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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
抵抗の始まり
49/72

ギリギリの戦い

 勇気たちが『2』と死闘を繰り広げている時、礼人は《オーシャン》の格納庫に戻ってきたばかりであった。《キルスウィッチ》を整備員の誘導の下で停め、機能を停止させた後、機体は拘束具で繋ぎ留められた。

 礼人は《キルスウィッチ》を停めた後、大きく息を吐いてフルフェイスのヘルメットを脱いだ。慣れた手つきで機体のハッチを開けると冷たい空気が流れ込み、彼の汗まみれの顔を刺激する。シートベルトを外した後、彼はハッチを伝ってエレベータへと移動した。

 エレベータの中で、礼人は倒れそうになりながらガンガンと痛む頭を右手で擦った。彼が右手を見てみると、黒い手袋に液体が付着しているのが見えた。それを見て彼はため息をつき、雪音に報告を済ませた後は医務室に行くことを決めた。

 エレベータの扉が開き、礼人が歩き出す。足取りは重く、整備員でてんやわんやになっている道でいつ人にぶつかるか分からないような危ない歩行である。痛みを堪えながら、彼は出口を目指して歩く。

 すると、後ろから人が彼に衝突した。その衝撃で彼はつんのめり前に倒れそうになるが、後ろにいる誰かががっちりしがみついていたおかげで彼は倒れずに済んだ。

 ぶつけられた時は一瞬思考が混乱したが、彼は感じたことのある温もりを感じて今抱き着いている人物が判った。

「……痛えよ、黄瀬」

 礼人が腕をほどいて向かい合う。そこには、涙目で彼を見つめている舞香がいた。

「血がでてるっス! 早く手当を――」

「焦んな。今から隊長んとこ行った後医務室に行くから」

 礼人がニッと笑いながら、口元に付いている血を手袋で拭う。舞香はその様子に、不安な気持ちを醸し出しながらもホッと息をついて胸を撫で下ろした。

「よかった……、礼人さんが無事で――」

「心配してくれてありがとよ、黄瀬。後は……、あいつらが無事に帰ってくるだけだ」

 礼人は舞香の頭を撫でながら、遠い目をして《キルスウィッチ》を見つめた。対する舞香は、礼人に笑顔を向けた。

「大丈夫だと思います! 勇気さんも礼人さんも……、討伐部隊の皆さんはめちゃくちゃ強いっスから!」

「……そうか。だな。あいつらならきっとやってくれるよな!」

 礼人が舞香の頭から手をどける。彼は舞香に笑顔を見せると、先程とは変わってしっかりとした足取りで格納庫の出口まで歩きだした。



 勇気は、『4』の剣戟を受け止めながら《陰陽》が帰艦するところを見届けた。化け物じみた出力の剣戟を、《ライオット》は受けきれずにジリジリと後退していく。賢が横槍を入れようとするが、側面にシールドを張られて攻撃が通らない。

「雪次さんは……こんな奴と戦ってたのか」

 勇気が呟くと、『4』の横薙ぎが《ライオット》を襲った。彼はそれをビームソードを盾にして防いだが、その衝撃でまたも弾き飛ばされてしまった。

 賢がその隙にスナイパーライフルを発射するが、タイミングを合わせられて敵にガードされてしまった。賢が苦い顔をして『4』を睨みつける。

 勇気は一旦『4』と距離を取り、相手の動向を窺うことにした。突っ込んでいってもダメージを与えられない、このままでは埒が明かない――そう考えた彼は、一旦自身をクールダウンさせるためにも敵と離れる。

『勇気君……』

 突然、賢の弱気な声が勇気の無線から飛び込んできた。彼はそこに注目する。

「どうしたんですか?」

『すみません、少し離脱します。エネルギーがギリギリで……』

 勇気はハッとして《ライオット》のエネルギー残量を確認した。そこには、残り三五パーセントと表示されていた。賢は勇気と同様に、エネルギー補給の暇なく戦闘に駆りだしたので、エネルギーが足りなくなるのは理解できた。

『エネルギーを補給したらすぐに向かいます! それまで……どうか耐えていて下さい!』

「分かりました!」

 勇気が返事をすると、賢からの通信が切れた。

 賢は戻ってくると言ったが、勇気はその前に打倒する勢いで行こうと胸に決めた。それくらいの心意気でないと奴は倒すことができない――彼は今までの剣戟からそう思っていた。

「……必ず倒す!」

 勇気はペダルを強く踏んで、敵へと突っ込んでいった。



 賢は勇気との通信を終えると、今度は雪音に通信を繋げた。彼は疲弊しており、《ダーケスト》のエネルギー残量もあと一五パーセントと僅かであった。

「こちら黒沢賢、これより帰艦して、エネルギーを補給した後すぐに復帰します。なので、エネルギーを補給した後は出撃の許可をお願いいたします」

『……片腕だけで大丈夫か?』

 雪音から、賢を心配する声が聞こえた。その心配に、彼は微笑で答えた。

「大丈夫です。片腕が吹き飛んでも、コクピットを貫かれない限りこの艦をお守りします」

『……心強いな。分かった。エネルギー補給後の出撃を許可しよう。だが、私が危険だと判断したら、すぐに戻ってくれ。それだけは胸に留めておいてくれ』

「分かりました」

 そう言うと、雪音の方から通信が切れた。賢は真面目な表情に戻ると、《オーシャン》に向けて《ダーケスト》のペダルを踏み始めた。



 賢が帰艦しようとすると、『4』が彼のSWめがけて突進した。獲物は逃がさないと意思表示するかのように、モノアイがギラリと光る。

 そこに《ライオット》が立ち塞がった。《ダーケスト》を庇うように、『4』にビームソードを突き立て妨害する。それでも『4』はブースタを左方向に吹かして障害物を避けようとするが、勇気はしつこくビームソードを巧みに操って進路を妨害し続ける。

「通さない!」

 勇気は叫び、『4』のがら空きの懐にビームソードを突き立てようとする。しかし、切っ先が敵の胴体のあと数十センチメートルまで迫ったところで相手が右手でグリップしているビームソードを叩きつけられた。紙を勢いよく引き裂いたような音がした後、《ライオット》はバランスを崩して前傾してしまう。

 その一瞬の隙を、『4』は見逃さなかった。左手にグリップされているもう一本のビームソードで、《ライオット》の胴体を両断しようと襲い掛かる。

「しまっ――」

 勇気は一瞬の考えで、《ライオット》を敵に向けてタックルさせた。ブースタから勢いよく炎が噴射され、機体が吹っ飛んでいく。《ライオット》は弾丸のように『4』にぶつかり、なんとか両断されることは防いだものの、頭から敵に突っ込んだのでぶつかった部分が少しひしゃげてしまった。勇気の前につんのめり、肺の中の空気が外に一気に押し出される感触を味わった。

 《ライオット》が体勢を立て直すと、『4』がブースタを吹かして艦の方へ向かおうとしているのを見つけた。勇気はそれを見逃さず、機体を勢いよく加速させて回り込んだ。その《ライオット》を意に介さず、『4』はビームソードを振りかぶる。

 縦に一刀両断にせんとする姿勢だ――勇気はそれを読み、攻撃の準備中にはシールドを張ることができないと分かっていたので、ビームソードで胴体を突こうと機体を動かす。

――今なら……いける!

 勇気は確信した。もとより、肉を切らせて骨を断たせなければ勝つことのできない相手であることは、彼は理解していた。ならば装甲の一つや二つを犠牲にしても問題ないと、今の彼は思っている。

 勇気が吠えた。《ライオット》のビームソードの先端は、確実に『4』の胴体を捉えていた。

 一気に、肘を伸ばす。

 しかし、一撃は破裂音とともに止められた。『4』が間一髪のところでシールドを展開したのだ――傍から見れば、『4』は万歳をしながらこの姿勢を維持しているという間抜けな構図になっている――。《ライオット》は、磁石が反発するように弾き飛ばされた。

「くそっ、だめか……」

 勇気が毒づくが、凶刃はすぐそこまで迫っていた。

 二本のビームソードが、振り下ろされる。《ライオット》は寸でのところでそれを避けるが、勇気は後退した後一気にペダルを踏み込み相手めがけて突っ込んでいった。

「そこだ!」

 勇気が叫び、相手を横に薙ごうとする。それも、相手のビームソードに照準を当てていた。そこならガードすることも叶わないだろう――勇気は目を見開いて目標を睨みつけた。先程、『2』を倒した布石と同じ戦法である。

「うまくいってくれっ!」

 《ライオット》が、相手の手甲に向かってビームソードを振り回した。その刃は、確実に相手の手甲に向かっていた。

 しかし、勇気の思い通りにはいかなかった。

 彼は、どこからともなく展開されるシールドに気を取られて、元々の発生装置である手甲でそれが展開されることを忘れていた。彼の放った一撃は、電流が流れる音がした直後に反発して機体ごと弾き飛ばされてしまった。

 勇気が不意打ちを受けたかのように短い悲鳴を上げて、バランスを崩した機体を操りながら後退する。しかし、後ろには《オーシャン》が迫っている。

 その後退する《ライオット》を、『4』は逃がすことなく追い続ける。どこからこのような無限のエネルギーが出てくるのかと思わせるスタミナで、勇気を殺すまで追い続けている。攻撃や機動力も全く衰えていない。

 勇気はそれに、半ば恐怖に近い感情を抱いていた。人が動かしていることは解っているのに、重力粒子の力でこのような力を出していることも解っているのに、彼は背筋が凍る思いでそれと対峙している。彼には技術のことは分からないが、兎に角自身が力の差で押し負けていることは解り始めている。

「……このぉっ!」

 勇気は、自身にまとわりついている恐怖を振り払うように『4』に突進していった。ビームソードを展開し、『4』のモノアイを一点に睨みつけた。


 しかし、そこで《ライオット》に異変が起きた。

 残りエネルギーを示すディスプレイに、『機体出力低下』の文字が浮かんだ。その下には、機体のエネルギー残量が残り一〇パーセントと示されていた。


 勇気の顔は青ざめ、凍り付いた。ここに来て――彼の心中が絶望で満たされていく。機体の速度が少し落ちているのが実感できた。アラームが無情にも響いている。

 それでも『4』は、容赦なく襲い掛かってくる。剣戟が叩き込まれ、《ライオット》は防御して姿勢を制御することで精一杯になっていた。


 勇気は歯を食いしばり、己の無力さを嘆いた。もっと自分が強ければこのような奴に技術の差で苦戦することもなかった、出力が低下する前に倒すことができたかもしれない――彼は独りで責めていた。


 そのような心中の勇気を察するわけもなく、攻撃は無慈悲に続く。今や《ライオット》はサンドバッグのように相手の攻撃を受け続けるだけになっていた。反撃しようにも、機体の出力が足りずに反撃に移ることができないのである。

「動け、動いてくれっ、《ライオット》!」

 勇気は機体の名前を叫びながら、必死になって『4』の猛攻に抵抗している。彼は己を責めながらも、まずはこの戦いを切り抜けようと足掻きもがいていた。ペダルを壊れんばかりに踏み、操縦桿を折れそうになるまで押し込み、相手の攻撃に耐える。絶対に艦は死守すると、彼は決めていた。

 『4』が《ライオット》に、左手でグリップしているビームソードを振り下ろそうと左腕を高く上げた。さらに、右腕は袈裟懸けの構えを見せている。勇気はこの一瞬で、決断した。

――一か八か、だ!

 勇気は《ライオット》を操作し、展開しているシールドの先端を相手の頭部に当たるように左腕を振りかぶらせた。タイミングが少しでもずれれば、相手の凶刃に切り刻まれる。それでも、相手を足止めするにはその方法しか彼には考え付くことができなかった。

「間に合えぇぇっ!」

 勇気が目を見開いて絶叫した。《ライオット》の左腕が、『4』の頭部に伸びる。


 金属が拉げる気味の悪い音。

 勇気は笑みを浮かべた。


 『4』の頭部は、《ライオット》のシールドが衝突したことで完全に潰れた。敵の動きが、ピタリと止まる。三日月のように変形してしまったモノアイからは、光が消えていた。

 しかし、その代償も大きかった。《ライオット》の左腕が、相手に攻撃が当たった直後に切断されたのだ。相手の袈裟懸けの勢いが止まらず、そのまま左腕を持っていった。だが幸い、『4』の左腕で繰り出されようとしていた振り下ろしは、ギリギリで《ライオット》のコクピットを直撃しなかった。

 相手の視界が一時的に奪われたと判断した勇気は、全力で機体を後退させた。そしてビームソードをマウントしビームライフルを取り出した。その一瞬後、引鉄が引かれる。

 だが相手は警戒しているのか、前面にシールドを張って光弾を弾いた。アラームが鳴る中、勇気はゼエゼエと息を荒げて相手を睨みつける。

「……消えろ」

 勇気が冷たく言い放ち、再びビームソードを展開、そのまま相手に突進する。『4』もサブのカメラを起動したのか動きが元に戻り、《ライオット》を再び襲う。

 すると、勇気に突然通信が入った。その直後、二機がぶつかり合って《ライオット》が飛ばされる。

『勇気君! 今復帰しました。援護します!』

「……賢さん!」

 押されている状況ではあるが、勇気の顔に笑みが戻った。レーダを確認すると、確かに自機の後方に白い点が映っている。



 賢は、勇気が危機に陥っている状況で助けに現れた。しかし、《ダーケスト》のエネルギー残量は五〇パーセントである。すぐにエネルギーが切れてもおかしくはないと彼は踏んでいた。

――この出撃で、決着をつけなければ!

 賢は意を決して《ダーケスト》のスナイパーライフルを構えた。



 すると、勇気の目の前が光った。《ダーケスト》がスナイパーライフルで援護射撃をしたのだ。『4』はそれを見逃さず防御したが、少し足が止まった。

『今です、勇気君!』

「はい!」

 勇気は光の中へと飛び込んだ。互いのビームソードがぶつかり合う轟音が聞こえたかと思うと、再び《ライオット》が押し飛ばされてしまった。

 残りのエネルギーは、五パーセント。勇気の焦りはピークに達した。

 再び相手と激突する。勇気が雄たけびを上げながら、敵を倒そうと必死にしがみつく。

「これで、これで、これでえっ!」


 すると、《ライオット》が押し飛ばされた瞬間、勇気の眼前が光輝いた。勇気が反射的に目をつぶる。


 勇気が目を開けると、『4』の胸に風穴が空いているのが見えた。彼が呆然とそれを見ているうちに、薄い黄色の悪魔は力なく落ちていく。


 賢が、狙撃をしたのだ。《ライオット》が相手に弾き飛ばされる瞬間を見計らって、スナイパーライフルの引鉄を引いた。その結果、『4』は攻撃中でシールドを張ることができずに直撃を食らったのだ。

 賢はコクピットの中で汗だくになりながら、満面の笑みを浮かべていた。援護の役として、十分な役割を果たすことができた――彼は満足していた。


 すると、『4』が落下した数秒後に、轟音と閃光とともに爆発が起こった。爆風は近くの《ライオット》や《ダーケスト》はおろか、《オーシャン》も煽った。二人は顔を顰めながら爆風に打ち勝つように機体を制御する。

 爆風が収まるとすぐに、勇気と賢の下に雪音の通信が飛び込んできた。

『……勇気、賢。お前たちは本当によくやってくれた。すぐに帰還してくれ』

「分かりました! 黒沢賢、これより帰艦します!」

 賢はすぐに反応し、通信を切った後に《オーシャン》に戻る準備をし始めた。

 しかし、勇気の《ライオット》はその場に留まったままである。勇気が硬直しており、機体を動かしていないからだ。

 雪音に言われて初めて、勇気は『ナンバーズ』を討伐することができたと気付いた。しかし、疲労と緊張の緩和で、乾いた笑い声しか出てこない。アラームが鳴る中、勇気は独りで笑って喜びを訴えていた。

『勇気、聞こえるか? どうした?』

 雪音の心配する声が、漸く勇気に届いた。彼は笑うのを止め、無線に注目する。

「……すみませんでした。灰田勇気、これより帰艦します」

『勇気!』

 勇気の耳に、彼が最も聞き覚えのある、そして最も聞きたがっていた声が聞こえてきた。彼は唖然として無線を聴き続ける。

「……恵良? 恵良なの?」

『うん! 勇気たちの戦い、ずっと見てたよ! 私だけ参加できなくて、本当にごめんなさい……』

 勇気はポカンとした表情で、恵良の透き通った声を聞いていた。彼の胸は俄かに熱くなり、ヘルメットを脱いで目頭を押さえた。

『……勇気?』

「ん、ああ、ごめん。今から戻るから……」

 勇気は、笑いながら涙を流していた。恵良の元気な声が聞こえたこと、自身のことを再び『勇気』と呼んでくれたこと――それだけで、今の彼にとっては泣くほど嬉しいことだった。


 勇気は通信を切って、賢とともに《オーシャン》へと向かった。


 『2』と『4』の討伐が、完了した。



 格納庫にたどり着き、SWを格納し終えると、勇気はシートベルトを外してハッチを開けてエレベータに乗ろうとした。しかし、脚がいうことを聞かない。ガクガクと震えるだけで、立ち上がることができない。疲労が蓄積して、上半身の方もまともに動かすことができなかった。大量の汗粒が、彼の顔に付着している。

 勇気がシートで休んでいると、格納庫から放送が響き渡った。

『勇気、どうした? 動けないのか。それなら、今から助け舟を用意するから、ハッチを開けて待っててくれ』

 それだけ言って、雪音は放送を終わらせた。『助け舟』とは何だろうと勇気が考える間もなく雪音は一方的に打ち切ったので、彼はぐったりとしながらそれを待つことにした。

 勇気が今にもまどろもうとしたところに、エレベータが動く音が彼の耳に入ってきた。彼はぱっちりと目を開けて、助け舟を待つ――と言っても、この頃には幾分か疲労は取れて上半身は起こすことができるようにはなっていたが。

 エレベータのドアが開く。そこから現れた『助け舟』に、勇気は心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 恵良が討伐部隊の隊服を着て、微笑んでそこに立っていた。

「恵良――」

 次の瞬間、勇気の身体に――特に胸部に――優しい感触が押し付けられた。


 恵良が、勇気をきつく抱きしめていた。彼女の目には、涙が溜まっている。


「勇気……お帰り。無事で本当によかった……!」

 恵良は既に嗚咽を漏らして泣いている。しかし口元は笑っており、勇気に笑顔を見せるように努めている。

「それと……、私に生きていてほしいって、最初に言ってくれたのは勇気だよね? あの時は少し混乱してたけど、勇気の言ったことの意味を考えたら……勇気に謝りたくて……! 勇気、本当にごめんね! 私が生きていられるのは、隊長や皆のおかげだって……思ってるけど……勇気には一番感謝しなきゃって――!」

 恵良は、勇気に抱いていた想いを徹底的にぶつけた。感謝、謝罪、そしてなんとも形容しがたい気持ち――すべてが言葉となり、彼女の口から紡がれる。

 しかし、そこまで言って、恵良は勇気の力が抜けていることに気が付いた。腕はダラリと垂れ下がり、頚ですら後ろにグニャリと曲がっている。涙を拭って、彼女が確認する。

 そこには、口を半開きにして、顔をリンゴのように真っ赤にして目を回して気絶している勇気の姿があった。彼は女性にこれほどまで強く抱きしめられたという経験が無く、彼にとって恵良の身体は刺激が強すぎた。柔らかい感触と甘い匂い、そして『恵良』という最大の付加効果で、彼の意識は完全に吹き飛んでしまった。

 それに気が付いた恵良は慌てて勇気から離れた。そして、必死に彼の肩を掴んで揺さぶり始める。

「勇気! ごめんね、きつくしすぎちゃった? 勇気? 勇気!?」



 結局、勇気は恵良に『お姫様抱っこ』されて、まずは医務室まで運ばれた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] この章に入ってからほぼ泣かされっぱなしです。 期待、衝撃、絶望、光がみえるまで……という心の動きが難なく伝わってきて、どっぷり感情移入できました。 勇気くんも恵良ちゃんも、両方です。 賢…
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