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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
出会いと始まり
5/72

始まり

 勇気と恵良の二人は航空艦の一階にある管制室へと向かっている。先ほどまでの笑みは消え、お互いに無言になり、ピリピリとした空気が二人の周りに漂い始める――しかし、二人とも身につけているものがバスローブなので、真面目な顔で歩いている姿は滑稽に映るかもしれない。

 しばらく経って、二人は管制室の目の前に来ていた。すると、管制室のドアの目の前まで来たところで管制室のドアが開き、一般の兵士とは外見が異なるパイロットスーツを着た男が三人、部屋から出てきた。真ん中の男がブツブツと愚痴らしき言葉を吐いている中、勇気と恵良は立ち止まって出てきた男たちを見つめている。男たちはバスローブ姿の二人には気付くことなく、二人が通った道とは逆方向に向かって歩いていき、そのままエレベータに乗って消えた。背の高い金髪の男が真ん中を歩き、男たちの中では一番背が低く眼鏡をかけた男が左側を、五分刈りで三人の中では中間の背をした体格のいい男が右を歩いていた。討伐部隊の三人だろう、と勇気は考えた。

 すると再びドアが開き、今度は隊長の雪音が現れた。目をきつく瞑って小さい体で唸りながら伸びをすると、男たちが去って行った方へと歩き出した。

「あ、あのっ」

 勇気が雪音を呼び止めると、彼女はきょとんとした顔で振り向いた。



 勇気と恵良は、管制室の中で雪音に討伐部隊に入隊したいことを伝えた。

「そうか。で、答えなくても構わないが、なんでこの部隊に入りたいと思ったんだ?」

 雪音が尋ねると、勇気がまず口を開いた。

「自分は、この国にとって役に立てる存在になりたいと思い、国防軍に入りました。今は『ナンバーズ』がこの国に襲撃してきています。ですから、『ナンバーズ』からこの国を守りたいと思い、この部隊に入りたいと思いました」

「ほう。この国を守りたい、か。話は逸れるが、なぜこの国を守りたいと思ったんだ?」

 勇気は少し黙った後、口を開いた。

「この国は……自分の親みたいな存在なんです」

「と言うと?」

「自分は、孤児でした。自分が生まれてすぐに父と母は事故で亡くなって、国の保育施設に引き取られて、そこで一五年過ごしました。だから、この国は自分の親みたいな存在だと思ったんです。それで――この国の役に立ちたい、と思いました」

 恵良は驚愕して思わず勇気の方を見た。彼の境遇を考えると、国を守りたいと思うのも理解できるような気がした。勇気の表情は心なしか晴れやかに見える。それに比べてなんてちっぽけな理由なんだろう、と、彼女は心の中で俯いた。

 一方で、勇気はこのことを口に出したことに驚いていた。初めて他人にこのことを話したのである。彼は心臓辺りが締め付けられているような違和感を覚えており、自然と拳を掌に爪が食い込むくらいに強く握りしめている。

 そのことに気付くはずもなく、雪音は目をつぶりながら頷いている。

「そうか、辛いことを聞いてしまったな。すまない」

「いいえ、いいんです。自分はすべて受け入れてますから」

 強いな、と、雪音は微笑を浮かべながら呟いた。雪音が椅子をキイと音を立てながら少し回転させ、今度は恵良の方を向く。

「それで、恵良と言ったな。お前は何でこの部隊に入りたいと思ったんだ? 嫌なら答えなくていいが」

「私は……」

 恵良は押し黙ってしまった。どうしようか。彼は日本のため、自分は自分自身のためだ。彼とは比べ物にならないほどの小さな理由だ――恵良は感じていた。勇気の理由を聞いて、恥ずかしさすら覚えた。彼女は答えるのを躊躇っている。

 すると、勇気が恵良の肩に優しく手を添えて微笑んだ。

「大丈夫ですよ。恵良さんは立派な理由を持ってます」

「えっ……」

 恵良は頬を少し赤らめた。と同時に、少しの安心感を得た。もっと自分に自信を持つように、励まされた気がした。雪音はなぜか恵良に声をかけた勇気をジト目で見つめている。

 恵良は意を決して、固く閉ざしていた口を開いた。

「……私は、一人前の軍人になるために、ここに入りたいと思いました。軍人として、人として存在したいんです」

 恵良が理由を答えると、雪音の目線は恵良に戻った。

「人として存在したい、か。話は逸れるが、なぜ、そこまで自分の存在理由にこだわる?」

 雪音に尋ねられ、恵良は深呼吸した。

「私は男尊女卑の家系に生まれて、今まで虐げられてきました。人として存在することを拒まれました。私は父に、一人前の軍人になったら一人の人間として認められるかもしれないと思って、それで――」

「もういい、分かった」

 恵良の必死の訴えを、雪音は遮った。恵良は口を噤んで俯いてしまった。彼女が大声で理由を語っていたので、静かな管制室が余計に静かに感じる。とりわけ恵良はそう感じており、耳鳴りがしそうになっている。

「まあ、正直に言うと、理由がどうであれ入隊する気持ちがあるだけこっちとしては助かる。二人とも、入隊するんだな?」

 雪音が腕を組み、席を立って言った。二人の顔は明るくなり、威勢よく、はい、と返事をした。雪音が嬉しそうにニッと歯を見せて笑う。

「よし、そしたら今から討伐部隊用の制服を選ぶからついてこい」

 二人は雪音についていき、管制室を出た。二人は喜びで胸を躍らせていたが、一番嬉しそうにしていたのは雪音であった。



 勇気と恵良は、一階にある巨大な倉庫の中にいた。日用品や食料品などの資源は、ここに保管されている。倉庫の中は冷えており、バスローブ姿の二人は震えながら雪音と一緒に制服を探している。雪音が脚立を使いながら短い腕を必死に伸ばして段ボールを二箱取り出すと、『男性用制服(L)』と書かれた段ボールを勇気に持たせ、『男性用制服(S)』と書かれた段ボールを恵良に持たせる。

「生憎ここには男用の制服しかない。女性用のものを注文しておくから、しばらくこれで我慢してくれ」

「分かりました」

 雪音が恵良に言うと、雪音は同じく一階にある更衣室へと二人を連れていった。

「すまんな。更衣室は男性専用なんだ。ほら、ここには男しかいなかったから」

 そう言われ、段ボールを持った勇気は雪音に更衣室に押し込められた。加えて雪音は、着替え終わったら二階のシャワールームの前に来るよう勇気に指示した。

 更衣室の中で段ボールを開けると、上下のセットで五セットの制服、手袋五対、シューズ一足が出てきた。色は制服がグレー、手袋とシューズは黒である。制服を広げてみると白い救命胴衣を薄くしたような胸当てが胸部を覆っており、生地自体は今まで着用していたそれと同じくらい薄いが、実際に触ってみると勇気の想像以上に硬く感じた。耐Gや耐衝撃を考慮しての硬さであろう。普通の繊維じゃないと、彼は感じた。

 実際に着用してみると、着心地はなかなか良いと感じた。通気性もよい。手袋も勇気の手に合っている。シューズのサイズは少し大きい程度で、勇気にはそれほど気にはならなかった。彼は制服の上着のチャックを首元まで閉めて着替えを完了させると、替えが入った段ボールを抱えて二階のシャワールームへと足を運んだ。



 二階が騒がしい――エレベータで二階に上がって、勇気が最初にそう感じた。甲高い女性の声がするので、シャワールームで二人が何かをしているんだろうと思いながら、彼は声のするほうへ足を運ぶ。

 シャワールームの前に着くと、勇気は気付いた。主に声、もとい悲鳴を上げているのは恵良であることを。

『や、やめてください! セクハラですよ!』

『人聞きの悪いことを言うな。お前にサイズが少し合わない制服を着せてるだけだろう』

『でも、さっきから隙あらば私の胸ばかり触ってますよね? それに着替えなら、自分でできるので大丈夫です!』

 恵良が雪音に何かされているところを、勇気はシャワールームの前で直立不動の姿勢で聞いていた。彼の顔が少し赤い。

 どうやら、恵良は雪音の『ちょっかい』に遭っていて着替えどころではなったらしい。何かをブツブツと呟きながら嫌々シャワールームから出てきた――恵良に追い出されたと表現した方が正しいか――雪音を、勇気はまじまじと見つめていた。

「……どうしたんですか」

「あ、いたのか」

 そう言うなり雪音は勇気の横にちょこんと体育座りで待機した。どうしたのかを答える気はないようだ。

「恵良さんは、まだ着替え終わらないんですか?」

「もうすぐ終わるだろう。楽しみにしておけよ。あいつのセクシーなボディーがさらに強調されて見られるんだからな」

 勇気はいやらしげな笑みを湛えている雪音を唖然として見つめた。直後雪音はシャワールーム内の恵良に、やめてください、と一喝された。

 数分後、恵良は男性用の制服を身に着けておずおずとシャワールームから出てきた。男性用の制服は胸部がゆったりとしていないのだろうか、恵良の胸のふくらみが顕著になって勇気と雪音の視線を釘付けにする。胸当てがついていても、『大きい』と判る。チャックは首元まで上がっておらず、首の少し下の部分で止まっていた。

「ほう……。これは……最低でもE以上はあるんじゃないかぁ?」

 雪音が立ち上がって、値踏みするように覗き込む。勇気も目線を恵良の胸に集中させている。

「……もう見ないでください――っていうかっ……なんで勇気さんも一緒になって見てるんですかっ」

 恵良の悲鳴とも怒鳴り声ともとれる声で、勇気は驚いて素っ頓狂な悲鳴を上げて尻餅をついた。彼は尻をさすりながら、すみません、と小さな声で謝った。雪音に関しては、彼女は半ば諦めているようだった。

「――とりあえず、今日のところはこれで終わりだ。お前たちの私物が一階の倉庫に届いているはずだから、見に行って取りに行くといい」

「え? 私たちの、横須賀に置いてある物、ですか?」

 恵良の問いかけに、雪音は軽く頷いた。

「今この艦は横須賀基地に停泊している。お前たちが私の所に来るまでに、手続しておいた。どうせ入るんだろうなと思ってな」

 勇気と恵良は、呆然として雪音を見た。自分たちの行動を見通しているかのような行動である。

「ああ、後、正式に入隊の意思を示したな。転出とかのめんどくさい書類は、今日中に私が書いて出しておくから」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 頭の整理が追い付いていない二人は、雪音におずおずと礼を言うだけで精一杯であった。二人が礼を言うと、雪音は踵を返してエレベータに向かって歩き出した。

「あ、そうだ。明日の午前九時に入隊式をやるから、寝坊するなよ」

 二人の方を向かず、雪音はそれだけ言ってエレベータの中へと消えた。二人は、雪音の背中に敬礼をした後お辞儀をした。雪音が二人の視界から消えると、二人は肩を落としてため息をついた。休んだばかりなのに、疲れが溜まっていた。

「……荷物、取りに行きましょうか」

 勇気が思い出したように言うと、恵良は頷いて笑顔で勇気についていった。



 二人が一階の倉庫にたどり着いて中をうろついていると、搬入口と思われるところのすぐ近くに山積みにされている段ボールが置いてあった。これが二人の私物のようだ。段ボールの色は二色あり、水色の段ボールが二箱、白い段ボールが三箱積まれてあった。恵良が中身を確認すると、水色の段ボールには勇気の私物が入っており、白い段ボールには恵良の私物が入っていることが分かった。勇気は水色の段ボールを、恵良は白い段ボールを抱えて倉庫を出た。

 一階の通路を歩いてエレベータに向かう途中、恵良が勇気に話しかけた。

「勇気さん、あの――」

「……何ですか?」

「勇気さんって、こんなに辛い境遇でもしっかり前を向いて進んでるんですね。私なんていつも後ろ向きで、躊躇ってばかりで……」

 恵良が俯いて自虐するように笑みを浮かべる。勇気は彼女の方を見て、表情が固まってしまった。しかし、すかさず我に返り、彼女の方を向いたまま話しかける。

「そんなこと、ないです。俺は恵良さんの辛さとかはよく分からないですけど……、恵良さんだって強いです。ちゃんと目標を持って進んでるんですから」

 恵良は思わず勇気の方を見ていた。彼はまだ話を続ける。

「少なくとも、俺は恵良さんを女だからって見下したりはしません。恵良さんとは……同じ日本を守る人として、これからも仲良くしたいと思ってますから」

 勇気の口から自然と出た言葉に、恵良は胸を突かれた。しばらく無言のまま、二人はエレベータの前に着くと、勇気は何か悪いことに気付いたような表情になって取り乱したように慌てた。

「す、すみません。俺、なんか変なこと言いました?」

 しかし、恵良から返ってきたものは勇気の予想とは違うものだった。彼女は頬を少し赤くして俯いている。微笑みも浮かんでいた。

「そう言ってくれて、本当に嬉しいです。心が軽くなったような気がしました。ありがとうございます」

 恵良からの言葉を受け取り、勇気は恥ずかしそうに笑った。恵良の目は、彼には心なしか涙目になっているように見えた。

 二人がそんなことを話しているうちに、エレベータが降りてきて扉が開いた。二人は段ボールを抱えながらエレベータに乗り込んだ。



「勇気さん、今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい」

 エレベータを降りて恵良と別れた勇気は、恵良が言った言葉を反芻していた。

――こんなに辛い境遇でもしっかり前を向いて進んでるんですね。

 勇気は恵良の言った『辛い境遇』という言葉を重く受け止めていた。そして、自分が孤児だという過去を雪音に話した時の自分の態度を思い返してみた。

 あの時勇気は、何かに怯えているように動悸が激しくなり、何かを堪えるように強く拳を握っていた。その時の自分が、自身の中でフラッシュバックする。彼は、自分ではこの境遇をすべて受け入れていると思っていた。だからこそ、雪音の前では『全てを受け入れている』と言ったのだ。

 しかし、恵良の前では固まってしまった。そして恵良には雪音に見せたように何もない素振りで話を続けた。それに比べて、恵良は素直に勇気に彼女の弱さをさらけ出した。

 彼は心のどこかで強がっていたのだ。

 彼は後悔した。恵良には、せめて恵良には自分が強がっていたことを認めればよかったと。

 勇気はエレベータで恵良と別れてから自分の部屋に着くまで、ずっとそのことを考えていた。部屋に入って段ボールの中身を整理している間でも彼の気は晴れなかった。

 三十分ほどで整理を終えると、勇気の目に横須賀にいたときに使っていた置時計が映った。時計の針は、十二時ちょうどを指していた。

「……もうこんな時間か」

 勇気はけだるげに呟くと、パイロットスーツのままベッドに仰向けになった。明日――厳密に言えば今日だが――の九時には入隊式がある。早く寝なければならない。勇気はベッドから起き、部屋の電気を消して眠りに就こうとした。

「……強がってるのか、俺――」

 泣きそうな声で自問自答しながら目をつぶる。この夜、勇気はうまく寝付くことができなかった。



 翌朝、勇気は七時に起床した。よく眠れていなかったせいではっきりとしない意識を、洗面所で顔を洗うことで覚醒させる。それから髪形を整えた後、自分の部屋を出て朝食をとるための場所を探す。しかし、昨日この艦に入ったばかりの彼には場所が分からず、管制室にいるであろう雪音に位置を聞くために管制室へと向かった。

 勇気が管制室の前までたどり着くと、管制室から誰かが出てきた。パイロットスーツを身にまとったすらっとした女性、勇気が見覚えのある女性――恵良だった。

「恵良さん……」

「あ、勇気さん、おはようございます」

 恵良が小さくお辞儀をすると、勇気も朝の挨拶を返した。

「恵良さんも、朝食を――」

「はい。食堂がどこにあるのか分からなかったので、雪音さんに聞きに行ったんです。勇気さんもですか?」

「はい……」

 それから、勇気は恵良と一緒に一階にある食堂へと足を運んだ――恵良が雪音に場所を教えてもらったのだ――。二人は食堂に入ると、盆に載せられて用意された朝食をとり、空いている場所を探して座った。

「恵良さん、昨日はよく眠れましたか?」

「はい! とてもぐっすりと!」

 二人は朝食をとりながら他愛なく談笑した。

 朝食を済ませた二人は、管制室まで足を運んだ。同じ一階にあるというのに、管制室の周りはいつも静まり返っている。その静かさに、二人は緊張感を覚えた。

 足音を響かせながら、二人は管制室のドアの前まで来た。そこには、先ほどまで談笑していたのが嘘のように緊張感に包まれている二人の姿があった。

「失礼します。灰田勇気です」

「失礼します。白田恵良です」

 しかし、二人に雪音からの返事はない。二人はもう一度雪音に声をかけるが、反応はない。どこかに出かけているのだろうか、などと思い、二人は立ち尽くしてしまった。二人はその場で直立姿勢で待ったが、五分経っても出てくる気配はない。

「……俺たちの声に気付いてないんですかね」

「多分……」

 二人はどうすることもできずに困り果ててしまった。上官の許可なく管制室を開けるのは憚られる。しかし、このまま待っていても時間だけが無駄に過ぎる。二人は心の中でオロオロとしているばかりであった。

「お前ら。そこで何してるんだ?」

 通路から、声が聞こえた。その声は紛れもなく雪音の声であった。二人が呆然として彼女の方を見る。よく見ると、雪音の長い髪は仄かに濡れており、肌の血色もよい。

「私に用か? ああ、すまん。シャワールームに行ってた。昨日シャワーを浴びないで寝てしまったからな」

「用も何も……、私たち、これから入隊式をやるんじゃ――」

「まだ八時ちょい過ぎだぞ。まあ、ここで立たせてるのもなんだから、入ってくれ」

 恵良の言葉に表情一つ変えずに応えた雪音は、二人と一緒に管制室に入った。しっかりと挨拶も忘れてはいない。

「失礼します!」

「失礼いたします!」

 管制室に入ると、二人が昨日管制室から出ていったのを見た男三人が立っていた。真ん中には長髪で金髪の男、左には三人の中で一番背が低い、眼鏡をかけた男、右には体格が良くて五分刈りの男が立っている。三人の男たちは一様に勇気と恵良に視線を向けていた――自分たちと同じパイロットスーツを着用した見知らぬ男女二人が入ってきたのだから、当然の反応ではあるが。

「お前たち、おはよう」

「いや、何普通に挨拶してんの」

 普通通りぶかぶかの白衣が垂れ下がっている右腕を上げながらの雪音の挨拶に、真ん中の金髪の男が指をさしてツッコミを入れた。

「上官にタメ口はやめろといってるだろ、礼人」

「いやいや、隊長にくっついて入ってきたこの二人は誰なんだよ?」

「今から説明する」

 そう言って雪音は、白衣のポケットから二つのバッジを取り出した。黒と銀の二色の、光沢の入っているバッジ――日本国防軍特殊活動部門の隊員が付けているバッジである。

「この二人は、我々の部隊の新入隊員だ。少し早いが、今から入隊式を始める」

 雪音の発言によって、三人の男たちはおろか、勇気と恵良も一様に呆れているような表情になった。二人が目だけを精一杯動かして周りを見ても、昨日の管制室となんら変わっていないのである。どんな『式』をやるのか、雪音以外の全員には見当もついていなかった。

「あの……入隊式って――」

「ああ。入隊式って言っても、バッジの授与と自己紹介だけだ。そんなに気張らなくてもよかったのに」

 雪音がバッジをポケットに戻しながら平然と言うと、勇気と恵良は面食らった。『式』と言うのだから、何か厳かな雰囲気になるだろうと思って緊張していたのに――二人はその場でため息をつきたくなっていた。

「……とにかく、その入隊式を始めましょうよ。新入隊員が入ることはいいことですから」

「よく言った、賢。始めようじゃないか」

 いち早く状況を察した黒沢と呼ばれた眼鏡の男が提案すると、雪音は待ってましたとばかりにそれに乗った。こうして数分後、勇気と恵良の入隊式は始まった。



 入隊式において、勇気と恵良は三人の男たちと向かい合って立っている。三人の男たちの位置関係は、式の前と同じである。新入隊員と現隊員の間に雪音が立っている。彼女はこの位置が定位置のようだ。

「これより、日本国防軍特殊活動部門所属『ナンバーズ』討伐部隊入隊式を始める」

 雪音が開式の宣言をすると、管制室の中が一気にピリッとした空気に変わった。勇気と恵良は姿勢を正す。すると雪音がおもむろに管制室の備え付けのノートパソコンを開き、その中の音楽再生プレーヤーを起動した。

「国歌斉唱」

 雪音が平然と言ってのけると、ノートパソコンから君が代が流れ始めた。自国の国歌をこのような形で流してもいいのだろうか、と、雪音以外の五人が閉口しながら思った。国歌が流れ終わると、雪音が定位置に戻り、白衣のポケットに入れていた特殊活動部門の隊員がつけるバッジを取り出し、勇気と恵良のもとに歩み寄った。雪音は取り出したバッジを、勇気と恵良の制服の胸ポケットのあたりに付けた。

「これで、お前たちは我々『ナンバーズ』討伐部隊の一員だ。この部隊のために、そして日本のために、職務を全うし努めてくれ」

 雪音の言葉で、勇気と恵良はようやく自分たちがこれから討伐部隊の一員となることを実感した。特に勇気は、言いようのない期待を感じていた。これで自分をここまで育ててくれた国に恩返しができると思うと、彼の気持ちは晴れやかになった。

「はい! 自分は、この部隊で命を賭して任務に努める所存であります!」

「私も、この部隊で職務を全うします!」

 勇気と恵良は声を張り上げた。向かいあっている三人の男たちは、勇気と恵良に拍手を送った。

「次は、自己紹介だ。まずは新入隊員の二人から」

「え? ちょっと待て。俺たちもやるの?」

「当然」

 金髪の男の疑問をよそに、雪音が強引に式を進める。

 まず自己紹介のために前に出たのは勇気だった。先ほど声を張りあげたときとは打って変わって、緊張で動きがぎこちない。

「自分は、灰田勇気といいます。元の所属は、日本国防軍横須賀基地SW操縦第3部隊でした。この部隊でこの国のために努めていく所存です。これからよろしくお願いします!」

 勇気が勢い良くお辞儀をすると、現隊員三名と雪音がまばらに拍手をした。姿勢を戻した彼は後ろに下がり、今度は恵良が前に出る。彼女も勇気同様、緊張のせいか動きが変になっている。

「私は――えっと……白田恵良といいます。元の所属は、日本国防軍横須賀基地SW操縦第5部隊でした。まだまだSWの操縦の腕は未熟ですが、この部隊に入ったからには、一流のSWパイロットになって国のために努めたいと思っています。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

 勇気よりも丁寧に自己紹介をした恵良は、ゆっくりとお辞儀をした。名前を言うときに少しの間があったが誰も気にすることなく、現隊員の三人、雪音、そして勇気は拍手を送った。勇気が拍手をしているのに気付いた恵良は彼にもお辞儀をした。

「よし、次はお前らの番だ」

 雪音は『お前ら』と言ったのに、金髪の男一人だけを引きずり出した。金髪の男は目を白黒させている。

「……どうしてもやんなきゃいけねえの?」

「当たり前だ。給料減らすぞ」

 隊長に逆らえないと知っている金髪の男は大きくため息をついて前に出た。

「俺、自己紹介とか苦手なんだよ――」

「うるさい。いいからやれ」

 雪音に急かされて、金髪の男は渋々新入隊員の方を向いた。照れているのか、頬や耳が少し赤くなっている。

「……あー、俺は、烏羽うば礼人らいとって言うんだ。よろしく頼むぜ、新入り共」

 礼人と名乗った男はそそくさと後ろに下がった。次に、左に立っている眼鏡をかけた男が前に出た。男の顔には笑みが浮かんでいる。

「新入隊員の皆さん、初めまして。僕は黒沢くろさわけんといいます。分からないことがあれば何なりと聞いてください。よろしくお願いします」

 賢と名乗った男はお辞儀をし、笑みを絶やさずに後ろに下がった。最後に、右に立っている体格のいい五分刈りの男が前に出る。

「討伐部隊隊員、ほし雪次ゆきじだ。これからこの国のためによろしく頼む」

 雪次と名乗った男が後ろに下がると、注目、と言って、真ん中にいる雪音が右手を挙げた。五人は一斉に雪音の方を向く。

「これで、日本国防軍特殊活動部門所属『ナンバーズ』討伐部隊入隊式を終わりとする。現隊員の三人は各自、訓練に励んでくれ。新入隊員の二人は、ここに残ってくれ」

 雪音の一声で、式はあっさりと終った。礼人、賢、雪次の三人は雪音に敬礼をして管制室を出る。勇気と恵良は言われたとおりにその場に残った。

「これから厳しい部隊での生活が始まる。今からあいつらが訓練しているところに行くが、訓練や実戦は間違いなく今までよりきつくなる。だが、自分で入りたいといった以上は、この部隊のために、国のために尽くしてくれ」

 普段は空とぼけている感じの雪音が、二人が聞いたこともないような厳しい口調で二人に説明をする。彼女にとっては、二人に部隊での厳しい生活にへたれて投げ出さないように忠告したつもりであったが、二人は既に覚悟を決めていたので、ハードな生活になることは既に分かっているという感じであった。二人は声をそろえて、はい、と大きな声で返事をした。それを確認した雪音は口角を少し上げて一回頷いた。

「よし、それじゃ、行くぞ」

 雪音がぶかぶかの白衣の裾をマントのように翻して歩き始めると、勇気と恵良は雪音についていった。

 勇気と恵良は、新しい道を進み始めた。




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[良い点] 丁寧な描写で詳細が鮮明でした。 [気になる点] 丁寧な分、かえって詰まり気味に読んでしまいがちで読みにくかった印象です。
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