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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
終わりの始まり
62/72

黒い太陽

 礼人・賢・雪次の三人が『ナンバーズ』の由利・赤城と死闘を繰り広げている頃、そこから離れた場所では恵良と我那覇が目にも留まらぬ速さで剣戟をぶつけあっていた。

 二機の戦いは拮抗していた。《ドリームキャッチャー》が機動力を活かして回り込み相手のブースタめがけて二本のビームソードを振り下ろしたかと思えば、相手の電磁シールドに阻まれる。《バーニング・ボディ》も機体の全長ほどある大剣を振り回して応戦するが、それらの一撃は悉く恵良に躱されている。

 すると、互いの攻撃の躱し合いが終わったと思うと二機の武器がぶつかり合った。実体の剣と粒子でできた剣で、火花を散らしてつばぜり合いが行われる。コクピットの中の二人が呻きながら互いの一撃を押し通そうとする。

「……アタシの方が……強いっ!」

 我那覇が叫ぶと、《バーニング・ボディ》が《ドリームキャッチャー》を突き飛ばした。破裂音とともに、白い機体が体勢を崩す。恵良は短い悲鳴を上げながらもスラスタを調整して機体を遠くに逃がそうとするが、我那覇は当然逃がそうとしない。

「死ねぇっ! パパとママの、かたきぃっ!」

 《バーニング・ボディ》が、片手で持っていた大剣を両手に持ち替えて突進する。熱せられた空気がまるで爆風のように吹きだされて、燃えるような赤い機体を推進させる。

 《バーニング・ボディ》が、《ドリームキャッチャー》の頭上に大剣を振り下ろした。

 決まった――我那覇が黒い笑みを浮かべる。

「私は……まだ、死ねない!」

 恵良の絶叫。

 そして操縦桿を折れんばかりに動かし、そこに取り付けられたボタンを押した。


 そして次の瞬間、恵良の目の前がフラッシュしたかと思うと、《バーニング・ボディ》が押し返されていた。恵良の無線から、我那覇の悲鳴が漏れる。

 《ドリームキャッチャー》は、両腕のリング状の装置から電磁シールドを放出していた。前面に突き出された拳――ビームソードをウェポンベイにマウントするのが間に合わなかったのか、そのまま握られている――は、相手に拒絶の意思を示しているかのようである。


 恵良は荒い息をつきながら、体勢を立て直している敵機を凝視している。電磁シールドを解除し、もう一度ビームソードを構え直す。

 追加ブースタを発動、そのままロケットのように《バーニング・ボディ》に突っ込む。空気を切り裂き、ちょうど大剣を構え直した敵へと正面から向かっていく。

 そのスピードに、我那覇は子供、しかも軍人ではないというのに順応していた。突っ込んできた《ドリームキャッチャー》の剣戟を大剣で軽くいなすと、左に回り込んだそれにも対応して方向転換、狂ったように大剣を片手で振り回して飛び回る白い機体を叫びながら追い払う。

 恵良はその様相に、恐怖に近い感情を覚えていた。日本への憎しみの深さと強さをまざまざと見せつけられているようで、身を引きそうになる。しかし彼女は歯を食いしばり、ペダルを我武者羅に踏み込み始めた。

「私は負けない。皆と一緒に……帰るんだ!」



 光が迸る。

 《ネメシス》の左上肢が蒸発したようにごっそりと無くなっており、手首から先の部分も《マンスローター》のアンテナ状の頭部から力なく滑り落ちた。

「ぐっ……」

 礼人が呻いて、何とかその場を離れようとする。それでも敵は容赦せず、《ドリーミング》の刃が彼を呑みこもうと唸りを上げ始める。

 その状況で、賢と雪次は顔面蒼白になって止めようと必死になり始めた。《ブラック・サン》のスナイパーライフルが、《ドリーミング》の右腕の武器に照準を合わせる。この状況で敵機の撃墜は考えず、まずは味方を助けようという算段である。

 引鉄が引かれた。

 至近距離での発射。シールドを張る余裕はない。


 《ドリーミング》には。


 盾のように《マンスローター》が立ち塞がり、今までで最大の規模のシールドを二機の前に張った。賢が放った渾身の一撃は呆気なく撃ち消され、彼を絶望させた。

 しかし雪次はそこで回り込み、《ドリーミング》に狙いを絞り始めた。《マンスローター》はシールドを発生させているためその場を動くことができず攻撃もできない。できることと言えば、後面にもシールドを張ることだけである。

 《ドリーミング》が、右腕を振り上げた。空気中で放電しているような音とブースタが唸る音が混ざり合い、処刑のカウントダウンを告げる。

 動きたい。だが動けない。

 身体がいうことをきかない――。

「くそがぁぁぁっ!」

 礼人が腹の底から叫ぶと、彼のモニタに光が降り注ぎ始めた。


「終わらせない!」


 雪次が叫んで、《ドリーミング》が放出している光の塊を二本のビームソードで受け止めた。その事態に由利と赤城だけではなく、間一髪で助かった礼人ですら驚きの表情を見せている。

「来るぞ、赤城!」

「分かってる!」

 赤城は武器のスイッチを慌てて切り、急きょシールドを展開、《陰陽・甲》の連撃を弾き返した。雪次が吹き飛ばされている間に、礼人はその場を離脱することができた。

 息を荒げながら、目の前にいる薄黄色の死神を見つめる雪次と礼人。彼らの息は既に上がっており、汗が玉のように流れている。

 すると、礼人が激しく咳き込み始めた。フルフェイスのヘルメットのバイザーを、吐瀉された血が汚す――《ネメシス》の機動に身体が悲鳴を上げ、Gによって呼吸器がやられ始めているためである。

『そろそろ限界のようね』

 冷淡な口調で、礼人の無線に赤城の声が飛んできた。血で汚れたヘルメットを脱ぎ捨てた礼人は目の前の敵を睨みつけ、歯を音が鳴るほど噛み締める。

「まだだ……、まだ終わっちゃいねえ」

『貴方のその執念はどこから来るの?』

 赤城から問いが飛んできたが、礼人はそれに答えない。答えの代わりなのか、《ネメシス》は残っている右腕で銃器を構えた。同時に《陰陽・甲》も再び武器を構えて赤城を威圧する。

 賢はその時に、その場にいる由利を牽制していた。ビームマシンガンをいつでも放てるように、《マンスローター》のコクピットに銃口を突き付けている。

対して由利は右腕を突き出して電磁シールドを張り、左腕は武器を展開――円錐状の武器が『開いて』いる――し、礼人と雪次に向けられている。


 しかし、それが甘かった。


「俺たち討伐部隊を、舐めてもらっては困る」

 雪次の《陰陽・甲》は、敵はおろか味方にも目で追うことができないような速さで、《マンスローター》の左前腕部を武器ごと切断した。呆気にとられている由利を尻目に、雪次はもう一撃を狙い二本のビームソードをコクピットに向かって突き立てようとする。

「危ない!」

 しかし、それは《ドリーミング》が許さなかった。両腕の菱形状の武器を起動させ、二対の光の刃が直接《陰陽・甲》を呑みこもうと襲い掛かる。幸いにも雪次はすぐさま方向転換してそれらを受け止めるが、《マンスローター》はその場を離脱した。

『……強いのね』

「褒め言葉と受け取っておこう」

 苦し気な顔をして《ドリーミング》の一撃を受け止めている。結局、《マンスローター》の左前腕部は爆発を起こさずに海中へと没していった。

 そこを、《ネメシス》が襲い掛かった。

「もらったぁ!」

 文字通り血反吐を吐きながら、礼人が銃器を《ドリーミング》につきつける。武器を展開している間のシールドを出すことができないタイミングを狙っていた彼は絶好のチャンスとばかりに引鉄を引き、《ドリーミング》の上半身も穴だらけにしようと試みた。

 しかし、そこは赤城が往生際の悪さを見せた。すぐに雪次を吹き飛ばしたかと思うと、シールドを全面に張り、それらを全て無効化した。礼人は苦しそうに呻きながら銃器をウェポンベイにマウント、そのまま何もできずに《ドリーミング》と向かい合う。相手は警戒しているのか、ずっとシールドを張り続けている。

「……機体の性能だけは、いいようだな」

『ごめんなさいね。私たちは軍人じゃないの。元々はエンジニア。だから、機体の性能で勝負するしかないのね。機体の性能を上げること、それが私たちの技術だから』

「……何言ってんだ」

 お前らも操縦の腕はいい癖に――言いかけて、言葉を呑みこむ、否、出すこともままならない。

 言葉を発するだけで激痛が体中を走り出す。礼人は顔を顰めながら胸を抑えた。

 これ以上重力粒子発生装置を使えば、身体がどうなるのか分かったものではない。しかし、相手との性能差を打破するためにはこの装置の使用が必須だ――礼人はそう考えており、それを乱発して今の状態になっていると自覚もしている。

 しかし。

――迷ってなんからんねえ……。

 礼人はペダルを強く踏み込み、もはや半壊の《ネメシス》を再び作動させた。



 賢の《ブラック・サン》は、左腕の武器を失って一旦離脱しようとしている《マンスローター》を追って、礼人や雪次とは少し離れた場所で戦闘を行っていた。

 相手は動揺している――賢は相手の機体の挙動から察した。今まで傷一つ付けることができなかった相手の最新鋭のSWに、いきなり目にも留まらぬ速さで斬りつけられたのだから――対照的に賢は落ち着いてビームマシンガンを敵に向かって構え始める。

『正直、お前たちのことは十分に警戒していたつもりだったんだがな……。俺たちの想像を超えていた』

「褒め言葉ですか? ありがとうございます」

 賢はほくそ笑みながら敵を睨みつける。声色から察しても、相手は動揺していると彼は感じていた。

 すると、《マンスローター》が残りの武器を《ブラック・サン》に突き付けた。先端は既に青く揺らめいており、賢はそれを見てすぐに機体を垂直方向に飛ばして攻撃を躱そうする。

 彼の読み通り、《マンスローター》の武器から青色のレーザー光線が放出された。天を衝くような一撃に決して当たらぬように相手の攻撃を潜り抜け、《ブラック・サン》もまた構えていたマシンガンの引鉄を引く。

 マシンガンのビーム弾が襲い掛かり始めた途端、相手の攻撃が止む。そして《マンスローター》はすぐさま賢の視界から消えてしまった。彼はそれに気づくとすぐにマシンガンをマウントした。

「後退した、か」

 賢は《ブラック・サン》のレーダを確認して呟いた。敵の反応が徐々に遠ざかっているのが確認できる。

 《マンスローター》は、礼人や雪次の所とは逆方向に向かっている。そこから二人へ狙撃をするのだろうか、それとも自身を狙っているのか――賢は考えを巡らせながら敵がいる方向へとスナイパーライフルを向けた。

 しかし、賢が目の前をスコープで覗いても漆黒の敵機の姿は確認できなかった。ここにいないということは――彼は推測した。

「上空、か」

 空に逃げたと賢は推測すると、《ブラック・サン》はブースタを垂直方向に噴射し、そのまま機体の高度を上昇させた。その間にもレーダを注視して、敵からの攻撃が来ないように気を付けながらスナイパーライフルを構え続ける。

 そして、賢はあることに気付いた。

 敵の無線から、何も聞こえないのだ。耳をすましても、機械のノイズすら聞こえない。

 敵は狙撃に集中するつもりか――狙撃特化機体に搭乗した経験から、賢は容易に推測することができた。彼もまた全神経を索敵に集中させ、《ブラック・サン》を慎重に駆動させる。

 相手の熱をレーダで探索し、もし発見することができたらその場所へ即刻スナイパーライフルを放つ。防御されても、相手の狙撃の腕は止まる。賢の額から汗が流れ落ちた。

 すると、《ブラック・サン》のレーダに強大な熱反応が現れた。それは此方には向かってこず、もう一方の敵の反応でもない。

――奴が、狙撃の準備を……?

 賢は瞬時に判断し、熱反応の方へとスナイパーライフルを向ける。スコープを覗き、引鉄に指を掛けた。

「今しかない……!」

 引鉄が引かれた。


 しかし、引鉄を引くのはほんの僅かだが遅かった。



 《マンスローター》の左腕の武器の先端が青白く光る。それと同時に、由利が不気味な笑みを浮かべた。

 彼が見ている光景には、《ドリーミング》と近接戦闘を繰り広げている《ネメシス》の姿があった。今この機体は目の前の目標に集中している。ピンピンしている銀色の機体よりも半壊している黄緑色の機体の方が殺すのが手っ取り早い。彼はそう考えて、コーン状の武器の先端を《ネメシス》がいる方へと向けている。

 明かりに突っ込んでいく羽虫のようにせわしなく動く《ネメシス》。それのバックパックを貫かんと、由利は慎重に狙いを定めている。

 すると、二機が睨みあっているかのように静止した。そこがチャンスだとばかりに、狙いを絞った。

「……終わりだ」


 チャージされた光線が、一直線に目標へと解き放たれた。


 しかしその直後、耳を劈くほどの衝突音とともに由利を激しい揺れが襲った。

 悲鳴を上げて機体を制御する彼の耳を、左腕が吹き飛んだことを告げるアラームがけたたましく刺激する。

――やられたか!

 左腕を完全に消失してしまったが、《マンスローター》はまだ武器を残している。それでも由利は一旦狙撃の姿勢を解き、前面にドーム状の電磁シールドを張って敵の警戒を強めた。更に彼は損傷部位をモニタに映しだすと、左肩部のコブ状の突起が損傷していないことを確認し、再び相手の狙撃に備えて電磁シールドの方へと目を向ける。

 すると案の定、もう一発のビーム弾が彼の下へと飛んできた。それは容易に電磁シールドで弾き、由利は息をついた。

 そこに、頭部が少し抉れている《ブラック・サン》が突進してきた。既にスナイパーライフルは収納されており、その手にはマシンガンが握られている。それを確認した由利は再び無線を賢に繋いだ――彼が押し黙っているだけでブツリと音がして、無線が繋がった。

「少し遅かったようだな」

『……当たりましたか』

 勝ち誇っているようなセリフだが、それを吐いた由利の表情は苦々しい。

「お前も、狙撃の腕はいいな」

 率直な感想であるが、賢からの返事はない。代わりに、《マンスローター》にマシンガンの銃口が向けられた。そのお返しとばかりに、由利も武器を展開して砲口を突き付けた。


 引鉄にかけられた指が動く。

 それと同時に、熱が《マンスローター》の武器の砲口に集中した。


 賢は相手の砲口が光ったのを見計らって操縦桿とペダルを巧みに動かし、相手の攻撃を避けることができるように左方向にブースタを吹かす。彼の読み通り、《マンスローター》の砲口が青白く光ったかと思うと青色のビーム弾が飛んできた。

 対して、《ブラック・サン》の指は動いていない――彼は由利にフェイントをかけて、相手の攻撃を誘った。

 攻撃中に相手はシールドを張ることができない――先程の《ドリーミング》のケースは例外であるが――と彼は学習しているので、そのタイミングを見計らってマシンガンの引鉄を引く。《マンスローター》が丁度ビーム弾を発射した瞬間、賢は敵の右腕に照準を絞った。

 フェイントをかけられたことは、そうされた本人が一番解っていた。由利は苦虫を噛み潰したような顔で逃げた《ブラック・サン》を目で追うと、すぐさま方向転換しようとスラスタを調整して敵の真正面に立つように移動しようとする。

「もらった!」

 いつもの賢らしからぬ威勢のいい声で叫ぶと、マシンガンが何百もの白色のビーム弾を連射した。

 しかしそこは《マンスローター》の機動力が勝った。撃たれる前に何とか方向転換に成功し、垂直方向に吹き飛ぶように移動した《マンスローター》は、脚部を撃ち抜かれたものの致命傷を避けることには成功した。ビーム弾が、右脚を吹き飛ばす。

 賢は顔を顰めながら、頭上の敵を睨みつける。《マンスローター》は未だに武器を構えるのを止めない。いつ襲ってくるかも分からない攻撃のために、賢は敵に向かってマシンガンを構えるが、相手はそのまま上昇し続けて彼の近接射撃から逃れようとしている。

 また逃げられて仲間を狙撃されてはまずい――賢は唇を真一文字に引き伸ばし、マシンガンをウェポンベイに収納、そしてスナイパーライフルを取り出してスコープを覗こうとした。

 そこを《マンスローター》は攻撃してきた。賢の一瞬の隙を突き、《ブラック・サン》のコクピットめがけて青白いビーム弾が射出される。隕石のように降り注ぐそれらを、賢は当たらないようにスナイパーライフルを構えながら左右に避け続ける。由利は機体の左腕と右脚が欠損しているのにも拘らず、高機動のそれを難なく振り回して賢に向かって的確に射撃をしている。

「中々、当たらんな……!」

「簡単に当たってたまるもんですか……っ!」

 賢が苦し気に言葉を吐くと、《マンスローター》の嵐のような攻撃が止んだ。それを見計らい、賢は目標を見失わないように《ブラック・サン》を《マンスローター》に向かって加速させた。スナイパーライフルをいつでも撃てるように、構えたまま敵を追う。

 その直後、《マンスローター》の武器が『閉じた』。またあのレーザーか――賢は警戒を強め、ロックをずらすために機体を左右に揺らし始めた。

 しかし、手は相手のほうが速かった。

 一本の糸のようなレーザー光線が、武器の先端から撃たれた。由利はコクピットを狙っていたが、そこには当たらなかった。

 それでも、外れたと思われたレーザー光線は《ブラック・サン》の武器――収納していたビームマシンガンを貫いていた。

 腰部に取り付けられたそれはレーザーに貫かれると赤熱し、爆発を起こした。


 賢が悲鳴を上げてコクピットの中で激しく揺らされる。コクピットの中に、機体の破片と思しき金属片が侵入し始めた。細かい破片が賢の脚に突き刺さり、激痛と流血を引き起こす。

 マシンガンを収納していた左腰部は大きく抉れ、どす黒い煙を吹いている。幸いバックパックとその中に入っているバッテリ、ブースタは全壊を免れたが、そのまま《ブラック・サン》は墜落を始めた。


 賢はぼやける視界で必死に敵を探り始めた。すぐにブースタを吹かそうとするが、先程の爆発で垂直上昇用のブースタの機能がダウン、それ以上敵を追うことができなくなった。全てのブースタがいかれてはいないのが彼にとって幸いなことであった。

 スコープを覗く。《マンスローター》はまだ武器を此方に向けて構えていた。二発目が必ず来る――賢は額から流れる血を気にせず、全神経を狙撃に集中させる。

――まずは……相手の姿勢を崩す。

 賢は、《マンスローター》の肩部にある不気味なコブ状の物体に注目した。何か意味があるに違いないと考えた彼は、まず其方に銃口を向けた。

 敵の武器の先端が、再び淡く光り始めた。相手の攻撃は間もなく行われるだろう、と賢は予測し、アラームがけたたましく鳴る中でスナイパーライフルのスコープを覗き続ける。目標は一つ――右肩部のコブ状の突起物。そこを破壊して何もなければ自分の負け、何かあれば次の手を考える。

「……そこだ!」


 二機が、同時に射撃した。


 命中したのは、《ブラック・サン》のビーム弾だった。


 《マンスローター》の放った一撃は、《ブラック・サン》の左腕部の装甲を掠り、空しく海水を軽く蒸発させただけであった。

「何――っ!?」

 由利が絶望しきった顔で、損傷した箇所を確認した。右肩部のコブ状の突起物――重力粒子の発生装置に、銑鉄が通ったような白く光る穴が空いている。

 《マンスローター》の右腕から盛大な爆発が起こった。衝撃波にも似た爆発音が、大空を駆け抜ける。

 爆風が機体全体を包み込み、アンテナ状の頭部と右半身の装甲を殆ど吹き飛ばした。コクピットの中の由利も熱と破片にもだえ苦しむ。

 それは海面すれすれで踏みとどまった賢からもしっかりと確認できるほどの規模であり、彼すらも唖然とした表情しかできなかった。

 しかし、賢は見とれるのをすぐに中断し、再び相手にスナイパーライフルを向ける。これで相手の姿勢を崩し武器を潰すことができたので、彼には微笑みが現れていた。

「これで、本当に終わらせます!」


 スナイパーライフルの引鉄が引かれた。




 墜落していく《マンスローター》。その中には、意識を朦朧とさせている由利の姿があった。頭から血を流し、顔の右半分の皮膚は爛れ、既に戦う気力は残っていない。サブカメラには切り替えたが、武装が全て無くなってしまったので戦闘の継続は不可能であった。

「……これで、俺も、終わり、か」

 ぽつぽつと、掠れた声で独り言ちる。急速に落下していく鉄の塊の中で、彼は人生の終焉を待つのみである。

 すると、未だに生きていたレーダが相手の熱を知らせた。それを見て、由利はゆっくりと目を閉じる。

――赤城、我那覇、七海チーフ……、後は、頼んだ。

 彼は残りの仲間に、ひっそりと思いを託した。



 《マンスローター》のコクピットが、ビーム弾に貫かれた。





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