど経つこの時期、ちょうど7月の初め頃に、毎年企画されているイベントなのだが、数校の大学と、2社ほどの企業間で合同コンパをやる。
基本的には、2つの大学(会社)で実施するのだが、CIPでは、登録のある、大学・企業を全て、総当たりで実施する、“合コンラリー”として開催しているのだ。
良介も、望も、温子がリサーチしていた情報が役に立つと思ったのだ。
「エントリーしている大学・企業のリストを渡すから、会場と、組み合わせをマッチメイクしてちょうだい。」
望が、そう依頼すると、良介が、更に付け加えた。
「いいか、エントリーしている学校や企業の特徴、参加メンバーの好みや性格まで分析して最高の舞台を演出してくれよ。エントリーしてきた大学や、企業については晃が詳しいから協力するように言ってある。さあ、分かったら、さっさと行って来い!」
温子は、俄然、燃えてきた。
「はい!分かりました。」
温子は、元気良く返事して、部室を出ていったが、すぐに戻ってきてドアを開けた。
「あの〜、鵬翔先輩は、今どこに?」
孝太は、部室がある厚生棟1階のカフェにいた。
オープンテラスのテーブル席で、紙コップのコーヒーを飲んでいた。
テーブルの向かいには、鵬翔晃が座っていた。
パッと見た目には、すごくモテそうな鵬翔なら、女の子の気持ちがわかるかもしれない。
そんな期待を込めて、孝太は鵬翔に聞いてみた。
「先輩には、彼女とかいるんですか?」
「どうしたんだ?やぶから棒に。」
「女の子の気持ちって、わかんないもんですねぇ。」
「お前、そんなの当たり前だろう!俺達は男なんだぜ。」
鵬翔の答えが、あっけなかったので、孝太は、肩透かしを食らった感じで、少し、がっかりした。
鵬翔は、話を続けた。
「分からないからこそ、コミュニケーションが大事なんだ。」
「コミュニケーションですか?」
「そうだ!コミュニケーションだ。」
「う〜ん…」
「まあ、経験を重ねれば、お前にも分かるよ。」
「ところで…」
孝太が、合コンラリーについて、鵬翔に尋ねようとした矢先に、鵬翔が立ち上がって、手を振って誰かに手招きをしたので、言葉を切って、後を振り向いた。
温子が、誰かを探しているようだった。
鵬翔に気が付くと、温子はこちらへやってきた。
「あら、孝ちゃんもいたの?」
「あのさあ、昨日の話なんだけど…」
「ごめん、孝ちゃん。それ、また今度ね。」
温子は、良介に依頼されたと言って、鵬翔に合コンラリーにエントリーしている、学校について、聞き始めた。
孝太は仕方なく席を立って、その場を離れた。
温子は、後ろ髪を引かれる思いで、立ち去る孝太を見送った。
「孝太のヤツ、何か話しがあるみたいだったけど大丈夫なのか?」
鵬翔は、二人の様子が変だと気が付いたが、温子が否定したので、それ以上は詮索しなかった。
“磯松”のバイトが終わって、店を出ると、温子が待っていた。
「お疲れさま。」
温子は、孝太の腕を、引っ張り、歩き出した。
「今日は、ご飯食べてきたよね?」
「いや、食べてない。今日は…昨日から食欲もなければ、やる気もでない。」
「よかった!牛丼食べに行きましょう!」
「牛丼?」
「ねえ、私の顔見たら、お腹減ったでしょう。」
「そんなことより、ちゃんと説明してくれないか?」
「そうね、だから、立ち話も何でしょう?」
「牛丼屋でそんな話し、できるのかよ?」
「あら、孝ちゃん、怒ってるの?」
「なあ、真面目にやろうぜ。」
「ごめん。わかった。じゃあ、“HIRO”にでも行く?」
一瞬、孝太は、ドキッとした。
「冗談よ!あそこにしましょう。」
そう言って、温子は駅前の喫茶店を指した。
二人は、奥の席に座った。
孝太はコーヒー、温子はナポリタンとレモンティーを頼んだ。
孝太が、この席に座ったのは三度目だった。
「あの時以来だね、ここ。」
孝太は、急に、後ろめたい気持ちになった。
「あのね…」温子は話を続けた。
「あのね、孝ちゃんのことが、嫌いになったわけじゃないんだよ。それに、もう会わないとかそう言うことでもないの。」
「じゃあ、何で、別れるなんて言ったんだ?」
「孝ちゃんって、とってもいい人ね。だから、私が独占しちゃうのは辞めようと思ったの。だから、孝ちゃんも私のこと独占しようなんて思わないでね。」
孝太はしばらく黙っていた。
ウエイターが、コーヒーとレモンティーを持ってきた。
「ナポリタンの方はもう少々お待ち下さいね。」そう言って、にこやかに去っていった。
ウエイターが立ち去るのを見届けてから、孝太は口を開いた。
「誰か他に好きな人でもできたのか?」
温子は、小さな両手で、ティーカップを抱えて、一口飲んだ。
「違うよ。今でも、孝ちゃんが好き。この気持ちには変わりないのよ。」
孝太は、残っているコーヒーを一気に飲んだ。
「意味が分からないよ。」
「ねえ、孝ちゃん?藤村さんのことは嫌い?」
「嫌い?そんな風に聞かれたら、嫌いじゃないさ。」
「じゃあ、涼子のことは嫌い?」
「いや。」
「そうよね。どちらかと言えば、好きでしょう?」
「まあ、どちらかと言えば…」
「そうでしょう?だから、そう言うことなの。」
「益々、意味が分からないよ。」
「だから、他の女の子とも、きちんとお付き合いした方がいいと思うの。私と付き合っていたら、そのことを、後ろめたく思うでしょう?そんな付き合い方をして欲しくないの。そして、私自身、そのことを悩まなきゃいけないとしたら、とても辛いことだと思うから。」
孝太は少し考えた。
温子のナポリタンがきた。
温子は、待ってましたとばかりに、ナポリタンをほおばった。
「孝ちゃんが、本当に好きになった人と付き合えばいいの。孝ちゃんが、誰かを本当に好きになるまでは、恋人ではなくて、ちょっといい感じのお友達でいたいの。友達以上恋人未満ってやつかな。」
「今の俺は、温子のことを本気で好きじゃないとでも言うのか?」
「分からないわ。孝ちゃんは、神様に誓える?」
そこまで言われると、確かに孝太にも自信はなかった。
「ねっ!だから、安心して。」
多少、煮え切らないところもあったが、孝太は納得するしかないと思った。
だが、自分の中で、次第に大きくなっていく、涼子のことが、ふと頭をよぎり、もしかしたら、温子は、そのことを察しているに違いないと思った。
温子の決心が並大抵の物ではないことは分かった。
「ほら、今度の仕事、合コンラリーだっけ?」
「ああ。」
「私、今日、部長に、仕事頼まれたの。今までのリサーチ活動が役に立つだろうって。」
「そうか。良かったじゃないか。」
「孝ちゃんも手伝ってね。」
「ああ、協力するよ。」
「ねえ、孝ちゃんも食べる?」
“開き直った”という言い方が正しいのかは分からないが、ある程度、自分で納得した途端に、孝太の腹の虫が叫んだ。
『ギュル〜』
温子も孝太も声を出して笑った。




