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彼女はアップルティーが好き/涼子の秘めたる想い

12


 涼子の家は、武蔵野台美術大学の最寄駅でもある、“武蔵野の森”駅から、聖都へ向かって一つ目の“武蔵野の丘”駅が最寄りの駅になる。

涼子の家族は、両親と兄、妹の5人家族だ。

両親は、二人とも弁護士で、同じ弁護士事務所で働いていた。

結婚を機に、母親の敬子けいこは事務所を辞め、主婦に専念することにした。

事務所を辞めても、父親である公彦きみひこの良き理解者であり、的確なアドバイスを与えてくれるパートナーでもある。

長男の雅彦まさひこは、涼子の兄で、聖都と双璧の、関西の名門、平城大学の法学部に入った。

妹の敦子のぶこは、涼子と同じ高校で、演劇部に入っている。

涼子は、幼い頃から、両親の影響もあり、弁護士という職業に憧れていた。

高校に入った頃には、はっきりと、将来は弁護士になると決めていた。

兄の雅彦も、両親の影響を受けて、弁護士になるつもりでいたが、今は検事を目指して、勉強している。

敦子だけは、映画女優になるといって、日夜演技の勉強に励んでいる。

家にいるときでさえ、日常の会話や仕草も、演技を意識して過ごしている。

これには、涼子も、両親もあきれていたが、今はもう、諦めている。

父親の公彦は、仕事がうまくいって、機嫌がいいときなどは、敦子に会わせて、大袈裟なゼスチャーや言い回しで、敦子との会話を楽しんでいる。

 高校に入ると、3年間温子と同じくラスだった。

涼子の席の前は、3年間、ずっと温子だった。

涼子はクラスでも…いや、学校(女子高)でも一、二を争うほどの美人だったので、他校の、何人もの男子生徒から「付き合って欲しい。」と告白された。

しかし、学校でも女の子から告白されることでは、一、二を争う温子と、ずっと一緒にいたので、ボーイフレンドをつくることに、さほど興味を抱かなかった。

高校3年になったときには、お似合いのカップルだと、下級生達から、羨望のまなざしで見られていた。

温子は、そのことに対して、特に何とも思っていないようだったが、涼子にとっては、とても心地の良いものだった。

聖都に入って、温子が孝太と付き合っているのを知ったときには、すごくショックだったが、温子の嬉しそうな表情を見るたびに、なんだか自分も、同じように恋をしているような気分になっていった。

そして、いちばん、身近にいた孝太のことを、いつしか意識するようになっていた。

けれど、孝太は温子の恋人である。

「だめ!いけない!」そう思えば、思うほど、孝太に対する思いは大きくなっていった。


 涼子は、机の上に置かれた、キーホルダーを見つめている。

孝太が、これを、パッと目に付くようなところに付けてくれるはずはない。

そう思いながらも、自分がそれを身につけていたら、もし、温子に見られたとき、孝太が同じものを持っていることに気が付けば、二人の仲を疑うかもしれない。

涼子は、キーホルダーを、机の引き出しにしまい込んだ。


 CIPの部室には、温子と涼子、それに、良介と望がいた。

それから、もう一人、涼子たちと同じ法学部の学生がテーブルの真ん中の折り畳み椅子に座っていた。

何人かの友達と、ある女の子の誕生日を祝ってやりたいというのだ。

良介は、温子をプロジェクトリーダーに任命した。

望は、「まだ早い!」と言ったが、「な〜に、彼女なら大丈夫だよ。何事も経験さ。」

そう言って、望の反対を押し切った。

温子は、例によって、突然の大任を喜んで、一生懸命、彼の話を聞いている。

孝太が部室に入ってくると、温子は、偉そうに、「孝ちゃん、お客さんにお茶でも買ってきてちょうだい。」そう言って、ポケットの小銭を取り出した。

十円玉が六枚と、一円玉が3枚しか入っていなかった。

それを見た孝太は、「いいよ。」といって、部室を出た。

涼子も、「私も、何か買ってくる。」と、席を立った。

「じゃあ、俺にも頼む。」

良介がそう言うと、望も、レモンティーを頼んだ。

涼子が、テラスから階段を下りようとしたとき、孝太が、ポケットの小銭を、床にばらまいているのが見えた。

「まあ、たいへん!」

そう思った涼子は、急いで階段を駆け下りると、孝太がばらまいた小銭を拾うのを手伝った。

「サンキュー!」

見あたる範囲の小銭は、全て拾ったはずなのに、孝太は、まだ何かを探しているようだった。

「あれ〜、どこに行っちゃったんだろう!」

そう呟きながら、自動販売機の下を覗き込んでいる。

「あった、あった!」

自動販売機の下に、へを突っ込んで、どうにか拾い出したのは、涼子があげた、キーホルダーだった。

「孝太君、それ…」

「ああ、涼ちゃんに貰ったヤツだ。なんか、俺に似ているようで、いつも、ポケットに入れてあるんだ。それより、どうして、ここへ?」

「うん、部長と副部長に頼まれて。」

「そうか、何を買えばいいんだ?」

涼子は、望にレモンティーと、良介にはコーラを頼まれたと言った。

孝太は、次々に、小銭を入れては、言われたもののボタンを押していく。

「涼ちゃんは何がいい?」

「えっ?いいよ!私は。」

「いいって、ほら、この前、“HIRO”でごちそうになったろう。しかも、あの時、涼ちゃん、お釣り忘れただろう?」

「あっ!」

「ねっ、だから、何がいい?」

「じゃあ、アップルティーを。」

「涼ちゃんって、アップルティーが好きなんだねぇ。」

「えっ?そうかしら。」

「そうさ!いつもアップルティーを飲んでる。」

涼子は、孝太が、キーホルダーを持っていてくれていることも嬉しかったが、いつも、アップルティーを飲んでいると言ってくれたのは、もっと嬉しかった。

孝太が、両手に、6本の缶ジュースを抱えて、テラスの階段を上っていく。

涼子は、その少し後を歩いて、ついて行く。

ただ、それだけのことが、涼子はとても嬉しかった。

 部室に戻ると、温子からの第一声が聞こえてきた。

「孝ちゃん、遅い!」

「悪い、悪い!下で、小銭ばらまいちゃって。」

「も〜!何やってるのよォ!」

温子は、客に詫びて、缶コーヒーを差し出した。

孝太は、望と良介に、それぞれ、レモンティーとコーラを渡して、ソファーに腰を下ろし、

ため息をついた。

そんな孝太を見て、良介が、小声で呟いた。

「倦怠期か?」

その声は望に聞こえたらしく、望の蔑んだ視線を感じた良介は、ふと身をかがめた。

案の定、良介の頭の上を、ボールペンのキャップが飛んでいった。


 温子は、張り切っていた。

雑誌を何冊も買い込んでは、評判の店をリサーチするために、出掛けていった。

その中で、貸し切りにしなくても、十人程度までなら、充分な広さと設備が整った、パーテイールームがいくつかある、プールバーに目を付けた。

ビリヤード台の他に、ダーツやピンボールゲームなどが置かれていて、六十年代のアメリカを思わせる、内装の店だ。

その店の支配人に、CIPの企画で使うと言ったら、全面的に協力してくれると言うのだ。

店側も、あのCIPが目を付けたとなれば、宣伝効果は抜群だと、喜んでくれた。

温子は、パーティールーム一部屋の料金を、通常の1/3で話をつけた。

更に、飲み放題飲みの料金で、オードブルを付けさせた。

しかも、持ち込みOKの許可まで取り付けた。

店側も、パーティールームを使って貰えば、ある程度の利益を出すことが出来るので、

メニューの料金を値切られるより、持ち込んで貰った方が、特だと考えたのだ。

このシステムはいける!そう思ったのか、それ以来この店は、持ち込みOKのパーティーが出来ると、評判になり、週末となれば、一ヶ月前でも予約が取れないほど、人気がでた。

 企画を依頼した彼は、主役の誕生日の女の子に、好意を持っていたので、彼女がことのほか喜んで、自分との交際を受けてくれたと、温子に礼を言ってきた。

この手の企画の場合、予め、設定された会費を、CIPへ先に払って貰い、その範囲で全てを賄うことがルールだった。

ほぼ、個人的なレベルの企画だったので、金額は大した額ではなかったが、温子は、50%の利益を上げた。

「ヒュー!やるじゃないか。お嬢さん。」

良介に誉められて、温子は、鼻高々でVサインをして見せた。

望も、「最初にしては、良くやったわね。」そう言って、温子に、ボーナスを支給した。

こういった、個人企画の場合は、担当した当事者が、利益の額に応じて、ボーナスを貰う仕組みになっている。

だからといって、赤字を出しても、ペナルティーはない。

ボーナスがもらえないだけだ。

もっとも、ほとんどの場合、赤字を出すことなど無かった。

 温子は、これを機に、“磯松”でのバイトを辞めた。

もともと、バイトを始めたのは、経済的な理由ではなく、社会勉強の一環と言うことで、両親に許しを貰っていたのだから、居酒屋にこだわる必要はなかった。

CIPの仕事が無いときも、リサーチ活動を続けた。

それは、飲食店に限らず、パーティー用の雑貨を扱う店から、目的に応じたプレゼントを買うのに、どこでどんな物を買ったら、誰にウケるかなど、レポート用紙が数十冊もたまった。

このことが、温子の人生の目標を大きく変えることになろうとは、本人もまだ気がつく由もなかった。


 知美は、バザー以来、孝太と顔を合わせていなかった。

下宿先の、自分の部屋で、家から持ってきたサイン帳を、毎日広げて見ていた。

いちばん最後のページだけを何度も。

「このままじゃ、何も変わらない。待っているだけじゃ、何も変わらない。」

連絡を取ろうにも、孝太のアパートには電話がない。

「行くしかないわね!」

その日の講義が終わると、知美は洋子を誘って、“磯松”へやって来た。

すぐに孝太は見つかった。

注文を聞きに来たのは、他のアルバイトだった。

とりあえず、グレープフルーツサワーと、海鮮サラダ、サイコロステーキと野菜の鉄板焼きを頼んだ。

温子の姿は、いくら探しても見あたらなかった。

「よしっ!チャンスだわ。」

そう思った。

「ねえ、彼いるの?」

洋子が、店内を見渡しながら尋ねた。

「いるわ!ほら、あそこ。」

知美は、客が帰った後のテーブルを片づけている孝太の方を指差した。

「ふーん、なるほどね。まあまあかな。」

開いた食器をトレーに載せて、厨房に戻る途中、こっちを見ている二人に孝太は気がついたが、平静を装って、さりげなく厨房に入って行った。

孝太は食器を、洗い物専用のシンクに入れると、一旦、通用口から外に出て、新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。

「温子が店を辞めていてよかった。」

気を落ち着けて、ホールに戻ると、知美が手をあげて呼んでいるのが見えた。

あたりに他の店員はいなかった。

仕方なく、知美達のテーブルに近づいて行った。

「すいません、グレープフルーツサワーをお願いします。」

知美が注文し、洋子も同じものを注文した。

「藤村さん、未成年なんだから、お酒なんか…」

知美は、人差し指を立てて、口の前にだし、「しっ!」そう言うと、孝太の手を取り、メモ用紙を握らせた。

「飲みすぎるなよ。」一言小声で言うと、「グレープ二丁入りました。」厨房に向かって大きな声で叫んだ。

厨房から「グレープ二丁、毎度ありー」と返事が聞こえてきた。

孝太は、ちらっと知美を見て、握ったままのこぶしをジーンズのポケットに突っ込んだ。

それから、ニヤニヤしている洋子の方に目をやって、その場を去った。

厨房に戻ると孝太は、今頼んだグレープフルーツサワーを薄めに作るよう店長に頼んだ。

「知り合いなのか?」

「ええ、高校の同級生で…まだ、未成年だから。」

「そうか、わかった。じゃあ、これを持って行ってやれ。」

そう言って、今出来上がったばかりの握り5点セットを示した。

ちょうど、二人前あった。

「これ、他のお客さんのじゃあ?」

「いいんだよ。どうせあっちは、酔っ払っているんだから。少しくらい遅くなっても気が付きゃしないさ。」

「すいません。それ、あとで、俺のバイト代から引いといて下さい。」

「いいってことよ!俺のサービスだ。気にするな。」

孝太は、店長に礼を言って、握り鮨と薄めのグレープフルーツサワーを、知美達のテーブルへ運んでいた。

店長からのサービスだと言って、鮨を置いたら、二人とも喜んだ。

洋子は厨房の方を見て、店長と目が合ったので手を振って投げキッスをした。

知美は、さっきのメモを見たかどうか孝太に確認した。

知美に渡されたメモには、こう書いてあった。

『駅前の喫茶店で待っているから、お店が終わったら来て。必ずよ!』

孝太は、「ああ!」と一言だけ言った。

「じゃあ、待ってるからね。誰かさんが怒るから、ここは、もうすぐ切り上げるわ。」

 知美達が帰ると、店長が気を利かして、孝太に、「今日は上がっていいぞ。」と言ってくれた。

孝太は、いま、溜まっている分の洗い物だけ片付けたら上がると言って、作業を続けた。


 その喫茶店の前まで来ると、孝太は、最初にここへ来た時のことを思い出した。

その日は、結局、温子を最初にアパートに泊めることになった。

 店に入ると、知美と洋子が奥のテーブルに座っていた。

孝太は苦笑いを浮かべた。

温子が孝太を待っていた席と同じだった。

孝太が、その席にたどり着くと、洋子が席を立った。

「じゃあ、私はこれで。知美、頑張ってね!」そう言って、孝太をちらっと見てから店を出た。

「早かったわね。」

「ああ、店長が気を利かせてくれたんだ。」

「二人だけで、会うのは初めてね。」

「そうだっけ?」

「そうよ!高校の時は、毎日アルバイトで忙しかったでしょう?だから、私、ずっと我慢していたのよ。」

「我慢って…」

「だって、そうでしょう?広瀬君が、頑張っているのは知っていたから、邪魔しちゃいけないと思っていたのよ。」

「そうなんだ。知らなかったなあ。」

「私ね、広瀬君の机に、中西君が相合傘を彫りこんだことがあったでしょう?あれ、広瀬君が自分でやったのならよかったのにって思っていたのよ。」

「ああ、そんなこともあったな。」

「ねえ、今、付き合っている娘、温子さんていったかしら?彼女とはこの先もずっと付き合っていくつもりなの?」

「そんなことはわからないさ。だけどとりあえず、今は…」

「今は、彼女しか考えられないって、自信を持って言える?」

「…」

「広瀬君は、高校の時は、ほとんど、人付き合いをしなかったから、目立たなかったけど、私はずっと、広瀬君のこと見てたのよ。」

「…」

「3年間、ずっと待ってたの!だから、これからもずっと待ってる。」

「ずっと?」

「そうよ!ずっと!だから、お願い。私のこと、忘れないでいて。」

「…」

「ごめんね!今日は。なんだか、私だけ言いたいこと言っちゃって。」

「いや、構わないさ。」

「今日は、ありがとう。それじゃあ、私、もう帰るね。」

そう言って、伝票を取ろうとした知美の手を、孝太は制した。

「いいよ。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

立ち上がる時、知美は孝太の頬にキスをした。

孝太は、しばらくその場で、ボーっとしたまま動かなかった。


 このところ、温子は、相変わらず、リサーチ活動を続けている。

たまに、孝太も付き合わされることがあったが、もっぱら、単独で行動しているようだった。

リサーチといっても、飲み歩き、食べ歩きというようなものではなく、しいて言えば取材といった方が正しいかもしれない。

CIPの調査だと言えば、ある程度、協力してくれたが、そうやって協力してくれる内容は、本来の姿ではないような気がして、最近では、CIPの名を出さなくても、そこそこ取材らしい、情報を仕入れることができるようになってきた。

もっとも、そのころには、その界隈で、けっこう有名な存在になっていた。

孝太とは、最近デートらしいことは、何もしていない。

逆に、孝太は、知美と会うことが多くなった。

バイトがない日は、“HIRO”へ出かけて行ったり、武蔵野の森駅前商店街を歩いたりすることが多くなった。

孝太が、未成年の知美に酒を飲むのは控えた方がいいというので、孝太がバイトの日に、知美が店に来ることはなくなった。

来ても、ウーロン茶を飲むようにしていた。

“磯松”の店長は、孝太と温子が付き合っているのを、薄々知っていたので、最近よく来る、知美を見て、温子が店を辞めたのはこういう訳なのかと、孝太を問い詰めたこともあったが、ひょっこり温子がバイト代を取りに来た時に、やめた理由を話していったので、孝太の疑いは晴れた。

そもそも、店長は従業員同士の恋愛にはあまり賛成ではなかった。

だから、従業員ではない彼女が、店に来ることには大歓迎だと言った。

店長は、そのことを温子には話さなかった。

孝太は、恩に着て、頭を下げた。

だが、あとになって、よくよく考えると、孝太が浮気をしているように思えて、とても、心苦しくなった。


 「ねえ、孝ちゃん、最近、なかなか付き合ってあげられないけど、寂しい?」

温子に、そんな風に聞かれて、孝太は返事に困った。

寂しいと言えば、寂しい。

しかし、寂しさを紛らわせるために、知美と会っているわけではなかったので、返事に困った。

「仕方ないさ。温子は温子のやりたいことを見つけたようだから、それを邪魔する権利はおれにはないよ。」

「さすが孝ちゃん。話せるわね。でも、寂しいからって、浮気しちゃだめよ。」

孝太は内心焦ったが、今の状況は、まだ、浮気と呼べるようなものではないと、自分に言い聞かせた。

「バカなこと言ってんじゃないよ。そっちこそ、他で、悪い男に騙されるなよ。」

傍目には、仲がよさそうに見えるが、涼子は、心配で仕方なかった。

いつだったか、涼子が“HIRO”に行ったとき、孝太が知美と二人でいるのを見かけたからだ。

それを、店の外から見た涼子は、店には入らず、その場を立ち去った。

その次の日、涼子は、温子に、助言した。

「たまには、孝太君と付き合ってあげた方がいいんじゃないの?」

しかし、温子は取り合わなかった。

「孝ちゃんなら大丈夫よ。もし、浮気でもしているようなら、すぐにわかるから。」

「でも、藤村さんのこととかあるでしょう?」

「そうなのよ、あえて気がかりなのは、そのことなのよね。」

「だったら、やっぱり…」

「だけど、今は無理。これ(リサーチ活動)は、絶対にやめられない。もし、そうなったら、それは仕方のないことだと思うわ。」

「そんな…」

涼子は、このままじゃダメだと思った。

孝太が温子の恋人だから、じぶんは今まで二人を見守ってきたのだ。

温子と孝太が分かれてしまったら、今までの自分はどうなるんだろう。

報われるものが、何もなくなる。

かといって、「はいそうですか、それじゃあ、私がいただきます。」という訳にはいかない。

それが出来るなら、苦労はないのだが…

「まあ、相手が涼子なら、譲ってあげてもいいかな。あなたなら、安心して、任せられるわ。涼子も、案外、まんざらでもないんじゃない?」

温子の口から出た意外な言葉に、涼子は驚いた。

顔が見る見る赤くなった。

温子は、冗談のつもりで言ったのだが、涼子の表情を見て、ハッと思った。

「涼子?あなた、まさか…」


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