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悪魔+吸引力=異世界行き


『トイレで着替えないでください!!

 ~更衣室のご用意がございますので、個室トイレでの着替えはご遠慮ください~』


 その文言が書かれた張り紙は、大型市民ドーム内の女性用トイレに貼り出されていた。

 清潔かつ大きめな個室トイレのなか。わたしはトイレの蓋の上に荷物を置き、ご遠慮なく着替えていた。

 今日はT県で数少ないコスプレイベントの日。中学校以来の親友と共に初参加だった。


(あんなに人がたくさんいて狭苦しい場所……のん気に着替えられるわけないのです……)


 ふっと息をつく。自分が別人になっていく高揚感に心臓が高鳴っていた。

 青いカラーコンタクトを着け、セーラー服に着替えて紺色のソックスを履く。あとは金髪ウィッグを被ってしまえば、憧れのキャラクターになれる――ツンデレ娘のシャルロット・コルナー様に!

 女性に人気のアニメ『初恋期間』は、主人公の女子高生を男性キャラが取り合う――そう、乙女の心をくすぐる逆ハーレム物語!

 けど、わたしは純粋な眼差しで見られなかった。つまり、男性キャラ同士が、裏ではめくるめく、あれやこれやをしているだろうことを想像して視聴していた。

 そして、その男性キャラたちをいい感じに引っ掻き回してくれるのが、留学生として登場したシャルロット様だった。シャルロット様のおかげで幸せな妄想ができるというもので、今回も敬愛の念を込めてコスプレ対象にさせてもらった。

 切りすぎたぱっつん前髪をクシで撫で、肩口で切りそろえた髪をうなじあたりで結ぶ。ネットを被って髪をまとめると、ウィッグをいざ装着。鏡を見てきれいに整えれば。


「な、なに!?」


 バツン、と照明が切れた。突然の停電にトイレのなかが騒然とする。

 轟々と滝が落ちるような音が聞こえてくる。苔の臭いがあたりに充満して、ひどく空気が悪くなる。


(なんなのこれ……)


 空気の流れが変った。

 天井がひゅうひゅうと音を立て始める。換気扇だろうと納得させるが、ウィッグの毛先が天井に向かって立ち始めた。天井へと空気が吸い込まれていく。

 まるで天井に掃除機でもついているかのように。


「って、ちょっ、え!!」


 体がふわりと持ち上がった瞬間、天井に吸い寄せられていく。


「ぶ、ぶつか――らないですってぇぇえええ!!」


 天井に闇がぐるぐると物凄い勢いで渦巻き、体が吸引されてしまった。

 吸い込まれた先は光無き闇ばかり。

 掃除機に吸い込まれたゴミたちの心境が分かる気分だった。上も下も右も左もなく、ただ体がぐるぐる回転し、そろそろ気を失うかと思ったところで体が静止した。


(うぅっぷ……吐きそうです……)


 まぶたの裏が明るくなったことに気付き、そっと目を開けると。


「え? え? え?」


 怪しい黒マント集団に囲まれ、フランス人風の頑固そうな軍服姿の老人がわたしを睨んでいた。老人を囲む兵士たちはなぜだか目を丸くして、息を呑むような顔をしていた。

 トイレで感じた苔臭さが充満しており、滝の音が聞こえる。なんて空気の悪い場所だろう。洞窟らしいことは分かるが、眼前に立つ連中を見る限り危ない雰囲気が漂っている。儀式とかしそうな勢いだ。

 今から首を絞められ、心臓を取り出される想像をしてぞっとした。

 老人は咳払いを一つして、片膝をついた。


「ようこそ、ルーメン王国へ。我々の国と世界をお救い頂きたく、召喚させて頂きました。突然のことで、お怒りであろうことは重々承知しておりますが、どうかお聞き届け頂きたく存じます。代わりにあなたの望みはなんでも叶える所存です」


 なんだこれは。

 メルヘン王国? 召喚? お怒りどころか、ぽかんです。

 とりあえず危害を加えられるような展開ではないことが判ってほっとした。

 だが、これはなんだ。

 

「どうか、我々の力になってください」


 冗談じゃない。

 ゴッドハンドもゴッドフィンガーも何も持ち合わせていないのだから。

 なによりも、コスプレイベントに初参加したのに本番を味わえないままとかそんなの――。


「い、いやです。帰りたい……」


 がばっと顔と身を起こした老人。


(ひっ……)


 老人の鬼気迫る双眸が怖い。怖すぎる。

 お爺様もお父様もこんな怖い顔をしたことがない。わたしは自他共に認める箱入り娘で、誰かに怒られたこともなければ、怒った顔を見せられることも無かった。

 怒り顔に耐性のないわたしは、あとずさりしてしまった。


「美しき御方よ、まず最初にあなたの望みを聞きましょう」

「元の場所に帰して!」


 弱弱しい声で主張するも。


「我らの国を救っていただきましたら、お帰し致しましょう」


 とにかく帰りたいのです。

 そして、そんな強面で、


「近づかないで!」

 

 もうやだ、帰りたい。

 これからどうなるのだろう。悲観的な思考ばかりが頭を巡り、ぶわりと涙が溢れる。

 臭いし寒いし、三次元の男に注目されるし、最悪だ。

 わたしは肩を抱いてしゃがみ込んでしまった。


「怖がらせるつもりはなかったんだ、ごめんな」


 人を落ち着かせることを得意とするような、優しい声だった。

 ちらりと見上げると、黒髪の男性が立っていた。三十代半ばだろうか。どこか日本人に似通った顔立ちをしており、そこで呆けている老人より親近感が持てた。

 それに『初恋期間』に出てくる、主人公の担任教師、新巻先生に似ていた。


「突然呼ばれて、知りもしない世界に来て、助けろなんて意味不明だよな。同じ境遇だったら俺だって怒る。けど、意味なんてあとで知ればいい。とりあえず状況を受け入れたほうが楽になるとは思わないか? ん?」


 新巻先生がそういうなら、確かにそうかもしれない。

 状況を受け入れたほうが楽なのだろう。さっさと戻してもらって、イベントに参加したいし。

 帰った頃に目当ての幸せ本(薄い本)が無かったら絶望的だし。


「俺の名前はレウェ。王国の城下町に住むまじない師だ。といっても普段は子供に物書きを教えている身だがな。あんたに名前はあるのか」


 それから新巻先生もといレウェ先生に説得され、王都に行くことになった。

 なんだか面倒臭いことになりそうだったが、レウェ先生がイケメンなのですこしは耐えられそうです。




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