切札
勇気が目覚めた直後、彼らもまた動き出していた。
『ナンバーズ』が拠点としている航空艦、《ゴルゴロス》。黒ずくめの彼らはその管制室のテーブルの前に集まっていた。だがその表情は暗く、まるで葬式のような空気になっている――一人を除いて。
「……クソがっ! 何でアタシが――っ!」
「怒っても仕方がない。次の手を考えるぞ、我那覇」
我那覇――六年前の事件の犠牲者である我那覇夫妻の一人娘である、我那覇青河である――と呼ばれた金髪の女の子がいきなり吠えると、右隣に座っている壮年の男性が窘めた。彼女は男性を睨みつけると、力なく俯いた。
すると、左隣に座っている女性が我那覇の頭を撫でて微笑んだ。
「大丈夫。私たちには『切札』が残ってる」
意味深な単語を耳にして、我那覇は女性の方を向いた。
「切札……、って?」
「七海君が直に話してくれる」
我那覇が頷くと、管制室のドアが開いた。三人が一斉にそちらを向く。
そこには、意味ありげな笑みを浮かべている七海がスマートフォンを持って立っていた。彼の姿を目にした途端、三人が一斉に立ち上がる。
「今回の件は、僕でも予想外だった。彼らの進化は目覚ましい」
「悠長なことは言ってられないぞ。すぐにでも仕掛けなければならん」
「分かってる。だからこれからのことについて、旦那と話してきた」
壮年の男性の言葉を軽くいなすと、七海が歩き出して椅子に座った。彼が着席するのを確認すると、他の三人も同時に座った。
「旦那が言うには、討伐部隊に新型のSWの開発予算が与えられたそうだ。もしかすると、重力粒子を使うかもしれないとも言ってた」
七海があっけらかんと言い放つと、壮年の男性が顔を顰め、女性は驚いたような顔をした。
「重力粒子? 今の日本に、私たち以外でこれを扱える人なんているの?」
「心当たりならある」
「誰だ?」
男性が尋ねると、七海が目を細めた。
「討伐部隊の隊長さん、水城雪音って人」
「何で七海さんはその人を知ってるの?」
我那覇が首を傾げて七海に尋ねる。すると、彼はクスクスと笑い始めた。我那覇は訝しみ、彼女を挟んでいる大人二人は不気味に感じて眉を曇らせる。
「彼女は僕の恋人だからさ。中学生時代からのね」
臆面もなく言い放つと、三人は口をあんぐりと開けて彼を見つめ始めた。彼の自分語りが始まった。
「彼女とは色々やったなぁ……。一緒に遊んだり、一緒に学んだり……、重力粒子のことを語り合ってた頃が一番楽しかったよ。青河ちゃんには言えないことも、ね」
「分かった分かった。んで……、彼女は優秀なのか?」
壮年の男性が、七海の自分語りを止めさせる――これ以上喋らせると彼が暴走しかねないと判断したのだ――。七海は男性の方を向いた。
「ああ。超がつくほど優秀さ。それこそ、今の日本には勿体ないくらいね。言っておくけど、これは僕が彼女のことを愛していること抜きで考えていることだ。要するに、過大評価じゃない、ってこと」
三人が頷く。しかし、我那覇だけは話に追いついていない風に困惑している。彼に恋人がいたことは三人にとって初耳であり、特に彼のことを尊敬している我那覇にとってそのことはショックに近い出来事であった。しかし、彼女は首を横にブンブンと振り、頭を切り替えようと努めた。
「……どうしたの?」
「ううん、何でもない……あ、そうだ。『切札』って何?」
『切札』という単語を聞いて、七海はハッとしたような顔をした後、ニッコリと笑った。
「……そうだね。その話をしようか」
管制室の空気が一気に張りつめたのを、その場にいた七海以外の人物は感じた。
「『切札』って言うのは、僕ら専用の有人機だ。咲宮君が乗っていたものみたいに、筋電位を利用して動く代物だ。これなら、コクピットでの操作よりもダイレクトに機体が動いてくれる。武装の方も、今までのものよりも強化する」
大人二人は頷きながら話を聞いているが、我那覇にとっては何のことだかさっぱり解っていない。それに気が付いた七海が、慌てて補足する。
「えっと、要するに、もっと動かしやすくなってもっと強くなる、ってこと。青河ちゃん、分かった?」
「う、うん!」
我那覇は七海に引きつった笑顔を見せた。
すると、我那覇と入れ替わるように七海から笑顔が消えた。
「だけど、有人機ということは……解ってるね?」
「ええ。失敗したら、死、でしょ?」
七海が頷くと、四人の間の空気が重くなった。しかし、我那覇はそれを吹き飛ばすかのようにフッと息をついて皆を注目させた。
「アタシは……、もう死んだっていい。成功したらパパとママの復讐ができる。失敗してもパパとママの所にいける」
「我那覇……」
「そんな悲しい目しないでよ、浅葱おじさん。アタシはもう決めてる」
我那覇は、浅葱と呼んだ男性に半ば開き直ったように言った。男性――由利浅葱――はため息をついて、再び七海と向き合った。
「……俺は初めからそう決めている。お前の考えに殉じよう」
「私も、最初からそのつもり。私たちを消そうとしたことを後悔させてやりましょう」
二人も決心をした。七海に真摯な眼差しを向ける。
「由利さん、赤城さん、ありがとう」
由利と、赤城と呼ばれた女性――赤城七葉――が頷く。二人の返事を聞いた七海は、再びニッコリと微笑んで立ち上がった。三人が彼を見上げる。
「よし、決定だね。僕に命を預けてくれてありがとう。感謝してもしきれない。だからこそ、この『革命』は絶対に成功させなければならない」
七海の言葉に、三人が頷く。七海は凛とした表情になっている。三人の方も、七海を信頼しているような眼差しを向けている。
すると、七海が踵を返して管制室を出ていった。彼はそのまま歩き出して、格納庫へと向かった。
「……君が隊長とて、容赦はしないよ。僕らには僕らのやり方があるから……」
七海は、ボソリと呟いた。脳内の雪音に向かって、相手にも自分にも刻み込むように――。