予期せぬ再会
討伐部隊の五人は、それぞれの持ち場に就く前に管制室で最後のミーティングを行っていた。隊長含む全員が険しい顔をして、それに臨んでいる。
更にこの場には、雪音の隣に田の浦が立っていた。彼女と同様に、その中で一際険しい顔をして討伐部隊の隊員たちを射るような視線で見つめている。
その中で、勇気はこれ以上ないほど緊張していた。自身が日本軍を目指すきっかけとなった憧れの人物が、今目の前に立っている。その人が《オーシャン》の中にいて、自分たちは彼を守らなければならない――彼は雪音の方を見ようともせず、只田の浦に視線が釘づけになっていた。
「お前たちには、これを渡そう」
そう言って雪音は、五人に通信用の無線付きのピンマイクを渡した。イヤホンを耳につけ、ピンマイクを隊服に付ける。
「奴はここに来るためにSWから降りてくるだろう。これで奴らが降りたときの状況を逐一私に知らせてくれ。私も指示をだすかもしれないから、常に電源は入れておいてくれ」
雪音の言葉に、搭乗口で待機する予定の礼人・賢・雪次は敬礼をして、了解、と大きく返事をした。
「勇気と恵良は、管制室の前で待機していてくれ。何かアクシデントが発生した時にいつでも抜けるように銃の用意は万全にしておいてくれ」
勇気と恵良も、了解、と返事をする。
「最後に、私から言いたいことがある」
雪音の目付きが俄かに鋭くなる。
「皆……、死ぬなよ」
その言葉に、五人は一斉に大声で肯定の返事を出した。その言葉を聞いても、雪音に笑顔は現れなかった。
次に、田の浦が咳払いをして此方に注目させた。元中将だけあって、五人は彼にまるで神仏と接しているような感情を抱いている。
「討伐部隊の諸君、私はこれが奴らとの最後の戦いだと思っている」
五人は黙って田の浦の話を聞いている。
「私を名指しで呼んだのには、きっと理由があるのかもしれない。だが、皆は気にせずに任務を遂行してほしい」
五人は大きく返事をした。更に田の浦が話を続ける。
「そして、もし私が人質に取られたり死んだりしても、皆は責任を感じなくていい。奴らを倒してくれ」
勇気はその一言で胸が締め付けられたが、溢れる気持ちを抑えて他の四人とともに敬礼付きの返事をした。
これでミーティングは終わり、五人はそれぞれの持ち場に就くために管制室を出た。
田の浦は来賓室に移動した――意味ありげな笑みを浮かべて。
管制室を出てすぐに、勇気が立ち止まって四人を見つめ始めた。
「……どうしたの?」
恵良に尋ねられても、勇気の表情は固いままである。すると、彼が口を開いた。
「礼人さん、賢さん、雪次さん――」
四人が不安げに勇気を見つめていると、彼が寂しそうな笑みを浮かべた。
「皆で、生き残りましょう。あいつらとの戦いが終わっても、こうして皆で集まりたいです」
その言葉に、今まで固い表情だった四人の顔に笑みが零れ始めた。礼人が勇気の頭を乱暴に撫で始める。
「寂しいこと言うんじゃねえよ! 俺たちは一つだ。皆で生き残るに決まってんだろ!」
「……そうですよね。きっと大丈夫ですよね!」
礼人が離れると、次に賢が勇気に近づいた。
すると、賢が勇気を抱きしめた。抱きしめられた勇気は驚きで目を大きく開いて固まってしまった。
「け、賢さん!?」
「ありがとうございます、勇気君。君の一言で、皆安心できました」
勇気から離れた賢は、子供のように笑っていた。勇気はまだ緊張しているのか、コクコクとぎこちなく頷くだけである。その横で恵良が頬を少し赤らめて見つめていたのには、彼は気づいていない。
最後に、雪次が勇気の手を取った。勇気の手よりも大きい雪次のそれは、勇気の手を包み込んだ。
「俺たちは死なない。お前たちの武運を祈る」
「……はい!」
雪次が勇気の手を離す。恵良も勇気の横で、三人に向かって敬礼をしていた。
「俺たちはもう行く。でももしかしたら、合流できるかもな」
礼人が笑顔で二人に言うと、二人は笑顔で返事をした。
そして、礼人たち三人は搭乗口まで歩きだした。管制室の前には、勇気と恵良の二人がその場に残って位置についた。
『ナンバーズ』は、ゆっくりと日本に向けて進軍していた。
その中の、炭のように黒い機体の《マンスローター》に搭乗している由利は、コクピットの中でレーダを駆使して周囲の状況を確認していた。
「……奴ら、俺たちに従う気はないそうだ」
T字のアンテナにモノアイが取り付けられただけの頭部、刺々しい胴、コブのように盛り上がっている肩部、両前腕に取り付けられているコーン状の武器のようなもの、そして装甲が殆ど肉抜きされている脚部――異形と呼ぶに相応しい格好である。
索敵性能に特化したような頭部で、由利は相手の出方を確認していた。
「どうして分かるの? 私のレーダーには全然映らないけど」
赤城は尋ねるが、やけに上機嫌な声である。索敵している《マンスローター》に、彼女の機体である《ドリーミング》が近づく。薄い黄色の機体に太陽光が反射し、光沢を生み出す。
全体的に刺々しい見た目で脚部の装甲が肉抜きされているところは《マンスローター》と共通しているが、彼女の機体で特徴的なところは、腕部に取り付けられた追加ブースタと両前腕に取り付けられている縦長の菱形状の武器のようなものである。モノアイが光る頭部は流線形で、少しでも空気抵抗を減らそうとしている。
赤城の問いにも、由利は表情を崩さない。
「討伐部隊の航空艦こそあるが、肝心の議員や『白金』の役員共がいない。生体反応が全く感じられん。その代わり、航空艦の前には三人の生体反応がある」
「討伐部隊の隊長さんと田の浦の護衛、ってこと?」
「おそらくな。さらに……」
そこで、もう一機が《マンスローター》の横に並んだ。我那覇が搭乗している《バーニング・ボディ》である。その名の通りに、燃えているかのように赤い。
刺々しい見た目は共通だが、両肩部と下腿部に追加ブースタが装着され、背部には相手を斬るよりは叩きつける方が適しているような大剣を装備している。更に両大腿部には、細い筒のような物体が取り付けられている。赤いモノアイが、ギロリと海を見下ろす。
「ねえねえ、それってさ、あそこをめちゃくちゃにしちゃってもいいってこと?」
我那覇が狂気に満ちた笑みを浮かべた。彼女がペダルを勢いよく踏みつけようとすると、由利から通信が入った。
「人の話は最後まで聞け、我那覇。横須賀から大分離れているが、SWの部隊がいる。数はざっと三〇、といったところか。もしめちゃくちゃにするなら、まずそこだな」
「やったぁ! これで……少しだけだけどパパとママの恨みを晴らせる!」
我那覇が狂ったようにケラケラと笑いだした。
彼女には、自身の親を殺した日本の全てが憎くて憎くて仕方がなかった。一秒でも早くこの悪魔共に目に物を言わせたい――彼女は再びペダルを強く踏み込もうとした。
しかし、そこでもう一機が割り込んだ。その白い機体は横並びの三機を追い抜いて、先頭に立った。
「落ち着いて、青河ちゃん」
七海が操る《フェイスレス》が、姿を現した。
純白の機体は他の機体同様刺々しい見た目をし、装甲は全体的に肉抜きされて骨のようになっている。他の機体とは異なり武装はビームライフルとビームソードとオーソドックスで、汎用性が高い。
しかし、この機体は先の三機よりも異形さを誇っていた。その理由が、通常であれば頭部がある所にどっしりと取り付けられている球体である。『顔無し』の通り、前面はのっぺらぼうであるが、後部には蓮のように小さい穴がびっしりと空いている。索敵上で肝要なカメラアイは、頭部の下に隠れるようにして一つだけ取り付けられている。
七海に諭された我那覇は、笑いながらも落ち着いた。七海は全員に通信を入れる。
「皆、聴いてくれ。これから横須賀に行くのは僕だけにする。青河ちゃん、由利さん、赤城さんには、後方に配置されているSW部隊を殲滅してほしい」
『お前だけで大丈夫なのか? 俺たちはすぐに片付けて戻ってこれる自信はあるが――』
「自信をもって言えます。僕は無事に帰ってくる」
由利の懸念に、七海はサラリと返した。それに由利は納得したのか、肯定の返事をした。
「僕は大丈夫。皆はどう?」
『私は大丈夫。安心して恋人に会ってきてね』
『私も大丈夫だよ! あいつらを皆殺しにしてくるから!』
残りの二人の返事を聞くと、七海はコクリと頷いた。それに連動して、《フェイスレス》の頭部も動く。
すると、俄かに七海の表情が真面目になった。彼の眼に迷いは映っていない。
「それじゃ、また横須賀基地で合流しよう。散開!」
七海の言葉で、由利・赤城・我那覇の三人は由利に追随する形でそのままの高度を維持して突き進んでいった。尋常ではない速さで、一瞬にして《フェイスレス》の視界から遠ざかっていく。
「待っててね……、水城さん」
七海は不気味なほど優しい笑みを浮かべて、急速に降下していった。白い機体は、あっという間に海面まで近づいていった。
礼人・賢・雪次の三人は既に持ち場に就き、『ナンバーズ』が来るのを今か今かと待ち構えていた。三人の拳銃を握る力が強くなる。無線からも、何も指示がない。彼らは無駄口を一切叩かず――叩けないと言った方が正しいか――、敵が来るであろう方角を見つめている。
すると、雪音から通信が繋がった。彼らの心拍数が俄かに上昇する。
『……『ナンバーズ』一機の反応がある。此方に近づいていくぞ』
「一機だけか?」
礼人が焦る頭の中を落ち着けて雪音に尋ねる。
『ああ。どうやら……、軍部の作戦は筒抜けだったらしい』
「……どういうことだ」
礼人は苦虫を噛み潰したような顔で無線越しの雪音に問うた。
『残りの三機の反応が、横須賀基地を通り過ぎた。奴ら、SWの大部隊を襲うつもりだ』
三人は凍り付いた。すぐに賢が我に返り、雪音に無線を繋げる。
「それでは……我々はいち早く救援に向かった方がいいのでは――」
『さっき上層部と掛け合ったが……、あいつら、全く言うことを聞いてくれない! 我々で対処するの一点張りだ』
雪音が上層部に呆れ果てている様が、無線越しでも三人にひしひしと伝わってきた。礼人は思わず頭を抱えて唸りだした。
すると、雪音が何かに気付いたように息をのんだ。ハッ、と無線から彼女の息をのむ音が聞こえたため、三人は再び無線に注目し始める。
「どうした?」
『……もうすぐ、奴が来る』
その言葉に、三人は一斉に空を見上げた。三人が一斉に、腰に携えている拳銃に手を掛ける。
雪音の無線から一瞬後、三人の視界にあるものが映った。それは初めは豆粒程度の大きさであったが、数秒も経たないうちに爆音を上げて空を切り裂かんとする勢いで此方へと向かってくる。
そして、それはついに降り立った。
純白の異形の機体が着陸した衝撃で強風が巻き起こり、三人を吹き飛ばさんばかりに襲い掛かる。三人は隊服をはためかせながらそれに耐え、『ナンバーズ』の機体を直視する。
三人を、俄かに恐怖心が襲った。得体のしれない機体を見た衝撃と、そこから放たれている殺気のようなものを感じ取っていた。それに耐えきれなくなった礼人はホルスターから拳銃を抜き取り、安全装置を解除した。
『礼人! まだダメだ。銃をしまえ!』
無線から、雪音の大声が飛んできた。安全装置を解除した音をピンマイクが拾ったのだ。礼人は、ああ、とだけ答えて安全装置を元に戻してからそれをしまった。
『ナンバーズ』の機体が降り立って数分が経過すると、ついにそのハッチが開かれた。三人が身構える。
そこから、男と思しき人物がワイヤを使って機体から降りてきた。その格好は、先の映像に映っていたそれとは異なり、吸盤のような形をしたコネクタがびっしりと付いた特殊なパイロットスーツのようなものを着用している。
身長は賢より少し高いくらいで、大柄とは言い難い。身体も細く、三人はこいつが本当にSWのパイロットなのかと疑いたくなっていた。
バイクのヘルメットのようなものを被った男がゆっくりと三人に歩み寄る。三人の手はホルスターにかけられ、いつでも拳銃を抜けるようにしている。
すると、その人物が三人と数メートル離れたところで立ち止まった。だが、三人の警戒心は薄れるどころか高まった。これからこの人物が何をしでかすか分からない――三人は一様にそう思っている。
「ヤア」
その人物が、ボイスチェンジャーを付けたような声で軽々しい挨拶をした。三人は険しい顔を崩さず、ただ睨みつけているのみである。
『まずは奴に目的を訊いてくれ』
無線から、雪音の指示が入る。彼女の声はやけに落ち着いている――もはや開き直っているだけなのかもしれないが。そこで礼人が率先して前進し、男と向かい合った。
「お前……、『ナンバーズ』か?」
「アア、ソウダヨ。僕ハ『ナンバーズ』ト呼バレテイル組織ノ一員ダ」
「単刀直入に訊こう。てめえらの目的は何だ?」
礼人が虚勢を張るようにガンを飛ばす。しかし男は、金髪の大男が鋭い眼光を向けているのにも拘らず物怖じしない。ヘルメット越しに表情を読み取ることができない礼人は、次第に焦りを感じ始めていた。
「目的? 君ノトコノ隊長サント、田の浦サンニ会イニ行クタメダヨ」
「何の用だ?」
「最終勧告。君タチノ軍デ話ガ通ジル相手ハコノ二人シカイナイカラネ」
それを聞いても三人の疑問は尽きなかった。更に礼人が深く突っ込み始める。
「何でうちの所の隊長と田の浦さんのことを知ってんだ?」
「マアマア。ソンナコトハ瑣末ナコトジャナイカ。ソレヨリモ……」
人を小馬鹿にしたような笑いを交えて礼人と話すと、男はそれを区切って西を向き始めた。
「アッチガ大変ナコトニナッテイルンジャナイカナ? 今頃、沢山人ガ死ンデイルカモ」
三人が男と同じ方角を向くと、彼らの目にカメラのフラッシュのような閃光が遠くで瞬くのが見えた。三人は青ざめて男を見る。
「てめえ――」
「グズグズシテイル暇ハナイト思ウケドナァ。早クコノ無線デ隊長サンニ許可デモ取ッテミタラドウカナ?」
礼人たちの憤怒をよそに、男は相変わらず小馬鹿にしたような態度を取り続ける。礼人は男を殴り殺さんばかりの勢いで詰め寄ろうとしたが、賢と雪次に止められる。
「礼人、ここは僕がやります」
「……分かったよ」
舌打ちをしてそう吐き捨てた後、礼人が引き下がる。代わりに雪次が前に出て、男への警戒を再開した。
後方で賢が雪音と話しているのを見て、男はクツクツと笑い始めた。それに雪次が反応する。
「何がおかしい?」
「イヤイヤ、早ク会エルノガ楽シミナダケサ。散々僕タチヲ苦シメテキタ頭脳ニ会エルンダカラネ。チナミニ言ットクケド、僕ハ丸腰ダヨ」
その言葉で、雪次は男の身体を触り始めた。男は何の抵抗もせずに雪次に身体を任せている。雪次は暫く調査して、男が言った通りに何も隠し持っておらず丸腰であることが判った。
すると、礼人が再び前に出た。男と雪次がそれに反応する。彼は青筋を立てて此方を見ている。
「なあ、訊くけどよ。もしここでお前をぶっ殺したら、その時はどうなる?」
物騒な質問に雪次は眉を顰めるが、男は動揺一つしない。
「ソノ時ハ簡単ナ話ダ。コノ横須賀基地ヲ残ッテイル僕ノ仲間ガ破壊スル。ココニ停泊シテイル航空艦カラ地下ノ原発マデ、完膚ナキマデニネ。ソウ命令シテアル」
その話を聞いて、三人は戦慄して黙り込んでしまった。これらをその男の言う通り残らず破壊すれば、首都圏一帯は確実に死の町となる。それどころか、日本、果ては世界中に放射能の汚染が広がってしまう。その被害の大きさを考えれば、とてもその男の話が戯言ではないように聞こえてしまった。
すると、今度は賢が男の前に向かい合った。
「隊長からの許可が下りました。これから我々とともに来てもらいます。下手な真似をすれば、分かりますね?」
「ソリャヨカッタ。ジャ、行コウカ」
男は遠足を楽しみにしている子供のようにはしゃいでいる。
三人はその男を不気味に思いながら、その背中に銃を突き付けて《オーシャン》の中へと入りこんだ。
勇気と恵良は、雪音の無線を聞いて戦慄した――これから『ナンバーズ』の男が此方に向かってくる、と。
二人の手は自然と銃のホルスターにかけられ、いつでも銃を抜きだせるように準備をしている。二人は互いを見ず、正面だけを鬼気迫る表情で見つめている。
自身を、日本を翻弄し続けた『ナンバーズ』の男は、一体どんな奴なのだろう――勇気の胸騒ぎは、今までとは比にならないほど大きくなっていた。恵良も同様に、呼吸を荒げながら正面を見続けている。
すると、正面から誰かが歩いて此方に向かってくるのが確認できた。勇気の喉仏が動く。
二人が見たものは、礼人・賢・雪次の三人に銃を突き付けられて厳重に連行されている、ヘルメットのようなものを被った男のような人物であった。パイロットスーツに浮かび上がっている得体のしれない文様の物を見て、二人は精神的な嫌悪感を覚えた。
連行された男が、二人の前に立つ。二人は男の表情の読み取れない顔を凝視している。
「……お前が、『ナンバーズ』――」
「コンニチハ。咲宮君ヲ殺シタ灰田勇気君」
勇気含むその場の五人は息をのんだ。以前からのミーティングで、『ナンバーズ』は討伐部隊のメンバーの名前を全員分知っているということは雪音に知らされていたが、そこまでピンポイントに当ててくるとは思ってもいなかった。
「……そうだ。お前たちは日本の敵だ。だから、俺が倒した」
勇気はきっぱりと言い放った。恵良が心配そうな目で彼を見つめる。その様子に、男はフッと笑った。
「大シタ愛国心ダ。デモオ喋リハココマデ。ココヲ通シテクレナイカ? モウ許可ハ出テルンダ」
「……分かった」
勇気と恵良は、男のために道をあけた。勇気は相手を不信感たっぷりで睨みつけるが、男は意に介さずドアの前に立った。
「私たちは非常時のために、貴方を見張るためにここにいます。いいですね?」
「別ニイイヨ。外ガ大変ナコトニナッテルケド、ソレデモイイノナラ、ネ」
男の言葉に、恵良は動揺して礼人たちの方を向いた。視線を向けられた礼人は、気にするなと言わんばかりに首を振る。
もう一度ドアの方を向いた恵良が、管制室のドアをノックする。
「……奴を連れてきました」
「通せ。それと、礼人・賢・雪次にはSWを動かす許可を与える。格納庫へと急げ」
後ろで立っていた三人が無線に向かって、了解、と返事をすると、一目散に駆け出していった。それを見届けた勇気と恵良は、もう一度男を見つめる。
勇気には、この男の心情を読み取ることができなかった。討伐部隊という精鋭が駆けつけていったのに、この男は止めもせずただ隊長に会いたがっている。余程余裕があるのか、それとも彼らを見くびっているのか――勇気は内心で困惑しながら男を見つめていた。
男が、センサに触れて扉を開けた。そこには既に雪音が仁王立ちしていた。
「ようこそ、討伐部隊の母艦、《オーシャン》へ」
雪音が笑みを浮かべていた。その笑みは余裕があるのか虚勢を張っているだけなのかは勇気と恵良には分からなかった。男はそれに対してクツクツと笑い声を上げた。
「隊長……!」
「もう大丈夫だ、勇気。お前たちは下がってていい。こいつが何も武器を持っていないことは既に情報にある。いざとなったらこれもあるからな」
そう言って雪音は、白衣の裏から拳銃をちらつかせた。勇気と恵良はそれに注目する。
「私も軍人だ。銃の使い方くらい分かる」
すると、恵良が後ろに下がり始めた。それを見て勇気は少し驚くものの、再び雪音の方を向いて意を決したような表情を彼女に向ける。
「……悲鳴が聞こえたら、飛んできます。ご無事で!」
「隊長、どうか、ご無事で!」
勇気の後に、恵良も雪音に声をかけた。雪音が頷くと、空気を読んだかのようにドアが閉まった。
勇気と恵良は、ドアを見続けることしかできなかった。
ドアが閉まると、雪音の笑みは消えた。
彼女は、目の前に立っているバイクのヘルメットのようなものを被った男を見続けている。彼女はその男に、大きな警戒心と少しの侮蔑、そして小さな既視感を抱いていた。
この距離感だけで、雪音は男の身長と体型、そして男が出すオーラのような精神的な何かで何か懐かしいものを感じ取っていた。彼女はしかし、その可能性を完全に捨て去った。いきなり会ったテロリストに懐かしさを覚える方が馬鹿げている――彼女は自虐した。
しかし、ドアが閉まってから男が完全に無口になったことに、雪音は不気味さを覚えた。自然と腰の拳銃に手が伸びる。
すると、男が両手を挙げた。まるで自身に敵意が無いかのように。
「待ッテヨ。僕ハ君ト話ガシタイダケナンダ」
「……それならすぐに済ませようか。私たちはお前たちには屈しない。それと田の浦さんと話がしたいならば、彼は今ここのすぐ近くの来賓室にいる。その時はあの二人の護衛付きで話してもらう」
雪音は男に有無を言わさず、要点だけを確実に伝えた。その迫力に圧されたのか、男は黙ってしまった。
しかし、雪音の頭に引っかかることがあった。
『君』という単語――その一言だけで、彼女は硬直してしまった。何故初めて会うはずの自身を馴れ馴れしく呼ぶのか、彼女はどうしても気になってしまった。
すると、男は挙げていた手を頭に持っていき、ヘルメットのようなものを取り外そうとした。雪音は銃に手を掛けたまま、息を殺してそれを見続ける。
男が、完全に頭のものを脱いだ。彼の顔が、露わになる。
その顔を見て、雪音は目を見開き、口を大きく開けて茫然とした。あまりの驚きに、脱力して膝を床に付けて割り座になってしまう。呼吸が速くなり、顔が紅潮していく。
「久しぶりだね、水城さん」
雪音が亡霊を見ているかのような顔で男を見るのも至極当然のことだった。
彼女が死んだと思い込んでいた、『ソラ』が、そこに立っていたのだから。




