一方的な戦い
七海がちょうど横須賀基地に降り立った時、散開した我那覇・赤城・由利の三人は上空で待機していた。これは由利の指示で、彼の機体である《マンスローター》がアンテナのような頭部に付いているモノアイとレーダ――これは頭部自体がレーダのような機能に特化しているのだが――で索敵しているので、他の二機が動けないためである。
「ねえ、まだなの?」
「もう少し待て」
我那覇の愚痴を由利は軽く受け流し、コクピットの中で索敵を続けている。彼に見えているものは、敵機の反応とその中での《剱》の一機のコクピットであった。
「俺が一発撃つ。それから俺が合図をするから、その時になったら進んでくれ」
「了解」
「分かった。さっさと撃っちゃってよ、おじさん」
待ちきれないとばかりに我那覇は催促するが、由利は落ち着きを払って《マンスローター》を操り始める。
すると、《マンスローター》が両腕を伸ばして前に出し始めた。両前腕部に装着されているコーン状の物体の先端は、由利がロックオンしている一機の《剱》の胴体を向いている。
「行くぞ」
由利が二人に向かって、地の底から響いているような低い声で指示をすると、その物体の先端が光り始めた。
そして、一筋の青い光が、音もなく発射された。
『ナンバーズ』が横須賀基地に到着したことは、待機しているSW大部隊にも知らされていた。彼らは焦燥感を露わにするが、上層部から指示がないと動くことができず、何もしないまま待機していた。《剱》に搭乗している隊長たちが指示を要求しても、『待て』の一点張りで何もさせてくれない。
「一体何を考えているんだ、上は!?」
一人の《剱》のパイロットが、コクピットの中で吠えた。『ナンバーズ』は確実に来ている筈なのに、自分たちには何もさせてくれない。上の人間たちが逃げるための時間稼ぎをさせられているのではないかと勘ぐる者さえもいた。
「まあまあ、落ち着け。奴らはまだ危害を加えないとの判断だろう。それにうちらの部隊の《蓮華》が常時スコープを覗き続けている。すぐに見つけられるさ」
一人楽観的な観測をする《剱》のパイロットが、苛立ちを隠しきれていないパイロットに通信を入れた。しかし返事は大きなため息のみで、パイロットは苦笑するほかなかった。
すると、《蓮華》のパイロットが立て続けに各々の隊長に向かって通信を入れた。《蓮華》のコクピット内では、アラームが鳴り響いていた。
「隊長! 二時の方向に熱源反応。非常に小さいですが、奴らが来たものと思われます!」
その通信を皮切りに、《蓮華》のパイロットから同じような内容の通信が《剱》に押し寄せる。隊長たちは、焦る隊員たちをまとめようとそれぞれの部隊に通信を入れた。
「皆、焦るな! 何が来ようと、我々は――」
不意に、青色のレーザー光線がSWの塊を襲った。
それが通り過ぎると、先程通信を入れたパイロットが搭乗していた《剱》のコクピットに赤熱した穴が空いていた。そのままジェネレータを撃ち抜かれたそれは、ツインアイの光が消えて自由落下に入った数秒後に空中で爆発した。
「うわああああぁぁっ!」
《燕》のパイロットの一人が悲鳴を上げた。他のパイロットも悲鳴を上げたり突然のことで動けなくなったりと、SWの陣形をめちゃくちゃに崩された。先程の光線で、撃墜された《剱》の後方で待機していたSW数機も腕部を破損したり武装を失ったりと、痛手を負っていた。
「お、落ち着け、落ち着くんだっ! 奴らは二時の方向に――」
残り四人となった隊長たちが、必死になって隊員たちを落ち着かせる。先の狙撃で相手の位置が分かったのは大きかったが、それが分かっても上からの指示がないと動けないので、必死に宥めるのに精一杯であった。
しかし、そこで第二の異変が起こった。《蓮華》のパイロットがそれにいち早く気づき、震える声で《剱》のパイロットに通信を入れる。
「……奴らが、来ました!」
《蓮華》のレーダには、三つの赤い丸が映し出されていた。それも生半可な大きさではなく、膨大な熱量を持っていることを示唆していた。
「馬鹿な! 奴ら、我々に気付いてたというのか!?」
『そのようです……き、来ます!』
「ええい……、戦闘態勢をとれ!」
上からの指示が中々来ないので、《剱》のパイロットは独断で『ナンバーズ』と戦う指令を下した。その言葉に反応して、SW大隊が敵反応がする方向へと突き進み始めた。
SW大隊が突き進んでいくと、そこには異様な姿形をした『ナンバーズ』のSWと思しき人型の兵器三機が驀進していた。それを確認し次第《剱》がビームソードを展開すると、後方の《燕》はビームライフルを――それが破損している個体は《剱》とともにビームソードを展開した――、《蓮華》はより後方でビームスナイパーライフルを構え始める。
「数的には有利だ! 我々の力を思い知らせてやれ!」
一人の隊長が発破をかけると、皆が触発されて雄たけびを上げた。《剱》と一部の《燕》が前線に飛び出し、後方では《燕》と《蓮華》はビームの弾幕を張り始める。
しかし、『ナンバーズ』の三機はそれを嘲笑うようにスイスイと避け続ける。目にも留まらぬ速さで動き、計二九のSWを翻弄する。
そして、ビームの弾幕が張られて攻撃ができないと思われていた中で、それは起こった。
『ナンバーズ』の薄い黄色の機体――《ドリーミング》が、両前腕の武器らしきものを展開し始めた。縦長の菱形が縦に割れ、その手側の割れ目からビームの刃が現れ始める。更に、腕に装着されているブースタから異音が響き始めた。
すると、ビーム刃が増幅されて、その機体と同じ程度の長さになった。それでも構わず、《剱》と《燕》は敵を斬らんと突っ込んでいく。
「隙だらけだ!」
《剱》のパイロットがそれを嘲笑う。しかし、それが彼の最期の言葉になった。
《ドリーミング》が両腕を一振りすると、近づいていったSW全てが光に呑まれていた。
それが通り過ぎると、《剱》四機と《燕》三機のコクピットが蒸発しているのが確認できた。
後方でビームライフルを乱射している《燕》のパイロットたちは、阿鼻叫喚した。司令塔である《剱》が全滅したこともそうだが、このような圧倒的な力を見せつけられたことに対して、彼らはこの戦いに勝てないと悟った――それは数の問題ではないことに気付いたのである。
「は、早く、逃げ――」
怖気づいた彼は、緊急脱出装置を作動させるスイッチを押そうとした。
しかし、敵前逃亡は許さんとばかりに、逃げようとした《燕》は頭から叩き割られていた。金属が拉げる音とともに、血のように真っ赤な大剣がそれのコクピットまで押し潰した。
《バーニング・ボディ》が大剣を引き抜くと、《燕》は墜落しながらジェネレータを炎上させて爆発した。そのモノアイが、次の獲物を睨みつける。
『ナンバーズ』が力の片鱗を見せつけた後は、一方的な虐殺が始まった。彼らは乗機よりも大きくスペックが劣っている《燕》や《蓮華》にも容赦はしなかった。
《ドリーミング》が両腕のビーム刃で《燕》を武器ごと切り刻んだかと思えば、《マンスローター》はコーン状の射撃武器を相手のコクピットに突き刺して冷徹に三発ビーム弾を発射した。後ろに下がりながらスナイパーライフルの照準を合わせようとしている《蓮華》を、《バーニング・ボディ》はその後ろに回り込んで大剣でジェネレータごとコクピットを貫いてみせた。
三機はまるで撃墜数を競っているかのように、嬉々として殺しを遂行していた。しかも機体には傷一つ付けず、完膚なきまでに日本軍のSW部隊を殲滅しようとしていた。
《燕》や《蓮華》のパイロットの悲鳴が響き次々と機体が燃え上がっていく中、『ナンバーズ』はそれに良心の呵責を一切感じずに淡々と相手を潰し続けている――《マンスローター》がコクピットを撃ち抜き、《ドリーミング》が機体全体を切り裂き、《バーニング・ボディ》が相手を物理的に潰す。
ついに最後の一機になった時、止めを刺そうと前に出たのは《バーニング・ボディ》であった。残った《燕》のパイロットは泣き叫びながらビームライフルの引鉄を引き続けるが、それらは掠りもせず敵はどんどん近づいていく。
「た、助け――」
しかし、彼の願いは届かなかった。
《バーニング・ボディ》は大剣を背部にマウントすると、右手を伸ばしてコクピットを掴んだ。そしてそのまま、紙を丸めるようにハッチを握りつぶした。拉げた鉄塊には赤黒い液体が飛び散っており、それを確認すると《バーニング・ボディ》は背を向けて二機と合流した。
待機していたSW大隊は、ものの五分足らずで全滅した。
「ソ……ラ?」
掠れ切った声。
雪音の目の前にいるソラ――七海空哉は、彼女に優しく微笑んだ。至る所にプラグが埋め込まれている仰々しいパイロットスーツに似つかわしくない顔を、雪音に向けている。
対して、雪音は何も言うことができず、ただ目を見開いて口をパクパクさせながら『ソラ』を見ていた。
死んだと思い込んでいた自身の最愛の人が、こうして目の前にいる。このことすら、彼女には信じることができなかった――信じろと言う方が無理があるのかもしれないが――。床にへたり込んで、その表情を焼き付けようとするかのように、彼の顔を凝視している。
縁無しの眼鏡、最後に会った時と変わらない短くまとめられた髪、そして優しい笑顔――全てが雪音の知っている七海の像と合致していた。
彼女は確信した。彼は、ソラは、本当に生きていて自身の目の前で笑っている、と。
「……ビックリさせてごめんね、水城さん。でも、僕も水城さんが討伐部隊の隊長さんだって知った時は驚いたよ。だから、おあいこ……かな?」
七海は無邪気に言った。その言葉が引鉄を引いたようで、雪音が言葉を出し始める。
「どう、して……」
彼女の頭の中は当然のように混乱していた。彼への多すぎる想いが頭の中でグルグルと駆け回り、口に出すことができないでいる。
すると、七海が雪音の方へ跪いた。そして、彼女の腋下に手を滑り込ませて立ち上がらせた。それでもなお、彼女は呆然とした表情で彼を見つめることしかできない。
「水城さん……」
口の中で飴玉を転がすように、七海は雪音を呼ぶ。ついさっきまで人を小馬鹿にしたような笑みを表現していた彼とは別人であるかのような優しいまなざしを彼女に向ける。
雪音は、何とか自力で立つことができていた。しかし、頭の中がフワフワとしており、立っているかどうかも理解していない状態であった。唯一理解していることは、今目の前に自身の恋人だった人物が自身を見つめているということだけであった。
すると、七海が雪音に顔を近づけた。雪音は小さく悲鳴を漏らし、身体を硬直させる。
「ずっと、会いたかった」
その直後、雪音の唇に七海の唇が押し当てられた。彼女にとって何年かぶりの彼との接吻であった。
雪音はワンテンポ遅れてそれに気づくと、目をかっぴらいて、鳥がさえずっているかのような呻き声を喉の奥から発し始めた。
しかし、少し経つと彼女は目を閉じた。
『ナンバーズ』であり、自身が『ソラ』と呼んで好き合った七海とのキスを受け入れてしまった。
目を閉じた瞬間、彼女の目から涙が一滴零れ落ちた。
すると、七海が雪音の腰に腕を回し始めた。彼女に隙を一切見せずに彼女の隊服のズボンのファスナーを下ろし、その中に左手を突っ込み始めた。更に彼はあろうことか、彼女の下着の中をまさぐり始めた。
流石にそれには雪音も仰天して咄嗟に拒絶反応を示し、顔を真っ赤にしながら七海を突き飛ばした。漸く二人の唇が離れ、雪音が尻餅をついて倒れる。
「な……っ、何するのっ!?」
雪音は顔を熟れたトマトのように真っ赤にしながら素っ頓狂な声を上げて七海を非難した。しかし当の彼は、歯牙にもかけない風にケラケラと笑っている。あと一歩進めば強姦となったのに、彼はどこ吹く風である。
「よかった。いつもの水城さんの声だ」
雪音は七海に言われて漸く気付いた――彼の前では、隊長という立場を無視して彼の恋人として接していたことに。いつもの凛々しい声ではなくより女性らしい声で彼をあだ名で呼んだこと、彼を一目見たときに身動きが取れなくなるほど動揺したこと、そして彼との接吻を喜んで受け入れてしまったこと――これらがその証拠だった。
それに気づいた途端、雪音は何も言えなくなり俯いた。七海と視線を合わせることすらできない。ついには彼女はその場で泣き出してしまった。
「……ごめんね。流石にさっきのはやりすぎかな?」
「……馬鹿ぁ。それもそうだけど……ソラが、生きてたから……」
すると、扉が開けられて勇気と恵良が血相を変えて飛び出してきた。
「隊長!」
「どうしましたか!?」
勇気と恵良が同時に叫ぶ。
そこで二人が見た光景は、顔を真っ赤にしながら枯れた植物のようにへたり込んでいる雪音と何故か上機嫌の先程までヘルメットのようなものを被っていた男だった。どのような状況なのかが二人には全く掴めなかった。
「隊長……これは一体どういうことでしょうか?」
勇気が雪音に恐る恐る尋ねると、雪音は白衣の袖で目をゴシゴシと拭った後、彼を睨むように見つめてズボンのファスナーを直し始めた。彼女は視界に極力七海を入れないように努める。
「い、いや、ちょっとな。この男が、いきなりヘルメットを外したから、ビックリしただけなんだ」
雪音が紅潮が引かない顔で早口で捲し立てると、勇気は腑に落ちないと腹の中で思いながらも頷いた。隣の男も笑顔で頷いているし、きっとそうなのだろう――二人は無理矢理納得した。
すると、男が微笑みを崩さずに二人の方を向いた。勇気は未だにキョトンとしており、恵良に至っては男を睨みつけている。
「自己紹介が遅れたね。僕の名前は七海空哉。『ナンバーズ』の指揮官みたいな存在だ」
七海がにこやかに自己紹介をした。彼の声で勇気は我に返り、敵愾心たっぷりに睨み始める。
「彼女の話は終わったみたい。でも、僕からも話したいことがあるんだ」
「……何だ」
勇気が冷たく言い放つと、七海の笑みが冷たいものに変わった。コロコロと変化する表情に二人は内心で困惑した。
「せっかく三人がそこにいるから、話しておこうと思ってね」
「何を話すんだと訊いている」
勇気は銃に手を掛け始めた。
すると、七海の顔から笑みが剥がれ落ちた。勇気と恵良は困惑を顔に出してしまった。
「僕たちが、どうして日本を変えようと思ったのか、だよ」
その言葉に、勇気は顔を真っ赤にした。自制が効かなくなり、ついに腰の銃を抜いてしまう。
「ふざけるなっ! 何が日本を変える、だ? お前たちのやってることは立派な『破壊』だっ」
「待ってよ。まだ話してもいないじゃないか。せめて最後まで聞いてから判断してほしい」
七海に冷静に諭されて、勇気の頭には余計に怒りが込み上げてきた。それを恵良が彼の右手を掴んで止めようとする。
「恵良――」
「癪かもしれないけど、ここはこの人の話を聞いた方がいいと思う」
恵良に諭されて、勇気は銃を下した。七海はため息をついて、二人と雪音を交互に見やる。雪音はいつの間にか自力で立ち上がっていた。
「そうだね。じゃあ、話そうか。僕たちが何故こうなったのかを」
七海が、歯を見せて笑った。