決着
目映い光が、《ライトブリンガー》を包み込む。勇気はそれから逃れるために反射的にブースタを後方へと吹かした。目をやられないように固く瞼を閉じ、操縦桿とペダルを操作して脱出しようとする。
直後、機体が大きく揺さぶられた。勇気は呻き声を出し全身に熱風を浴びるような感触を覚えながら逃避しようとする。機体の状況など、今の彼は気にすることはできなかった。
未だにチカチカと光がちらつく目を開けると、目の前の敵は次の行動に移ろうとしているのが見えた。《フェイスレス》はビームソードを既に展開しており、前傾姿勢で突進の構えを見せていた。
「……くそっ」
勇気が呻くと、それを合図にしたかのように《フェイスレス》が動きだした。瞬間移動のような速さで《ライトブリンガー》と肉薄すると、ビームソードを振り上げる。勇気はそれに対処するために、持っている大剣で振り払おうとした。
しかし、彼は違和感を覚えた。モニタが先程の攻撃でやられて視界が制限されていても――視界はまるで目の前で砂嵐が巻き起こっているかのように荒れている――、彼はそれに気が付いた。
「そんな……」
大剣の刃から、光が消えていた。刀身には所々穴が空いており、配線が垂れていたり火花が飛び散ったりと凄惨な状況になっていた。
つまり勇気の、《ライトブリンガー》の切札は最早使用不可能になってしまったのである。
それでも、振り上げたものは引っ込められなかった。勇気はボロボロになった刃の無い大剣を、《フェイスレス》のビームソードへと叩きつける。
「これでも……食らえぇっ!」
叩きつけられた金属の塊は最初の数秒間こそつばぜり合いができたものの、じわじわと溶断され、無情にも上半分が断ち切られた。切断された塊が弧を描き大空へと吹き飛んでいく。
《フェイスレス》の手は止まることは無い。今度は弓のように大きく右上肢を引き絞り、思い切り刺突する構えを見せる。狙いは《ライトブリンガー》のコクピットに絞られた。
「終わりにする」
七海は無表情で氷のように冷たい言葉を放った。
《フェイスレス》の右腕が、目標めがけて飛び出す。
勇気は絶叫した。しかし、それは死の恐怖から出たものでも、まして断末魔の悲鳴でもない。
彼は重力粒子発生装置をフルに発動した。
その瞬間、《ライトブリンガー》が左方向へと吹き飛んだ。
《フェイスレス》が放った渾身の一撃は、《ライトブリンガー》の右側腹部を抉っただけで致命傷にはならなかった。
勇気は血反吐を吐きながら、バランスを失った機体の体勢を整える。身体が潰れるような痛みを堪え、何とか正面を見据える。《フェイスレス》は呆然としているかのように浮遊しているだけで、何故か彼に攻撃を加えようとはしなかった。
『もう諦めた方がいいんじゃない?』
勇気が呼吸を整えていると、無線からノイズ混じりの声が聞こえ始めた。その言葉に、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「まだだ……まだ――」
『君の機体はもうボロボロだ。これだと、武器もまともに使えないと思うよ』
事実、《ライトブリンガー》は半壊していた。前面の装甲にはいくつか穴が空き、爛れた皮膚のような装甲は機能しておらず、内部構造からも火花が飛び散っている箇所が幾つもある。鈍器と化した大剣の残骸を持っている姿は、まるで落ち武者か蛮族のよう。両腰部のウェポンベイからも火花と電流が飛んでおり、残り二つの武器が使えるかどうかも怪しい状況である。
嘲笑う調子で喋る七海。その言い分に、勇気は青筋を立てた。
「黙れ! 俺は……絶対にお前を倒す!」
『言うは易し、だ。けどね……』
《フェイスレス》が、展開していたビームソードを再び構えた。《ライトブリンガー》は大剣の残骸を構える。
「その状態でどこまでできるかな?」
愉快気な口調で七海は勇気を煽る。《フェイスレス》はビームソードで敵のコクピットを横薙ぎにしようと構えた。
勇気は機体の惨状を、モニタに映る警告で理解していた。機体の至る所が損傷しているとアラームを鳴らして伝えている。しかし彼は、駆動系に問題がないことも理解していた。スラスタやブースタ、重力粒子発生装置はまだ十分に動かせる。
勇気は、突進してビームソードを振り下ろそうとする《フェイスレス》の攻撃に備えてブースタを後方に吹かす。その薙ぎは見事に躱し、《ライトブリンガー》は急停止すると持っていた大剣の残骸を前方に全力で投擲した。
「なっ――」
突然の反撃に七海は何もできなかった。
至近距離にいた《フェイスレス》の右肩部に、それは直撃した。勇気が初めて機体へまともに与えたダメージである。
鈍い音が響き渡ると、装甲が拉げて仰け反る。コクピット内にも強い衝撃が伝播し、七海は顔を顰めて短く声を上げた。頭をヘッドレストに強く打ちつけ、目の前に火花が飛び散る。
――油断した。
七海は歯を強く食いしばり、もう一度ビームソードを振り上げようとした。しかし、思うように右肩が上がらない。先程の攻撃でフレームが拉げ、可動域に制限が出てしまっている。
それを勇気は見逃さなかった。落下していく投擲物を一瞥もせず、ビームソードを抜いて刃を展開、そのままの勢いで右肩部へと突き刺そうとする。
それでも七海は、まだ自由である左手でマウントされていた銃器をグリップ、それを抜き放った。銃口は《ライトブリンガー》のコクピット付近を向いており、このまま引鉄が引かれればジェネレータを貫通する。
「くそっ……」
「当たれ!」
七海が声を張り上げると、引鉄が引かれた。
目に悪いほど赤いビーム弾は、至近距離で放たれたのにも拘らず《ライトブリンガー》には当たらなかった。直前で勇気が突きをキャンセルし、重力粒子発生装置を発動させて左方向へと吹き飛ぶように躱した。身体が軋むような感触を覚え、口から血を吹くも、彼は意識が飛ぶことだけは避けようと集中して真っ直ぐのみ見つめていた。
先程損傷した部位はがら空きだ。勇気は先程の動きで確信した。再びビームソードを構え、突進する。今度はコクピットを串刺しにする勢いで狙いを定めている。
「今しかない……、今しか!」
《ライトブリンガー》が、機体ごとぶつかる勢いでビームソードを突き刺そうとする。勇気の目の前にいる白い機体はすぐさま方向転換し銃口を突き付けるが、彼は止まらない。
「やられる前に……やってやる!」
勇気が咆哮を上げると、それに呼応するかのように《ライトブリンガー》が加速した。
ビームソードの切っ先が、《フェイスレス》のコクピットを貫こうとする。
その筈だった。
《ライトブリンガー》は、反対方向へと弾き飛ばされていた。
《フェイスレス》が電磁シールドを構えていたのである。七海は流れる汗を拭いながら、間に合った、と九死に一生を得て呟いた。
彼は、電磁シールドの装置が無事に使えることを事前に知っていた。そうだと解っていたうえで銃口を突き付けた――この行動はフェイントであった。
しかし、フェイントだった行動はすぐに実行に移される。《フェイスレス》が吹き飛ばされた《ライトブリンガー》に向かって銃口を向け、引鉄を引く。
それに気付いていた勇気はすぐに体勢を立て直すも、正面を向いている銃口からは既に赤々としたビーム弾が一発射出されていた。
《ライトブリンガー》に当たると思われたそれは、勇気が機体の上半身を捻らせることで見事に躱された。彼は瞬時にビームソードを腰部にマウントし、ビームライフルを抜き放つ。と同時に、まるで西部劇のガンマンのように引鉄を引いてビーム弾を二発撃ちこんだ。それには七海も電磁シールドを瞬時に張ることはできず、ふらふらと機体を動かしながら避け続けるしかない。
その隙を突いて、《ライトブリンガー》が加速した。二発撃ち終わった後すぐに銃器をしまい、ビームソードを展開する。刃がじりじりと空気を灼く音が響き渡ると、それはすぐに勇気の咆哮とともに《フェイスレス》へと振り下ろされた。
《フェイスレス》の頭上が光る。フラッシュが焚かれたような閃光――電磁シールドがビームソードの一撃をまたも防いでいた。《フェイスレス》もビームソードを抜いており、《ライトブリンガー》のコクピットに向けて薙ぐ。
「俺は……負けない!」
勇気が再び吠えると、《ライトブリンガー》が弾かれた反動に無理矢理逆らってビームソードをグリップしている腕を振り下ろした。
紅白の刃が交わり、閃光と破裂音が巻き散らかされる。そのままつばぜり合いに入った二機だが、《ライトブリンガー》の腕部の様子が次第におかしくなり始めた。肩部から白煙が上がり、肩と肘の部分からはショートしているかのように電流が流れ始める。
「……持ちこたえてくれ……っ」
勇気が酸欠状態のように苦し気な声を出すが、彼は操縦桿を倒し続ける。
――ここで押し負けたら……終わりだ!
勇気が呻きながら重力粒子発生装置を起動させると、機体に莫大なエネルギーが供給され始めた。甲高い音がコクピット内を包み込み、ブースタからは故障したのかと見紛うほどの爆炎が吹きあがる。
「俺は……負けられない……」
湿っぽい呼吸から紡ぎ出される言葉。
それにつられるかのように、両機が動き始めた。
「皆のために……俺を支えてくれた人達のために……」
じりじりと、《ライトブリンガー》が《フェイスレス》を押し始める。七海はこのような状況にも拘らず唖然とした表情になった。
「隊長、礼人さん、賢さん、雪次さん、恵良――」
機体の位置に加えて、微動だにしなかった刃まで動き始めた。白い刃が赤い刃をじわじわと動かしていく。七海もたまらず顔を顰めながら、限界まで上げていた機体の出力をそれ以上に上げようとする。
しかし、遅かった。
「皆のために……この国を、守るために!」
勇気が、思いの丈を機体の限界を超えて七海に叩きつけた。
乾いた音が大空に響き渡った。
勇気の想いは、赤い刃をはねのけていた。
勇気は敵を弾き飛ばした衝撃で前につんのめりながらもすぐに重力粒子発生装置を止め、機体をその場で制御すると、仰け反っている《フェイスレス》に向かってビームソードを突き立てようとする。
《フェイスレス》のコクピット内で、七海は笑みを浮かべていた。窮地に立たされているのにも拘らず、余裕を持っている。
――間に合った。
《フェイスレス》の球状の装置の穴が再び上を向き、粒子を吐き出し始めた。それは雪のように舞い、瞬く間に機体を包み込もうとする。これで一旦体勢を立て直して、満身創痍の敵を叩こうという算段である。
それでも、勇気は諦めなかった。
「これで――どうだぁぁっ!」
力の限り叫ぶ勇気。既にヘルメットのバイザーは血だらけになっている。
《ライトブリンガー》が、ビームソードをマウントしてビームライフルを抜いた。そしてそのまま《フェイスレス》が張っている粒子のバリアへと腕を伸ばした。
ビームがダメなら、実体はどうだ――勇気は賭けに出た。
――頼む……突き抜けてくれ!
勇気が祈りながら腕を伸ばし、ビームライフルの銃身を《フェイスレス》へと伸ばす。引鉄を引く用意は、既にできていた。
彼の目にはスローモーションのように、ビームライフルの先端が粒子の膜に触れる光景が映る。
「今だ」
勇気は操縦桿を目いっぱい押した。
実体とビームは数秒干渉したが、耳障りな何かが灼ける音がしたと思うと、銃身が数センチ、膜を貫いた。
それを見計らい、《ライトブリンガー》が引鉄を引いた。
その一瞬後。
白いビーム弾が、球体を貫いた。
《フェイスレス》のコクピット内でアラームが鳴り響く。七海は愕然とした表情で、粒子の発生装置が大破したという警告を見つめることしかできなかった。ビームの粒子は装置が貫かれた瞬間に霧散し、《フェイスレス》の目の前には赤く灼けついたビームライフルの銃口が顔を出していた。
七海は急いで球状の装置をパージした。頭部に付いている金具が大きな音を立てると、役に立たなくなったそれは《フェイスレス》の上を転がり落ちた。
「くっ……」
七海は万策尽きたのか、再びビームライフルを構えて迎撃の体勢を取る。敵は目の前にいる。この引鉄を引けば――彼の頭には、目の前の敵から離れることしか無かった。
二機の銃口が、互いのコクピットを向く。二人の緊張は最高潮に達しようとしていた。互いが互いを睨みつけ、どちらが先に動くのかを窺っている。
七海が冷静になろうと短く息を吐く。一時も気を抜くことができない中、彼は引鉄を引くタイミングを今か今かと待っているかのように視線を一定にする。
勇気も歯を食いしばりながら、押し黙って操縦桿のボタンに指を乗せている。銃口を突き付けられている状態ではまともに動けない。加えて、腕部から出る火花と煙の量が多くなり始めた。彼が必死にグリップしようとしても、機体が耐え切れずに武器を落としてしまいそうな様子である。
――あと一撃……!
勇気の足が、ペダルを踏みつけた。
《ライトブリンガー》のブースタから炎が吹きあがり、ほぼ零距離にも拘らず突進しようとする。
その行動に七海は反射的に反応した。引鉄にかかっていた《フェイスレス》の指が動く。
「僕も、負けられない。散って行った……皆に顔向けできない!」
発射された赤いビーム弾は、《ライトブリンガー》の左側腹部を貫いた――のみだった。
反動で仰け反ってもその分スラスタを全開に吹かし、《ライトブリンガー》はついに《フェイスレス》に体当たりをかました。金属同士が衝突し、耳障りな音が火花とともに散る。
先に体勢を立て直したのは、ぶつかった側の勇気だった。既に口の周りは血だらけで、衝突の影響で意識も飛びかけた。
しかし、彼は執念で機体の操縦を止めなかった。
野獣のような咆哮。
ビームソードは、コクピットと背部のジェネレータを同時に巻き込むように横に薙がれた。その光景を、勇気と七海はその目に焼き付けた。
二人の顔には、笑みが浮かんでいた。
――終わりだ。
――終わった。
その刹那、《ライトブリンガー》は《フェイスレス》のコクピットとジェネレータを呆気なく溶断した。
数秒の静寂。その後に、溶断された《フェイスレス》は重力にしたがって落下を開始した。今まで尋常ではない機動をしていた敵が嘘のように単純な落下をしているのを、勇気は虚ろな目で見ていることしかできなかった。
瞬く間に、SWだった物の残骸は小さくなっていく。それでも、異常に発光しているのは意識を失いかけている勇気にも解った。
《ライトブリンガー》が、爆発に巻き込まれないようにするために高度を上げ始めた途端、下方で爆発が巻き起こった。周囲の空気を巻き込み、距離を取っていた《ライトブリンガー》もこの流れに挙動を乱されそうになる。SWのものとは思えない熱量を発した後、残骸は欠片一つすら残らず消えていた。
それを確認した勇気はひとまず息をつこうとしたが、《ペニーウェイト》を撃破した時と同じような肺の辺りの強い痛みを感じ、激しく咳き込んだ。
「……無理、し過ぎたな」
勇気は独り言ちたが、そうでもしなければ七海には勝てなかったと自身の痛みを受け入れた。
早く無線を入れて、報告しよう――彼は無線を弄った。
数秒砂嵐のような音がすると、無線は《オーシャン》へと繋がった。
「隊長、聞こえますか?」
掠れた声で応答を求める。
「『ナンバーズ』の七海空哉を、倒しました」
《オーシャン》の管制室の中は、張りつめた空気が漂っていた。漸く勇気と無線が繋がったのだ。
無線の受け答えを行っている雪音は、目を見開いて前のめりになり彼の無線を聞きとっている。
『『ナンバーズ』の七海空哉を、倒しました』
その言葉に、《オーシャン》の管制室は湧いた。雪次は拳を握りしめてガッツポーズをし、再び中に入れてもらった舞香は涙を流して黄色い声を出しながら恵良に抱き着いて喜び、恵良に至ってはその場で頽れて号泣していた。雪音はその姿勢のまま、目を閉じて深くため息をついた。
「そうか……。よくやった。本当によくやってくれた!」
雪音は勇気にこれ以上ない激励の言葉をかけたが、かけた本人に笑みは一切出てこない。
『……ありがとうございます。ですが……』
「……何だ?」
『田の浦さんは……奴らに……殺されました』
その言葉に、管制室の空気は一気に凍り付いた。その場にいる全員が唖然とした表情で無線に聴き入ることしかできない。
コクピットの中の勇気も、両の拳を握りしめて泣きそうな表情になりながらそのことを悔やんでいた。日本は守ったが、一人の重要な人物を守ることができなかった。勇気の心に、深く傷がつく。
それでも、雪音は彼を責めなかった。身体の力を抜いて椅子に再び腰かける。
「……そうか。勇気。自分を責めるな。この国は、お前たちのおかげで救われたんだ。それを誇ってくれ」
『……すみませんでした。ありがとうございます』
「謝るな。早く……戻って来い。皆が待ってる。田の浦の件も含めて私が上に報告する」
雪音は終始無表情で語りかけていた。彼女の背中しか見えない三人には表情が見えないので、いつもの隊長の対応だと考えている。
『分かりました……』
勇気が返事をすると、その直後無線から湿った咳が聞こえてきた。雪音の心拍数が俄かに跳ね上がり、恵良は割り座のまま上半身を乗り出す。
「どうした? どこか怪我したのか? 恵良か雪次を向かわせるか?」
『大丈夫です。……息をすると、少し苦しくなるだけです』
「お前が着いたら、すぐに病院に運べるように手配する。だから早く帰って来い!」
勇気が苦し気に、分かりました、と返すと無線が切れた。雪音がため息をつきながら振り返ると、心配そうにしている三人の顔が見えた。特に恵良はこの世の終わりを見たかのような絶望した表情になっている。
「隊長……勇気は……勇気は――」
「落ち着け、恵良! 兎に角、あいつは生きてる。念のために、うちの整備班も向かわせる」
恵良を宥めた後、雪音は舞香の方を向いた。彼女と目が合い、舞香はすっくと立ち上がり背伸びをする。
「舞香、私が放送をかける。お前は格納庫に戻ってくれ」
「分かりました!」
失礼しました、と一言入れた後、舞香はドアの向こうへと消えていった。それを確認すると、雪音は恵良と雪次の方を再び向いた。
「きっと勇気は大丈夫だ。必ず生きてここに戻ってくる」
「自分は、あいつを信じています。ここで倒れる男じゃない」
「そうですよ! 勇気は……ここに戻ってきます!」
二人の返事を聞いても、雪音の口に笑みは現れなかった。恵良がよろめきながら立ち上がる。
「だから……お前たちはもう部屋で休んでいい。上への報告は今から私が行う。機密も含まれているから、お前たちはここを出てもらわなくちゃならない」
二人が頷くと雪音に向かって敬礼をし、失礼しました、と大声を出した。そして大人しく踵を返し、管制室を出た。ドアが閉まり、二人の足音が聞こえなくなると、管制室の中は完全な静寂に包まれた。
雪音は表情一つ変えずに、本部へと無線を繋いだ。
勇気は無線を切ると、痛みを堪えて《ライトブリンガー》を発進させた。機体は半壊しており、装甲は勿論ボロボロになっており、ハッチの部分が融けて癒着してしまっている。こうなると自力での開閉は不可能である。
右腕の関節部分からは火花と電流が飛び散り力なく垂れ下がっていた。最後の一撃で関節がいかれて、動かすことが叶わなくなってしまった。
それでも勇気はアンバランスになった機体を制御しながら、口元に笑顔を浮かべて《オーシャン》へと帰還しようとする。自分の帰りを、皆が待ってくれている――彼はそのことで頭が一杯になっていた。
「俺は……、やりましたよ」
《フェイスレス》の討伐ならびに、『ナンバーズ』の全SWの討伐が、ここに完了した。
『ナンバーズ』との戦いは、これを以て終結した。
《オーシャン》の管制室の中、雪音は上層部への報告を終えたばかりで未だに力なく椅子に凭れかかっていた。終わったというのが信じられない様子で、虚空を見上げるばかりである。
ここまで、どれだけの時間がかかったのだろう。ここまで、どれだけの犠牲が出たのだろう。そして、日本はどこへと向かうのだろう。雪音の頭の中には考えても考えても課題や疑問が泉のように湧き出ていた。
それでも、彼女はあることを一番に考えていた。
――勇気は、あいつを倒した……。
雪音が頭の位置を戻し、正面を向く。
心から笑えなかったのは、そういう事だった。
――……ソラ。
あの男の名前を心の中で唱えると、彼女の目から涙が零れ始めた。
今度こそ、『ソラ』が本当に死んでしまった。自分の目の前から消えてしまった。もう二度と、彼に会えない。そう考えるだけで、彼女は張り裂けそうな胸の痛みを感じ、凍えるような寒さを感じていた。涙はもう止めることができない。
「ああ、ソラ、ソラぁ――」
両手で顔を覆い、想い人の名前を独り呼ぶ。無論、返事はない。それでも雪音は何かに憑かれたように彼のあだ名をぽつぽつと呟き続ける。
在りし日の彼の笑顔、好きなことを話している時の真面目な顔、告白の時の表情、『朝帰り』の時に見せた優しい寝顔、そして数時間前にされた接吻――走馬灯のように雪音の脳内を駆け巡る。
「あ……」
彼女は気付いていた。その『ソラ』は、ソラとともに過ごした時間は、もう返ってこないのだと。
雪音は、その瞬間慟哭した。声を張り上げて、彼女以外誰もいない部屋で泣き叫ぶ。溢れる涙や鼻水が周囲の機器に落ちることも厭わず、唯々泣き続けた。




