開戦と分断
《バーニング・ボディ》が放った一撃で、戦の火ぶたが切って落とされた。敵味方問わず、一斉に散開したのがその証拠である。
それを操っている我那覇はすぐ近くに見えていた恵良の《ドリームキャッチャー》にターゲットを絞り始める。機体の全長ほどある大剣を片腕のみで振り回し、怒りに任せた攻撃を敵に見舞おうとするが、それ故に幾分か落ち着きを見せている恵良には躱されてばかりである。
その我那覇を狙っている機体があった。
賢が搭乗している《ブラック・サン》が近接防御用のマシンガンを構えて、銃口を《バーニング・ボディ》に向けている。
散開直後から、目の前の相手――最初に向かい合った《マンスローター》――に集中すると同時に隙を見せていそうな相手を探しており、先に隙を見せた真っ赤な機体を狙ったのだ。千載一遇のチャンスに、彼は操縦桿のボタンを押して機体がグリップしているマシンガンの引鉄を引いた。
銃口から、白い針状の光が瞬く間に射出された。それらは束になって敵に向かっていく。専用のスナイパーライフルのために強化された腕部によって、マシンガン程度の反動ではびくともせずに、光の弾は固まって敵を襲っている。
しかし、相手はそれに気付いたのかすぐに目の前に半球状の電磁シールドを張り巡らせた。空気中で放電しているかのような鋭い音とともに、放たれた無数の光弾が弾かれかき消されていく。それをみた賢は少し顔を顰めるが、《ドリームキャッチャー》に向けて構えていた大剣が背部の専用ウェポンベイに収納されているのを見て、すぐに元の冷静な表情に戻った。時間稼ぎはできただろう――彼は体勢を立て直している《ドリームキャッチャー》をチラリと見てそう考えた。
それでも、賢にはまた一難が降りかかろうとしていた。
漆黒の機体――《マンスローター》が、その武器を《ブラック・サン》に向けて構えていた。右腕に装着されている円錐状の物体が展開されて、その中からビーム砲らしきものが顔を出している。
『よそ見をするとは、随分と余裕だな』
無線越しに先程の壮年の男性の声が聞こえたかと思うと、銃口が光り、青い光線が放たれた。幸い賢はそれに気付いていたので、間一髪でそれを避けることができた。
それでも、彼はこの尋常ではない熱量に戦慄していた。《ブラック・サン》のスナイパーライフルや《陰陽・甲》のビームソード二本の合計の出力よりも明らかに高い――彼は未だにレーダに軌跡として残っている光線の熱反応を見て感じていた。
しかし、賢にはそれでも収穫があった。彼が対峙している黒い機体のパイロットが、彼の機体に無線を繋げていることに気付くことができたからである。相手が判っている方が明らかに戦いやすい。彼は少しだけ口角を上げる。
「……すみません。誰と繋がっているか分からなかったもので、ちょっと探りを入れていました。そのおかげで、僕に繋がっているのは貴方が乗っている黒い機体だと分かりました。ありがとうございます」
「……敵に礼を言うか」
由利は賢に向かって、半ば呆れているかのように笑いながら無線越しに会話をし始めた。
「それと、これは僕の推測なのですが――」
賢はさらに話を続ける。
「見たところ、貴方たちのSWの色は無人機の時と全く同じですよね? 貴方が、『5』を動かしていたんですか?」
『……知って何になる?』
「……知ってどうするわけではありませんが、ね」
すると、《マンスローター》に向かって《陰陽・甲》が矢のように突進してきた。二本のビームソードを構えて、相手の懐に潜り込まんと狙いを絞っている。
それに気が付いた由利は電磁シールドを半球状に展開――攻撃はできないが、念のために銃口は《ブラック・サン》に向けたままにしている――、分厚いそれに阻まれた《陰陽・甲》の一撃は、紙を引き裂いたような甲高い音がしたかと思うと消え去った。
じりじりと後退する《陰陽・甲》。その背後から、不気味な光の塊が落下しようとしている。
薄い黄色の機体――《ドリーミング》が、両腕の武器を展開して雪次に襲い掛かってきた。《陰陽・甲》の頭上には既に二対の光の刃が降り注ごうとしている。それらは目の前の敵を呑みこまんと、一気に振り下ろされた。
「気付いていないとでも思ったか?」
雪次がスラスタを調整して後退、そのまま相手の懐に潜り込む。その一瞬で彼は機体を方向転換させ、そのまま《ドリーミング》の腹部にビームソードを突き立てようと一気に両肘を伸ばした。
「隙だらけだ」
由利が唸った。
彼はすぐさま左腕の武器を花弁が開くように展開し、ビーム砲を露出させる。砲口が《陰陽・甲》の背面ブースタを捉え、射貫こうとしている。
《陰陽・甲》がロックされたことを伝えるアラームが鳴り響くと、雪次は右腕の動作を瞬時にキャンセルして方向転換、そのまま《マンスローター》にビームソードを突き立てようとする。《ドリーミング》の武器から光は既に消え失せており、コクピットを守るために電磁シールドが張られている。その防御に《陰陽・甲》が左腕で放った一撃は阻まれ、機体のバランスが崩れてしまった。機体がグラリと《ドリーミング》の方へ傾き、《マンスローター》への一撃は空振りに終わってしまった。
「しまっ――」
『これで、終わり』
冷徹な女性の声。雪次の無線から聞こえたそれは、まるで冷風が送られてきたかのようにコクピットの中を支配する。
《ドリーミング》が再び武器を展開していた。腕部の追加ブースタを唸らせ、先程よりも増幅しているように見える光の刃を雪次の機体に向けてまたも振り下ろそうとする。
しかし、光の刃は《陰陽・甲》を襲うことは無かった。
「終わりなのは手前だぁ!」
礼人の乗機の《ネメシス》が、二挺のライフルを《ドリーミング》めがけて乱射した。しかもただ無造作に発砲しているのではなく、体勢を崩して一瞬動けなくなった《陰陽・甲》にビーム弾が当たらないように配慮して引鉄を引いている。
橙色の針状の光弾が、まるで雨のように敵に降り注ぐ。すぐさま赤城は動作をキャンセルし、攻撃が襲ってくる背部に電磁シールドを張り巡らせてそれに対処した。その結果攻撃は通らず、礼人の攻撃は雪次を助けるだけに留まった。
「……このクソ厄介なシールドはご健在、ってわけか」
『無線を遮断されているのに、見事なチームワークね』
不意に、無線から赤城の褒め言葉とも取れる言葉が飛んできた。その言葉に礼人は気をよくするどころか顔を顰めて目の前の機体を睨みつける。
ある機体はじりじりと、ある機体は全速力で距離を取ろうと後退する。礼人がレーダを確認すると、賢が搭乗している《ブラック・サン》は既に遠くに避難していた。きっとスナイパーライフルのスコープを覗きながら敵への一撃を窺っているに違いない――礼人はひとまず安堵した後、距離を取ろうとしている敵機に注意を払い始める。
ふと、礼人があることに気が付いた。先ほどまでそこにいた黒い機体が、レーダを確認しても見当たらないのである。
――奴も狙撃機体か……。
目の前にいるのは薄黄色の機体のみ。恵良の《ドリームキャッチャー》と赤い機体は既に自分たちの届かないほどの遠くで戦っている――礼人はいつになく冷静にレーダで状況を確認し、ひとまずは目の前にいる機体にターゲットを絞ろうと、《ネメシス》に前傾姿勢を取らせた。隣では、雪次の《陰陽・甲》も戦闘態勢を取っている。
「怖いの? 私と戦うのが」
赤城が中々向かってこない礼人と雪次に向かって挑発じみた言葉を投げかけた。しかしその顔に笑みは見られず、身体に接続されているケーブルが反応して《ドリーミング》も前傾姿勢を取り始めた。
「誰が手前なんか……! お前らなんかに負けるわけが無えだろぉ!」
礼人が赤城に向かって吠え始めた。額には青筋がたち、目を血走らせて、女だろうが子供だろうが容赦はしないことを示している。
「……行くぞ!」
雪次が呟いた直後、《ネメシス》・《陰陽・甲》が同時に飛び出した。《ネメシス》は両腰部にマウントしている銃器に手を掛けながら相手の横に回り込み、《陰陽・甲》は二本のビームソードを展開、空気を焼きながらその刃を相手のコクピットめがけて突き刺そうとした。
《ドリーミング》は目の前の剣戟に備えて電磁シールドを展開、それを防ぐと、右方向に位置している《ネメシス》の銃撃を、右腕を突き出してそれを牽制した。
「シールドが何だぁ! ぶち破ってやらあ――」
礼人が叫ぶと、《ネメシス》と《ドリーミング》の間隙を目映い白光が割り込んできた。
礼人と雪次、そして赤城は思わず射出された方向を見始めた。それは三機の後方から来て、しかもどちらも狙っていないような撃ち方だった。
その意図を最初に掴んだのは、礼人だった。彼はそれに気づくと、そのまま機体を直進させる。
「まずは、あの黒い奴を叩く、か!」
《ドリーミング》の攻撃範囲から逃れた賢は、スナイパーライフルを構えスコープを覗いて、敵の狙撃機体に向かって突進していく《ネメシス》を目で追っていた。彼は礼人が自身の意図に気付いたことに気がついて、安堵の笑みを浮かべていた。
《ネメシス》は、敵の狙撃機体に狙われていた。賢がライフルのスコープを覗きこみ、頭部に搭載されている改良型のレーダを駆使して索敵した結果、敵が《ネメシス》に向けて狙撃の準備を行っているところを見つけたのである。
「……これで、ひとまず大丈夫」
『よく気がついたな』
由利が感心した風に、賢に無線で語り掛ける。
その由利が搭乗している《マンスローター》には、傷一つついていなかった。アンテナ状の頭部で敵である三人の様子を窺っていたので、賢の狙撃にもすぐに気づいて電磁シールドを張ることで対処していた。
その言葉を聞いた彼の顔から、笑顔はすぐに消え去った。
「これでも狙撃機体を扱ってます。貴方こそ、周りの状況に気が付いた方がいいのでは?」
『……それもそうだな』
そう言い残されると、賢の無線から由利の呻き声と機体が揺さぶられているような雑音が聞こえてきた。礼人と交戦し始めたのだろう――賢は自身も気を引き締めようとライフルのスコープを再び覗き込み、今度は薄黄色のSW――《ドリーミング》に照準を絞った。
礼人は《ネメシス》を全速力で突進させると、彼がいるところよりも高空に陣取っている漆黒の機体――《マンスローター》を発見、スラスタを垂直方向に吹かせてそれよりも高いポジションを取り、銃器を突き付けた。途中敵がビーム砲を放ったが、彼は操縦桿を微調整してそれらを的確に回避。機体には傷一つついていない。
「死ね!」
《ネメシス》が二挺の銃器をウェポンベイから取り外して両手でグリップ、一旦敵の正面に立ち塞がった。
由利も無論黙ってはいない。展開しっぱなしの武器を《ネメシス》に向かって突き付け、何の躊躇いもなく青色のビーム弾を撃ち込んだ。
しかしその直後、由利の視界にあったものは、熱せられてグニャリと歪んだ周りの大気のみであった。そこにいる筈のSWが、彼の目の前から消えていたのである。
「何っ――」
《ネメシス》は、それが保有している補助的な重力粒子発生装置によって爆発的なエネルギーを得、驚異的なスピードで左に回り込んでいた。礼人がコクピット内で叫び、《マンスローター》の左腕部に二つの銃口を突き付けている。
「食らいやがれ!」
引鉄が、引かれた。
橙色のビームのシャワーが敵に襲い掛かり、灼けた鉄の塊にしている――筈であった。
礼人が放った攻撃は、全て敵の眼前で消し飛ばされていた。無論、《マンスローター》が展開した電磁シールドのせいである。彼は舌打ちをして、銃口を突き付けたまま滞空していることしかできない。
由利は礼人の攻撃が止んだと判断すると、すぐさま電磁シールドを解除、そのまま爆発的な加速力で上昇し、機体を後退させながら《ネメシス》に向かって両腕でビーム砲を乱射する。馬鹿げた熱量を持つ青い凶弾は何発も発射され、礼人を唸らせる。
それでも礼人は《ネメシス》を上昇させ、敵を追おうとする。補助的な重力粒子発生装置を起動させて、二挺の銃器を敵に向かって向けながら、相手に追随している。相手が放つビーム弾は機動力と操縦技術を活かして、隙間を縫うように避けて、確実に相手を追いつめようとする。
「待ちやがれ、クソが、クソがぁっ!」
Gで骨や内臓が潰れそうな感触を覚えながら、徐々に赤くなってくる視界で相手を追い、呻きながら目標を追い続ける礼人。その様子を見ることはできないが、由利はその鬼気迫る様子に俄かに悪寒を覚えた。
ふと、《マンスローター》が別の敵を捉えた。その影はそこからかなり遠方にある――自身と繋がっている狙撃機だろうと、由利は確信した。
「ならば……」
由利がそちらに注意を移した瞬間、《ネメシス》の銃器から橙色の針のような銃弾が何十発と放たれた。由利は落ち着いて《マンスローター》の電磁シールドを右側面に張ってそれを遮断すると、左腕のコーン状の武器が再び元の形に戻り、それの先端を《ブラック・サン》へと突き付け始めた。
その瞬間、先端からレーザーのような細い光線が射出された。青く光るそれは一直線に《ブラック・サン》を襲う。
由利が、不敵な笑みを浮かべた。
賢はレーダを確認して、戦慄していた。高速で動いている《ネメシス》よりも、空中に留まって自身を狙っている時の敵機の方が強いエネルギーを放っている。
「何かが、来る?」
賢は呟きながら場所を移動しようとする。何が起こるか分かったものではない。
しかし、彼の判断は幾分か遅かった。
モニタが青く光ったと彼が感じるや否や、次の瞬間には《ブラック・サン》の左側頭部が抉れていた。
機体が損傷したことを告げるアラームが喧しく鳴り響く中、賢はバランスを崩した機体を制御することに尽力していた。呻き声を上げ、スパークしているモニタとなんとか正常に機能している頭部のレーダを駆使して敵の攻撃を再度食らわないように位置取ろうとする。
『やれやれ、外してしまった』
《ブラック・サン》の無線から、由利がわざとらしく言う声が聞こえた。そのような状況で賢は苦笑し、彼を撃った《マンスローター》がいる方向とは違うところにマシンガンを構え始める。
「分かってるんですよ。貴方たちの狙いは」
マシンガンの銃口の先には、二対の武器を最大限展開している《ドリーミング》の姿があった。《ブラック・サン》の所まで追いついて、それに覆い被さるように位置どって、光の塊を振り下ろそうと腕を高々と挙げる。
それに負けじと、賢も狙いを定めてビームマシンガンの引鉄を引いた。甲高い音とともに、何百発ものビーム弾が敵の無防備な懐を襲い始める。
二機はほぼ零距離だ。シールドを発生させる余裕はない――賢は確信していた。
しかし、彼の判断は甘かった。
信じられないことに、電磁シールドはピンポイントに張られていた。腹部とコクピットのみを覆い、且つ機体に干渉しないように展開されている。賢は絶句しながら、目の前で空しくかき消されていくビーム弾を見ていた。
「さよなら、狙撃手さん」
勝利を確信した赤城は微笑み、《ドリーミング》が《ブラック・サン》に向かって光の刃を振り下ろす。《陰陽・甲》は彼女に振り切られており、どう頑張っても賢まで追いつくことができない。
「賢!」
届くはずのない声を、雪次は賢に向かって叫ぶ。
賢が、絶叫した。
しかし、それは絶望や万事休した時の叫び声ではなく、己を鼓舞するためのものである。
《ブラック・サン》はそのまま引鉄を引き続け、《ドリーミング》の下半身を吹き飛ばした。元々薄い装甲は溶解して飛び散り、フレームにもチーズのように穴が空き、機体がいよいよこの高速で制御できなくなった。
赤城は悲鳴を上げて機体を制御し始める。二対の武器から光は消え、速度が緩まる――その隙に賢は間一髪で脱出し、全速力で後退し始めた。
《ドリーミング》はボロボロになった脚部が着水しかけるも、持ち前の出力と機動力で何とか上空に留まることに成功した。その間に機体がガクガクと振動し、赤城はヘッドレストに頭を打ちつけて意識を失いかけたが、前につんのめった衝撃で意識を取り戻してなんとか前を見ることができるようになった。
その隙を、雪次は見逃す筈がなかった。《陰陽・甲》が急加速し、二本のビームソードを展開。敵の背後から袈裟斬りにせんと突進する。
ところが、赤城はそれを見抜いており、すぐさま体勢を立て直すと右腕の菱形状の武器を展開、光の刃で二本のビームソードを受け止め、弾き返して見せた。雪次は呻きながら後退し、賢とともにじりじりと敵を取り囲み始める。
《ドリーミング》は、下半身だけ見ればとても悲惨な姿になっていた。所々装甲が溶解して剥がれ落ち、バチバチと音を立てながら放電している。それでもブースタ関連には全く問題は無く、機動に制限は殆どない。
『赤城、大丈夫か!?』
「……大丈夫、機体には問題ない」
由利が無線を飛ばすが、赤城は彼に異常がないことを知らせた。そして再び左腕の武器も解放して囲んでいる二機を威圧する。
「気を付けて、由利さん。貴方も狙われてる」
『了解……!』
今度は赤城が由利に無線を飛ばした。後退していった《ブラック・サン》がスナイパーライフルのスコープを覗き込んでいるのが彼女の視界に入ったからだ。しかし由利の返事は苦し気で、とても此方を構うことができる余裕が無いような調子を彼女に思わせた。
すると、《ドリーミング》がブースタを吹かして、上空へと飛び去ろうとした。雪次と賢が追おうとするが、相手の尋常ではない出力によってグングンと離されていく。賢が高機動の中でスナイパーライフルでの狙撃を行うが、相手は後ろに目がついているかのような的確な動きで放たれたビーム弾を避ける。
奴は一体どこへ向かおうとしているのか――雪次は考えたが、その答えはすぐに出た。
――礼人を狙ってる……!
二対一で礼人を瞬殺するつもりか――雪次は俄かに焦り始め、ペダルを潰れんばかりに踏み込んで《陰陽・甲》を加速させる。
礼人は、目の前の敵をなんとかして倒そうともがいていた。
正面から馬鹿正直に突っ込んでも左右に回り込んでも、電磁シールドに攻撃が防がれてしまう。更に敵はシールドを張るだけではなく、しっかりと後ろを取らせないような技術も併せ持っている。厄介この上ない――彼は心中で毒づいた。
彼が《マンスローター》に攻撃を仕掛けている最中に、無線から敵の悲鳴が上がったが、それは彼にとって意味をなさなかった。目の前の敵を倒すことに精一杯で、本来繋がっている筈の敵に注意を向けることができていないからだ。
「このぉ!」
礼人の《ネメシス》の銃器が、またも火を噴く。すると《マンスローター》は、今度はシールドすら使わずに軽やかな機動でそれらを避け、右腕の武器を元々のコーン状の形態に戻した。
「……クソがっ」
《マンスローター》がブースタを吹かして後退したかと思うと、二対の武器の先端が一瞬光った。
その刹那、放たれたのは二本の青いレーザー。《ネメシス》のコクピットを襲ったそれらは、礼人の一瞬の操縦で全て躱される。
「今だ!」
攻撃している間には、防御ができない――今までの『ナンバーズ』の戦い方から、彼は学習していた。彼は《ネメシス》の重力粒子発生装置を起動させ、身体が激痛を覚えるほどのGを感じながら機体を回り込ませる。
そして、彼はついに《マンスローター》の後ろを取った。彼の口角が上がる。
《ネメシス》が、《マンスローター》のコブのように盛り上がっている肩部に右手でグリップしている銃を突き付け、左手で持っていた銃はすぐにウェポンベイにマウントして、アンテナ状の頭部を握りしめている。これで《マンスローター》、もとい由利は完全に身動きが取れなくなった。
礼人が《ネメシス》の左手に力を入れる。このまま呆気なくへし折れてしまえ、と彼は呪詛のように考え始めた。
そして、《ネメシス》が左手に力を入れ始めた瞬間――。
それのEセンサがもう一機の敵を感知したと思うと、それは既に《ネメシス》と《マンスローター》に影を落としていた。
《ドリーミング》は、既に右腕の武器を展開し、突きのモーションを繰り出そうとしている。対して礼人はそこで固まるばかりであった。
「嘘、だろ――」
礼人が呟いた直後、《ネメシス》の左上肢は光に飲み込まれていた。




