表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
抵抗の始まり
45/72

 勇気は、恵良に手を差し伸べて振り払われた翌日から、明らかに覇気がなくなっていた。あのことが彼の心に傷跡として残ってしまった。訓練にも身があまり入らず、終いには礼人や雪次の注意にも上の空になってしまうときもあった。注意した側が勇気のことを心配してしまう始末である。

 ニューヨークに到着して三日目、勇気の態度が気になった三人は昼食の時に彼を呼び出した。といっても、三人の昼食に同席させただけであるが。

「勇気。昨日、何があった? お前の調子、昨日と大違いだぞ」

 礼人が単刀直入に切り出すと、俯いていた勇気は死人のような表情を三人に向ける。

「……自分、昨日隊長と一緒に恵良のお見舞いに行ったんです」

 勇気は沈み切った声を振り絞る。三人はこれで、大体のことを察した。

「自分は、恵良に生きていてほしいことを伝えました。そしたら恵良、何故か分かりませんが暴れちゃって、それで――」

「面会を謝絶させられたんですか?」

 勇気を遮って、賢が問うた。その問いに、勇気は頷く。

「面会謝絶だけなら、まだよかったんです。自分は……」

 そこまで言って、勇気は目をギュッと瞑って俯いてしまった。少しの間沈黙が流れる。礼人がこれを見て苛立ったような表情を見せた。

「最後まで言えよ、男らしくねえ」

「礼人……!」

 雪次が礼人を諫めると、勇気が目を開いて顔を上げた。

「自分は……恵良に拒絶されました。自分は、ただ恵良に生きてほしいだけなのに……戻ってきてほしいだけなのに……」

 勇気の目からは、涙が溢れていた。三人はすっかり心をやられてしまった勇気に困惑している。

「おいおい……。こんなところで泣くんじゃねえよ」

「すみません……すみません……」

 勇気は謝りながら袖で涙を拭うが、どうしても止まらない。胸が締め付けられるような痛みも襲っている。

「と、兎に角落ち着きましょう! 恵良さんは起きたばかりでまだ頭の整理が追い付いてないんでしょうね。落ち着けばきっと勇気君の言ったことの意味を解ってくれる筈です!」

 賢が必死に宥める。しかし、勇気は頷きこそするものの涙が止まってくれない。澄佳に『精神が不安定だ』と注意されたことは覚えているので、賢の推測には一理があると勇気は思っていた。

「すみません……。自分、恵良だけじゃなくて皆さんにも迷惑かけて――」

「俺はそうは思ってないぞ、勇気。辛いのは皆一緒だ」

「そうだよ。それに俺は、恵良に拒絶されたってのはお前の思い違いだと思うぜ。賢の言った通り、まだあいつの理解が追い付いてねえんだよ、きっとそうだ」

 勇気が目の周りを拭うのを止め、三人を赤く腫らした目で見る。

「……そうなんですか?」

「ああ、きっとそうだ。だから、お前は安心して訓練に集中しろ」

 礼人の表情は先程とは一変し、相手を元気づけるような満面の笑みを浮かべていた。それを見て、勇気もクスリと笑う。

「……はい。次からは気を付けます」

「よし……! じゃ、食うか」

 四人は、漸く昼食に手をつけ始めた。勇気は三人に元気な姿を見せつけるかのように料理を頬張っていく。

 恵良に拒絶されたとは考えないようにしよう、きっと恵良は解ってくれる筈だ――勇気はそのことを胸に留めた。



 勇気たちが午後の訓練に入ったころ、雪音は医務室の前に立っていた。彼女は何かが入っている紙袋を手にぶら下げながら、ドアを一点に見つめている。

 澄佳から昨日の深夜に、恵良に変化があったとメールで伝えられたのだ。その時恵良は医務室の中で就寝中だったので、彼女が確実に起きている今が訪問するチャンスだと雪音は踏んだのである――お見舞いの旨は事前に澄佳に送っている――。

 しかし昨日の出来事から、雪音は恵良の行動を警戒していた――下手に刺激すれば、昨日のように暴れてしまうかもしれない。自身の部下に警戒心を抱くのは隊長失格だと心の中で軽蔑するも、彼女は『変化』とやらが掴めなかった。

 実際に見れば分かるだろう――雪音は意を決して扉をノックした。

 ドアが開く。応対したのは、予想通りではあったが澄佳であった。

「澄佳、いきなりで悪いが、『変化』とは何が起こった?」

 雪音が問うと、澄佳はにっこりと微笑んだ。澄佳の微笑みは癒しではあるが、今の雪音には些か不気味に見えた。澄佳は雪音を医務室に入れ、カーテンで遮られた恵良のベッドの前に二人で立つ。

「恵良ちゃん、隊長さんが来てくれたよ。今開けるね」

「……はい」

 恵良の声は、昨日とは違って掠れておらず、発音も明瞭であった。さらに雪音が驚いたことは、恵良が大分落ち着いた様子を見せていることだった。一体何が起こったのだと、彼女の頭の中では疑問が駆け巡った。

 澄佳が、カーテンを開けた。

 カーテンの向こうの光景に、雪音は驚愕した。


 恵良は、元気に病院食をとっていたのである。呆気にとられている雪音を、お粥を啜っている恵良は手を止めて茫然とした表情で見つめている。


 雪音は恵良を医務室に運んで以来見ていなかったが、その時と比べても肌の血色はよく、鎮静剤を打たれて寝かされるほど暴れていた彼女の面影は最早無いと感じていた。その変わり具合に、雪音はため息をついた。

 恵良はお粥が入った皿とスプーンを置いて、赤面しながら俯いた。

「……隊長、私は――」

「いや、お前との話は後だ。まず澄佳、こいつが何でこんなに変わったのか説明してくれ。ついていけん……」

 澄佳は笑顔で頷いた。そして、恵良のベッドの端にどっかりと座った。

「恵良ちゃん、勇君との面会で考え始めたみたいです」

「考え始めた、って……何をだ?」

「そこは張本人に訊いてみてくださいな」

 澄佳が徐に立ち上がると、そのまま自身のデスクに戻っていった。

 雪音と恵良が向かい合う。雪音は昨日勇気が座っていた丸椅子に座った。

 恵良は雪音から視線を逸らしていた。彼女に顔向けができないと思っているのか、暗い顔をして俯いている。

「恵良……。一体どうした?」

 雪音に問われると、恵良は漸く其方を向いた。しかし彼女は唇を噛み締めて、言いたくなさげな表情をしている。その顔を見て、雪音は困ったという風に微笑んだ。

「大丈夫だ。私はお前を責めたりしない。絶対だ」

 恵良は少し涙目になりながら、雪音の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「私は……何で勇気に生きていてほしいと言われたのか、考えていたんです」

 雪音が頷く。親身になって聴いてあげようと、彼女の姿勢が少し前傾する。


 恵良は、全てを話し始めた。



 ――恵良は勇気が医務室から出た後、澄佳と舞香に暫くの間押さえつけられていた。獣のような叫び声を上げて、発狂していた。薬は打たれることは無かったが――澄佳が打とうとしなかったのだが――、彼女が鎮まるまで澄佳と舞香は汗だくになりながら彼女を抑え続けていた。

 漸く沈静すると、恵良は澄佳が目の前に座っていることに気が付いた。力が抜けて茫然とした顔で、彼女は白衣の女性を見上げる。

「恵良ちゃん……勇君の言ったことのどこが気に障ったの?」

 恵良は、勇気が言ったことをもう一度思い出した――恵良に、生きていてほしいと、恵良は自分にとっての『光』であると。それが頭に思い浮かび、恵良は何故か言葉が詰まる感触を覚えた。

「澄佳……先生――」

「何? 恵良ちゃん」

 恵良が息を荒げ始める。

「私……分からないんです。どうして勇気が私をこんなに生かしたいのか」

「それが、気に障ったの?」

「そういうわけじゃないんです! なんだか、その……」

 そこまで言って、恵良は呻き声を上げて頭をバリバリと掻き毟り始めた。澄佳は彼女の両手を抑えて落ち着かせ、逆に頭を撫で始める。

「苦しいんだね、恵良ちゃん。でもそれでいいんだよ。一杯考えて、一杯悩んで……勇君が言いたいことを汲み取ってあげて」

 恵良が苦しそうに呻きながら頷く。息苦しさを感じながらも、彼女は考え始めた。

「勇気は……私のこと、『光』だって、必要な存在なんだって――」

 恵良は、勇気が自身に言い聞かせた言葉を繰り返した。

 彼女は、世界から捨てられてしまったと思い込んでいた。それなのに、必死になって引き揚げようとする人がいる。自身のことを見捨てようとしない人が存在している。彼女は先ほどまで、そのことを理解することができなかった。

 だが、そのことを理解した途端、彼女は頭の中を掻き回されているような気持ちの悪さを味わった。痛みのない苦痛である。

 更に、恵良の頭の中で勇気の声が響き渡った。今まで彼が彼女に向けて放った言葉が、頭の中で響き渡っているのである。


――ダメだよ。恵良は死んじゃいけない。まだ生きてなきゃいけない人だ!


――用済みなんかじゃない!


――恵良は『ナンバーズ』を倒しただろ? 日本を守ってくれたんだろう? 俺たちにとっては……恵良は必要な人間なんだ! だから……一緒に帰ろう。水城隊長のもとへ!


――だったら……、だったら俺が恵良の『光』になる! 俺が恵良の前を照らす!


――恵良に、生きていてほしい。俺には、討伐部隊には、恵良が必要なんだ!


――それと……、俺は……恵良に助けられた。恵良がいなかったら、俺はきっと立ち直れなかった。だから、恵良がいないと……俺は……


――俺には、恵良がいないとダメなんだ! 恵良は俺にとっての『光』だから……俺にとって必要な存在だから! だから恵良が落ち込んだときには、俺が『光』になりたい。恵良に恩を返したいんだ!


 彼の言葉が、津波の如く彼女の脳内で荒れ狂っている。どの言葉も彼の心がこもっており、でまかせで紡がれたものではないことが彼女には理解できた。必死に叫んでいたことや涙を流していたことが、その証拠であった。


 更に恵良は、雪音の言葉も思い出した。雪音は自身に対して、前々から優しい言葉をかけていたことを思い出したのだ。


――お前は父親に認められなくても十分に存在意義を持っていると思う。こうして勇気や私たちにとって必要不可欠なんだから


――お前が『白金』の人間でなくとも、私はお前を除隊させたりなどしないよ


――この国を救ってくれている『戦士』を、誰が好き好んで手放すんだ? 少なくとも私はしないな。お前が除隊させられそうになったら、土下座してでもお上に泣きつくだろうな


――お前がたとえ『白金』の名字を使っていたとしても、兄の七光りとは言われなかっただろうな。私が見る限りじゃ、お前は社長である兄よりもSW操縦の腕は断然いい。自信を持て


「私が死んだら、悲しむ人がいる……私を必要としてくれてる、人たちが――」


 恵良は、目を見開いたまま涙を流し始めた。その涙を見て、澄佳も涙ぐんだ。

「……そうだね。勇君だけじゃない。隊長さんも礼君も賢君も雪君も、皆恵良ちゃんのことを想ってくれてる。勿論私も、恵良ちゃんには死んでほしくないって思ってる!」

 恵良は涙を流しながら、今まで死にたいと思っていた自身を引っ叩きたい衝動に駆られた。


 彼女は、周りの人たちのことを無視し続けた。自身のことを人一倍想ってくれている人が傍にいてくれていたのにも拘らず、身体を張って自身を戦火の中から助け出してくれたのにも拘らず、その人たちの気持ちを裏切ってしまっていた。特に勇気と雪音に対しては、恵良は顔向けできないとすら思い始めた。


 皆が、恵良のことを想ってくれていたのだ。


 恵良はベッドの端に座るようにして重く感じる身体を精一杯の体力で起こした。澄佳と目を合わせる。

「先生、私……私……」

 恵良の顔は涙と鼻水でグチャグチャになっている。澄佳が目に涙をため、白衣のポケットの中からティッシュを取り出して彼女の顔を優しく拭いてあげた。

「そんなに泣かないで。恵良ちゃんの可愛い顔が台無しだよ」

 すると、拭き終わった後、澄佳は恵良に向かって優しく微笑んだ。

「やっと……解ったんだね、勇君たちの気持ちが」

 そう言うと、澄佳は丸椅子を少しだけ前に出し、そのまま身を乗り出して恵良を優しく抱きしめた。目をつぶり、彼女の身体を優しさで包み込む。


 すると、恵良が澄佳にしがみつくようにして抱き着き、大声を上げて泣きだした。澄佳の背中に爪が食い込むほど強く抱き着いている。恵良の目から、とめどなく涙が溢れてくる。


 恵良は、今まで蓄積していた負の感情を大泣きすることで一斉に放出した。泣く度、叫ぶ度に、段々身体が軽くなってくる感触を覚えていた。自身に生きていてほしいと思っている全ての人に申し訳なさを感じて、余計に涙が出てくる。大きく嗚咽を漏らしながら、彼女は澄佳に甘えるように縋った。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「ううん、いいの、謝らなくても。ありがとうの気持ちさえ皆に伝えれば、きっと皆許してくれる」

 恵良を抱きしめている澄佳も、涙を流していた。とても穏やかに、涙声で恵良を諭す。背中を擦りながら、優しく彼女を包む。

 恵良は、呪縛のようなものから解放されたような気がしていた。『白金』に認められなくてもいい、皆さえいてくれれば――彼女の考えは、完璧に変わった。


 こうして恵良は、唯一無二の『光』を得た――



 恵良から全ての顛末を聴き終えた雪音は、涙ぐみながらも微笑んでいた。一方で恵良は、顔向けできないという風に視線を下に逸らして赤面させて俯いている。

「そうか……お前は完全に立ち直ったんだな」

「はい……。皆様にご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした……」

 恵良が消え入りそうな声で謝ると、雪音は気にしていないという風に恵良の頭を撫で始めた。

「元気になったんだったら話は早い」

 そう言うと、雪音は手に持っていた紙袋を恵良に渡した。恵良がそれを大人しく受け取る。

 中身を確認すると、彼女の討伐部隊の隊服が一式入っていた。恵良は目を見開いてそれと雪音を交互に見る。

「心の傷は癒えたんだな。後は落ち着いて、しっかりと食べて体力をつけたら、これを着て訓練に復帰してくれ。もう大丈夫だろう?」

 恵良の表情は、一転して真面目なものとなった。しっかりと雪音を見つめ、復帰の意思を示している。

「分かりました! 私は、これまでよりずっと、ずっと、この隊のために頑張ります!」

 恵良の言葉を聞くと、雪音は微笑んで頷いた。彼女の決意を聴くことができて、雪音はとても満足していた。

「それじゃ、私はもう行く。澄佳、邪魔したな」

 雪音が椅子から立ち上がると、澄佳が彼女のもとに歩み寄ってきた。

「隊長……あの……」

 澄佳は、先程とはうって変わって不安げな顔をしていた。雪音がそれを訝しむ。

「何だ? 何かまだあるのか?」

「あの後……勇君はどうなったんでしょう? 彼、魂が抜けたような顔してましたから……」

 そのことか、と雪音がため息をつきながら澄佳に返した。ただならぬ空気に、恵良も不安そうな表情をする。

「あいつ、ひどく落ち込んでるよ。朝のミーティングでも、覇気がなかった」

「そうですか……」

「隊長、澄佳先生……、勇気に何かあったんですか?」

 勇気が落ち込んでいると聞いて、恵良は嫌な予感がして二人に尋ねた。二人が眉を曇らせたまま彼女の方を向く。

「恵良ちゃんは覚えてないだろうけれど、勇君、暴れてる恵良ちゃんを押さえつけようとしたら恵良ちゃんの手が振り払っちゃって……その後勇君、ガックリと落ち込んじゃって――」

「おそらく、お前に嫌われたと思ってるんだろうな……」

 恵良は二人の話を聞いて絶句した。自分を助けようとした勇気を拒絶するような真似をしてしまったのだから。特に雪音は深刻な表情をしており――恵良の前だからといってわざとしているわけではない――、事の深刻さを恵良にまざまざと見せつけた。

 恵良は途端に狼狽し、両手をギュッと握りしめた。

「そんな……私のせいで……勇気が――」

 自身としては勇気のことを嫌ってなどいないのに彼を突き放してしまったことが、恵良の心に堪えた。自分のせいで勇気が傷ついていると考えるだけで、彼女の心は強い力で握られているかのように痛み始めた。

 恵良が過呼吸のように息を荒げ、頭を抑えて丸くなる。

「勇気……勇気……ごめんね、ごめん――」

「落ち着け、恵良。お前のせいだとは思ってないし私はお前を責めない。悪いと思ってるんなら、後で謝る時間はいっぱいある」

 恵良は目に涙を溜めて雪音を見つめる。その姿に、雪音は心を痛めた。恵良は見つめながら、雪音に何度も頷いた。

「兎に角、だ。お前は自分の身体を落ち着けてくれ。私はもう行く」

 雪音が踵を返してドアのセンサに触れる。するとドアが開くと同時に、隊長、と恵良の叫ぶような声が雪音の耳に入ってきた。雪音が少し驚いた顔で振り返る。

「……どうした?」

「私のことを、生きていてほしいと考えていただき、本当にありがとうございます! この命、討伐部隊に捧げたいと思います!」

 恵良が声高らかに宣言し、頭を下げた。その勢いに雪音と澄佳は圧倒されるも、雪音は苦笑して恵良を見つめる。

「命は捧げなくてもいい。私は……お前に、討伐部隊のメンバー全員に生きていてほしいと思っている。この戦いでも、その先でも、命の火が消えるのを見たくはないんだ」

 雪音の言葉に、恵良はキョトンとした顔を見せた。

「それに私は、お前に謝りたい。だが、謝っても謝り足りないのが本音だ。私がもっと早く動いていれば、あいつなんかに艦の操縦を任せなければお前はこんなことにならなかった。本当に申し訳なかった!」

 そう言って、雪音は真面目な顔で恵良に頭を下げた。長い髪が地面に付きそうなほど深々と頭を下げている。

 それに対して、恵良は目が泳いで混乱していた。あわあわと口を動かし、ひとしきり目を泳がせた後は助けを求めるような目で澄佳を見る。

 しかし、澄佳は恵良から目を逸らした。彼女も雪音が本気で謝った姿を見たことがなかったのだろう。恵良は澄佳を呪うような目つきで見た後、俯いて何も喋らなくなってしまった。

 暫く経っても返事が来ないので、雪音は恐る恐る頭を上げた。しかし彼女の目に映ったのは、困惑している恵良と澄佳であった。雪音と恵良の目が合う。

「……私を責めないのか?」

「い、いや! 隊長は悪くありません! 私の方が、隊長や皆さんに迷惑をかけましたから……」

 あわあわとした口で、恵良は早口で雪音には非がないことを言った。その様子が可笑しかったのか、雪音は笑いながら恵良を見つめる。

「……赦してくれてありがとう。本来ならお前に殴られてもおかしくないんだけどな」

「そんなっ、殴るなんて……! 私にそんなことできません!」

 恵良はさらにパニックになったのか、顔を赤くして反論した。今度は横にいた澄佳が笑い始める。

「恵良ちゃん、感情豊かになったね。昨日のあなたからは考えられない」

 澄佳にからかわれ、恵良は口を噤んで俯いてしまった。恥ずかしさで顔が更に赤くなる。

「私はもう行くよ。澄佳、二人を引き続き任せた」

「分かりました」

 雪音が医務室を出る。それを恵良は、頭を下げながら送った。


 彼女の心の中は、皆への感謝の気持ちで一杯であった。自身に対してポジティブなことを言ってくれた礼人・賢・雪次、自身を必死に宥めてケアしてくれた澄佳、そして自身のことを人一倍、もしくは彼女以上に想ってくれた雪音と勇気には、頭を下げても下げ足りないほどに感謝している。

 特に勇気のことを考えると、胸の奥底で温かいものがこみ上げてきた。感謝や悔恨の気持ちが渦になって彼女の中に存在している。早く謝りたい、感謝の気持ちを伝えたい――彼女の気持ちは逸った。


――これからは、皆のために頑張る。もう『白金』にこだわるのはやめだ。皆に報いなきゃ……!


 そして恵良は、『白田恵良』として進んでいくことを決意した。自身を想ってくれている皆に報いることができれば血筋など関係がないと、彼女は結論付けた。


 恵良の目の前に、『光』が差した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ