語られた真実
――それは、六年近く前まで遡る。
七海は大学を卒業した後、天下の『白金重工業』に就職することができた。彼が大学で修めた優秀な成績に、白金が目を付けたのだ。当然彼はそのことを多いに喜んだし、彼の恋人である雪音もそのことを多いに祝福した。
就職先が決まった数週間後、七海の携帯電話に一通の着信が入った。彼が画面を見ると、『白金・人事担当』――彼は携帯のアドレス帳に、その人物のことをこの名前で登録していた――と表示されていた。それを見た途端、彼は通話のボタンを押した。
「もしもし。七海ですが」
『突然のことですまないが、君の配属先が決まった』
その言葉に、七海は困惑した。普通であれば、新人の研修が終わった後に配属先が決まるものではないのかと人事の担当に問うたが、彼は急なことで状況を把握できていないと返した。腑に落ちないと感じながらも、七海は話を続けた。
「それで……、自分はどこに配属されるのでしょうか?」
『私も詳しくは分からないが……、新しく建てられた沖縄の地下実験場への配属だそうだ』
沖縄の地下実験場と聞いても、七海にはピンと来なかった。就職活動中に『白金』を調べても沖縄という単語は確認できず、そもそも沖縄で何を開発するのかも分からなかった。彼はそのことを人事の担当に尋ねたが、彼も把握していない・全く分からないの一点張りで話は全く進まなかった。
「はあ……、分かりました。ありがとうございます」
『すまないね、力になれなくて。それじゃあ、また何かあったら連絡するよ』
「はい、その時はよろしくお願いいたします」
人事担当の電話が切れた。
七海は何かもやもやしたものを抱えながら携帯電話を見つめていたが、その後にかかってきた雪音の着信に出た頃には、もうその不安感は吹き飛んでいた。
半年後、七海は『白金重工業』へ入社した。
しかし、本社での入社式が終わって数日後に、彼はすぐに総合開発部の部長に呼び出された。例の沖縄の地下実験場の件だろうか――そう頭で考えながら、彼は部長が待っている会議室のドアをノックした。
「失礼いたします。七海空哉です」
ドアを開けると、そこには彼を呼び出した主が険しい顔をして立っていた。新入社員であった彼はその迫力に圧されながらも歩み寄る。
「……いかがなさりましたか?」
七海が恐る恐る口を開くと、部長がスーツのポケットから折りたたまれた紙を取り出してそれを七海に渡した。彼はそれを恭しく受け取り、失礼いたします、と一言おいてから開き始めた。
それは、沖縄の地下実験場へ配属となるという辞令であった。ただし、彼はそれを予測していたのでそれには然程驚く素振りは見せなかった。しかし、読み進めているうちに、彼は部長の顔をまじまじと見始めた。
「これは――」
そこには、彼をそこの責任者とする旨が書かれていた。流石にそれは彼でも予想できなかった――入社してから数日の新入社員にこんな重大な役職を任せるとは誰が想像できようか。
しかし、拒否権は無かった。任せたぞ、と一言だけ言い、部長は会議室を出てしまった。七海が呼び止めても部長は振り向くことはなく、彼はその場で立ち尽くすほかなかった。
「……責任者、か」
七海は呟くと、辞令の紙をギュッと握りしめた。
だが彼の目に映っているのは絶望ではなく、希望であった。こうなれば、自分がどこまでできるのか試してみたい、沖縄で重力粒子の実験ができれば御の字だ――彼はポジティブに考えて、笑みを浮かべた。
七海が沖縄に勤め始めたのは、辞令が出てから数週間後のことであった。彼は五〇人ほどの研究員を率いて、沖縄での仕事を始めた。
彼の下で働く研究員たちは、当然ではあるが、彼とは比較にならないほどキャリアを積んでいた。始めのうちは年下で責任者になった彼のことを不審がったり反発する者もいたが、七海はその研究員たちとものの数か月で打ち解けた――部下たちの前で誰よりも働き、彼らの意見を積極的に聞き入れ、会社にも研究員たちにも尽くした結果だった。
七海たちは沖縄で、SWのための兵器の実験を行っていた。SWが戦場の主戦力となって一〇年が経とうとしている中、それ及びそれ専用の兵器の生産を独占している『白金』はそれに躍起になっていたので、兵器の実験データを取ったりそれを本社に報告したりして多忙な日々を送っていた。
しかし、七海が漸く部下たちと打ち解けることができたころ、それは起こった。
七海がいち早く実験場へ出勤し、タイムカードを差しこんでロッカールームの中に入る。そこで白衣を着用して諸々の消毒を行った後、実験室に入った。大型の機械が、照明をチカチカと光らせながら動いていた。
しかし彼は実験室に入るなり、なんとなくだが違和感を覚えた。嫌な胸騒ぎも同時に覚えた彼は、実験施設内をしらみつぶしに歩き回った。そうしているうちに他の研究員たちもどんどんと入ってきて、彼の奇行に気付くなり彼に声をかけ始めた。
「……どうしたの、七海チーフ?」
若い女性が、集まった研究員たちの中から率先して七海に声をかけた――その彼女が後に彼とともにSWを動かすことになる赤城である――。その声に七海は漸く気付いて、人だかりの方を向いた。
「……昨日全部チェックした筈なのに、どっかの機械が動いてない気がするんだ」
七海の言葉に、研究員たちは困惑するだけだった。だが、責任者がこれだけ狼狽えているのだから何かあるのだろうと、研究員たちは彼に協力して原因を探り始めた。
始業を遅らせること三〇分、一人の研究員が異常を発見した。実験場の隅の方に置かれていた機械の電源が点いていなかったのだ。機械は動きを停止しており、ライトも点灯していない。音が聞こえないことの正体はこれかと、七海は合点がいき安堵した。
しかし、彼はすぐに眉間に皺を寄せた。彼は昨日この実験施設を最後に出た――責任者なので当然であるが――。その時に彼は全ての機械の状態をチェックして異常がないことを確認していた。彼がそこに入って早々違和感を覚えたのも、それがあってのことだった。
「待って、それに触らないで!」
しかし、七海の忠告は遅かった。
異常を発見した研究員が機械の電源を点けると、目が潰れんばかりの閃光と体を引きちぎらんとする勢いの爆音、爆風が巻き起こった。その場にいた者は全員吹き飛ばされ、床や壁に叩きつけられた。
勿論七海も例外ではなく、彼は施設の中央付近に立っていたが、爆風で吹き飛ばされると廊下を転がって部屋の端の壁に打ちつけられた。そこには赤城と大柄な男――由利も飛ばされていた。
七海は激しく咳き込んだ後、全身を襲う激痛に喘いだ。由利は意識はあったが、赤城は頭を打っており気絶していた。
――一体、何なんだ……
大の字になって天井を見つめながら、七海は混乱している頭を整理した。止まっている機械を動かそうとしたらそれが爆発して何もかもを吹き飛ばした――頭の中がグチャグチャにならない筈がなかった。
すると、彼は天井にあるものを発見した。拉げた眼鏡でそれを覗き込むと、赤と緑にチカチカと点滅しているライトが見えた。彼は痛む身体に鞭を打って立ち上がり、フラフラと前に進み始めた。
「チーフ、待ってください!」
由利の制止も聞かず、彼は歩いて天井に貼りついている物体に目を凝らした。一歩ずつ、確実に近づいていき、それの像を捉えようとした。
そしてそれを見たとき、七海はその場で固まって絶望した。
天井に、何故か時限式のプラスチック爆弾が貼りついていたのである。しかもそれは着実に時を刻んでおり、タイムリミットは残り二分となっていた。
「皆、無事か!? 無事な人はできるだけ人を担いでここを早く出るんだ! ここはもうじき爆発する。天井からの瓦礫に埋もれるぞ!」
七海は必死になって叫んだ。一人でも多くの人に気付いてもらえるように、一人でも多く無事に助かることができるように、周りに命がけで呼びかけた。
不覚だった、機械の電源が消えていた時点で気付くべきであった、天井にも気を配るべきであった――七海は叫びながら後悔した。機械の電源が消えていたのは、それを点けるとそこに接地されていたであろう爆弾が炸裂するように仕掛けられていたからであろう。それが爆発すると、連動して時限爆弾のスイッチが入ってここを崩壊させるのだろう――彼は仮説を立てたが、それが既に起こってしまったことである以上はそれらは無意味なことだった。
すると、汚れた白衣を着た者たちがもぞもぞと動き始めるのが彼の目に見えた。後ろから、由利が赤城を担いで向かってくるのも彼は気づいた。
「早く出るんだ! 早く!」
彼は生き残った者たちを誘導して階段を上らせた。一方で七海は研究員たちを誘導する傍ら、吹き飛ばされた中で無事だと彼が推測したノートパソコンやUSBカードを片っ端から拾い集め、データの保全にも努めた。
残り一分。研究員たちは階段を使って急ぎ足で脱出しようとしている。だが中には七海がゆすってもピクリとも動かない者もいた。七海は泣きそうになりながらも、パソコンは一つだけ拾って他は諦め、できるだけデータが入っているカードを拾い集めながら呻いている人を肩で担いで階段まで急ぎ始めた。
「何とか……ここを出なきゃ――」
すると、七海が階段を上がっている時に、階下で轟音と振動が巻き起こった。彼はバランスを崩しそうになるが、なんとか耐えて上に進み始める。
その一瞬後、階段の崩落が始まった。七海はそれに間一髪で巻き込まれずに済んだが、外に出たときには地響きとともに研究所のすべてが崩壊した。
生き残ったのは七海含めて、たったの一〇人だった。彼含む生き残った者たちはその事実に、しばし呆然としながらへたり込んでいた。
七海は頭の中を整理した後、生き残った者たちを連れて都市部へと行くことにした。沖縄の地下実験場がある地域は都市部からかなり離れており、それなりの設備がなければインターネットも使えないような場所であった――先程の実験場の崩落により、そこの近辺ではインターネットが使えなくなった。
七海は気絶している赤城とともに由利が持っていた車に乗せてもらい、都市部を目指した――駐車場の車は無事であった――。他の研究員たちも各々の車を使って、由利の車に追従した。
七海は車に揺られながら、何故実験場が爆破されたのかを考えた。自身を消したかったのか、それとも研究員の誰かを消したかったのか、はたまた別の理由か――彼は首をひねりながら考え続けた。
「……どうした、チーフ。考え事か?」
「……うん。どうしてこんなところに爆弾が仕掛けられていたんだろう、って」
七海がそう返すと、運転している由利も唸りながら考え込んだ。やがてその唸り声は激しくなり、徐々に怒りを含むようになっていった。それに気づいた七海は、彼に恐る恐る話しかけた。
「……どうしたんです?」
「俺は……、沖縄に行けば重力粒子の研究をすることができると言われて沖縄に異動した。周りの奴らもそう言われてここに連れてこられたんだそうだ。そういやあ、チーフもその口か?」
苛立った声で返されると、七海はハッとした顔になって由利の後ろ姿を見つめ始めた。
「もしかして……重力粒子の研究者を嵌めるつもりだったんじゃ――」
「……俺たちは嵌められたって言いたいのか?」
「今のところは憶測だけど……。これは、様子を見なきゃなさそうだね」
七海は、笑っていた。由利は不謹慎だと窘めようとしたが、彼の笑みがあまりにも不気味過ぎてその気を削がれてしまった。
彼らを乗せた車は、そのまま沖縄の都市部へと向かった。
その日の夜、七海たちは車中で寝泊まりすることを決めた。都市部には無事に着いたが、貴重品の殆どは実験場の地中深くに埋まってしまったからだ。彼らは、ハンバーガーショップの駐車場に車を停めていた。
都市部は未だに、沖縄の地下実験場の事故の件で騒然としていた。新聞の号外が配られ、政府や『白金』は対応に追われていた。事件の後にすぐに実験場の周りは封鎖され、侵入することが不可能になった。
そんな中、七海はパソコンのバッテリー残量が無くなることを気にしながら、キーボードをせわしなく叩いていた。その様子を、由利と赤城が覗き込む。
「何やってんだ?」
「ハッキング」
七海は平然と言ってのけた。
「どうしてこんなことを?」
「『白金』の真意を知りたくて」
赤城の質問に、七海は彼女の顔を一瞥もせずに答えた。
彼は拉げた眼鏡のフレームを自分で曲げて直した後、易々と『白金』のシステム内に侵入し、重要な機密情報を次々と盗み取っていった。情報の取捨選択はせず、兎に角『重要機密』と銘打たれた情報を優先的に片っ端から盗み取っていった。
「相変わらず、日本の企業のセキュリティは緩いね。もうこんなにとれた」
嬉々として七海が言うと、今度は取得した情報を次々と展開し始めた。さらに彼は、それらが『重力粒子』という文字列が引っ掛かるかどうかを片っ端から調べ始めた。
ハッキングから数時間後、パソコンのバッテリー残量が尽きかけた頃、全ての情報の整理が完了した。殆どの情報がはじき出され、残ったものは数十件の文書らしきファイルのみであった。七海は情報の吸出しが完了したのを確認すると、素早くハッキングした痕跡を消した。
七海が残った情報を恐る恐るクリックする。すると、文書のファイルが開かれた。
そこには、彼らにとって信じられないことが書かれていた。
『重力粒子を利用した機器の開発中止の通達』――開かれた文書の表題であった。読み進めると、重力粒子を用いた機器は、SWの兵器開発に限定するという旨が書かれていた。それを見た由利と赤城はため息をついてディスプレイから顔を遠ざけた。
「なんてこった……。まさか、こんなことが計画されていたとはな」
由利が呟くように言って項垂れるが、七海はまだ納得がいっていないという風に他のファイルを開き始めた。
それは、メールサーバに保存されていた上層部が送ったと思しき電子メールであった。何十件と残っており、七海はそれを片っ端から開き始めた。しかし、彼の口元には笑みが浮かんでいた。その様子を由利と赤城は怪訝に思って見ていることしかできなかった。
それを全て読み取ると、先程の文書よりもさらに衝撃的なことが書かれていた。
それをまとめると、沖縄に勤めている研究員たちを皆殺しにするという旨が書かれていた。今後の『白金』の原子力事業の発展のためには重力粒子派――メールにはこのように書かれていた――が力を持つことは非常に不利になりかねないので今のうちに粛清しよう、といったことが平然とやり取りされていたのである。
さらに衝撃的なことがあった。メールの送り主である。それをやり取りしていたのは、この社の会長である白金龍一を筆頭に、日本の財政界の大物がずらりと揃っていた――その殆どが、当時、そして現在の与党である『日本自由の会』の議員であった。その中には、当時の日本国防軍の空軍中将である田の浦も含まれていた。
それに一通り目を通した由利と赤城は真っ青な顔で互いに顔を見合わせた。自分たちは想像していたものよりも遥かに大きな力によって潰されようとしていたと知って、戦慄していた。これを知ったところで、どうにかなるものではない――そう思われた。
しかし、七海はメールに一通り目を通すと、まるで頭のネジが外れたかのように笑い始めた。由利と赤城は青ざめた顔で彼を見つめながら彼の身を案じた。
「……大丈夫?」
「――ん、ああ。大丈夫だ。とりあえず……今度は国防軍のサーバをハッキングしてみよう」
七海の目は、希望に満ち溢れていた。それに二人は一層彼を不気味がり、若干引いた目で彼を見つめていた。
「何をするつもりだ?」
すると、七海の笑みが邪悪なものへと変わった。
「決まってるよ。奴らへの復讐だ」
「復讐!? そんなに簡単に――」
「できるよ。これだけの武器があればね」
そう言って七海は、白衣のポケットの中に保管していた膨大な数のUSBカードと、パソコンの画面に映っているこれまた膨大な数の『白金』の機密情報を交互に見やった。それでも、二人は未だにポカンとして彼を見つめていた。
「あとはお偉いさん方から必要な物資を強請れば完了だ。この、ばれたら都合の悪い事実をエサにね」
「……あいつらが簡単に応じるとは思えんが」
「大丈夫。お偉いさん方は自分の保身のことしか考えてないし、僕たちが沖縄の生き残りでこいつを世間に公表するって脅せば簡単に屈するよ」
七海は嬉々として言った。彼の目はキラキラと光っていた。
「……だといいがな」
「僕を信じて。きっとうまくいく」
七海が二人に向かってウインクをすると、パソコンの電源が切れた。
それからの脅しは、とんとん拍子に進んだ。
手始めに七海は田の浦をそのメールで脅し、簡単に屈させた。余計な小細工をさせないように、元のデータは此方で厳重に保管して田の浦にはそれのコピーを突き付けた。あっさりと屈したので、彼らも拍子抜けしてしまった。
それからは簡単だった。彼らは始めに衣食住として航空艦と食料を条件に付きつけた。食料は兎も角、航空艦は無理だと田の浦は始めは要求を突っぱねたが、今までの悪行を保存したデータを突き付けると大人しくなり、航空艦を沖縄で改造させてその中にエンジニアという体で搭乗するという形で決着が着いた。身分証明書は田の浦に一〇人分を偽造させて、彼らはそこでエンジニアとして働いた――航空艦が完成すると、その一〇人以外は追い出される形で沖縄基地から退いた。
それから彼らは、SWを造る費用も田の浦に出させた。田の浦は防衛省の人間に手を回し、日本軍オリジナルのSWを試作するという建前で費用を捻出した。そうして作られたSWが、『2』・『3』・『4』・『5』である。
七海は、これから出来上がるであろうSWの骨組みを見ながらほくそ笑んだ。その笑みには、黒いものが潜んでいた。
そして、七海たちが陰謀に巻き込まれたと分かった一か月後、沖縄でもう一つの事件が起こった。
ジャーナリストの夫妻の家が爆破されたと、新聞が報道したのである。夫妻は死亡、彼らの一人娘は車の中にいたので軽傷ですんだと報道された。
七海はその報道を興味津々に眺めていた。朝刊の一面を食い入るように見つめながら、格納庫での準備を進めていた。
「……あの事件、なにか引っかかることでもあるの?」
赤城が訝しむと、それに七海は笑みを返した。
「ああ。どうやらこのジャーナリスト夫妻、僕たちが巻き込まれた『事故』の原因を探ってたらしいんだ。もしそれが本当だとしたら、また脅迫の材料が増える。そして――」
「……そして?」
赤城が用心深く訊き返すと、七海は目を細めた。
「この子に協力を仰げば、僕たちの大義名分は増える。この子を僕の所に連れてきてほしい」
その言葉に、赤城は信じられないという風に絶句した。そしてすぐに彼女の顔が怒りで赤く染まった。
「……いくら何でも、私たちの復讐にこんないたいけな子供を巻き込むわけにはいかない。私たちでけじめはつけるべきだよ!」
「だけど、この子はきっとこの国を恨んでる。きっとこのままだと『施設』送りになるから、まっとうな生活をさせたいなら僕らの所にいる方がいいんじゃないかな?」
「私たちの復讐に加担させることが、この子のまっとうな生活なの!?」
七海が説得するが、赤城には火に油を注ぐ結果にしかならなかった。彼らの口論に、周りが注目し始めた。
「……じゃあ、この子のところに行って、直接訊いてみようじゃないか。全て事実を話したうえで、ね」
「ちょっ――」
「じゃあ、僕は裏を取るためにちょっくらパソコンを弄ってくるね」
怒りで顔を真っ赤にしている赤城を置き去りにして、七海は格納庫を出た。彼の頭には、もはや次のビジョンが見え始めていた。
数日後、彼らに新たな仲間が加わった。あの事故の犠牲者の一人娘である、我那覇青河であった。
結局、この事件は単なる事故ではなく、七海が調べ上げた結果、『白金』と『日本自由の会』が裏で手を回して仕掛けたものであった――この事件がマスコミに取り沙汰された直後に、上層部の議員から暴力団の口座に大金が振り込まれていたのである。しかも証拠として、依頼の達成と報酬が振り込まれていることの確認のためのメールまで彼は掘り出した。
七海がこれを確認すると、彼は赤城と由利とともに我那覇を病院から連れ出した。自分たちのところに来れば、父と母の仇を取れると約束して。
始めは赤城はそれに反対していたが、七海が我那覇を説得して彼の側につかせたことで彼女も了承せざるを得なくなってしまった。それでも、母性からか彼女は我那覇を歓迎したが。
一行が我那覇を連れ出してから数か月後、航空艦の改造が終わった。黒一色に塗装され――ステルスの役割を持つ特殊な塗料を用いている――、動力源も安全に半永久的に稼働できる重力粒子生成型に改造されていた。
SWの方はまだ製造途中であったが、七海は出発させることを決めた。田の浦には資金の提供と日本政府がどのような動きをしているのかの報告を求め、見返りとして情報の保全を約束した。さらに彼は、この航空艦の存在を田の浦に抹消させた――これは田の浦が議員や『白金』の役員たちに口利きさせたことによって成功した。
航空艦は、何の邪魔もなく無事に飛び立った。その管制室の中に、我那覇・赤城・由利・そして七海は集まっていた。皆が黒一色の制服を着て、円状のテーブルの周りに置かれている椅子に座っていた。
「……これから、僕たちの『革命』はスタートする。皆、覚悟はいいね?」
七海の言葉に、当時六歳であった我那覇が頷いた――当時は髪は黒かった――。彼女は革命の意味は解っていなかったが、最愛の父と母の無念を晴らすことは考えていた。
「……俺も覚悟はできているぜ、チーフ」
「私も。この子を巻き込むのは、今でも少し気が引けるけど」
由利と赤城も、頷きながら返事をした。七海はそれに満足し、頷いた。
「よし。行こうか」
こうして、彼は日本への復讐、そして『革命』を始動させた――