痛みを超えて
恵良は《ドリームキャッチャー》のコクピットの中で、相手の動きが変わったことを実感していた。
相手が無線越しに何かを呟いた――その声はあまりにも小さく、ブースタが出す重低音にかき消されて聞こえなかった――のを境に、突然敵のSWが攻撃を仕掛けてきた。しかしそれは先程のような受動的なものではなく、明確に殺意を感じるものであった。しっかりと恵良の動きについて来ており、敵の刃は気を抜けばすぐにコクピットを叩き潰さんと躍動している。
――あの子は……今やってることを悪いことだと思っていないの?
恵良は、我那覇が完全にこの『革命』を容赦なく行っていると推測し、軽い悪寒を覚えた。先程の問答の中での叫びは、単なる意地ではなく、まるで洗脳でもされているかのような揺るがない意思であった。
「傷は……深いのね」
恵良は呟くと《ドリームキャッチャー》の追加ブースタを点火させて、突っ込んでくる《バーニング・ボディ》の頭から叩きつけるような斬撃を右に避ける。
ヒラリと身を躱した恵良は、二本のビームソードを敵の大剣の刀身へと突き立てようとする。敵の武器を使用不可能にすれば、さすがの相手も手の打ちようがなくなるだろうと彼女は考えて、思い切り力を入れて操縦桿を動かした。《ドリームキャッチャー》は両腕を振り下ろし、《バーニング・ボディ》の大剣めがけてビーム刃を貫かせようとする。
しかし、相手も動きが速い。《バーニング・ボディ》はすぐに機体を《ドリームキャッチャー》に向かい合わせると、大剣を横に薙ぐようにしてビームソードの攻撃を払いのけた。破裂音とともに攻撃はいなされ、《ドリームキャッチャー》は体勢を崩した。恵良は短く悲鳴を上げるが、すぐに目を開けて前を向き機体のスラスタを吹かして姿勢を調整、そして一瞬の判断で追加ブースタを後方へと吹かして敵との距離を取る。
それと同時に、《バーニング・ボディ》もじりじりと恵良と距離を取り始めた。我那覇は相手の様子を窺うことができるまでには落ち着いている。両者とも息を荒げて、敵を一点に見つめている。
「……我那覇、青河って言ったよね?」
一旦静止した我那覇に、恵良は再び語り掛ける。我那覇からの返事はない。
それでも恵良は、懸命に話し続ける。我那覇の真意を聞きだすために、できるだけ優しく問いかけようと努める。
「我那覇さん、貴女がやっていることは、いけないことなの。貴女が復讐しようとしている人だけじゃなくて、関係ない日本の人も巻き込まれてる。あなた達がこうしてSWを動かしていると、皆が安心して暮らせなくなるの。それなのに……何で貴女は復讐しようとしているの?」
恵良が心底心配そうな顔をして語りかけても、我那覇からの返事はない。しかし、《バーニング・ボディ》が戦闘態勢になることもない。恵良は息を呑みながら、我那覇の動向を窺う。
すると、無線から激しい息遣いが聞こえてきた。恵良は目を丸くしてそれに傾聴し始める。
『……関係ない』
我那覇は、コクピットの中で身体を震わせていた。息を荒げ、歯を食いしばり、目の前の敵を憎悪がこもった目で睨みつけている。
「日本の人がどうなろうと、アタシは……っ、パパとママの仇を取る! お前たちも絶対に殺す!」
我那覇は無慈悲に吐き捨て、それと同時に《バーニング・ボディ》が大剣を構えた。轟音を奏でながら、《ドリームキャッチャー》へと突進する。
恵良は絶句しながら、《ドリームキャッチャー》で回避行動をとっていた。《バーニング・ボディ》の一撃一撃は彼女が躱しているおかげで悉く空を切っている。
彼女は確信した――あの子は、この復讐を正義だと思っている。それを考えると、我那覇の傷の深さを再認識し、心臓の辺りが締め付けられるような痛みを覚えてしまう。
恵良は我那覇への攻撃を躊躇ってしまった。相手に中々近づくことができないという理由もあるが、一番の理由は、テロリストとはいえ子供を相手にしているということであった。七海の『革命』に加担しているのは己の復讐を成し遂げるためであり、その理由も両親を殺されたことによる、彼女にとって極めて同情でき得るものであった――この不安定さを見る限り、両親を殺されたのは本当だろうと恵良は確信した――。
――それでも……。
恵良は苦痛で顔を歪めた。これから年端もいかぬ子供の命を奪おうというのだ。軍人ではあるが実戦はこの『ナンバーズ』討伐が初めてである彼女にとってその事実は心を痛めるものがあった。
「――でも」
胸の痛みを堪え、歯を食いしばる。
「……私は、やらなきゃいけない。『ナンバーズ』を倒して、皆で生きて帰らきゃならない!」
恵良はそれでも、皆とともに帰ることを採った。自身に言い聞かせるように叫び、《ドリームキャッチャー》を再び敵に向かって動かし始める。国のために、討伐部隊に報いるために、そして、想い人である勇気のために――。
上空では、勇気と七海が未だに争っていた。その様相たるや凄まじく、もし討伐部隊の誰かが増援で介入しようにもできないほど緊迫し、まるで両者とも針の穴に糸を通すような正確さを以て互いに攻撃を仕掛けている。それでも勇気は《ライトブリンガー》の持ち前の機動力で、七海は《フェイスレス》の機動力と電磁シールドで攻撃を躱したり防いだりしてやり過ごしている。
《ライトブリンガー》がビームライフルの引鉄を引けば、発射された白い光弾をするりと躱して《フェイスレス》がバズーカのように太い砲身を持つライフルの引鉄を引く。そこから発射された馬鹿げた威力の赤いビーム弾も勇気には当たらず、《ライトブリンガー》はまるで木の葉が風に舞っているかのような動きでロールして躱す。
両機のブースタが点火され、ほぼゼロメートルまで近づく。その一瞬の間に両機はビームソードを抜刀、光の刃を敵のコクピットめがけて振り下ろしていた。
だが刃は共に目標へは届かず、代わりにそれぞれの刀身同士がぶつかり合っていた。つばぜり合いになり、触れ合う刃は互いにスパークしている。電流が流れるような音が、周りに何もない空を揺るがす。
そのつばぜり合いは、ものの数秒で決した。《フェイスレス》が《ライトブリンガー》を押し返しており、真っ赤な機体は深紅のビーム刃に弾き飛ばされていた。
勇気はコクピットの中で唸りながらスラスタを調整して機体を安定させようとする。しかし彼の視界には、白いモノアイを不気味に光らせながらビームソードを構えて突進してくる《フェイスレス》が映っている。
「……くっ」
勇気は操縦桿に付けられているボタンを二回素早くタップして、重力粒子発生装置を発動した。その動作の後彼はペダルと操縦桿を微調整して、《フェイスレス》が振り下ろした一撃を左に避けた。その時に勇気が受けた物理的な衝撃は、鍛えていた彼の身体を軋ませ千切られてしまうのではと感じさせた。呻き声を上げながら、《ライト・ブリンガー》を操作して後退させる。
攻撃を避けられた七海は、微笑んでいた。一旦距離を取る《ライト・ブリンガー》を追おうとせず、冷静にそれを見つめるのみである。
「重力粒子発生装置、使ってるの?」
七海が勇気に興味深そうに問うた。
勇気はその問いに驚きながらも、平静を装おうと呼吸を整える。
「……お前には関係ない」
『分かるよ。瞬間的にここの空気の温度が上がった。空気を吸い上げて重力粒子を生成し、エネルギーを作り出している。使った空気は排出される。その際この空気は重力粒子の生成の際の莫大な熱で熱せられている――』
「理屈はいい。どちらにしろ、お前には関係ないことだ」
話の途中で勇気は七海を止める。しかし、彼は黙ろうとしない。
「嬉しいよ。僕の発見が認められた、ってことだろう? 君たちの隊長さん、とても優秀だ!」
「黙れ!」
勇気は一喝し、《ライトブリンガー》は再びビームソードを構える。七海はわざと雪音を知らない風に言った。
『ああ、それと――』
「黙れって言ってるだろ!」
『僕の仲間がまた一人死んだみたいだ。二機に囲まれて……』
途端に勇気は閉口した。七海の躁鬱具合に彼は辟易しそうになっている。
しかし、先程のニュースは勇気にとって喜ばしいことだった。七海の口調からして、このことも本当だろう――彼の口角は上がっている。
「もう降参したらどうだ? お前たちに勝ち目はない!」
「……いや、僕は諦めない。たとえ最後の一人になったとしても、君たちを倒す」
訃報を話したはずなのに、七海の口元には笑みが生まれていた。
「俺が……お前を倒す!」
「僕にも譲れないものがあるんでね、行かせてもらうよ!」
両機が構えたビームソードが再びぶつかり合い、空に閃光をもたらした。
恵良と我那覇は、互いに近づいては弾かれるということを繰り返していた。
《ドリームキャッチャー》が近づいて剣戟を繰り出そうとすれば、《バーニング・ボディ》は怒りに身を任せているかのように大剣を振り回して追い払おうとする。我那覇も積極的に攻撃しようとするが、《ドリームキャッチャー》は追加ブースタを駆使して一撃一撃を確実に躱していく。
恵良は汗だくになりながらも、何とかして相手の隙を突こうと果敢に攻め込んでいく。顔を顰めながら、ペダルを踏み込んだ。
「何とか……しなきゃ」
《ドリームキャッチャー》が敵機の正面へと突っ込んでいく。空気が爆発したような音とともにミサイルのように突進するそれを、《バーニング・ボディ》は迎撃態勢で大剣を構える。
「真っ直ぐ……、馬鹿じゃないの!?」
蔑みの言葉を叫びながら、我那覇はタイミングを合わせて大剣を右から左へと大きく薙いだ。
空気が切り裂かれる音。しかし、《バーニング・ボディ》が薙いだのは空気だけだった。
「……あれ?」
一瞬呆然とする我那覇だったが、我に返るとすぐに電磁シールドを発動して己が身を守ろうとした。
《ドリームキャッチャー》の二撃が《バーニング・ボディ》の後頭部に降り注いだのは、そのすぐ後であった。恵良はビームソードが弾かれるとすぐさま距離を取り、息を荒げながら相手の出方を窺い始める。
「やっぱり……このシールドが厄介か」
恵良がため息混じりに呟くと、《バーニング・ボディ》がシールドを解除して再び大剣を構えた。
――散発的な攻撃じゃダメだ。もっと追い込まないと……。
恵良は口を真一文字に結んで、再び《ドリームキャッチャー》の追加ブースタを起動させた。ヒット・アンド・アウェイで相手を追い込んで、隙を作る――これしか方法は無いと彼女は考えた。
しかし我那覇は先程の攻撃で学習したのか、常時電磁シールドを張って警戒し始めた。恵良は相手を追い込むために、通るはずもない攻撃を続けようと《バーニング・ボディ》に肉薄する。
――集中、集中……。
恵良は無心で《ドリームキャッチャー》を駆動させ、縦横無尽に《バーニング・ボディ》の周りを飛び回り始めた。二対のビームソードの攻撃を間断なく行い、相手の集中力を削ぐ作戦に切り替える。
スラスタと追加ブースタをフル活用し、上下移動や左右に吹き飛ぶような移動を織り交ぜながら、《ドリームキャッチャー》は《バーニング・ボディ》に攻撃を叩きこんでいく。敵は電磁シールドを張っているので攻撃は通らないが、逆に攻撃されることもない。恵良は逆に自身の集中力が途切れないように意識をSW操縦と敵への攻撃へと集中させた。息が荒くなり、SWの激しい動きの中で自身の身体も悲鳴を上げそうになる中、彼女は気合で持ちこたえる。
一撃、二撃――何十回と剣戟を加えていく。電磁シールドは破れそうにないが、相手は防戦一方になっている。後は相手が痺れを切らして自身に攻撃をしてくるのを待つだけである。恵良はタイミングを今か今かと待ち構えていた。
一方で我那覇は、中々攻撃に踏み出せていないので苛立ちが募っていた。歯ぎしりをしながら、一方的に攻撃している《ドリームキャッチャー》を目で追うことしかできない。
「くそっ、くそっ……」
ついに《バーニング・ボディ》は電磁シールドを解除した。埒が明かない――我那覇は一旦切れた集中力を取り戻すために、その場を全速力で離れようとする。無論、《ドリームキャッチャー》とは向かい合ったまま両手で大剣を握りブースタを後方に吹かして逃げる。
それを見た恵良は、してやったりといった顔で後退する《バーニング・ボディ》を追跡し始める。相手は今シールドを張っていない。相手に直接剣戟を叩きこめる絶好のチャンスだ。
「逃がさない!」
もはや恵良の頭の中には、『容赦』という文字は無かった。追加ブースタのスイッチを押しこみ、敵との間合いを詰めようとする。
「来たか!」
我那覇も逃げてばかりではいられないことに気付いていた。日本製のSWならば追いつくことができない後退速度に、目の前のSWが追い付いてきたのだから。
《バーニング・ボディ》が大剣を構える。我那覇は目の前の敵の動きを予測しようとした。
「そこだ!」
《バーニング・ボディ》は大剣を斬り上げるようにして振り上げた。先ほどの横薙ぎが躱されたので、上下に攻撃してみるという単純な考えであった。
しかし、彼女が軍人である恵良の動きを読むことはできなかった。《ドリームキャッチャー》は振り上げられたときの切っ先の目の前で止まり、相手にフェイントをかけて再び突っ込み始めた。
「な……っ」
我那覇は絶句しながら、肉薄した敵機の頭部を粉砕しようと振り上げた大剣をそのまま振り下ろす。
恵良はこれにも対応した。振り下ろされた大剣を、二本のビームソードをクロスさせて受け止める。破裂音とともに閃光がはじけ飛び、両者のモニタが一瞬白む。
大剣で敵を潰さんと押し込む《バーニング・ボディ》。それに二本のビームソードでひたすら耐える《ドリームキャッチャー》。力勝負の様相を呈している。
フレームが軋む嫌な音が《ドリームキャッチャー》から響き始める。上肢の関節の部分が、今までの剣戟で使い込まれてしまったので限界が近くなっていた。徐々に《ドリームキャッチャー》が押し込まれる。
――このままじゃ……。
頭部にビームソードの切っ先が付きそうになった時、恵良が雄たけびを上げた。追加ブースタを点火し、自ら大剣の刃に突っ込もうとする勢いでそれを押し返そうとする。ブースタが駆動する重低音が、二機の周りの空間を支配した。
「私は……負けられないんだっ!」
恵良は思いを叫んだ。
その瞬間、思いが通じたのか《ドリームキャッチャー》が《バーニング・ボディ》を押し返した。我那覇が悲鳴を上げる中、《バーニング・ボディ》の姿勢が大きく崩れる。恵良はブースタを吹かして我那覇より上のポジションを取っていた。
――今だ!
《ドリームキャッチャー》が、ビームソードを振り下ろした。
それは本体を捉えることはできなかったが、大剣が『斬られて』いた。一本のビームソードは大剣の刀身を真っ二つに切断し、もう一本は大剣の柄を切断していた――《バーニング・ボディ》の手部には残念ながら当たらなかった――。
「まだまだ!」
恵良は攻撃の手を緩めなかった。武器を消失した今こそがチャンスだと思っていた。《ドリームキャッチャー》のビームソードが再び唸る。
しかし、白い閃光は目の前で弾き飛ばされた。間一髪のところで、《バーニング・ボディ》が電磁シールドを展開したのだ。恵良は頭がくらくらする感触を覚えながら、一旦引き下がった。
恵良は今まで息を止めていたかのように大きく呼吸しながら、柄だけを持って呆然としている《バーニング・ボディ》を見つめていた。呼吸を整えると、彼女から笑みが生まれる。これで相手を無力化することができたと、彼女は思っていた。
対する我那覇はコクピットの中で、目の前の敵を悪魔のような目つきで睨みつけていた。大きく息を吸った後、彼女は大声で叫び始めた。怒り、悲しみ、屈辱感――全てを吐きだす。
暫く独りで喚き立てると、我那覇は一転して気が済んだかのように落ち着いた。先程とは真逆の、静寂に包まれる。
「……いざとなったらこれを使え、って七海さんが言ってたね」
独り言ちると、我那覇は拳を握りしめた。
すると、不要になった柄を投げ捨てた《バーニング・ボディ》の両腕が、その両大腿部に伸びた。恵良がその動きに注目しない筈がなく、武器を持っていない今が決着を付けるときだとペダルを全力で踏み込む。
――今しかチャンスは無い!
電磁シールドは張られていない。《ドリームキャッチャー》の速度ならば、容易に切り伏せることができる距離。恵良は意を決して飛び込んだ。
《ドリームキャッチャー》が、ビームソードをクロスさせて飛び込む。敵に向かって、二本のビームの刃をコクピットめがけて振った。
破裂音。一秒にも満たない閃光。
その二撃は、《バーニング・ボディ》の両腕によって防がれた。
シールドではない。れっきとした『武器』で防いでいた。
《バーニング・ボディ》の手掌には、大腿部に装着されていた筒状のような物体が『埋め込まれて』いた。その先からは火柱のような赤いビームの刃が飛び出ている。まるで武器と腕部が融合しているかのような形態は、今までの『ナンバーズ』でも類を見ないものであった。
恵良は目を見開き、絶句しながらそれを見ていた。やはりあれは隠し玉だったのかと、彼女は悔しがりながらペダルを限界まで踏み込み操縦桿を折れんばかりに押し倒す。
しかし、壁を押しているかのようにびくともしない。恵良は若干焦り始めた。
恵良が敵をよく確認すると、敵の両肩部と両大腿部から突き出ている棘のような装置から白い炎のような揺らめきが見えた。
「追加ブースター……?」
それを見て、恵良は戦慄した――今まではこれを使わずに戦ってきたということである。
今これを使い、かつ二本の筒状の物体よりは確実に重い大剣をパージしての戦闘になったら――彼女は生唾を呑みこみ、ブースタを後方に吹かして一旦脱出した。
その瞬間、《バーニング・ボディ》が弾丸のように《ドリームキャッチャー》へと突っ込んできた。二本の赤い刃は、確実に敵のコクピットを狙っている。
恵良は追加ブースタも駆使して必死に後退する。それでも《バーニング・ボディ》は離れるどころか、今にもビームソードの切っ先が装甲に当たってしまうのではないかと思われるほどに肉薄する。
「逃げるのは無理……か!」
「死ねぇぇぇっ!」
我那覇が顔を顰めながらほぼ零距離の《ドリームキャッチャー》を眼光鋭く睨みつける。
武器と一体化した腕が、空気が焼き切れているかのような音とともに、目の前の仇を切り裂かんと振り下ろされた。
それに対して《ドリームキャッチャー》は逃げるのをやめて、相手の攻撃を防御しようとビームソードをクロスさせて攻撃が来る位置へと構えた。
両者の刃が、鋭くぶつかる。衝撃で周りの空気が吹き飛んだかのような強風が吹き荒ぶ。
勝ったのは、《バーニング・ボディ》だった。つばぜり合いをするまでもなく、《ドリームキャッチャー》は剣戟の衝撃に耐えきれず吹き飛んだ。
恵良は苦しそうな呻き声を上げ、シートに身体が押し込まれるような感触を味わいながら着水するまいとスラスタやブースタを全力で吹かした。そのおかげか、千鳥足のような挙動を描くも何とか着水だけは免れる。水面が広く揺れた。
しかし脅威はまだ過ぎていなかった。獲物を狙う猛禽類の如く、《バーニング・ボディ》が全速力で降下してくる。空気を切り裂く音がコクピットの中にいてもひしひしと伝わるのを恵良は感じ、首や背中に不快な汗が出てくる感触を覚える、
――今は……回避に専念しよう。
恵良は攻撃を諦め、相手の動きが止まるのを待ちながら攻撃を躱す作戦に出た。尤も、彼女の中では我那覇がバテることは希望的観測に過ぎないことであるが。
恵良が操縦桿を動かそうとしたその時、《ドリームキャッチャー》のコクピットの中で突然アラームが鳴り始めた。何事かと目を丸くしてモニタを見ると、両腕部の稼働が限界に近いことを知らせていた。先程の激突がもろに響いたのは言うまでもないだろう。
念のために今まで気にしていなかったエネルギー残量やブースタの損傷具合も確認する。幸いにも、それらには然程問題は無かった――エネルギー残量はまだ半分を切っておらず、ブースタも追加ブースタ含めて十分に動かすことができる状態だった。
「……お願い、保って、私の《ドリームキャッチャー》」
愛機の名前を呟いて、恵良は泣きそうな顔になった。こうなれば、両腕部の負担を減らすために相手の攻撃を躱しながら隙を突いて一撃を加えるしかない――彼女は苦渋の決断をした。
「やるしか……ない」
そう言うと恵良は、《ドリームキャッチャー》のビームソードを両腰部のウェポンベイにマウントした。少しでも腕部への負担を軽減させるためである。それを見た我那覇は目を丸くして驚いた後、すぐに眉間に皺を寄せた。
「……なめるな!」
瞬間移動しているかのような速さで突っ込む《バーニング・ボディ》。その武器腕は、その速度でも目の前の白い機体を捉えている。タイミングを合わせて腕を振ろうとする。
しかし、《ドリームキャッチャー》はそこを動こうとしない。それを見た我那覇はほくそ笑んだ。
「今度こそ……今度こそぉ!」
我那覇が敵を捉え、袈裟懸けを繰り出す。
しかし、それは見事に防がれて、弾き飛ばされてしまった。強くぶつかってきた分、反動も大きい。《バーニング・ボディ》は大きく後方に飛ばされ、我那覇はヘッドレストに頭を打ちつけた。更に今までかかったGが身体に響いたのか、口から少量の血を吐いた。
《ドリームキャッチャー》は、相手を拒絶しているかのように腕を前に突き出して電磁シールドを張っていた。電力を大きく消費してより前方に展開したために、腕部の負担は最小限に留まっている。
「私は、正直に言って貴女のことを可哀想だと思う。できれば……、私が軍人じゃなかったら、貴女を助けてあげたかった」
恵良が無線に向かって口を開いた。それを我那覇は、鈍痛が支配している頭を使いながら聞いている。
「でも……貴女がこうやって日本を壊そうとするなら……私は貴女を全力で止める。この機体で!」
血を吐くように言葉を発した恵良は、胸が酷く痛むのを感じていた。Gの影響ではない。先程弾き飛ばされた時に傷を負ったわけでもない。それでも彼女は目を開いて、前を見つめていた。
それを聞いた我那覇は、頭に血が上るのを感じていた。それを抑えることは、彼女にとって不可能であった。
「……アタシは、あんた達なんかに可哀想に思われたくない」
段々と我那覇の息が荒くなる。
「助けてあげたかった? ふざけないでよ! だったら、アタシのパパとママを助けてよ! あんた達の仲間がパパとママを殺したくせに……殺したくせにぃぃっ!」
もはや我那覇は、誰にも止められない闘牛と化した。白い機体を見てさらに激昂する。口の中に残された血が、唾液とともにコクピットに飛び散った。
我那覇が喚き散らすと、《ドリームキャッチャー》は再び空へと上がった。それにつられて、《バーニング・ボディ》も全てのブースタを吹かして追い始める。
ものの数秒で、二機は蒼空へと消えていった。