傷
礼人は《ネメシス》の中で、自身が真っ二つにした《ドリーミング》の残骸が落下していくのを、茫然とした様子で見ていることしかできなかった。《ネメシス》のビームソードから光の刃は消え去っており、それは戦闘の終了を意味していた。
コクピットを縦に両断されたので、《ドリーミング》の中の赤城は言うまでもなく蒸発して即死である。それに気付いた礼人の口角は上がり、引きつったような笑い声を出し始めた。
『礼人! 聞こえるか?』
漸く自由になった無線から雪次の声が聞こえてきた。それに気付いた礼人は真顔になり、無線に注目し始める。
「んだよ。大声出すな」
『残骸から高エネルギー反応。爆発するぞ、離れろ!』
礼人は再び落ちていく《ドリーミング》だったものを見つめ始めた。ジェネレータの辺りが光り始めており、レーダを確認しても行き場を失ったエネルギーが暴走しているのが分かる。
礼人は漸く危機を感じたのか、《ネメシス》のペダルを踏み込んで《陰陽・甲》に追随してその場を離れ始めた。ここまできて爆風に巻き込まれて死ぬ、ということになってはたまったものではない――彼は軋む身体に鞭を打って機体を加速させる。
二機の後方で、《ドリーミング》が轟音と爆風とともに弾け飛んだ。海面には大きな波が発生し、爆風と衝撃波は遠く離れた二機をも煽った。
礼人と雪次が煽られながらも機体の姿勢を崩さぬようにスラスタを吹かして姿勢を保とうとする。特に礼人の《ネメシス》は機体の一部が欠損しているので、余計に姿勢の確保には気を遣っている。血を吐きながら、彼は着水しないように必死になって操縦桿とペダルを微調整する。
漸く、暴風が治まった。海面はまだ荒れているが、《ネメシス》と《陰陽・甲》は何とかそれを無事に切り抜けることができた。雪次が大きくため息をつく。
礼人は切り抜けたことを確信すると、息も絶え絶えに《オーシャン》へと無線を繋いだ。同時に雪次も同じく繋ぎ始める。
「……聞こえるか、隊長。烏羽礼人。『ナンバーズ』の一機の討伐を完了した」
「星雪次。同じく『ナンバーズ』の一機を礼人と協同して討伐しました」
『……よくやった。お前たちが生きていて、本当に良かった。すぐに帰艦してくれ。……それと礼人、お前大丈夫か?』
無線越しにでも、雪音は礼人の異常に気が付いた。彼は湿った呼吸をしながら顔を顰める。
「俺は大丈夫だ。それよりも――」
しかし、言葉を続けようとしたところで礼人は激しく咳き込んだ。吐瀉された血が、彼の足元とモニタを汚す。
『礼人!?』
『礼人!』
雪次と雪音の叫び声が、同時に無線から聞こえてきた。それでも礼人は苦しそうに呼吸をしながら笑って見せた。
――肺の辺りが、滅茶苦茶痛え……。肋骨が肺に刺さってるのか?
鉄臭いものが再びせり上がってくるのを、彼は必死に堪える。
「……ちょっとアレを使いすぎたみてえだ。心配するなって。俺は生きて戻ってくる」
「お前……SW操縦が辛いなら、俺のSWに乗るか?」
「大丈夫だって……」
礼人と雪次が問答していると、雪音の無線が何やら騒がしくなってきた。
『礼人さん!』
金切り声のような悲痛な叫びが、無線から飛んできた。その声は、礼人にとって信じられない人物からであった。
「……舞香。お前、なんで管制室なんかに――」
『細かいことはどうでもいいっス! 苦しそうっスけど……生きて帰ってくるっスか?』
喉の奥から絞り出しているかのような、悲痛な言葉。礼人はそれに胸を打たれた。
「当たり前だろ? 俺は……生きてお前の所に戻ってくる。だから安心してろ」
先程の調子から一転して優しい雰囲気で、礼人は舞香に語り掛ける。
彼の言葉を聞いた舞香は少し押し黙った後、情けない声を出しながら号泣した。
その様子に、彼は半ば呆れながら笑みを浮かべてため息をつく。
――あいつを心配させちまうなんて……俺もまだまだ弱いな。
『すぐに医療施設に行けるように準備をする。この分だと、勇気と恵良も短時間で決着しそうだ。援護は必要ないかもしれない』
「……そうか。ありがとう。烏羽礼人、《ネメシス》、これより帰艦する」
「星雪次、《陰陽・甲》、帰艦します」
二人は雪音に帰艦することを告げると、無線を切った。
「さて……帰るか」
「ああ、お前の『女房』も待ってることだしな」
「……うるせえ。俺は一回病院送りになるんだよ。それと喋らすな。怪我してんだから」
二人は無線で他愛のない会話を交わしながら、SWを《オーシャン》に向けて発進させた。
《ドリーミング》の討伐が、完了した。
《ドリーミング》の大爆発に煽られたのは、礼人と雪次だけではなかった。
比較的近いところで戦闘をしていた、《バーニング・ボディ》を操る我那覇と《ドリームキャッチャー》を駆る恵良も、その惨状を目の当たりにして爆風に煽られていた。
恵良はそれを見て、安堵の笑みを浮かべていた。先輩たちが、『ナンバーズ』の一機を撃墜することができたのだから。それを見ると、彼女は俄然やる気を出した。
対して我那覇は、保護者のような存在だった赤城が目の前で消し飛んだことで、全身の力が抜けているかのように呆然とそれを見ていた。
「あ……あ……」
掠れた声を、たどたどしく出すばかり。次第に唇が震え始め、目からはとめどなく涙が零れてくる。
目の前に浮かぶものは、赤城が我那覇に見せた慈愛溢れる笑顔や彼女のことを心底心配する顔。初めて会った時に抱きしめられた時の温もりすら、錯覚してしまいそうであった。
ついに彼女は、狂ったように泣き叫び始めた。由利が死んだときとは比べ物にならない――由利も彼女にとっては大事な保護者のような存在であったが――ほどの憎悪が、彼女の胸を締め付け、痛めつけ始める。
心の奥底に、またしても『傷』がつく。彼女はその痛みを糧にして、赤城を倒した二機の方へと向かい始める。
「殺す、殺す……っ、殺す殺す殺すぅぅぅっ!」
我那覇は無線を恵良に繋げて、怨嗟の声を恵良に轟かせた。その物騒な雰囲気に、恵良は萎縮して一旦機体を後退させる。
恵良には、この戦いが始まってからずっと気になっていることがあった。
どうして当時子供だった彼女がこの『革命』に参加するのか。両親を国に殺されたと、どうして知ることができたのか――恵良は七海から話は聞いていたが、彼の話は半信半疑だと感じていた。しかし、今の状態では取り付く島もない。
恵良は、《ドリームキャッチャー》の武器である二対のビームソードを構えて飛び出した。暴れまわっている敵を黙らせるために、まずは武器を奪って無力化させようと彼女は追加ブースタも使って《バーニング・ボディ》の周りを周回し始めた。
それに気を取られた我那覇は、礼人と雪次の下へとたどり着くことができない。彼女は唸りながらまとわりつく羽虫を叩き落さんと大剣を片腕で勢いよく振り回す。
「邪魔だああっ!」
恵良はその言葉で、ターゲットが自身ではなく礼人と雪次に向かっているのだと気付いた。遠目からなので詳細な姿は見ることができないが、二機とも『ナンバーズ』との戦いの後なのでかなり消耗しているだろう――彼女は思案し、何が何でも敵をあの二機に近づけまいと攪乱し続ける。
身体が前後左右に振り回され、Gの影響もあってか頭がくらくらとして身体にも痛みを感じる。それでも彼女は時折刃を敵に向けながら、撤退をアシストしようとしていた。
――早く……逃げてください、礼人さん、雪次さん!
すると、恵良の思いが通じたのか、二機が撤退を始めた。とはいえ相手の機動力は討伐部隊のSWのそれとは段違いに高い。彼女はまだ油断ならないと思い、必死に叫びながら《バーニング・ボディ》に連撃を加え始める。
左から攻めたと思えば、攻撃を弾き返された反動で逆方向へと移動し――攻撃が通らないことは彼女の中では織り込み済みである――、さらに一撃を加える。
我那覇はその一撃一撃に、律儀に対応していた。激昂している彼女の頭でも、この一撃を食らったらたとえ自身のSWでも危険であることは理解していた。大剣で攻撃を受け止めたり、電磁シールドを展開して弾き返したり、兎に角相手を寄せ付けないことだけを考えて攻撃や防御を繰り出す。
恵良が再びレーダを確認する。二機の反応は、既にレーダから消えていた。
「良かった……」
それを見た彼女は、ほっと胸を撫で下ろして《バーニング・ボディ》に立ち塞がるようにして《ドリームキャッチャー》を海面すれすれまで下す。彼女は尋常ではない疲れと身体の痛みを覚えていたが、それくらいはおくびにも出していない。それでも額からは滝のように汗が流れ落ちてくるので、鬱陶しいそれをヘルメットを一旦脱いで隊服の袖で拭った。
我那覇は息を荒げて、目の前にいる白く女性的なフォルムをしたSWを睨みつけた。結局、赤城の敵を取り逃がしてしまった彼女は悔しさのあまり、獣のように唸りながら、底が抜けるのではないかと思われるほどの力で地団太を踏んだ。
無線から哀し気な嗚咽が聞こえてくる。恵良はそれが敵のものであると知りながらも、歳端もいかない少女の声ではあるので、心臓の辺りが締め付けられるような痛みを感じていた。
――今なら、落ち着いている。
恵良は一回深呼吸をした後、ヘルメットをかぶり直した。そして無線に向かって声をかける。
「ねえ……。貴女が悲しい思いをしたのは七海空哉っていう人から聞いた。国に大切な人を殺されたって気持ちも、分かる気がする。でもね……」
恵良は一呼吸置き、微動だにせず武器を握りながらその場でホバリングしている敵SWをモニタ越しに見つめる。
「今貴女がやっているのは悪いことなの。だから……私たちはあなた達を力ずくでも止めるためにここにいる」
恵良だけが、話し続ける。
「どうして、悪いことだと解っていて『ナンバーズ』に参加するの? 貴女は、そんなに傷ついているの?」
恵良は我那覇を憐れむような声で無線に語りかけた。どうして一二歳の少女が、このようなことに巻き込まれてしまったのか、恵良の胸の痛みは段々と強まっていく。
恵良が問うた後は、ブースタの噴射炎があげる重低音のみが彼女の耳に入ってくるばかりであった。答えは返ってこないのか――彼女は操縦桿を握り直し、再び敵を睨みつける。
『……あんたには、分からないよ』
不意に我那覇の掠れた声が聞こえ、恵良の心拍数が俄かに上昇する。
『パパとママを殺された気持ちなんて……、あんたには分かるわけない!』
吐き捨てるように答えたかと思うと、無線から再び嗚咽が聞こえ始めた。恵良はそれを聞いて唇を真一文字に結んだ。
我那覇は嗚咽を漏らし、白い機体のパイロットが自身の『傷』を抉ったことを呪いながら、その傷跡をなぞろうとしていた。瞳からはとめどなく涙が流れ、視界が歪んでまともに前を見ることができていない。
「ああ……アタシの、パパと、ママは――」
――六年前。
我那覇一家があの『事故』に巻き込まれる前、彼らは一緒に買い物をしてその帰りに車を走らせていた。運転しているのは父の幸男で、当時まだ六歳だった彼女――我那覇青河――は母の真理奈とともに後部座席に座っており、三人で談笑していた。
一軒家である家に着いたのは日が暮れようとした頃であった。父は車を近くの歩道に停めた後、一杯に膨れ上がった買い物袋を持って車を出た。母も同じように、車を出る。
「どうしてあっちに停めないの?」
いつも車を停めているスペースに車を停めなかったので、彼女は不思議に思って父に問うた。
「この買い物袋をしまったら、すぐに車に戻ってくる。そしたら皆でどこか食べに行こう」
「本当? やったぁ!」
彼女は嬉しくなって両手を挙げて喜んだ。その様子を、両親が見て微笑む。
「荷物降ろしたらすぐ戻ってくるから、青河はここで待っててね」
「はあい!」
彼女は母の言われたとおりに車の中で待つことにした。何を食べに行こうかと、彼女は家へ向かっていく両親を見つめながら考えていた。
しかし、その考えは刹那で『吹き飛んだ』。
父がドアを開けた直後、周囲を薙ぎ倒さんばかりの轟音が辺りに響いて玄関が爆発した。爆発は瞬く間に家の中すべてに広がり、ガラスをまき散らして炎を噴いた。ドアや窓枠、中にあった家具の破片らしきものも一斉に吹き飛び、瞬時に立派な一戸建てを廃墟に仕立て上げてしまった。
彼女は反射的に耳を塞ぎ、車のシートに伏せていた。車内にいても、ビリビリとした感触が彼女を揺らす。固く閉ざした瞼からは涙が滲んでいる。
騒ぎが治まると、彼女は恐る恐る外を覗き込んだ。
彼女の目に入った光景は、信じられないような地獄絵図であった。今までの風景が全て消えており、彼女にとって頭が混乱するのも無理はなかった。
すぐに車のドアを開け放ち、動転した表情で玄関だったところへと駆け寄る。パパ、ママ、と叫び、瓦礫でしっちゃかめっちゃかになっているところへと走った。
そして玄関で立ち止まると、彼女は絶望して脱力し、膝をついた。
未だに火が燻っている瓦礫からはみ出ていたのは、焼け焦げた父の脚と母らしき人の腕だった。ピクリとも動かず、もはや周りの一部となっている。
彼女はまだ子供だからか、一瞬で起きた出来事だったからか、両親が死んだことを理解することができなかった。目を見開き口を茫然と開けて言葉を失ったまま、瓦礫の下敷きになっている父と母の一部を引っ張る。それでも答えてくれるはずもなく、近くで外壁が崩れる音と救急車や警察車両のサイレンのみが響く。
「あ……パパ……ママ……ああぁ――」
彼女の目から、涙が溢れ始めた。顔をくしゃくしゃにし、両親の残骸を両手で握ったまま離さない。
その一瞬後、彼女は狂ったようにその場で泣き叫んだ。パパ、ママ、と何度も何度も叫びながら、瓦礫に涙と鼻水を垂らす。
一瞬で彼女にとっての全てが奪われ、彼女の前から消え去ってしまった。泣くことしかできず、もはや瓦礫を避けて助けようという意思も砕かれていた。
数十分後、警察と救急車が到着して彼女は保護された。その時も暴れに暴れて、落ち着いたのは病院の一室で泣き疲れて眠った後であった。
入院して数日が経った。
その間彼女は殆ど何も食べず、風呂にも碌に入らず、廃人同然の風貌で茫然自失としてベッドに寝込んでいた。ただ、うわ言のように「パパ、ママ」と呟くだけで、瞳から生気は感じ取れず唇も渇ききっており、今にも衰弱死してしまいそうになっていた。
その日も彼女は運ばれてきた病院食に一口も手を付けず、ただ寝転んでブツブツと呟いていた。死んだ魚のような目で、ぼうっと天井を見つめている。
しかし、その日彼女に突然の来客が現れた。
彼女の病室のドアが突然開かれる。これには流石に反応し、ドアのほうを見つめ始めた。
そこには、季節外れの黒いロングコートを着た見知らぬ男が一人立っていた。縁なしの眼鏡をかけ、端正な顔は微笑みを湛えている。彼女がその男を見るや否や、男は微笑みを崩さずに此方へと歩み寄った。
彼女のベッドのすぐそばまで来た男は片膝立ちになり、彼女と同じ目線になった。そして目を細める。
「こんにちは。我那覇青河ちゃん」
彼女は何も答えなかった。見知らぬ男への警戒心と言うわけではなく、単に言葉を返す気力も残っていなかっただけである。
「僕の名前は、七海空哉」
男が七海と名乗り始めた。それでも彼女には反応する元気がないので、ずっと黙ったままであった。
すると、七海の顔から笑みが消えた。途端に沈鬱とした表情になる。
「君のお父さんとお母さんが亡くなったことは聞いている。本当に、残念だ」
その言葉が引鉄となり、彼女の目が見開かれた。口元も震え始め、生気が戻り始める。
「あ……うあぁ……ああ――」
大粒の涙が、両の目から落ちる。彼女はまた発狂しそうになっていた。
すると、七海が彼女の口を塞いだ。彼女は酷く驚いてくぐもった呻き声を上げる。
「しっ、騒いじゃだめだ」
訳も分からず七海の方を見る。彼は先程の葬式のような雰囲気から、明らかに異なったものを抱えていた。彼女は思わず黙ってしまった。
「君に、伝えたいことがある」
彼女の口元から塞いでいた手を離し、七海は言った。
「君のお父さんとお母さんを殺した奴らに、罰を与えよう」
彼女は呆然として七海を見つめた。
「……殺した、奴ら? 罰?」
「ああ。君のお父さんとお母さんは、人に殺されたんだ。僕はそいつらを知っている」
信じられないという風に見つめる彼女。本気だと目で訴えかける七海。両者はしばし沈黙した。
暫くして、彼女にある一つの考えが浮かんだ――本当なら罰を与えたい、パパとママを殺した奴らを、同じ目に遭わせたい。彼女は七海の言ったことを信じようとしていた。
彼女は、ベッドから上半身を起こした。暫くまともに動かしていなかったので身体の節々が痛むが、彼女は顔を顰めながら身体を七海の方へと向けた。
「罰を……与えたい。パパとママの……仕返しをしたい!」
彼女は決意した――子供ながらの軽はずみな決意ではあるが――。それを聞くと、七海は満面の笑みを浮かべた。
「決まりだね。それじゃ、行こうか」
「行く? どこに?」
彼女は首をかしげたが、七海は笑みを崩さなかった。
「僕について来て」
数十分後、病室はもぬけの殻になっていた。看護師がそれを発見したが、ついに彼女は発見されなかった。
数時間後、彼女は巨大な軍用の航空艦の中にいた。様々な未知の光景に戸惑いながらも、その管制室まで七海に誘導された。
長い廊下を歩き、久々の運動で疲れ果てた彼女はドアの前で息を切らして壁に手をついていた。その様子を七海は微笑まし気に見ていた。
「僕の仲間を紹介しよう。さあ、入って」
そう言って、七海はドアのセンサに触った。
ドアが開かれると、そこには二人の男女が立っていた。どちらも、驚いた様子で彼女を見つめている。七海と彼女は、管制室に入った。
「まずは自己紹介だ。僕の名前は七海空哉。リーダーだ」
「リーダー……」
彼女は頷いた。続いて、彼女から見て右に立っている強面の男が話し始める。
「由利浅葱だ。よろしく」
由利と名乗った男は、彼女の前で屈むと、優しく頭を撫でた。照れくさそうに笑みも浮かべている。
由利が下がると、今度は彼女から見て左に立っている女性が近づいてきた。
「私は、赤城七葉っていうの。よろしくね」
そう言って、赤城と名乗った女性は彼女を抱きしめた。久方ぶりの人肌の温もりが、彼女を包み込む。
「辛かったでしょう……。でも大丈夫。私はあなたのお母さんじゃないけど、本物のお母さんみたいにたっぷり甘えていいからね」
赤城に優しく包み込まれた彼女は暫く呆然としていたものの、その後嗚咽を漏らして涙を流し始めた。赤城の腰に腕を回し、きつく抱きしめる。赤城は背中を擦りながら、抱擁し続けた。
漸く彼女が落ち着くと、七海が由利、赤城、そして我那覇の前に立ち何かを言いたげに此方を見ていた。表情は至って真面目で、我那覇の姿勢が自然とよくなる。
「漸くメンバーが揃ったね。これから、青河ちゃんの家族を殺した人を抹殺する、ってことも僕たちの目標に入った」
すると、七海の口角が上がった。
「僕たちを陥れた人間と、青河ちゃんの敵は共通している。今の日本政府と『白金重工業』だ」
赤城と由利が大きく頷く。我那覇は、訳も分からず両隣の二人を交互に見つめるばかりである。
「今は力をつける時だ。でも、時は来る。その時は、盛大に『革命』を実行しようじゃないか!」
三人が頷く。今度は我那覇も、周りに合わせて頷いた。
これで、パパとママの仕返しができる――彼女の胸は躍っていた。
心についた傷は修復できないが、それが彼女の力となり始めていた――
『傷』を一通りなぞり終えた我那覇は、先程は見せなかった憎しみに満ちた表情で《ドリームキャッチャー》を睨みつけた。涙は、既に枯れ果ててしまったかのように止まっている。彼女の感情に呼応したのか、《バーニング・ボディ》が前傾姿勢となり大剣を《ドリームキャッチャー》に向けて構える。
「アタシは……殺すんだ……敵を……ここで……」
呪詛のように我那覇が呟くと、ブースタからより一層激しい音が聞こえ始めた。
《バーニング・ボディ》が、弾丸のように飛び出す。大剣の刃は《ドリームキャッチャー》の頭部を捉えていた。この一撃は二本のビームソードによって簡単にいなされるが、我那覇は雄たけびを上げながら剣戟を繰り出す。
――まずはこいつを殺す! 他の奴は後からだ!
我那覇の身体は、狂気に支配されていた。《バーニング・ボディ》もそれを受信しているかのように、狂ったように動き始めた。




