映像
『白金』の護衛任務から、ちょうど半年が経った。
『ナンバーズ』はこの間には攻めてこず、猿ヶ森のメガフロートの復興作業は順調に進み、八割方修復されていた。なお、そこで死亡した兵士たちは福島に共同墓地が作られてそこに一人ずつ手厚く葬られ、遺族には遺族手当が白金重工業から支払われた。
討伐部隊は、母艦となっている《オーシャン》で日本上空を巡回していた。レーダを駆使し、防御が手薄になっている千歳や呉を中心に厳しく監視していた――そこの兵士たちは、猿ヶ森のメガフロートの復興作業に回されていた――。
その間にも、国から受け取った予算で、五人のための新たなSWを横須賀基地で開発していた。製造開始から半年近くが経った今、彼らは巡回を一旦止めて横須賀基地に停泊していた。
勇気たち五人は、雪音に率いられて横須賀基地のSWの格納庫に来ていた。そこでは、くすんだ水色の作業服を着た人たちが鈍い銀色の機体の周りで必死に作業をする光景が見られた。
勇気たちは、その光景に見惚れていた。一目見ただけで今までのSWとは異なるという雰囲気を、彼らが見ている五機は放っていた。ツインアイなのは五機とも変わらないが、全体的に流線形になっているものや腕部が異様に肥大しているもの等、それぞれに個性が出ている。
「……凄い! これらはもうすぐで完成するんですか?」
「ああ。色は前のSWと同じにするから、後は名前だけだ。尤も、正式名称はもう既に上に提出しているがな。我々で決めるのは愛称だ。《ライオット》とか、《ウォリアー》とか――」
「今度はもっとカッコいい名前にしろよ」
礼人が苦笑しながら雪音に突っ込む。彼女は憮然とした表情でSWを見るだけで、彼の方は見ようともしなかった。
すると、一人の作業員が彼らに気付いて急ぎ足で此方に向かってくるのが見えた。その姿を見て、まず礼人が微笑む。
「皆様! お疲れさまです!」
「おいおい……仕事ほっぽってきたのか、黄瀬?」
駆け寄ってきた人物は、舞香だった。彼女はお辞儀をしながら挨拶をして、礼人を見かけるなり彼の左腕に組み付いた。
「皆さんがお揃いで来たもんですから……」
「離れろ、おい……」
「いいじゃないっスかぁ、半年ぶりっスよ!」
礼人と舞香がそのような仲になっていることは、半年のうちに討伐部隊の隊員に知れ渡った。始めはそれに抵抗感を抱いていた礼人も、今ではこのようなのろけているところを見せつけても拒否反応は起こさなくなった――未だに恥ずかしさは感じているが――。
そのことを知った勇気は、当時心底驚いていた。男女の仲がこのようなものに発展するとは思ってもいなかった。それを知った途端、彼は改めて恵良を意識するようになった。
恵良も同様だった。彼女は勇気のことを好いているので、舞香のそのような姿勢にはなんとなくだが勇気をもらっていた。実際、彼女と彼の仲は半年前から変わらずいいが、そこまでは発展していなかった。いつか自分も彼と――そう考える度に、彼女は気恥ずかしい思いに翻弄された。
すると、雪音が咳払いを一つした。舞香がそそくさと離れる。
「舞香、責任者に会わせてくれないか?」
「分かりました!」
舞香は背筋をピンと伸ばした後、急ぎ足で責任者の下へと走って行った。責任者は、中央に位置するSWの整備を監視している。
「それからお前たちは、艦に戻っていてくれ。私は彼と話した後会議に出席する」
五人は声を揃えて、了解、と返事をした。雪音は頷き、責任者の下へと歩き出した。
五人は《オーシャン》に戻るために、格納庫を駆け足で出た。
雪音はSWの開発責任者と一通り話を終えた後、横須賀基地の中の大会議室へと出向いていた。既に部屋の中にはスーツや軍の制服を着た男たちが集っており、厳かだが異様な雰囲気を醸し出している。その中に女性は雪音のみで、彼女が白衣姿ということもあって、一際この中で目立っていた。
雪音はそこで、えんじ色のネクタイを締めてねずみ色の背広を纏った老人――田の浦の隣に座った。互いに目を合わせて微笑む。
「……お久しぶりです。田の浦さん」
「こちらこそ。討伐部隊の活躍は、目覚ましいものがあるね」
「身に余るお言葉、恐縮至極です」
そう言って、雪音はぺこりと頭を下げた。
すると、壇上に一人の軍人が上がるのが見えた。それを見た田の浦は雪音に示して、正面を向けさせる。
会議は円滑に進んだ。途中、雪音が『日本自由の会』の議員と『白金』の役員から質問を受けることがあったが――内容は討伐部隊に割り振られた予算についてである――、彼女はそれに詰まることなく答えた。相手からは執拗に尋ねられたが、彼女はそれをものともせず予算の使い道について事細かに説明した。
しかし、二時間続いた会議が終了する直前、異変は突然に起こった。
黒いスーツ姿の男が、血相を変えて会議室に飛び込んできた。皆が彼に注目する中、男はバタバタと音を立てながらチェアマンに近寄ると耳打ちをした。すると、チェアマンの目の色が明らかに変わった。
「皆様……重要な情報があるとのことです」
チェアマンは茫然とした表情で、駆け込んできた男にマイクを渡した。男の身体は恐ろしく震えている。
「……奴らが、『ナンバーズ』が! 公共の電波を乗っ取って放送を始めました! 今は全ての放送局が復旧していますが、マスコミはその話題で持ちきりです!」
震えた声で男が言うと、会場は俄かにざわついた。雪音や田の浦も、目を見開いて男を見つめている。どういうことだ、等、議員たちからは怒号が漏れている。
「その様子が録画されております。これに……」
男が取り出したものは、一枚のDVDロムだった。それを早速プレイヤーに挿入し、再生する。
その場にいる者全員が、それを固唾を呑んで見守り始めた。
始めに映ったものは、どこを映しているのかも分からないような真っ暗な空間。その映像が十秒ほど続くと、画面の右端から一人の男と思しき黒ずくめの人物が現れた。その人物はバイクのヘルメットのようなもので顔を隠しており、表情を窺うことはできない。
男が、画面中央に位置している椅子に座る。背もたれに背を預け、非常にリラックスしたような体位になっている。
「ゴキゲンヨウ、諸君」
ボイスチェンジャーを使ったような声。一声一声に、その場にいた議員たちはざわついた。
「僕ハ、君タチニ『ナンバーズ』ト言ワレテイル組織ノ者ダ」
手振りを交えて、男は言う。雪音はそれを自然と睨みつけていた。
「僕ガ何故、今ニナッテ君タチニコウヤッテ挨拶スルノカヲ教エヨウジャナイカ」
この動画を真剣に見つめている雪音には、田の浦やその他の議員、そして『白金』の役員たちの顔が蒼白になっていることに気付いていなかった。
「僕タチハ、三年前ノ沖縄ノ事故ニ関連シタ犠牲者ダ」
その言葉に、雪音は耳を疑った。室内が怒号と混乱に包まれた。
そんな中でも、録画は流れ続ける。
「モウ少シ詳シク話ソウ。僕ラハ沖縄ノ事故、イヤ、意図的ニ仕組マレタ罠ニ巻キ込マレタ。サラニ、僕ラノ中ニハ、アノ夫妻ノ子供モイル」
男が愉快気に話す中、会議室の中は対照的に混乱で頭を抱える者が続出していた。雪音もそのうちの一人だが、彼女だけは正気を保とうとして必死に話に耳を傾けている。
「議員ノ皆サンヤ『白金』ノ皆サンハモウ既ニオ気ヅキカモシレナイケドネ、僕ラガ誰ダカヲ。貴方タチハ私利私欲ノタメニ僕ラヲ潰シタ。『原子力』トイウ甘イ蜜ニ吸イツキタイガタメニ僕ラヲ潰ソウトシタ」
室内は、騒然となっていた。止めろ、と何人もの議員や『白金』の役員たちが声高に主張し始める。しかし、男は茫然として話を聞いていないのか、手にあるリモコンを動かそうとしない。
「ダカラ、僕タチハコノ日本ニ復讐スル。僕タチノ方ガヨリ良イ技術ヲ持ッテイルコトヲ証明スルタメニ、コノ子ノ仇ヲ取ルタメニ」
雪音の頭の中はくらくらとし、今にも倒れそうになっていた。この男の言っていることが本当だとすれば、ソラは政府の謀略によって殺されたことになる。俄かには信じられないそれを、彼女は信じそうになっていた。
しかし、男がここでクツクツと笑い始める。雪音は我に返り、動画に目を向ける。
「デモ、僕ラハ最後ノ赦ス機会ヲ与エヨウト思ウ。五日後ノ正午、横須賀基地ニ『日本自由の会』ノ閣僚級ノ人タチト、『白金』ノ会長ト社長ヲ含メル役員タチ全員ヲ集メテホシイ。彼ラニ僕ラニシタコトヲ謝罪サセル。ソウスレバ、僕タチハ大人シク捕マロウ。死刑ニダッテナッテヤル」
その宣言に、またもや場はざわついた。ふざけるな、何を言っているんだ、等の罵声が、顔面蒼白の議員たちから飛ぶ。
少し間を置いて、男が再びしゃべりだした。
「モウ一ツ条件ヲ出ソウ。討伐部隊ノ隊長サント、討伐部隊ノ創始者ノ田の浦晋一ハ、母艦デ待機シテイテクレ。是非トモ話ガシタイ。後、僕タチノ条件ニ従ワナカッタラ……ソノ時ハ分カルヨネ?」
その言葉で、名指しされた二人に一斉に視線が刺さった。雪音の額からは冷や汗が流れ、田の浦に至っては今にも倒れそうな表情になっている。
「ソレジャアネ。五日後ヲ楽シミニシテルヨ!」
その言葉を最後に、映像はブラックアウトした。
映像が終わると、その場にいた者全員が混乱し始めた。雪音は唇を噛み締めて俯くことしかできなかった。
「この映像は、フェイクではないのか!?」
「誰かの悪ふざけだ!」
「もし本当の『ナンバーズ』が送ったとしても、閣僚たちはどうする? 『白金』の人たちはどうする? 討伐部隊と田の浦はどうするんだ?」
様々な意見や怒号、罵声が国会での野次のように飛び交っている。実態が掴めていないので、皆事態を把握していない。映像の解析も進んでおらず、これが真実なのか虚構なのかも分からない状況の中、男たちは狼狽えている。
しかしそこで、机を叩いて田の浦が立ち上がった。腹を括ったと言わんばかりの表情である。雪音が彼を見上げる。
「静粛に! これが事実だろうが嘘だろうが、我々は狼狽えてはいけない! ただ一つ、確実に言えることがある。『ナンバーズ』に屈してはいけないということだ! 私は討伐部隊の母艦に参ろう。閣僚級の議員も『白金』の役員も全員出すな!」
一気に場が静まり返る。するとその直後、『日本自由の会』の議員と『白金』の役員たちから喝采の声が上がった。与党の賛成多数ならば、田の浦の考えは採用されるだろう。
しかし、田の浦に異議を唱える者が現れた。『日本自由の会』以外の野党に所属している議員である。
「だが、もし彼らの要求が事実だとしたら、貴方の言った通りにすると日本は破滅するんだぞ! それでもいいのか!?」
「その時は!」
ここで、雪音が大声を上げて立ち上がった。凛とした表情で、その議員を射るような目で見る。
「その時は、この討伐部隊が、お守りいたしましょう!」
「だが――!」
「貴方たち野党の皆様は、与党の人間たちを生贄にすることで丸く収まるとでも思っていらっしゃるんですか? そんなわけはないでしょう。奴らは、日本全体に対して復讐しようとしているんです! 当然、言及されていないだけで貴方たちは勿論ターゲットですよ! そのような甘い考えは捨てることですな!」
雪音のきっぱりとした口調に、その議員は口を噤んで恐れをなしたようにへなへなと椅子に座りこんだ。雪音は大きくため息をついた。
「チェアマン」
「は、はい! これで会議を終わらせていただきます!」
会議が終わったことを告げられると、皆が一斉に会議室を出た。
その後は、雪音や田の浦含む会議の参加者一人ひとりがマスコミのマイクやカメラに囲まれたことは言うまでもない。
マスコミの波を潜り抜けた雪音は、一足早く《オーシャン》に戻っていた。管制室で独り息を大きく吐きだし、映像の中の男の言葉を思い出す。意図的に仕組まれた罠、日本への復讐、三年前の沖縄での事故の犠牲者、そして自身は兎も角田の浦を《オーシャン》で待機させるという条件――全てにおいて、彼女の頭の中で引っかかるものがあった。
まず、沖縄の件の事故が『意図的に仕組まれた罠』ということ自体が彼女にとって衝撃的であった。だとすれば、ソラはここで殺されたのかもしれないと、彼女は再び考え始めた。
――まさか……そんなことはないよな……
ソラのことを考えると、雪音は自然と涙ぐんでしまう。勿論、全てがこけおどしである可能性も捨てきれなくはなかったが、彼女は沖縄の事故に縁があるのでどうしても真実味を帯びていると感じてしまう。
しかし、彼女はそれ以上そのことを考えず、今後の対策を講じようとした。
「五日後、か……。それまでに間に合わせられる、か?」
雪音は会議の前に、SWの責任者と話し合った。彼女はそこで、あと一週間もあれば動かせるようにはなると告げられた。調整を考えればそれ以上はかかる――彼女は責任者のもとに電話をかけた。
「もしもし、私だ。あの放送は見たな?」
『はい……』
「見たんなら話は早い。あと四日で動かせるようにしてくれ。調整は此方で行う」
そう言って、雪音は一方的に電話を切った。時間がないことは、向こうも重々承知していた。
「さて……次だ」
雪音は呟くと、艦内に放送を繋げた。
勇気たちは、雪音に緊急のミーティングと言われて呼び出された。彼女の口調が焦っている風だったので、彼らは駆け足で管制室へと急いだ。
五人が管制室に集まると、雪音が憔悴しきった顔を彼らに向けた。五人が一斉に驚いた表情を見せる。
「集まったな。重要な話だ。聴いてくれ」
雪音が話し始めた。
会議で突然『ナンバーズ』が公共の電波を乗っ取って放送を流したこと、そこで流れた内容と彼らが提示した条件、そして会議室内で下した決断を、雪音は五人に詳細に伝えた。五人は驚愕していたが、とりわけ勇気が驚きのリアクションを見せた。
「あいつら……」
「落ち着け、勇気。我々がすることは『ナンバーズ』の討伐だ」
「承知しています、ですが……」
勇気は拳をギュッと握りしめて震え始めた。勇気以外の五人が、彼に注目する。
「……勇気?」
恵良が心配そうに尋ねるが、勇気は雪音の方を向いた。
「奴らが、直接姿を現すんですね?」
「……その可能性が高い」
「ならここで、奴らを倒すチャンスですよ! これで日本が救われるなら……自分は迎え撃ちます!」
雪音の話を聞いて、勇気は決意を固めた。
日本を守るために討伐部隊に入り、今までそれを成し遂げてきたが、無人機を叩いただけで首謀者は叩けていなかった。そしてやっと本丸が姿を現す――その事実だけで、勇気に武者震いが起こった。これで日本を救うことができるならば、彼は隊長の作戦に乗り気になった。
――俺は……好きな日本を守るんだ!
勇気がきっぱりと言い放つと、雪音の頬が緩んだ。それを見て、彼はキョトンとする。
「よく言ってくれた。ありがとう。皆も、勇気の意見に相違ないか?」
雪音が問うと、勇気以外の者は笑顔を見せた。
「勿論! 俺はやってやるぜ! あいつらをついに、本当の本当にぶっ潰せるんだ!」
「勿論、そのつもりです。討伐部隊に入った以上、『ナンバーズ』は討伐しなければなりませんから」
「自分もです。隊長」
礼人・賢・雪次がそれぞれ決意を口にする。
「隊長。自分は討伐部隊の皆さんに命を救われました。その恩に報いたいです。私もやります!」
最後に、恵良が決意を口にした。すると、雪音が勢いよく立ち上がった。
「決まりだな。奴らと戦おう!」
五人が、了解、と大声で返事をして敬礼をする。ミーティングは、士気を高めて終わりとなった。
勇気は自室に戻り、先程のことについて考えていた。
無人機を失った今、奴らは何を使ってくるか分からない。SWを使ってくるかもしれないし、核のような大量破壊兵器を用いてくるかもしれない。勇気は震える手を見つめていた。
だが、勇気はその手で拳を作った。怖くなんかない、自分が全ての決着をつける、奴らの言い分なんか知ったこっちゃない――勇気は強気に考えた。
「俺が、日本を救うんだ……」
勇気は天に向かって呟いた。彼の心は、燃え盛っていた。
ミーティングが終わり、雪音は少し休憩していた。本当は休憩する暇などないのに、彼女の身体と心は疲弊して動けなくなっていた。
そんな中で彼女はふと、勇気の言葉を思い出した――これで日本が救われるなら。
「日本を救う、か」
雪音は独り言ちた。彼女は、二つの正義について考え始めた。
日本は『ナンバーズ』に国会議員や『白金』の重役が狙われて、殺されかけた。更には猿ヶ森基地の隊員を全滅させられ、彼らに対して強い憎悪が日本国民の中に流れていた。日本には、殺された軍人や国民を脅かした『ナンバーズ』を全滅させるという正義がある。
対して、『ナンバーズ』はどうか――雪音は考え始めた。映像で男が言ったことがもしも全て本当であれば、彼らには復讐の大義名分がある。彼らもまた正義を掲げている、と彼女は考えた。さらに、彼らは上層部を一掃して日本を救おうとしているとすら考えられる。テロではあるが、彼らもまた日本を救いたいのか――彼女は邪推した。
「日本を救う、か……」
雪音は天を仰いだ。彼女の独り言は、天に上った後霧散してしまった。