光をもたらす者
恵良が《オーシャン》へと帰艦したのは、彼女の戦闘が終わってから数十分経った頃だった。
自機から降りたときには、彼女は立つことがやっとの状態であり、事前にエレベータに乗って待っていた舞香の肩を借りながら管制室へと足を運び始める。舞香は満面の笑みで恵良を迎えてくれたが、恵良の死人のような表情を見た舞香は瞬時に彼女を気遣うような顔で呼びかけた。
「恵良さん……。どうしたんスか? どこか痛いんですか?」
「……いいえ、大丈夫です。早く行きましょう、隊長のところへ」
抑揚が無く掠れた声を聞いた舞香は、無言で頷いて恵良とともに管制室を目指した。
恵良が管制室のドアを開くと、そこにはいつもの凛とした表情をした雪音と、彼女の横で直立している雪次がいた。何故礼人と賢がその場にいないのかを考えることは、今の恵良にはできなかった。
「舞香、ありがとう。助かった」
「い、いえ。とんでもないっス!」
舞香が背筋を伸ばして軍人のように敬礼をする。
「さて……、舞香には悪いが、ここは席を外してくれ。これから軍人同士で大事な話をするからな」
「……分かりました!」
舞香は雪音の言葉に大人しく従い、そそくさとその場を退出した。ドアが閉まり、静寂が三人を包み込む。
するとすぐに、恵良がその場で崩れるように膝頭を地に付けた。雪次が彼女に駆け寄って介抱しようとするが、それを雪音が制止して代わりに恵良の方へと歩み寄る。
雪音が恵良のすぐ近くで彼女と同じ目線になるように屈んだ。それに気付いた恵良は目を丸くして雪音を見ることしかできない。
「恵良。お前には無理をさせてしまった。本当にすまない」
その言葉の後、雪音の腕が恵良の背中に回った。鼓動を確かめるように手で恵良の背中を擦りながら、精一杯彼女を労わろうとする。
その直後、恵良から嗚咽が漏れ、すぐに号泣へと変わった。彼女の心からの叫びを雪音は全身で受け止めようとする。雪次はただ黙とうするように目をつぶり、彼女に同情した。
「私は……、『白金』が殺した……親の……、復讐にきた子供を……」
恵良は我那覇一家に対して、罪悪感を抱いていた。
今でこそ縁を切った白金であるが、自身にはあの畜生の血が流れていることを彼女は理解していた。父が親殺しに関わり、今度は自身が子殺しに関わった。名も知らぬ少年兵と今回のケースでは全く違う。彼女は今にも押し潰されてしまいそうになっていた。
「私は……軍人です。でも……っ! これだけは、やっちゃいけなかった……! そんな気がしてならないんです……!」
「――お前の苦しみは痛いほど解った。だから今は、たくさん泣いていい。お前の悲しみは、私たちが全部受け入れる」
恵良は何回も頷きながら、雪音の言葉に甘えて泣き続けた。彼女を抱きしめている雪音は目を固く瞑っており、そこからは涙が滲んでいる。
涙が枯れるのには、かなりの時間が必要となった。
上空では、勇気と七海の戦いが未だに続いていた。両者はコクピットの中で、肩で息をしながら互いがどう動くかを読もうと必死になっている。
《ライトブリンガー》と《フェイスレス》――二機が睨み合いながら互いを牽制する。二機ともに、目立った外傷はない。両機はウェポンベイに手を添えているが、動こうとしない。
そのような極限状態の中、七海は『ナンバーズ』がもはや自分一人しかいないことを知っていた。次々と仲間の反応が消えてなくなったが、彼にはそれを悲しむ余裕などない。いっそのこと目の前の敵との戦いを放棄して本土を攻めようかと考えたが、彼の勇気との約束がそれをさせなかった。
勇気にも、仲間を心配している余裕は微塵もなかった。途中経過までは七海から聞いていたが、それを聞かなくなったことも頭の中には入っておらず、ただ彼との戦闘に集中している。日本を襲って散々苦しめた、そして田の浦を殺した彼を赦してはおけないという怒りが、彼を執着させている。
言葉は必要なかった。ただ黙々と、己の力をぶつけ合っている。
刹那、赤い機体が動いた。《ライトブリンガー》がブースタを全開にしてビームソードを抜き放ち、白い光の刃が露わになる。それは瞬時に振り抜かれ、《フェイスレス》の胴体を一閃しようと襲い掛かる。
それに倒れる七海ではなかった。電磁シールドがピンポイントに張られ、勇気が放った一撃を外へ逃がす。弾かれた刃を見るや否や《フェイスレス》もビームソードを抜刀し、赤いビーム刃を《ライトブリンガー》へと振り回す。
二つの刃は互いに衝突した直後、閃光と電流を巻き起こしながら反発しあった。それでも二機はすぐさま体勢を立て直し、再び突進する。
一合、二合、三合――何十合と剣戟がぶつけられる。ただチャンバラをしているわけではない。《ライトブリンガー》が刃を弾かれればすぐさま反動を利用して捻った動きを取り入れて一撃をぶつけたり、《フェイスレス》も一撃一撃をコクピットや関節といった部分に変則的に仕掛けたりと、一瞬たりとも油断できないような状況を作り上げている。
彼ら以外であればものの数秒で斬られてしまうような極限の戦い。二人は歯を食いしばり時折叫び声を上げながら一撃を繰り出す。
この剣戟が永遠に続くのかと思われたその時、《ライトブリンガー》の白い刃が敵を大きく仰け反らせた。渾身の一撃で、機体の体勢が崩れる。
「……そこだぁぁ!」
勇気の絶叫の後、《ライトブリンガー》は重力粒子発生装置を発動し、《フェイスレス》に覆い被さるようにしてコクピットにビームソードを突き立てようとした。
それでも七海は慌てる素振りを見せることなく《フェイスレス》の電磁シールドを発生させた。刃の先端が透明な膜に阻まれ、破裂音とともに機体が反発した。逆に吹き飛ばされてしまった勇気だが、スラスタを微調整してすぐに体勢を整える。
しかし《フェイスレス》は、既に次の段階に移っていた。
右手にはビームソードではなく、ライフルのような銃器を構えていた。銃口は《ライトブリンガー》のコクピットを指している。
引鉄が引かれた。赤々と燃えているようなビーム弾が、勇気を襲う。
「くっ――」
勇気は機体を左右に振り、ビーム弾を躱した。それでももう一発、さらに一発と《フェイスレス》の指は引鉄を引き続ける。
勇気は操縦桿がへし折れてしまうのではないかと心配になるほどの強い力でそれらを動かし、襲い掛かるビーム弾を避け続ける。超速で降りかかるそれらを彼は引鉄を引く指に注目して先読みし、銃器の冷却が必要になるのを待ち続ける。
「ちょこまかと――」
七海が顔を顰めて毒づいた。彼は引鉄を引く指を止めて、一旦冷却のために銃器を下げた。
それを勇気は待っていた。銃撃が終わったと判断すると、ブースタを全開に吹かして流星のように《フェイスレス》へと突っ込む。
右手にグリップされているビームソードが、《フェイスレス》の目の前で唸りを上げる。勇気は雄たけびを上げながら、ビームソードを左から右へと薙いだ。
「甘いね」
《フェイスレス》は電磁シールドを張って《ライトブリンガー》の渾身の一撃を防いだ。攻撃は弾かれたが、勇気は反撃の隙を与えずに体勢を立て直して後退し始める。
「……どうすれば」
攻撃が通るのか――勇気の心には、焦りが生まれ始めていた。ビームソードの攻撃では電磁シールドに阻まれる。ビームライフルも勿論弾かれてしまう。
――これを使う、か。
勇気が意を決したように頷く。その直後、《ライトブリンガー》がビームソードの刃を消して発振器をウェポンベイへとマウントした。
《ライトブリンガー》の腕が、背中へと回った。剣の鞘のような形状のウェポンラックに格納されている大剣の柄を掴むと、ロックが外れる音と共にそれが引き抜かれる。引き抜いた後、《ライトブリンガー》はそれを両手で持ち始めた。
刃先を勢いよく《フェイスレス》へと向ける。轟、と空気が唸り、機体色と同じ赤い刃から白く光るビーム刃が実体の刃を包み込む。《ライトブリンガー》の主兵装のビームソードの数倍もの出力を誇ると、勇気は雪音から聞かされている。
「これなら……奴に一撃食らわせられる」
勇気は自信をもって呟いた。
七海は不敵な笑みを浮かべてその巨大な武器を見つめた。彼はそれを見ただけで危険を感じ取り、それを読み取った《フェイスレス》が前傾姿勢をとって身構える。
勇気は大きく深呼吸をした。航空艦を叩き斬ることができるような大きさの剣――彼はその重みをシミュレータで使った時よりも感じていた。
――……行くぞ!
勇気が決断した。操縦桿を握る力が強まり、手袋の生地が擦れる音が小さくした。
《ライトブリンガー》が、ブースタと重力粒子発生装置を全開にして《フェイスレス》へと突っ込んだ。空気が切り裂かれる音とともに、目にも留まらぬ速さで敵の懐に潜り込む。
――速い!
七海の顔から笑みが消え、すぐに防御の体勢に入る。《フェイスレス》が電磁シールドを展開すると、《ライトブリンガー》はワンテンポ遅れて大剣を両腕で振り回した。
しかし、この兵器の威力は七海の想像を超えていた。刃が衝突しても弾かれることは無く、火花と電流をまき散らして無理矢理にでも粒子のバリアを断ち切ろうとしている。勇気は腹の底から叫びながら操縦桿を折れんばかりに押し付け、フットペダルを地に付けるように踏みつける。
そして、事態は動いた。
《フェイスレス》の電磁シールドが、破裂音とともに消し飛んだ。
勇気は勢い余ってつんのめり、操縦桿に頭をぶつけそうになった。身体の痛みを堪えてすぐに視線をモニタに戻すと、そこには力なく後退していく《フェイスレス》が映った。よく見ると、右腕から電流が流れている。電磁シールドを暫く使えなくなったのか――勇気は戦いが有利に傾いたことを理解して笑みを浮かべた。
『……中々やるね』
息を荒くしている七海の声が、勇気の無線から聞こえてきた。完全に余裕を無くした声に、勇気の口角はさらに上がる。
「これが、俺の力だ。俺には、大切な国、大切な人を守れる力がある」
『どうかな?』
七海の意味深な言葉に、勇気は顔を曇らせた。今の状況では勇気が有利であることは明らかである。なのになぜ、七海が笑みを含んでいるような物言いをしているのか、彼には理解できなかった。
すると目の前の《フェイスレス》から、風が吹き荒んでいるような異音が発せられ始めた。勇気は唇を真一文字に結び、再び大剣を構えて敵へと突進する。何か起こる前に、ケリを付けねば――。
しかし、その『何か』は彼の目の前で起こってしまった。
《フェイスレス》の頭部に乗っかっている球状の装備。それが皿のような形をした頭部の上で転がるような動きをした。
無数の穴が空いている部分が、天を向く。
その後部に空いている無数の穴から、ビームの粒子のような光り輝く粒が放出され始めた。勇気はその得体のしれない光景に唖然とし、《ライトブリンガー》を後退させる。
光り輝くそれは、《フェイスレス》の周りをグルグルと回り始めた。さながら全方位に敷かれるバリアのように、僅かな隙も無く機体を取り囲んでいる。その様は、まるで白い球体が宙に浮かんでいるようである。
「これは――」
勇気が呟くと同時に、得体のしれない粒子を纏った《フェイスレス》が彼の方へと動き始めた。《ライトブリンガー》が大剣を構え直し、それを迎撃しようとする。
しかし勇気は、敵の異常さに気が付いた。レーダを確認すると、今までの比ではないほどにエネルギー反応が大きくなっている。彼は戦慄するも、敵を前にして集中力は切らしていない。まずはそれが何なのかを探るために、勇気は機体を後退させ始める。
すると、それにつられるようにして《フェイスレス》も動き出した。勇気はペダルを全力で踏みつけながら追ってくる相手を牽制しようとビームライフルを片手で取り出す。右手で大剣をグリップし、左手でビームライフルを敵に向かって構えてスコープを覗く――この行動を彼は同時にこなしている。
《ライトブリンガー》の指が、引鉄を引いた。二発、ビーム弾が射出される。
しかし、今の《フェイスレス》にはもはや通用しなかった。
機体の周りを取り囲んでいる粒子にビームが直撃するも、それは攻撃を相殺した。破裂音とともに一瞬だけ『膜』がはがれると、すぐに粒子がそこを埋め合わせた。
《フェイスレス》は体勢を崩すことなく《ライトブリンガー》にミサイルよろしく突っ込んでくる。勇気はビームライフルをウェポンベイにマウントすると、再び大剣を両手で握りしめて後退を止めた。
「シールドなら、力づくで――」
呟くと、《ライトブリンガー》が唸りを上げて加速した。風を切り、太陽光に赤が照らされる。
距離はもう近い――《ライトブリンガー》が大剣を振り上げた。
瞬間。
振り下ろされた大剣の刃が、《フェイスレス》に纏われた粒子の壁と激突した。
巨大なエネルギーとエネルギーのぶつかり合い。《フェイスレス》の粒子は剥がれることが無く大剣の刃を受け止めている。《ライトブリンガー》も、分厚い壁を破壊しようと剣に力を込める。
勇気は鬼の形相で呻きながら、スパークしているモニタを見つめ続ける。目が潰れるのではと危惧されるほどの光量を一身に浴びて、何とか突破口を開こうとしている。
「行けっ、行けっ……!」
その時、勇気は僅かに違和感を覚え、何かに気が付いた風な顔をした。
――……押されている?
大剣を押し付けても斬れるどころか押し返されている感触を、彼は操縦桿を通じて感じていた。まだこんな力を隠し持っていたのか――彼は歯を食いしばってそれに負けぬように操縦桿を押し続ける。
《フェイスレス》は粒子の膜を張って体当たりすること以外は何もしていない。それにも拘らず、七海はコクピットの中で不敵な笑みを浮かべていた。
「終わりだ」
七海が見ているモニタは粒子に包まれて何も見えていない。だが彼は、勝利宣言の如く呟いた。
粒子を垂れ流している球状の装置が、再び不気味に動いて前方を向いた。
突如、《ライトブリンガー》の眼前で光が漏れ始めた。勇気は眩しさに目が眩むも、何かが起こる前兆と認識して大剣の刃の角度を変えた。
「これなら……どうだ!」
勇気の咄嗟の判断でビーム刃を寝かせると、ブースタを吹かし続けていた《フェイスレス》は軌道を変えて流れるように吹き飛んでいった。突然機体が吹き飛ばされたかのような挙動になった七海は驚愕しながらブースタを調整してその場に留まろうとする。
勇気はブースタを後方に吹かして全速力で退避した。何かが起ころうとしている。彼の第六感がそうさせた。
次の瞬間、《フェイスレス》を中心に爆発音が巻き起こり、周りが光に包まれた。勇気は咄嗟に目を瞑りヘルメットの上から手を翳して光から目を保護しようとする。
「……一体何だ?」
勇気が呻くように呟き目を恐る恐る開けると、そこには無傷の《フェイスレス》がすぐそこまで迫っているのが見えた。敵は先程のような粒子のシールドのようなものを張っておらず、むき出しの装甲で迫ってくる。右手にはビームソードが既に握られており、コクピットを串刺しにしようと全力でブースタが吹かされている。
――まずい!
勇気は重力粒子発生装置を起動し、敵の一撃を寸でのところで躱した。機体を横に振り、凄まじいGが彼の身体を襲う。常人であれば気絶、最悪の場合首の骨が折れかねない力を受けても、勇気は何とかそれを耐えた。クラクラとする頭で、敵の次の攻撃に備えようと大剣を構える。
すると、勇気はある異常に気が付いた。右肩部の装甲が破損していると、モニタが警告をしていた。彼は原因を一瞬考えたが、体当たりを逸らした時に、敵が纏っていた粒子が装甲を焼いたのだろうと推測した。
――こいつは……ビームみたいなものか?
ではさっきの爆発音は……。勇気が思案を巡らせていると、再び《フェイスレス》がビームソードを構えて此方へと突進してきた。勇気はそのことについて考えるのを止め、目の前の戦闘に集中し始める。
互いの刃が、胴体めがけて振り回される。勇気は雄たけびを上げた。
大剣とビームソードがぶつかり合った。手応えを感じた瞬間、勇気は操縦桿により一層の力をかけて押し倒す。
破裂音とともに、《フェイスレス》が吹き飛ばされた。その隙が最後の隙だと感じた勇気は、もう一度片手でビームライフルをグリップし、その引鉄を引いた。
「当たれ!」
勇気は叫びながら何度も何度もビームライフルを発射し続ける。それでも《フェイスレス》はスラスタを細かく吹かしながら撃ちだされるビーム弾を避け続ける。当たらないと判断すると、勇気はペダルを踏みしめて《ライトブリンガー》を目標めがけて突っ込ませる。
対する《フェイスレス》は、すぐに体勢を立て直して再び球状の装備を起動しようとしていた。しかし七海は、そんな時間がないことを悟った。すぐ近くに《ライトブリンガー》が大剣を構えて突っ込んでくるのである。
――本来は、こういう使い方はしないんだけどね……。
空いている穴は前方を向いている。その奥が、仄かに光り始めた。
それを見た勇気の心中に、一抹の焦りが浮かんだ――またシールド紛いのものを張るつもりか。《ライトブリンガー》の大剣が鈍く光り、振り上げられる。
「これで……、どうだ!」
狙いは球状の装備。これを潰せば相手の行動は大きく制限される筈だと勇気は確信した。
大剣が空気を切り裂いて《フェイスレス》の頭部に迫る。それでも七海は勇気の攻撃を避けようとはせず、落ち着きを払って構えている。
「……来てくれたね」
七海が含み笑いを漏らしながら呟く。
その瞬間、球状の装備から粒子が《ライトブリンガー》に向かって拡散し、瞬く間に包み込んだ。




