憂鬱な旅路
勇気は、誰もいない管制室の中で待機していた。雪音が彼に命令したのである。
その雪音はと言うと、恵良を医務室に運ぶためにSWの格納庫に向かっていた。恵良は未だに《ウォリアー》の中で待機していて――と言うよりも、動けなくなっているだけであるが――、彼女の機体はミサイルを受けてダメージを負っており、パイロットである恵良にもダメージが及んでいる、と雪音は踏んだので、彼女は恵良を医務室へと連れていく判断を下した。
勇気は自分も行くと雪音に進言したが、彼女は彼に管制室の留守番を頼んだ。彼は残念そうな顔をしたが、雪音がお見舞いの約束を取り付けると彼はすんなりと了承した。その結果として、今彼は管制室で待機しているのである。
勇気は、誰もいない管制室の中で独り恵良の身を案じていた。怪我が深刻なものだったらどうしようか、自分のせいで傷口を広げてしまったのではないだろうか、まさかとは思うが既に舌を噛んで――彼の心配はよりネガティブな方向へと進んでいく。それに耐え切れず、彼はギュッと目をつぶり、手の震えを抑えるために拳を強く握った。手袋の繊維がこすれる音がする。
すると、管制室のドアが開いた。勇気が目を開けて後ろを振り返ると、そこには疲れ果てた様子の礼人・賢・雪次がいた。勇気はポカンとした表情で三人を見つめるが、その三人もまた彼を驚いた表情で見つめている。
「……お前一人か?」
「は……はい!」
勇気は三人の先輩の姿に気づくなり、彼らのほうを向いて、お疲れ様です、と大声で言って敬礼した。
「何言ってんだ。一番疲れてるのはお前だろ?」
「そ、そんなことは――」
首をプルプルと振っている勇気に礼人は笑みを浮かべながら近づき、彼の頭にポンと手をやった。勇気が硬直する。
「恵良を助けてやれたな。身体まで張ってよ。お疲れさん」
「……ありがとうございます」
勇気は頬を少し赤くして俯いた。賢と雪次も、微笑みながら彼のもとに歩み寄る。
すると、またも管制室のドアが開いた。四人が一斉に振り返ると、そこにはひどく疲れた様子の雪音がいた。
四人は一斉に彼女のほうを向き、敬礼をした。
「皆、ご苦労だった。勇気、恵良を助けてくれてありがとう。礼人、賢、雪次は、『ナンバーズ』の足止め及び討伐、見事だった」
勇気は思わず、三人のほうに首を向けた。
「『ナンバーズ』を……倒したんですか!?」
「ああ。恵良と賢が少し手伝ってくれたおかげだ!」
礼人は手柄を賢と恵良にも分け与えたが、勇気にはさも自分一人で倒したかのように誇らしげに返した。
勇気の顔は途端に明るくなった。恵良が傷だらけの状態とはいえ、『ナンバーズ』の討伐は朗報だからだ。
しかし、それに反して雪音の顔は暗かった。勇気たち四人はそれに気づいて再び彼女に注目する。
「……どうしたんですか?」
勇気の胸が、俄かに騒ぎ始めた。まさか、恵良によくないことでもあったんだろうか――彼は再びネガティブな思考に突入する。
すると、雪音が四人に向かって頭を下げ始めた。顔向けができないという風な表情をしている。
「皆、本当にすまない。私がもっと早く動いていれば、いや、私が面倒なことを避けなければ、こんな馬鹿なことにはならなかっただろう」
四人は、キョトンとしながら頭を下げている雪音を見つめる。
「特に恵良には、殴られても文句は言えない。恵良のことを一番気にしていた勇気にも、咎められても私は何も言えない。本当に……すまなかった!」
雪音は、心の底から後悔していた。自身を軽蔑し、卑下していた。間一髪で恵良の命が助かったとはいえ、雪音は自身の行いを悔いていた。ギュッとつぶっている目から、涙が滲む。
しかし、勇気は雪音を責める気は毛頭なかった。寧ろ彼女があの時現れてくれて感謝しているくらいである。頭を下げたいのは自分だとさえ、彼は思っていた。
勇気の憎悪は、すべて『白金』の男たちに向いていた。彼らが恵良を捨て駒扱いしなければ、彼女はここまで壊れることはなかっただろうと彼は思っていた。
「頭を上げてください。自分は……隊長を責めたりしません」
雪音が今にも泣きそうな顔を上げる。勇気は真面目な表情をしていた。
「恵良がああなったのは、あいつらのせいです。隊長は何も悪くないと思います! それに、艦が少し傷つきましたが、自分たちは全員生きて帰ってきました。だから、隊長に責任は無いと思います」
勇気がきっぱりと言い切ると、雪音は目をゴシゴシと拭った後彼に向かって微笑んだ。
「……お前は、優しいな」
「い、いいえ、そんなことは――」
勇気は頬を赤くして首を横に振り続ける。その様子が可笑しかったのか、雪音と勇気の横にいた三人は吹きだしてしまった。重くなった空気が少しだけ和らいだと、勇気以外の人間は思っていた。
「お前たちも疲れただろう。もう夕飯の時間だ。休んでくれ」
「隊長はどうすんだ?」
礼人が雪音に尋ねる。
「私は、少し気になることがあるからまだここにいる。もしかしたら呼び出すかもしれんから、その時は来てくれ。それでは、解散」
四人は、了解、と言い、管制室を出た。
すると、礼人が部屋を出る直前立ち止まり、雪音をニヤニヤしながら見つめた。雪音がジトっとした目で彼を見る。
「……なんだ?」
「隊長の涙、初めて見たぜ。隊長も泣くんだな」
礼人が冗談交じりに言うと、雪音は馬鹿にするなと言わんばかりに頬をほんのりと赤くして膨らませた。その反応を見て、礼人はカラカラと笑いながら管制室を出た。
ドアが閉まると、雪音はキーボードに向かい合ってため息をついた。
「……私は、大切な人が死ぬ経験をしたくないんだ。もう、二度と……」
勇気は夕飯を食べ終えると、一目散に医務室へと向かった。医務室のドアの近くまで行くと、部屋の中は彼が確認する限りでは静まり返っている。大人しく寝ているのだろうか、もしくは恵良はここにはおらず、自室で寝ているのだろうか――勇気は考えていた。
勇気が考えていると、医務室のドアが開いた。彼が驚いて注視すると、部屋から澄佳が出てきた。彼女も、部屋の前に立っていた勇気に驚いている。
「澄佳先生……。乗ってたんですか?」
「水城隊長に呼ばれてね――って、どうして勇君がここに?」
澄佳に尋ねられると、勇気は自らがここに足を運んだ旨――恵良が無事かどうか、落ち込んでいないかどうかを確認するために来たことを伝えた。
それを伝えると、澄佳は考え込んでいるような表情を見せた。勇気の顔も心配の色が滲み始める。
「恵良は……」
「恵良ちゃん、かなり精神的に不安定だった。医務室に入るなり大暴れしちゃって。今は鎮静剤を打って寝かせてるけど、当分は落ち着けた方がいいかもしれない」
勇気は閉口した。恵良はやはり傷ついていたのだ。
「勇君、ごめんね。お見舞いはまだできないの。恵良ちゃんが落ち着くまでの辛抱だから、ね」
「そうですか……。ですが、寝ている恵良を見ることはできませんか? お願いします!」
勇気は、恵良が傷ついていることに我慢ならなかった。恵良が寝ている時は安らかな顔をしているだろうかと気になったのだ。
勇気の懇願を、澄佳は聞き入れた。開けっぱなしのドアから、勇気が暗がりの恵良を覗き込む。
彼女は隊服ではなく薄い緑色の病院着を着ており、落ち着いた寝息を立てて安らかな顔をして寝ていた。勇気は少し胸を撫で下ろしてドアを閉める。
「鎮静剤を打ってるから、今はぐっすり眠れてる。ここで大声を起こしても起きないからね」
「ですが……恵良が起きたら――」
「大丈夫だよ。薬以外の方法を考えるから、ね?」
恵良が不安になると、勇気も自然と不安な気持ちになっていた。それを澄佳が、彼の肩に両手を優しく添えながら諭す。
「……分かりました」
勇気が不安そうな顔をしながらも納得した。澄佳が笑って頷く。
するともう一人、医務室からのそりと出てきた。ドアが開くと、勇気と澄佳が一斉にそちらを向いた。
出てきたのは、病院着を着て左腕に包帯を巻いている舞香であった。彼女は二人を見つめている。
「舞ちゃん。もう起きたの?」
「はい!」
舞香は澄佳に快活に返事をした。しかしその反面、勇気は何故彼女がここにいるのか分からずにポカンとして二人を見ている。返事を終えた舞香が、漸く彼の存在に気付いた。
「あなたは――」
「どうして、舞香さんがここに?」
お互いに少し驚いているような表情の二人を、澄佳は交互に見つめる。
「勇君と舞ちゃんって、知り合い?」
「はい。私がミスして蹴られたのを庇ってくれたっス!」
舞香は、何故病院着を着てここでついさっきまで寝ていたのかが分からないほど元気に返した。澄佳は勇気に向かって微笑み、舞香も彼の方を再び向いた。
「あ、今更ですが、私の名前は黄瀬舞香と申します。よろしくお願いします! あとこの前はお礼を言い忘れてました。ありがとうございます!」
「自分は……灰田勇気と言います。いつもSWの整備、ありがとうございます!」
勇気は舞香に向かって敬礼をした。すると途端に舞香がかしこまる。
「とんでもないっス! 討伐部隊さんのエンジニアの方々の方が私よりももっと上手ですし頑張ってますっス!」
すると、両腕をバタバタさせて話に熱が入っていた舞香が急に左腕を抑えて呻き始めた。澄佳が舞香の左腕を庇うようにして抑える。
「どうしたんですか?」
「痛てて……、今日突然格納庫が揺れて、転んじゃって……、それで転んだところに工具があって、それで腕を怪我しちゃいました」
舞香は笑っていたが、その笑みは痛みで歪んでいる。それに対して、澄佳は真面目な顔であった。
「それだけじゃないでしょ?」
澄佳に言われると、舞香は委縮してしまった。勇気はその様子を怪訝に思う。
「……彼女、一体どうしたんですか?」
「舞ちゃん、恵良ちゃんが運ばれてくる前に礼君たちに連れてこられたの。礼君が血相変えて入ってきて、何事かと思ったら彼、左腕が血だらけの舞ちゃんを連れてきて……。格納庫に取り残されてるのを見つけて、大怪我してるから早く手当しろ、って」
「取り残されてた、って……。他の人たちはどこに行ったんですか?」
勇気の語気に怒りが混じる。彼の問いには、舞香が答えた。
「私を置いて、皆避難したっス。私のことなんか見えてないみたいに一目散に走っていったっス」
舞香が『あの施設』出身だからこんな仕打ちをしたのか――勇気は舞香の答えを聞いて邪推してしまった。彼が強く拳を握る。
だが、舞香はその直後笑った。辛いことを吐露したはずなのに、勇気とは対照的に顔が明るい。
「でも、いい経験ができたっス。私、礼人さんにお姫様抱っこされましたから……」
勇気はキョトンとしながら、嬉しそうに頬を赤らめている舞香を見つめている。彼には『お姫様抱っこ』が何だか分からなかったが、嬉しそうにはしているので彼女につられて少し笑った。その隣で澄佳もニヤニヤしながら舞香を見ている。
「さて、と。舞ちゃんはもうベッドに戻って安静にしていてね。勇君も、恵良ちゃんが落ち着いたら私が呼ぶから、安心してて」
二人が澄佳に、分かりました、と返すと、舞香は大人しく自身のベッドに戻り、勇気は澄佳に頭を下げて医務室を後にした。彼は俯きがちに、自室へと戻っていった。
勇気たちが雪音に呼び出されたのは、勇気が部屋に入ってすぐの頃であった。いきなり放送が流れたかと思うと、雪音の焦った声が放送で聞こえてきた。
勇気たちはこの放送からただならぬ雰囲気を感じ、駆け足で管制室へ向かった。四人が揃うのに時間はかからなかった。
「これを見てくれ」
四人が揃うと、雪音はモニタにある写真を映し出した。その写真を見て、四人は驚愕し、開いた口がふさがらなくなった。
写真に写っているものは、猿ヶ森のメガフロートであるが、そこはめちゃくちゃに荒らされていた。路面ははがれ、所々に穴が空いており、建物は崩壊し、メガフロート上には《燕》や《剱》、《蓮華》といったSWの残骸が多数転がっている。コクピットに風穴が空いているもの、上半身と下半身がバッサリと分かれているもの、縦に綺麗に両断されているもの――様々な形だが、共通していることは、全て近接武装で撃墜されたことと、SWのパイロットが全員死亡していることである。
「我々の留守中を見事に狙われた……。映像はまだ入ってきていないが、おそらくやったのは『4』だろう。道理であそこに奴がいなかったわけだな」
「同時に襲撃された、ってことですか?」
「そうだ。時差の関係もあるが、我々が襲われた時刻とそっちの時刻がほぼ一致している」
賢の質問に雪音が答えると、礼人が顔を真っ赤にして雪音に食って掛かるような目つきをした。
「上は何やってやがる!」
「いきなりの襲撃で上も対応しきれてない。猿ヶ森の生存者も、いないからな」
雪音は頭を抱えた。すると、雪次が手を挙げる。
「住人の避難はどうなっているんですか?」
しかし、雪音は雪次の質問になかなか答えようとはしない。苦い表情をしているまま、俯いている。
「隊長……?」
「住人の避難は……させていないそうだ。奴の目標はメガフロートだけだったから必要なかったらしい。それに……」
「それに?」
雪次が急かすと、雪音はキッと四人を睨みつけるように見つめた。その眼光に、四人は少し怯む。
「奴らは……報道規制を敷いているそうだ。大方『白金』に不利になるような状況を作り出さない為だろうな! 全くもって腐ってる、歪んでる!」
雪音は思っていることを喚き散らすと、肩を上下させながら荒く息をついた。彼女の頬は怒りで真っ赤になっている。勇気が彼女を気遣うような目で見る。
「隊長――」
「六年前の沖縄の『事故』の後だってそうだ! あの時その事件の真相を突き止めようとしたジャーナリストの夫妻がガス爆発で死んだが、あれと全く同じだ! あれが薬品の引火だけで起こる筈がない!」
雪音の叫びは、先程よりも勢いを増していた。彼女の叫びに以前沖縄の基地にいた勇気以外の三人は一斉に暗い顔をする。
「……あれは、大惨事だったな。その後の対応も含めて。あのジャーナリスト、名前なんつったっけ?」
「我那覇幸男と真理奈だ。幸い、娘の青河は無事だったが……あの事件以来消息は不明だ」
雪音が幾分落ち着いた様子で礼人に返す。彼女はまだ肩で息をしている。
「……すまない。取り乱した。兎に角、この件で『ナンバーズ』が明確に我々を殺しにかかっていることが分かった。サキミヤを殺されたことへの復讐だろう」
勇気は、その言葉にハッとした。『3』と対峙した時に感じた背筋が凍るような威圧感も、それを考えれば納得のいくものであった。彼の心拍数が俄かに上昇する。
「勇気、お前は責任を感じなくていい。遅かれ早かれこうなることは決まっていた。これはれっきとした殺し合いなんだからな」
「……分かりました」
勇気は沈鬱な表情ながらも頷いた。どうしても、自分が咲宮を殺したせいでこのような結果になったとしか思うことができなかったが、彼女の言葉を聞いてそのことはもう考えないようにした。
「兎に角、我々が日本に戻ってからやることは決まった。猿ヶ森の復旧のために、多数の人員やSWが割かれるだろう。それの穴を埋めるために、より索敵を強化することだ」
四人は一斉に頷いた。『ナンバーズ』打倒のために、『白金』も信用ならなくなった今、頼れる者は自分たちしかいないことに気付いたのだ。
「ミーティングはこれで終わりだ。解散」
四人は、了解、と言って敬礼した。それを見た雪音はいち早く踵を返し、椅子に座ったまま動かなくなった。
四人は管制室を出て、先程のことについて話していた。その話題は猿ヶ森が襲われたことではなく、専らその時の雪音の態度であった。
まず口火を切ったのは礼人であった。
「あん時の隊長……いつにも増して怖かったな。一体沖縄でどうしちゃったんだ?」
「その時隊長は沖縄にはいなかったので……、沖縄に知り合いがいたとかじゃないですか? その人が巻き込まれたから……」
賢が推測する。しかし、礼人と雪次は分からないという風に首を振った。
「何にせよ、あそこまで必死なら何かあった筈だ。訊く気は起きんがな」
「確かに」
そう言って、礼人はため息をつく。隊員如きが隊長のプライベートに触れることは烏滸がましいことだと四人は共に思っていた。
「そういやぁさ――勇気」
突然、礼人が勇気に話を振った。勇気は突然礼人に話しかけられて少し驚いている。
「何でしょうか?」
「その……訊きづらいんだけどよ」
礼人の反応から、勇気はすぐに恵良について訊きたがっていることを悟った。勇気も顔を暗くする。
「恵良は……医務室で大人しく寝てました。ですが、かなり暴れたみたいで、鎮静剤を打たれて無理矢理寝かされてるって感じです」
「そうか……悪いな、こんなこと訊いちまって」
勇気は恵良のことを思い出してしまい、悔しそうに唇を噛み締めた。これも『白金』の謀略だ。恵良は死んではいなかったが、精神的には死にかけていることを彼は思い知らされた。
同時に、礼人も勇気に尋ねたことを後悔した。彼の悔しそうな表情を見て、礼人は尚更悔やんだ。彼は自身が嫌になり、ため息をついた。
すると、勇気は何かを思い出したようにハッとした表情をした。それに賢が気づく。
「勇気君……。どうしたんですか?」
「そう言えば……」
勇気は礼人の方をもう一度見た。礼人は彼の視線に釘づけになる。
「……何だよ?」
「『お姫様抱っこ』って何ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、唾を呑みこもうとした礼人はむせて咳き込み、賢と雪次は吹きだした。四人が立ち止まる。
「お前――っ、いきなり……っ!」
「勇気、なんでこいつが黄瀬を『お姫様抱っこ』で運んだことを知ってるんだ?」
「言うなっ!」
礼人は顔を真っ赤にして雪次の五分刈りの頭を叩く。
「あれは、だな、その……あいつが酷え怪我してたからよ、早く医務室まで行きたかったから――」
「舞香さん、言ってましたよ。『いい経験ができた』って。そんなに嬉しいことなんですか?」
礼人の弁明に対して、勇気も笑顔を浮かべる。その言葉を聞いた礼人は、耳まで顔を真っ赤にする。
「畜生……あいつ、助けてやったのに、何だよ、いい経験って……」
「まあまあ、礼人。舞香さんが喜んでいるのならそれでいいじゃないですか。礼人も澄佳先生の所に着いたときにホッとしてましたし」
「うっせえ! 勇気、お前には教えてやんねえ。隊長にでも訊け!」
そう吐き捨てると、礼人はそっぽを向いて独り早足で歩き出した。
「礼人……そうすると、今度は隊長にもこれが知れ渡りますよ」
「うっ――」
賢に指摘されると、礼人は自身で墓穴を掘ったと知り肩をガックリと落として立ち止まってしまった。その様子が可笑しく映り、勇気も吹きだした。四人の空気が、少しだけ軽くなった。
「兎に角、俺はもう部屋に戻る! お前らも戻れよ!」
そう言って、礼人は走って行ってしまった。賢と雪次も、勇気に一言挨拶してから部屋へと行き始める。
独り取り残された勇気は、少し気持ちが明るくなったことを自覚していた。恵良のことに関しても、少しだけだが前向きになることができるような気がしていた。
「恵良……、きっと元気になるよね」
勇気は呟くと、自分の部屋へと歩を進めた。
《オーシャン》は、悠々と空を飛び続ける。現地が早朝になったころ、艦はアメリカの領土内に入った。