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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
終わりの始まり
59/72

無慈悲な事実

お待たせいたしました。

 全てを話し終えた七海を見て、雪音・恵良・そして勇気は呆然としていた。反面、七海は全てから解放されたようなすっきりとした表情で三人を見回している。

「どう? 信じるか信じないかは、君たち次第だけど」

 勇気は唖然とした表情をしながら、沸々と怒りが沸き起こってくるのを理解した。敵のいうことなど、彼には信じられるはずもなかった。更に日本政府がテロ組織を彼らの保身のために援助していたことなど、彼は考えたくもなかった。

 自分が憧れて、この人のために軍に入り、討伐部隊で日本を守るために戦おうとした引鉄を引いたような人物が、まさかナンバーズの片棒を担いていたとは思いもしなかったのである。彼の中にあった田の浦のイメージが、音をたてて崩れようとしていた。

 恵良もそのことに関しては、呆れと怒りの感情が沸き上がっていた――『白金』や日本政府がとことん腐っていたことを思い知らされたのだから。敵の話なので話半分に聞いていたつもりであったが、彼女も雪音同様この状況に幻滅しかけていた。


 だがその一方で雪音は、七海がどす黒い陰謀に巻き込まれたことを知って彼に同情してしまっていた。

 彼女は彼の話を信じていた――彼が嘘をつかないことは、彼女が一番解っていることなのだから。二人に悟られぬように、涙を引っ込めようと口の中で舌を強く噛み締める。


 ふと恵良の視界に、勇気の手元が入った。彼は拳を作ってそれを震わしており、彼の顔に目を移すと憤怒の表情がそこにあった。目の前の七海を射殺さんばかりに睨みつけているさまは、反対に恵良と雪音を萎縮させていた。

「お前……お前……」

 勇気は怒りに唇を震わし、今にも七海に殴りかからんとする勢いである。しかし、身の危機を感じている筈の七海は彼に近寄り、握りしめている拳に手を添え始めた。

「怒らないでよ。僕が話したことは全て真実だ。君たちが守ろうとしていた日本は、こんなにも汚れていたんだ」

「ふざけるな! 田の浦さんが……あの人がそんなことする筈がないっ」

 勇気は激昂すると七海の手を振り払い、彼の眉間に銃口を突き付けた。安全装置は既に解除され、引鉄に指がかかっている。この文字通りの一触即発の状況に、恵良は凍り付いて二人を見ていることしかできなくなった。

「やめろっ! 勇気、銃を下ろせ! ここは冷静になれ。相手の思うつぼだ!」

 雪音が突如、勇気に向かって怒鳴った。勇気はこれに呆然とし、安全装置をつけ直して銃をしまった。

 彼はやり場が無くなった怒りをぶつけるように、七海を強い力で突き飛ばした。それが彼のできる唯一の抵抗だった。

「お前たちがここで冷静にならないと、確実に日本は滅ぶ。こいつは自分が死んだら、この基地を地下の原発ごと吹き飛ばすつもりだ」

 勇気と恵良は、聞かされていなかった事実に驚愕して顔を見合わせた後、黙りこくってしまった。それを聞いて幾分落ち着いた勇気は、再び七海をじっと見つめ始める。

「それじゃ、来賓室とやらに行こうか。ここにいる田の浦さんに全て訊けば、分かるよね?」

 陽気な七海に諭された勇気は頷いて、彼の後ろに続いて管制室を出た。その後ろから、恵良も追随する。

「僕が正しいことを、証明してあげよう」



 勇気と恵良が七海の腕を拘束し、管制室を出ようとする。しかし、雪音はその場に立ち尽くしたまま動こうとしない。それに気付いた恵良は訝しみ、後ろを向いて雪音の方を見つめた――その時には勿論油断せず、七海の拘束を緩めたりはしていない――。

「……隊長?」

「すまない。お前たちは先に行っていてくれ」

 恵良と勇気は、了解、と一言返事をした後、七海とともに管制室のドアの向こうへと消えた。

 それを見届けた雪音は、ベルトを緩めて七海にまさぐられた箇所を自身の手を突っ込んで確認した。その時はパニックで気付いていなかったが、彼女は漸く違和感を覚えた。

 何か固いものが下着と地肌の間に挟まっているような感触――その気味の悪い感触を取り除くために、彼女はこの場に留まって正体を確認しようとしていた。

 それはすぐに取り除くことができた。生ぬるく固いものを取り出した後、彼女はベルトを再び締める。

「これは――」

 雪音は呆然として、その場で固まってしまった。

 何故彼がこれを自身に託したのか、そもそもこれは何なのかすらも分からない。それでも、彼女の掌の上にあるものは、彼女にとって一際異質なものに見えていた。


 彼女の掌の上には、白い文字で『1』と書かれた黒のUSBメモリがあった。



 勇気と恵良、そして彼らに腕を拘束されている七海は、来賓室の前に立っていた。一言断りを入れてドアのセンサを触れば、その向こうに田の浦が座っているのが見える。

 しかし、勇気はそれを躊躇っていた。手をセンサまで伸ばそうとするが、隣に立っている七海の不気味な笑みが時々横目に入って奇妙な動悸を覚えてしまう。

「どうしたの? 早く開けないと、田の浦さんに何も訊けないよ」

「……分かってる。お前は黙ってろ」

 勇気が苛立ちを多分に含んだ声で威圧するが、七海は笑みを崩さない。寧ろ恵良が、彼の見たことのない姿を見て恐怖を覚えていた。彼女は口を噤みながらドアの目の前で躊躇している勇気を見ていることしかできなかった。

 すると勇気が一つ深呼吸をして、ついにドアのセンサに触れた。しかし断りは入れず、厳しい表情をしてソファに座っている田の浦を見つけた途端に三人は彼の下へと歩み寄った。

 いきなり険しい表情で入ってきた討伐部隊の隊員二名と彼らに拘束されている奇妙な格好の男一人を見て、田の浦は思わず呆然とした表情を三人に見せる。そして奇妙な格好の男を見るなり彼は立ち上がり、三人の方へ身体を向けた。

「こいつは――」

 田の浦が反応すると、勇気と恵良が七海を彼の目の前に突き出した。『ナンバーズ』の首魁を捕まえて険しい表情を崩さない二人に、田の浦は訝しんだ。

「……こいつが、『ナンバーズ』の――」

「はい。『ナンバーズ』の指揮官のような立ち位置、とこいつが言っていました。名前は七海空哉と言うそうです」

 改めて田の浦が七海の顔を確認すると、彼はその場で凍り付いた。茫然とした表情を崩さぬまま、三人と向かい合っている。

 すると勇気が、今にも胸を抑えて倒れてしまいそうな顔で田の浦の方を見つめ始めた。苦渋に満ちた勇気の表情を見て、田の浦は思わず彼の方を見て固まってしまった。

「……どうしたんだね?」

「田の浦さん、お答えください」

 勇気が口を開き始めると、七海が不敵な笑みを浮かべた。

「……何だね?」

「敵の戯言を信じるつもりは全くありませんが……こいつは、貴方とつながりがあると言っています。本当ですか?」

 すると、田の浦は数秒固まった後三人の前で吹き出してしまった。その様子を勇気と恵良は呆気にとられたような様子で、七海は不気味な笑みを崩さずに見つめている。

「冗談も休み休み言ってくれ。私が……こんなとんでもない奴とつながりがあるわけがないじゃないか」

 三人に笑顔を見せて愉快気に話す田の浦の様子に、勇気と恵良は自然と少しだけ肩の力を抜くことができた。よかった、やっぱりこいつの言っていることは嘘だったんだ――勇気は胸を撫で下ろすとともに自分の邪推を恥じていた。

 ふと、勇気の視界に七海が入った。彼はまるで田の浦が笑顔を見せていることがさも可笑しいかのような、彼のことをせせら笑っているような顔をしている。その態度が、勇気の感情を刺激する。

「……何が可笑しい?」

「……全部話したんだよ、彼らに。貴方のこと、『日本自由の会』のこと、『白金』のこと」

 七海がボソリと呟いた言葉に、田の浦の肩が少しだけ跳ねる。その様子を七海は見逃さなかった。

「貴方は、六年前の沖縄の『事故』に関わっていた。多額の献金を『白金』から受け取り、当時空軍中将だった貴方は権力を行使してこれを薬品への引火として処理し、貴方と『白金』の会長が主導となってこの『事故』の全容を知りかけた我那覇夫妻の口封じをし、重力粒子の存在を無かったことにしようとした。いやあ、このせいでたくさんの人が死んだよ」

 俄かに、田の浦の顔色が悪くなる。それを七海は勿論、勇気と恵良も気づき始めていた。

「それで貴方のことを掘って突き付けて保身を条件に取引をしたら、簡単に尻尾を振ってくれた。お偉いさん方は自己保身に必死になりがちだから、見事に成功して笑いそうになったね。それと――」

「……黙れ」

 田の浦の唇が言葉を紡ぐとともに震え始めた。それが怒りか焦りによるものかは勇気と恵良には理解しかねていたが、ただ一つ、雲行きが怪しくなってきていることは理解していた。

「貴方はどうやら僕らに監視されていることを自覚していなかったみたいだ。定期的な送金と、討伐部隊の動向を電話することは伝えてあったのにね。貴方が空軍中将を降りてからも、僕らは見ていたんだよ。今の隊長を推薦して『白金』に嫌われてからは『お小遣い』は貰ってなかったようだけど」

「――黙れ」

 徐々に田の浦が俯き始める。額には脂汗が滲んでおり、焦りを見られたくないのか目の前の三人からは完全に視線を逸らしてしまった。

 勇気と恵良は、七海の口から初めて聞いた文言に愕然としていた。自分たちの動向は、『ナンバーズ』ではなく身内の手によって筒抜けになっていたのだ。

「それからの貴方は国会議員になり、元空軍中将の立場を利用して防衛省と密接につながり始めた。『白金』の会長と社長、そして重役たちを討伐部隊の航空艦に乗せてアメリカへ行くことを提案したのも貴方だったね。その時には説得に大層骨を折ったと話してくれたけど」

「――黙れ……!」

 段々と田の浦の語気が強くなるが、それに怖気づかず七海は話し続ける。話を聴いている勇気と恵良は、顔から血の気が引いていくのを感じていた。拘束する力が強くなったのか、七海は顔を少し顰めた。

「その時の条件として……、あの社長ボンクラを隊長として扱うってことを呑んだのも貴方だったね。『白金』の方々は女を酷く嫌ってるから、きっとその時にここにいる白田恵良さんをどうやって殺すかっていうプランでも立ててたんだろうけど。その時には僕たちは完敗した。まさか討伐部隊がここまで強くなっているとは思ってなくてね。完全に油断してた」

「どうしてそこまで知っている!?」

 突然、七海の話を遮って田の浦が俯いたまま怒鳴った。その剣幕に勇気は少しだけ身体を震わせるが、恵良は地蔵のように微動だにせず、七海に至っては勝利を確信したような笑みを浮かべている。

「やだなあ。殺すプランを考えてる、ってところは僕の完全な想像だよ。ひょっとして……当たっちゃった?」

 無邪気に舌を出す七海を、田の浦は漸く顔を上げて真っ青な顔で苦しそうに呻きながら睨みつける。後には退けなくなった――そう言わんばかりの絶望した表情である。

 すると、今度は恵良が拘束している手に力を込めて、目を見開きながら田の浦にしっかりと視線を合わせ始めた。唇は震えており、脚も今にも崩れそうなほど不安定である。

「……私を、消すっていうのは……、『白金』だけじゃなくて、政府も関わっていたんですか?」

 勇気は思わず恵良の方に視線を移した。

 彼女の息は激しく荒くなっており、体の震えは止まらなくなっている。今にも崩壊してしまいそうな彼女に、彼はすぐに寄り添って助けてあげたい気持ちに駆られた。しかしここで拘束を解くわけにはいかないので、ただ話が終わるのを待つことしか彼にはできない。

「……違う、断じて違う! 私も、『白金』が君を殺そうとしていたなんて初めて知った!」

「でも、僕が鎌をかけたらあっさりとボロを出したじゃないか」

 水を差すかのような発言に、恵良と田の浦は両者とも硬直してしまった。

「貴方は、いや、『日本自由の会』は自分たちの利益のためなら何でもする連中だからね。自分たちを守ってくれている討伐部隊の人たちがどうなろうが、『白金』のお偉いさん方がどうなろうが構わないんだよ」

 その言葉で、ついに恵良は床に頽れた。胸の辺りを両手で苦しそうに抑え、蹲り始める。

 彼女にとっては、今でこそ『白金』と繋がりを絶っているものの、自身が彼らに殺されかけた事実は未だに胸の奥底に傷として残っている。そこをナイフで抉られたようなものだ。彼女は大粒の涙を流しながら胸を抑えて悶絶しており、立ち上がることができない。

 しかし七海は、拘束していた兵士が一人減っても何も抵抗をせず、青ざめている田の浦だけを見つめている。この部屋に流れている淀んだ空気を楽しんでいるかのように笑みを見せてもいる。

「恵良――!」

 勇気が恵良に向かって叫んだ瞬間、ドアが開いて雪音が現れた。彼女はすぐに恵良を介抱し、恵良の背中を優しく擦り始める。恵良の様子をすぐに確認すると、雪音は田の浦を親の仇とばかりに睨みつけた。

「田の浦さん、貴方は――!」

 憎悪のこもった目つきと言葉。それでも、田の浦は脂汗で滲んだ顔を雪音には向けず七海にのみ向けている。彼もまた息を荒げて、目の前の七海を憎悪たっぷりに睨みつけている。今にも爆発してしまいそうなほど顔は紅潮しており、もはや勇気や雪音が抱いていた誠実な人物という皮は彼らの中で剥がされていた。


 ここにいるのは、保身と権力のことしか考えていない売国奴だ――三人はこの場でひしひしと感じ取っていた。


「……貴様ぁ、何故……何故そのことを漏らした? 私は見逃してくれるんじゃなかったのか!?」

「そのつもりだよ。そのために貴方をここに呼び出して、人質として連れ出す算段だった」

 三人が自身の行ってきたことに気付いたからか、ついに田の浦が本性を現した。勇気・雪音・そして蹲っていた恵良は青ざめた顔で一斉に七海の方を見る。雪音は何故田の浦がここに呼び出されたのか今まで必死にその意味を考えていたが、その予想だにしていない答えには閉口する他なかった。

 すると、まるで酔っぱらいのようなふらついた足取りで、田の浦が四人の方へ近づいてきた。勇気と雪音が身構え、特に雪音は携帯している拳銃に手を掛けている。

「……では、私を連れ出してくれないか? 約束だろう」

 田の浦はすっかり意気消沈しており、先ほどまで真っ赤だった顔は生気を失っているかのように白くなっている。それに対して七海は、笑みを湛えながら頷いた。

 すると、七海が勇気の方を向いた。純真な笑顔のままで振り向かれたので、勇気は少し困惑している。

「……じゃあ、僕の拘束を解いてくれないかな?」

 そこで七海の言うことを聞かなかったら、日本がどうなってしまうのか分かったものではない――勇気は顔を顰めながら、大人しく目の前の敵の拘束を解いた。

 そして七海は田の浦の腕を掴んで、その場に立ち尽くしている勇気と雪音、未だに床に力なく座り込んでいる恵良を尻目に歩き出した。その足取りはこの場の空気にそぐわないほど軽く、勇気を尚更苛立たせる。

「待て!」

 すると突然、勇気が七海に向かって叫んで呼び止めた。その声量には恵良だけではなく、雪音や田の浦すら驚いた。

 その呼び止めに七海は立ち止まったが、勇気の方は向こうとしない。耳鳴りがしそうなほどの沈黙が周りを包み込む。

「……いくらお前たちが酷いことを日本にされたからって、俺はお前たちのやり方を赦さない」

 勇気は、七海の後頭部をじっと見つめている。それでも七海は微動だにしない。ついには七海以外の目線が勇気に集中した。


「お前は……俺たちが倒す。この日本を、俺たちが必ず守って見せる。覚悟しておけ!」


 勇気は堂々と、目の前の敵に力強く言い放った。恵良の涙はいつの間にか止まっており、雪音は七海を見ながら唇を真一文字に引き結んでいる。

 すると、七海が勇気の方に身体ごと向いた。その表情は先程とはうって変わって厳しさを湛えており、目線の先の勇気を威圧しようとしている。


「君がそう言うのなら、僕も手加減はしない。僕も僕らの目標を遂行させてもらうよ」


 その言葉に、勇気の表情は一層厳しくなった。田の浦は二人の威圧感に潰れそうになりながら勇気を見つめている。


「君がこんな日本を守るのならば、僕らはこの腐った日本に復讐をする。そしてこの国を()()()

「やってみろ。俺がお前を倒す!」


 宣戦布告が、二人の間で初めてなされた。


 雪音・恵良・田の浦はこの様子を、まるでギャラリーのように固唾を呑んで見守ることしかできなかった。

 二人の睨み合いが暫く続いた後七海が踵を返し、何事もなかったかのように田の浦を引き連れて来賓室を出ていった。

 取り残された三人は、ドアを一点に見つめることしかできなかった。



 暫くして、七海と人質の田の浦は《オーシャン》の外へと出て、待機していた《フェイスレス》の足元に立っていた。

「僕にしっかりとしがみついてください」

 七海は田の浦を背負う形で、ワイヤを引っ張ってハッチの開いているコクピットへと乗り込んだ。二人が乗りこむと、七海は機器を弄ってハッチを閉め、《フェイスレス》を起動させた。

 全てのモードが活動状態になると、七海の座席の後部に収納されていた無数のケーブルがあたかも生き物のようにうねうねと動きだし、それぞれ対応するパイロットスーツのプラグに差し込まれた――どのケーブルがどこに接続されれば良いのかはあらかじめプログラミングされており、接続されるとすぐに使用することができる――。

「これから発進します。少し身体に負担がかかりますが、どうか我慢していてください」

 七海が田の浦に忠告込みで言うと、《フェイスレス》のブースタが点火――点火、と言っても、重力粒子のエネルギーで熱せられた空気を排出しているのだが――されて足元が浮かび上がった。その後は日本のSWの最高巡航速度の数倍の速さで空へと飛びあがり、瞬く間に高度が四桁に達した。田の浦は目を回しながら、これから『ナンバーズ』の本拠地である航空艦へと向かっていることを実感している。


 すると、突如高度五〇〇〇メートル上空で《フェイスレス》が静止した。田の浦が訝しんで七海の顔を覗き込む。


「……どうした? 何かトラブルか?」

「……いや、別にどうもしていないですよ」

「なら、何故止まる? お前たちの艦はもっと上空を飛んでいる筈だ」

 すると、七海は田の浦の方を見ずに笑みを浮かべた。その笑みに、田の浦は何故か悪寒を覚えた。

「田の浦さん」

「……何だ?」

 七海はシートに凭れかかり、身体を硬くさせている田の浦とは対照的に非常に落ち着いた様子を見せている。その様子が、田の浦を焦らせている。

「僕らの計画は、もう最終段階に入っています。後は高飛びしようとしている国会議員や『白金』の役員たちとそれを庇おうとする奴らを皆殺しにすれば完遂です」

「……何が言いたい?」

 すると七海は、田の浦の質問に答えようともせずコクピットのパネルを弄り始めた。

 その直後、田の浦は眼前の光景に目を疑った。


 ハッチが、開いていく。

 ゆっくりと、しかし確実に。


「つまり、貴方の援助はもう必要ない、ということです」


 非常に愉快気に、七海は語りかける――これから彼が死に向かわせる一人の男に向かって。

「……そんな……何で――」

「今貴方が死んで、もし僕たちが全滅すれば、『ナンバーズ』に立ち向かった一人の国会議員として後世まで語り継がれるでしょう。勿論、過去の悪行は貴方の仲間たちによって全て闇に葬られます――もし僕たちが全滅すれば、の話ですけどね。無駄に生き延びて過去を暴かれ、晩節を汚すよりはマシでしょう」

 ハッチが完全に開き、強風が二人に襲い掛かる。田の浦のスーツが風にはためく中、彼は絶望しきった表情で生に執着しようとしていた――シートを握りしめるように掴んでおり、絶対に離そうとはしない。

「い、嫌だ。死にたくな――」

 すると田の浦の顔面に、鉄拳が飛んできた。顔面を強く打ちつけられた田の浦は思わず手を離し、痛みに呻きながら殴られた部分を抑える。

「往生際が悪いですよ」

 七海は、笑みを顔に貼りつけながら全てのケーブルを外してシートから離れて中腰の姿勢になっていた。蹲っている田の浦の首根っこを、彼は容赦なく掴み始める。優男の見た目からは想像もつかないほどの力で、彼は田の浦を引きずり出した。田の浦が泣き顔で命乞いの言葉を喚きたてているが、七海はどこ吹く風といった様子で彼の目の前に田の浦を向かい合わせた。

「今まで、お疲れ様でした」

 七海は相変わらず笑みを浮かべているが、もはやそれは悪意の塊であった。


旦那パトロン


 皮肉たっぷりに言い放つと、七海は田の浦を強い力で蹴とばした。

 一人の人間が、バランスを崩して何もないところへと放り出される。


 田の浦は絶叫しながら、青い空の下へと消えていった。



 田の浦が消えたことを確認した七海はハッチを閉め、ケーブルを接続し直すと、由利に無線を繋いだ。

「こっちは終わったよ」

『えらく時間がかかったな。最終勧告はどうだった?』

 由利の問いに、七海は演技っぽくため息をついた。誰にも見られていないのにも拘らず、残念そうな表情をする。

「ダメだった。討伐部隊は抵抗する気満々だよ」

『だろうな。それで? 交渉が決裂したんだろ? あの爺はどうした?』

 その問いに、七海は子供っぽく微笑んだ。

「離してやった」

『……そうか』

 由利は七海の言った意味を察し、肩の荷が下りたかのようにため息をついた。

「今から君たちの所に向かう。座標はもう調べてあるから、すぐに着くと思うよ」

『分かった。二人にもそう伝えておく』

 由利が答えると、無線が切れた。

 七海は《フェイスレス》を再び発進させ、三機が待っているところへと向かい始めた。彼の口角は上がったままで、これから起こり得ることに胸を躍らせていた。彼は戦闘狂というわけではないが、勇気のひたむきな態度を見て、彼と決着を付けたくなったのである。

 この日本にとって最後の希望を倒せば、僕たちの悲願は成就に大きく近づく――七海は、この国の希望を壊したがっている。希望を潰せば潰すほど、彼らにとっては都合が良いのだ。

「待ってるよ、灰田勇気君――」

 《フェイスレス》は、青空を切り裂くように飛び続けている。七海の目は、既に前を向いていた。




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