悪夢を遠ざけて
軋むような耳障りな音が、空気を切り裂く音と混じりあって恵良の脳を刺激する。
彼女は着水のリスクを回避するために上空へと逃げだしたが、ブースタを噴射して機体を推進するだけで《ドリームキャッチャー》は悲鳴を上げている。彼女の機体に残された時間が、燃料の問題を抜きにしてあまり残っていないことを仄めかしていた。
それでも、《バーニング・ボディ》は必死になって追ってきている。武器と一体化した腕部を此方に向けて、いつでも敵を切り刻める準備をしている。
――逃げていても仕方ない……!
恵良は考え、空中で静止した。スラスタを調整し、敵と向かい合う。
我那覇はその様子を見て、口元に不気味な笑みを浮かべた。口元に血がこびりついているせいで、余計に悪魔的に見える。
「諦めたか! 観念しろぉっ!」
相手は馬鹿正直に真っ直ぐに突っ込んでくる。恵良は操縦桿を動かし、《ドリームキャッチャー》の腕部を前方に向けた。
《バーニング・ボディ》が腕部を振り上げた。赤々としたビーム刃が白い機体を襲う。
振り下ろされた一撃は、火花と破裂音とともにその場で留まった。《ドリームキャッチャー》の電磁シールドがそれを防いでいた。我那覇は歯を食いしばりながらそれを打ち破らんと刀身をジリジリと押し付ける。
恵良も負けてはいない。ボタンを押しながら、操縦桿を目一杯押し付けて敵の攻撃を耐えようとする。
「このおっ!」
我那覇が雄たけびを上げると、電磁シールドが破られた。目の前で目が潰れんばかりの閃光が周りを包み込んだかと思うと、両者は反発しあって吹き飛ばされた。二人が悲鳴を上げながらも反射的に機体を調整する。
先に行動したのは我那覇。真っ直ぐにブースタを吹かし、もう一度一撃を叩きこんで今度こそ相手を殺そうとする。彼女の目は眩んでまともに前を見ることができないが、もはや感覚に訴えて敵を探っている。
「死ね!」
我那覇は怨嗟の言葉を吐くと、《バーニング・ボディ》がビーム刃をクロスさせて構え、Xの字を書くようにビーム刃を振り下ろした。
目の前には電磁シールドを張っていない《ドリームキャッチャー》がいる。隙だらけだ――我那覇は勝利を確信した。
しかし、恵良は諦めていなかった。追加ブースタを使って、機体を思い切り後方へと吹き飛ばす。
《ドリームキャッチャー》は、一撃を免れた。恵良は気を抜かずに再びブースタを点火させる。
「今だ!」
《ドリームキャッチャー》の右手には、ビームソードが握られていた。白いビーム刃を以てカウンターを仕掛ける。
それでも我那覇は恵良の攻撃に対応した。振り下ろした両腕部を再び振り上げ、二本のビームソードで《ドリームキャッチャー》の一撃を受け止めた。稲光のように刃と刃の間に電流が流れる。機体の限界が近いことを理解していた恵良はすぐさまビームソードの刃を消し、ブースタを吹かして《バーニング・ボディ》と距離を離して発振器をウェポンベイへと格納した。
両者が息を荒げながら、空中で静止する。《ドリームキャッチャー》の両腕に装着されているリング状の電磁シールド発生装置からはバチバチと放電している。これ以上使用すれば装置が破損し最悪の場合両腕も使えなくなると判断した恵良は、唾を呑みこんでモニタを注視した。
――これで、防御もできなくなった……。
一つの選択肢が潰された。コクピット内で、彼女の耳の中には荒い呼吸の音しか入ってきていない。
その間にも、《バーニング・ボディ》は虎視眈々と恵良を狙っている。彼女を見つめているモノアイが不気味に揺らめいた。
「……来る!」
恵良が悪寒を感じるとすぐに、《バーニング・ボディ》のブースタから白い光が点滅した。それを彼女は見逃さず、ブースタを点火させて機体を左へと吹き飛ばす。
恵良の読みは正しかった。《バーニング・ボディ》は居合抜きよろしく真っ直ぐ突っ込み、そのままビーム刃を左右に薙いでいた。そのまま気付かずに静止していたら、あと少しブースタのスイッチを入れるタイミングが遅れていれば、凶刃の餌食になっていただろう――彼女はぞっとするも気を取り直して《バーニング・ボディ》のがら空きの背後を取ろうとする。
「集中……集中……」
自らに言い聞かせるように言葉を呟く恵良。《ドリームキャッチャー》は急加速し、左手でビームソードを展開、そのまま背部のブースタめがけて刃を突き立てる。
それでも、攻撃は届かない。《バーニング・ボディ》は間一髪のところで電磁シールドを背面に張って一撃を防いだ。攻撃が防がれたと分かるや否や恵良はビームソードを素早い手つきでウェポンベイへと格納、相手が方向転換する間に逆方向へと回り込もうとする。
《バーニング・ボディ》も翻弄されてばかりではない。方向転換と同時に両腕のビーム刃を振り回し、慣性で《ドリームキャッチャー》に当てようとする。それも恵良は落ち着いて避け、空気が焼かれているような音を残してその場から消えた。
「くそっ、くそっ……!」
追加ブースタを起動しても追いつくことができない――我那覇は俄かに焦り始めた。
この機体ならどんな奴らにも負けないと、彼女は信じ切っていた。それがあっさりと大剣を失い、挙句敵に機動力で翻弄されている。彼女は自身が押されていることを信じたくなかった。
「アタシが……アタシがこんな奴にっ、負けるかぁぁっ!」
我那覇の魂の叫びは、機体にダイレクトに伝わった。限界近くまで追加ブースタから白い炎が吹きあがり、《ドリームキャッチャー》に食いつかんと正面から突っ込む。
恵良は我那覇の叫びを無線越しに聞いていた。
焦っている。
唇を真一文字に結び、操縦桿を握りしめる。恵良はロケットのように突っ込んでくる赤い機体を避けようとするが、赤い刃がそれを阻もうとした。
「やるしかない――!」
恵良は覚悟を決めた。焦っている相手の隙を突き、一撃を叩きこむ――《ドリームキャッチャー》が両手でビームソードの発振器を握った。
白いビームの刃が、青空に映える。
刹那、二機の計四本の刃がぶつかり合った。
その衝撃で弾き飛ばされたのは、《ドリームキャッチャー》だった。つばぜり合いをすることなく、圧倒的な出力で押し飛ばされる。
しかしそれは恵良にとって織り込み済みであった。飛ばされた反動を用いながらブースタを後方へと吹かし、相手の追撃を避けようとする。両腕部に負担をかけることはできない。
案の定、我那覇は追撃を仕掛けてきた。目を血走らせて、復讐の鬼と化している。
「逃げるな!」
両腕部を振り上げて、瞬間移動の如く《ドリームキャッチャー》へと突っ込む。両者の距離が五〇メートルを切ったところで《バーニング・ボディ》が刃を振り下ろすが、そこには白い機体の姿はない。自身をコケにするような動きに、いよいよ我那覇の理性は壊れた。
「くそっ、くそっ、くそおおおぉぉっ!」
激昂した我那覇には、もはや周りが見えていない。闇雲に突っ込んでは指揮棒のように刃を振り回すだけである。
それに対して恵良はいたって冷静であった。無線から時折聞こえてくる我那覇の罵声や怒声に慄きながらも、必死に目の前の敵を倒そうと好機を探っている。顔は汗まみれになっているが、拭っている暇などない。
《バーニング・ボディ》が、再び突っ込んでくる。もはや冷静さを失っている我那覇には、真っ直ぐ動く以外の選択肢は思いつく筈がない。当たれば即死のビームソードに当たるまいと、恵良はペダルをベタ踏みしてフルスロットルで敵の攻撃を躱す。
一瞬たりとも気の抜けない時間。動きを止めた機体が、先に斬られる。息を荒げながら、恵良は敵の攻撃を避け続ける。
恵良は避け続けているだけでは何も進展しないことを解っている。だからこそ、こうして《ドリームキャッチャー》の腕部に負荷をかけないようにして相手の隙を窺っている。
「まだだ。まだ――」
恵良は自身を落ち着かせるように呟いた。
疲れを知らない機械のように、我那覇は絶えず刃を振るってくる。充血した目を向け、鬼の形相で《ドリームキャッチャー》を狙いながら二本のビームソードを振るうが当たらない。
「何で……何で当たらないんだよぉっ!」
性能では日本軍のSWを圧倒的に上回っている筈なのに、相手の機動力に翻弄されている。我那覇はこの状況が我慢ならなかった。
「絶対に、殺す! パパとママの仇を取るんだっ、アタシが、アタシが!」
呪詛のように唸ると、メインブースタが唸りを上げて《バーニング・ボディ》がさらに加速した。それに耐えきれず、我那覇は吐血する。
漸く、二機が肉薄した。恵良はそれでも取り乱さないように努める。
「……ここで」
やるしかない――恵良が呟くと、《ドリームキャッチャー》が二本のビームソードを展開した。ツインアイが太陽光に照らされて、ギラリと光る。
相対距離が近くなったと解ると、我那覇の血だらけの口元は笑みを見せた。
「死ねぇぇぇ!」
腕部から展開される赤い刀身が、白い身を袈裟懸けにしようと躍動する。
《バーニング・ボディ》の刀身は、敵のコクピットを捉えている。
それが一気に、右肩部に振り下ろされた。
手応え――何かを斬ったという手応えを、我那覇は感じ取った。
「やった――」
しかし、《ドリームキャッチャー》は我那覇の目の前に五体満足で動いていた。彼女から笑みが消え、斬ったと思ったものを確認する。
そこには、《ドリームキャッチャー》が持っていた筈のビームソードの発振器があった。我那覇が斬ったものはそれである。彼女は絶望しきった顔で、真っ二つに溶断されたそれを見つめることしかできなかった。
「嘘――」
突如、《バーニング・ボディ》の眼前で爆発が巻き起こった。溶断されたビームソードが爆発を起こしたのだ。しかしそれすらも理解できない我那覇は無意識のうちに後退し、爆発に巻き込まれまいと動く。
「何で……何で……」
我那覇の頭の中は、完全に錯綜していた。自身の放った渾身の一撃が実質的に空振りに終わったのだから無理もないが。
「もらった!」
爆炎の中から、《ドリームキャッチャー》が現れた。恵良は一本のビームソードを囮にし、それを手放した後ブースタを後方に吹かして全速力で後退、爆発の直後に全てのブースタを前進方向に噴射して爆炎の中を突っ切った。
《ドリームキャッチャー》の右手には、もう一本のビームソードが握られていた。その先端は、迷うことなく《バーニング・ボディ》のコクピットへと向かっている。恵良が意を決したように腹の底から雄たけびを上げる。
その一瞬後。
白い刃が、燃えているように赤い機体を貫いていた。
ビームソードはコクピットを直撃しなかったものの、貫いた先は背部のジェネレータだった。それを確認した恵良は、生気のない目をしながらも機体を動かしてその場を離れた。
《バーニング・ボディ》のモノアイから、光が消える。そのまま機体は、我那覇を乗せて自由落下していった。
恵良は、茫然とそれを見つめることしかできなかった。
《バーニング・ボディ》のコクピットの中は、直接攻撃されたわけではないのにも拘らず凄惨な状況になっていた。直撃を免れたとはいえ、金属片は内部に侵入しており、我那覇の身体にも直撃していた。鮮やかなピンク色のパイロットスーツが、大量の鮮血で汚されている。
我那覇は最早虫の息であった。口を半開きにし、身体の激痛で真っ黒な瞳から涙を流している。アラームがけたたましく鳴っているが、彼女には聞こえていない。
「……痛いよぉ……痛いよぉ……」
蚊の鳴くような声。復讐を成し遂げられなかったということは、彼女の頭の中には無かった。ただ目の前の痛みに悶絶している。
我那覇の目の前が、段々白んでいく。目の前をライトで照らされているかのように、彼女は眩しく感じていた。
――何? なんだか、段々……。
我那覇の目が閉じかかる。背中のほうが熱を持っているのを感じている。
――……あれ?
我那覇の目は、完全に光で眩んだ。だが、何かが彼女の視界に入りこむ。
それは、彼女にとって信じられないものだった。
――パパ、ママ……!
我那覇の目が見開かれた。それと同時に、涙も溢れてくる。痛みのせいではない。彼女は心臓の辺りが熱くなるのを感じた。
両親が、満面の笑顔で此方に手を伸ばしている。我那覇は泣き顔から無理矢理笑顔を作ろうとしながら、両腕を目一杯伸ばした。
「ああ、パパ、ママ……。アタシ、頑張ったよね? ね?」
か細い声で問うが、両親は笑顔のままだ。質問には答えない。それでも彼女は腕を伸ばし続ける。
《バーニング・ボディ》が、海面すれすれで爆発を起こした。その威力は凄まじく、空中に静止していた《ドリームキャッチャー》をも爆風で煽った。
《バーニング・ボディ》がロストするのを見届けた恵良は、ヘルメットを脱いでガックリと肩を落とした。そしてそのまま、雪音に無線が繋がるかどうかを確認する。
数秒砂嵐のような音がしたかと思うと、無線は無事に《オーシャン》の管制室へと繋がった。それでも恵良は喜ぶ素振りを見せず、ただ黙って無線の方を見つめている。
『恵良か! その様子だと、倒したようだな』
雪音の安堵したような声が、第一に聞こえてきた。それでも恵良は雪音に返事一つ寄越さない。
『どうした、恵良? どこか怪我したのか?』
俄かに、雪音の声色が変わる。恵良は肩を震わせながら、黙って無線の方を見つめているだけである。
「隊長……私は……」
漸く、恵良が口を開いた。しかし声は震えており、覇気もない。
恵良は、泣いていた。大粒の涙を流しながら、嗚咽を漏らして無線に語りかける。
『……どうした? 状況を説明してくれ』
「私は……子供を……殺しました……!」
恵良が必死に絞り出した告白を聴いて、無線越しの雪音は黙ってしまった。
『我那覇青河。あの事件の被害者が、まさか……SWに乗っていたとはな……』
「私は……軍人です。必要とあらば、人も殺します。でも……子供は……あの子は――」
『あの子は実質的な被害者、だな』
雪音は恵良が言うことを先読みして口走った。恵良は顔を両手で覆いながら頷く。
『兎に角、話は艦に戻ってからゆっくり話してくれ。まずは、戻って来い』
「……はい」
鼻を啜りながら、恵良は答える。
「白田恵良、《ドリームキャッチャー》、これより帰艦します」
その一言を言うと、無線が切れた。恵良は隊服の袖で目を荒っぽく拭うと、操縦桿に再び手をかけて前方へと押し倒した。
《ドリームキャッチャー》が、帰艦のために前へと進み始めた。
《バーニング・ボディ》の討伐が、完了した。




