『1』
雪音は、討伐部隊の皆に一つだけ嘘をついていた。
彼女は、自身の処遇がまだ決まっていないと伝えたが、それが虚構である。実際には、『ナンバーズ』討伐の時点で彼女の処遇は決まっていた。
除隊処分。これが彼女に言い渡された上からの決定だった。
理由は、田の浦が最終的に殺されたためである――余談だが、マスコミには彼は議員を辞職したと伝えられた――。
『ナンバーズ』が攻めてきたときには討伐部隊がこの日本と田の浦を守ると啖呵を切り、日本は守ったが田の浦は失った。
その責任を問われ、雪音は軍の上層部や『日本自由の会』の議員たちから激しく糾弾された挙句、この処分が下された。しかし雪音はこの処分を割り切っていた――啖呵を切ってそれを実行できなかったのだから。
彼女は、このことを討伐部隊の隊員に伝えなかった。軍医である澄佳にすらそのことは伝わらなかった。彼女がこのことを言えば、暴走しがちな隊員たちが上に抗議をするだろう、部下にまで飛び火するのは御免だと考えたのである。
――これで、いいんだ。
彼女は自身を嘲笑った。
除隊まであと数日まで迫り、自身の荷物の整理が殆どついたころ、雪音は横須賀基地のSW格納庫にいた。時刻は深夜の一時を回った頃であり、勿論彼女以外には誰もいない。
彼女はそこで、ノートパソコンを開いていた。暗がりの中、パソコンが光源となり顔を薄く照らす。
手には、あの時に渡されたUSBメモリが握られていた――白い文字で『1』と書かれた、七海に渡されたものである。あの時を思い出すだけで、あの感触を思い出すだけで、雪音は心臓の辺りが締め付けられているような痛みに襲われる。
彼女は、これを上層部へ提出しなかった。彼女は既に上層部を見限っていた。
「……今なら、見てもいいだろう」
雪音はそれをノートパソコンに差し込み、中身を確認しようとカーソルを合わせてクリックした。
そこに入っていたのは、一つのビデオだけだった。雪音が訝しみながらも、それをダブルクリックする。
すると、すぐに動画再生ソフトが立ち上がって再生が開始された。全画面表示になったので、フォルダのウィンドウが隠れる。
ビデオが始まると、いきなり暗い空間からスタートした。雪音は画面を食い入るように見つめると、その場所が『ナンバーズ』の宣戦布告映像が撮られた場所と同じところであると気が付いた。
――じゃあ、そこに出てくるのは……。
雪音が思案していると、動画開始から一五秒でバイクのヘルメットのようなものをを被った人間が出てきた。宣戦布告の映像に出ていた、七海である。雪音の息が詰まった。
「ソラ――」
雪音が呟くが、届く筈がない。
「ヤア、コノ映像ヲ観テイル人、モシクハ人達」
七海が喋り始めた。ボイスチェンジャーを使ったような声で、軽々しい口調である。
「コノ映像ヲ観テイルッテコトハ、最後ノ戦イガ終ワッテ決着ガツイタ頃ダロウネ」
雪音の背中に悪寒が走った。こうなることを予期していたのかと、彼の洞察力に恐れを抱く。
「サテ、本題二入ロウ」
画面の七海が腕を大きく広げて仰々しく話し始める。
「コノUSBノ中ニハ、僕タチガ集メタ『白金』ノ不正・汚職・ソシテアノ『事故』二ツイテノ物的ナ証拠ガ全テ入ッテイル。後、僕タチノ重力粒子二関スル技術モコノ中二容レタ」
七海のこの言葉に、雪音は疑問符を浮かべた――USBの中にはこの映像のファイルしか入っていなかった筈である。彼女は映像を一時停止して、隠れているフォルダのウィンドウを再度展開した。
そこには、信じられないものがあった。今までそこになかったフォルダが、映像フォルダの下にずらりと並んでいるのである。雪音は息を呑んでそれを一つずつ展開した。
まず彼女は、『証拠』というフォルダを開いた。その中には文書らしきものが詰め込まれており、彼女は無我夢中で一つずつ開いて目を通していく。
それらは、七海が《オーシャン》に侵入して勇気達に事の真相を聞かせたときに言及された『白金』と政府との密書、メールだった。内容もその時に言及されたものと同じく、重力粒子の台頭を防ぐために事前に手を打っておくという内容であった。
更に別の文書を読み進めていくと、我那覇夫妻の暗殺を暴力団に頼んだ際のメール、そして田の浦から暴力団への送金履歴がはっきりと残されていた。雪音の息が荒くなる。
彼女は眩暈を起こしそうになりながらも、何とか全ての文書に目を通した。技術が詰め込まれているフォルダまで開くと体力がもたなくなると判断した彼女は、映像に再び目を移す。
「コレラヲ日本二、世界二バラ撒イタラ、トテモ騒ギニナルダロウネ」
雪音は、胸を貫かれた思いで七海の言葉を聞いた。
今これを日本の、否、世界各国のマスコミにばら撒いたらどうなるのか。
彼女はまず海外のマスコミにタレこむことを考えた。日本のマスコミに掴ませても、どうせ握り潰されてしまうだろう。それにここまで汚れていては、最早この国は外圧に頼るほかない――彼女は犯罪的な思想を抱き始めた。
――今がチャンスかもしれない。
『ナンバーズ』はいなくなった。政府や『白金』の人間共は安心しきっている。それならば、アクションを起こすのは今しかないと、彼女は考えた。
それから彼女は映像を一時停止し、すぐにインターネットを繋いだ。流れ作業のように匿名化を施し、彼女がタレこんだとはばれないように工作する。
そして、それは実行された。
世界の主要なマスメディアへと――念のために日本の主要なマスメディアにも――、その情報を流し込んだ。雪音は、笑顔でこれを実行していた。
「これで、いいんだ。こうでもしないと変わらない。我那覇青河や恵良、ソラのような人間を、もう見たくはない」
雪音は自身に言い聞かせるように呟いて、画面を見続ける。作業がどんどん終わっていく中、彼女の心はそれに比例するように晴れやかになっていった。
全ての工程が、終了した。雪音はため息をついた後、映像を一時停止していた映像を再生する。彼女の顔には、胸のつきものが全て落ちたと言わんばかりの微笑みが宿っている。
「モシモコノ情報ヲ流シタラ……イヤ、僕ラガ勝ッタラ流シテイルンダケド、ソノ時ニハコノ腐ッタ日本二コノ言葉ヲ送リタイ」
暫くの沈黙。雪音からも笑みが消えた。
「革命ガ始マリマシタ」
了
拙作はこれにて終わりでございます。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
詳しい後書きは、活動報告にていたします。