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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
抵抗の始まり
41/72

アイデンティティ・クライシス

 煙が晴れる。隙間から、光が点滅しては消えていく。

 《ウォリアー》は、悲惨な姿になっていた。右腕部はグリップしていたビームソードは勿論のこと前腕部が吹き飛び、二の腕の部分を残すのみになっている。頭部や胴にもダメージが入っており、ミサイルの破片と思しき金属の切片が幾つか刺さり、煤で黒く汚れてしまっている。

 コクピットの中は、より悲惨なことになっていた。右腕部損傷のアラームが鳴る中、着弾の衝撃で恵良はシートに叩きつけられ、喀血していた。フルフェイスのヘルメットのバイザーに吐いた血がベッタリと付く。肺のあたりが軋む感触を彼女は激痛とともに味わっている。

 ギュッと閉じていた目を開くと、眼前に『3』が火器を突き付けているのが見える。恵良はこのような状態になっても命の危険を本能的に感じ取り、操縦桿を必死に動かして敵の攻撃を躱した。無数のビーム弾を躱している中、恵良は痛みで顔を歪めながら気管に溜まった血と唾液を吐き続けてGに翻弄されている。視界が粘液で遮られたので、彼女は思わずヘルメットを脱ぎ捨てた。

 ぼおっとした頭で、彼女は敵の攻撃を躱しながら考えた――何故、社長もとい自身の兄は自身に向かってミサイルを放ったのか、それが理解できなかった。



 《ウォリアー》に一発のミサイルが着弾した瞬間、勇気を含める四人はその場で凍り付いた。反面社長は、非常に残念そうな表情でモニタを見つめ、ため息までつく始末である。しかし、社長は気を取り直したという風に再びキーボードを弄り、ミサイルランチャーに弾を装填し始めた。

 それを見た勇気は、今まで誰にも見せたことのない憤怒の表情で社長のもとに再び歩み寄り始めた。今にも殴りかねない雰囲気に、礼人・賢・雪次は憔悴し、なんとかして勇気を止めようとした。

 雪次が勇気を羽交い締めにし、礼人と賢の二人が何とか彼を説得しようとする。

「やめろ、勇気!」

「そうですよ! 恵良さんはきっと無事です!」

「離してください! この男は……っ、この男だけは絶対に許さない!」

 勇気は、もはや周りが見えていなかった。自分にとって大切な人である恵良を、このような形で傷つけられるとは毛頭思っていなかったからだ。彼は普通の戦闘で恵良が傷つくのを見ても心が傷つくというのに、隊長であり彼女の兄に牙を向けられて傷つくのは、彼にとって考えられないことであったし耐えられないものでもあった。

 すると、勇気たちの目に、煙が晴れて《ウォリアー》がひどく損傷しているのが映っている画面が飛び込んできた。勇気は思わず、社長には目もくれずに無線を飛ばすマイクへと駆け寄ろうとした。しかし、雪次が拘束する力が強くなるだけで、勇気は一歩も前へ進むことができない。

「恵良の、恵良の声を聞かせてください! お願いします!」

「落ち着け! 怒鳴っても何も始まらない」

「でも……見てるだけでも何も進みません!」

 勇気は雪次に言い返すが、身体は雪次に支配されている。そうこうしているうちに、画面上の《ウォリアー》と『3』が動き出す。

 それに少し遅れる形で、ミサイルの装填が完了した。ロックオンサイトは、先程と同じく二機両方に向いている。

 社長は再び、恵良に通信を入れる。

「白田。これからまた砲撃を開始する。奴を引きつけろ」

 しかし、社長が通信を入れても恵良からの返事はない。攻撃を躱すのに集中しているのか、ただ単に返したくないのか、はたまたそれ以外のことかは管制室の中では分からなかった。

「恵良! もういい! 死なないで帰ってきてくれっ!」

 勇気が精一杯声を張り上げるが、その声は空しく室内にのみ響き渡った。



 恵良は社長の通信を聞き、自身の耳を疑い呆然とした。ミサイルを『3』に全て撃ち落とされたのを見た筈なのに、自身にミサイルが当たったのが分かるはずなのに、先程と同じように敵を引きつけるように言ったのだから。『3』の攻撃を躱しながら、彼女は何とかして兄の真意を確かめようとした。

「……どうして」

 掠れた声を振り絞る。聞こえているかどうかは分からないが、彼女は精一杯の声を出した。

「どうして……私にミサイルを――」

『黙って私の言うことを聴け』

 無線から、非情な声が飛んできた。それでも、今の恵良にはどうしても訊かなければならないことがあった。幸い無線は切られていないので、彼女は声を振り絞って問う。

「ですが……納得できません。あれは明らかに私を狙ってました。これは……どういう事でしょうか?」

 恵良は確信していた。レーダで映った軌跡から、ミサイルは『3』だけでなく明らかに自身に向けても発射されていたことを。

『黙れ! もう切るぞ』

「待ってください! 私は……知りたいんです。どうして私も攻撃対象に入っているんですか? レーダーで確認したら……明らかに私に向かってミサイルが飛んできました!」

 叫ぶように問いかけた後、恵良は咳き込んで溜まっている血を吐いた。その間にも、苦悶の表情で相手の攻撃を避け続けている。

 すると、無線から社長のため息が聞こえてきた。社長は彼女に呆れている様子である。

『……もういい。私の命令が聴けないのなら、ここで死ね』

 恵良の身体が、一瞬にして硬直した。

――今、何て言った?

 恵良の頭の整理が終わらないうちに、社長のほくそ笑む声が聞こえてきた。


『お前の死は、士気を高揚させる。我々のためにもなるんだ』



 管制室の四人は、社長が発した言葉の意味が理解できずに脱力した。雪次ですら力が出ず、勇気の拘束が解かれる。四人とも目を見開き、口をポカンと開けて一人の畜生を見ている。

「……おい。お前――」

 礼人が怒りに唇を震わせて社長を見る。彼らにとって、今管制室に立っているスーツ姿の男はもはや隊長ではなかった。売国奴と形容しても物足りないくらいに、彼らの頭の中はヒートアップしている。

 すると、拘束が解けた勇気が社長のもとに飛び出した。胸倉を掴み、身体を大きく揺さぶる。

「お前えぇっ! 恵良を、恵良をよくも騙したな!」

 激昂している勇気。しかし、社長は難なく彼の右腕を引きはがして捻り上げた。勇気が痛みで苦悶の表情になり、呻き声を上げる。

「隊長に手を上げるとは……何たる不届き者だ? 躾がなっているというのは撤回しよう」

「……離せぇ!」

 勇気が呻きながら言うと、社長はお望みかとばかりに彼を放った。勇気はバランスを崩し、床に這いつくばる。社長は冷めた表情で、乱れたスーツを直している。

「白田は元々こういう運命だったんだ。この戦闘で『名誉の死』を遂げ、軍内や世論はただ一人の女性の討伐部隊隊員の死を悼み、『ナンバーズ』憎しの方向へ持っていくという運命だったんだよ!」

 無線に届くほどの叫び声。その後社長はクツクツと笑い声を出した直後に高笑いを上げた。

「……そんなことして、何の意味があるんですか!? 恵良さんを認めるってことも――!」

 普段は穏やかな賢も、この時ばかりは顔を真っ赤にして怒り狂っていた。そんな彼を前にしても、社長は人を小馬鹿にしたような笑みを崩さない。

「ああ、あれは嘘だ! 全く、お笑いだよ。このような条件でも疑い一つせずにホイホイ了解したんだからなぁ! ……と言うより、なんでお前たちがあいつに課した条件を知っているんだ?」

 どこまで恵良が憎いのか、どこまで恵良を馬鹿にすれば気が済むのか――勇気は立ち上がり、もう一度社長に立ち向かった。もう一度社長の胸倉を掴む。

「ふざけるな! 恵良は……どんな思いでお前らに認められたがってたか分からないのか!? お前の父親に認められたいって言って討伐部隊ここに入ったんだぞ! 苦労して、頑張って……っ、『ナンバーズ』を一機撃墜して……日本を、守って……」

 そこまで言って、勇気は全身の力が抜けて頽れた。掴んでいた手も、するりとスーツの襟を離れる。

 勇気はやり場のなくなってしまった怒りを涙に変えて蹲っていた。嗚咽を漏らして、社長に跪いているような格好になっている。その光景を見て、三人はいたたまれない気持ちになり、勇気を一点に見つめ始めた。

「何でだよ……。何で恵良がこんなことされなきゃならないんだよぉぉぉっ!」

 勇気は床に向かって吠えた。涙は頬を伝わず、直接床に落ちる。


 すると、管制室のドアが開いた。

 何事かと思い、管制室の中にいる全員がそちらに注目する。

 そこに立っていたのは、白衣姿の雪音だった。


 雪音はいつもの無表情で室内に入り、茫然としている社長を押しのけて管制室のキーボードを弄りまわし始めた。

 我に返った社長が、雪音の腕を掴む。

「……隊長は私だ。お引き取り願おうか?」

 すると雪音は、社長にムッとした表情を見せて彼の手を振り払った。

「その言葉、そっくりそのまま貴方にお返ししよう」

 社長が不快感を露わにする。しかし、雪音は怯まない。

「このままだと、恵良どころか我々も死にますよ。今は()()()()です」

「何だと!?」

「奴らは猿ヶ森で同胞を殺された復讐にきた可能性が高い。きっと奴らは復讐のためなら何でもするでしょうな。それこそ、この原子力で動いている艦を落とすこと位、平然とやってのけるでしょう」

 社長が、呻き声を上げて雪音を睨みつけ始める。さらに彼女は畳みかける。

「これでは、士気の高揚どころか喪失に繋がりますなぁ。討伐部隊と『白金』の会長と社長が諸共死ぬんですから」

「まさか貴様……全部聞いていたのか?」

「はい、恵良が出撃してた直後からここにずっと張りついていましたよ」

 雪音がほくそ笑む。

「だが、今は私が指揮を執っているんだぞ! 貴様も了解したではないか。あいつをどうしようが、私の勝手だ!」

「それはどうですかな?」

 雪音は口角をぐっと上げる。社長はおろか、勇気たちから見ても不気味な表情をしている。

 すると雪音は、自身の白衣のポケットをまさぐり始めた。

「これが、隊長の証です。貴方はこれを持っていないでしょう、社長?」

 雪音は社長に皮肉交じりに言うと、白衣のポケットから、自身が討伐部隊の隊長であることの証拠となる証明書を取り出した。

「これだけは誤魔化しようがないでしょう。金や権力を以てしても手に入れることはできない」

 すると、雪音が真面目な表情になり、社長を睨みつけた。その鋭い眼光に、社長ですら身じろぎした。

「緊急事態です。どうかお引き取りください。ここからは私がやります。死にたくないんでしょう?」


 社長が、完全に沈黙した。しかし、彼は負けを認めたくないのか、その場から動こうとはしない。

 すると、業を煮やした雪音が社長の胸倉を掴んで睨みつけた。今まで溜まりに溜まった感情が爆発している。

「お引き取り願おうか、早く!」

 周りの者たちが委縮するほどの怒鳴り声が、管制室に響いた。

 すると、社長が踵を返した。雪音の手を乱暴に振り払い、目を血走らせて、肩を怒らせながらずかずかと管制室を出ていった。社長が部屋を出てすぐに、近くの壁を殴ったような鈍い音が響いた。


 社長が出ていくのを見届けた雪音は、まず勇気と同じ目線になるように屈んだ。勇気が彼女を涙目で見つめる。

「恵良が……恵良が――」

「分かってる。だから立て」

 雪音に優しく言葉をかけられた勇気がゆっくりと立ち上がる。雪音も立ち上がり、四人と向かい合う。

「お前たち、早く格納庫に向かってくれ。今は緊急事態だ」

 その言葉に、情けない顔をしていた勇気の表情が凛となった。

「恵良の救出、および『ナンバーズ』の討伐を命じる。『戦士』を無事にここに送り届けるのは勇気、礼人・賢・雪次は手負いの敵の排除に当たれ。増援の可能性も頭に入れておいてくれ」

 四人は、雪音の前で姿勢を正した。社長の前ではすることのなかった、凛とした顔も見せている。

「分かりました! 恵良を、必ず助けます!」

 勇気が思い切り叫ぶ。

「その意気だ。さあ、任務開始だ!」

 四人は大声で声を揃えて、了解、と雪音に返した。その後は、駆け足で格納庫に向かっていった。

 それを見届けた雪音は、キーボードを弄り始める。彼らのSWの拘束具を解くためである。

「さあ、正念場だ」

 雪音が強い口調で呟く。彼女の頭の中には、もはや恵良の無事を祈ることしかなかった。



 無線から漏れ出ていた社長の本音を聴いた恵良の頭の中は、真っ白を通り越して虚無になっていた。


 社長から言われたのは、事実上の死刑宣告であった。

 社長のシナリオ上においてここで死ななければいけない存在であり、自身を『白金』の人間だと認める気は毛頭ないということ、自分はプロパガンダに利用されるだけの駒に過ぎなかったということ――彼女はそこまでを理解してしまった。

 一八年間、死に物狂いで父たち家族に食い下がり、認められようとした。軍に入って日本と『白金』に貢献することができれば、彼らに一員として認められると思っていた。それは結果的に彼女の勘違いであり、彼らが仕掛けた嘘であった。女性を認める気など更々無かったことを、彼女は思い知らされた。


 恵良の頭の中で、今まで自分が頑張ってきたと思っていたことが走馬灯のように駆け抜けていく。女だからといって周りから差別されても、その度に学力テストや体力テストで上位を取り続け、何も物を言わせないようにしてきた。討伐部隊に入り、二対一とはいえ『ナンバーズ』を撃墜するという快挙を成し遂げた。

 それらが今彼女の中で、リサイクルが不可能なゴミになり果ててしまった。

 追い打ちをかけるように、自身のアイデンティティが音を立てて崩れていくのを恵良は感じていた。今は命の危機にあるので手足を動かして敵の攻撃を躱しているが、彼女は今すぐにでも手足を止めて蜂の巣になることを考えていた。

 生きていてもしょうがない、このまま死ねば父や兄に認められる可能性が万が一にもあるかもしれない――恵良は他人から見れば愚かだと思うことを本気になって考えていた。

「う、ぅああ……あ……」

 しかし、最初に体外から出てきたのはその考えではなく、不規則な呻き声と大粒の涙であった。肺の辺りが痛む筈なのに、嗚咽が自然と漏れ出てくる。恵良はそれらを止める術を思いつかなかった。


「うああああああああぁぁぁっ!」


 恵良はコクピットの中で発狂した。

 慟哭とも異なる、怒りや悲しみ、憎悪等のあらゆる負の感情が混ざった叫び声を、彼女は敵の攻撃が終わっても《ウォリアー》を動かし続けながら狂い続けている。

 その感情があたかも自機にも伝わっているかのように、《ウォリアー》は空中で乱舞していた。



 《オーシャン》周辺では、既に四機のSWがカタパルトから射出されていた。

 深紅のSWの《ライオット》と黄緑色のSWである《キルスウィッチ》、縞模様のSWの《陰陽》は、恵良の下に急行している。黒いSWの《ダーケスト》は、雪音に待機命令を出されている。

 勇気は雪音の指令を無線で聞いた後、早速恵良へとチャンネルを繋げた。すると、数秒間砂嵐のような音がした後耳を劈くような叫び声がコクピット内を襲った。勇気は一瞬顔を顰めるが、その獣のような叫び声を上げている人物が恵良だと分かった途端、切迫した表情になってペダルを強く踏み込んだ。

「恵良! 聞こえるか? 返事してくれ!」

 しかし、勇気の必死の叫び声は恵良には一言も届いていない。自身の発狂で、彼の声がかき消されている。

 幸い《ウォリアー》に傷はそれ以上は付いていない。勇気は何としても恵良を助けたいと一心に思っている。

 すると、恵良の叫び声が突如消え、無線が割り込んできた。勇気が何事かと思って無線に注目する。

『勇気、聞こえるか?』

「礼人さん!」

 割り込んできた主は、礼人だった。彼も勇気同様、切迫した声である。

『俺たちができるだけサポートする。お前は絶対に恵良を助けろ! 俺たちだってお前と同じ気持ちだ。恵良がいなきゃ悲しいし淋しい。だから……必ず生きて帰るぞ!』

「……はい、分かりました。サポートお願いします!」

 勇気が返事をすると、礼人はフッと吹きだしてから通信を切った。

 『3』は目の前にいた。しかしその前には、暴れまわっているようにしか見えない《ウォリアー》がいる。ここでビームライフルを発射するのはまずいと踏んだ勇気は、《ライオット》の左腕のシールドを展開して右手にビームソードを持って突撃した。

 すると、『3』が左腕の火器を《ウォリアー》に向けて構え始めた。このままではまずい――勇気は雄叫びを上げながら突撃する。

「させるかぁっ!」


 《ライオット》が、『3』と《ウォリアー》の間に割って入った。

 恵良の発狂が、止まった。茫然とした表情で、視界に入った《ライオット》の背中を見つめている。


 すかさず勇気が機体を動かし、『3』の左腕めがけてビームソードを振り下ろす。敵はそれを間一髪のところで避け、二機と距離を取った。

 すると、勇気は言い知れぬ悪寒を感じた。敵のモノアイが、憎悪を宿して光ったような感触を受ける。

 勇気が何事かと考える暇もなく、今度は《ライオット》に向けられて赤熱した火器が向けられた。恵良へ流れ弾が行かないように、勇気はしっかりと《ウォリアー》の前に立ってシールドを展開しながらそれらを耐える。

 その間にも、勇気は通信を取ろうとした。彼が割って入ってから、恵良は大人しくなっている。これならまともな会話ができると考えた勇気は、彼女に声をかける。

「恵良! 聞こえる? 俺だ、勇気だ!」

 しかし、通信は繋がっている筈なのに恵良は返事をしない。それでも諦めずに、勇気は声をかける。

「恵良を……助けに来た。俺が恵良を艦まで送り届ける!」

「……送り?」

 恵良が、やっとまともな口をきいた。勇気はそれに乗じて畳みかける。


「俺が……恵良を守る! 絶対に守る!」


 勇気強い口調で恵良に呼びかけた。彼の言葉からは、何があっても彼女を守るという強い意志が感じ取られた。

 その言葉は、恵良にも僅かだが響いた。彼女の口から洩れる音は、嗚咽のみになっていた。

「……守る?」

「ああ、俺が絶対に守る。恵良は、討伐部隊の、俺の……大切な人だから」


 しかし、膠着状態はここで破られた。


 突如、勇気と恵良の通信が途切れた。勇気がハッとした表情で無線に注目する。

『……どうやら、もたもたしていられないようだ』

「隊長……何があったんですか?」

 繋げた主は雪音だった。彼女は、討伐部隊全員に無線を繋げている。

『『2』が来た。此方に向かってくるぞ。勇気は早く恵良を助けてくれ。他の者は『ナンバーズ』を二人に一歩も近づけさせないようにしてくれ』

 勇気の心臓が跳ね上がる。ここにきて増援か――彼は焦り始めた。

 雪音からの通信が切れると、勇気は再び恵良に無線を繋いだ。少しだけ落ち着いたのか、嗚咽が減っている。

「恵良、俺と一緒に《オーシャン》に戻ろう!」

『……戻る?』

「うん!」

 恵良は幼児のように鸚鵡返しすることしかできなくなっていた。ショックが大きかったせいであろう。勇気はそれでも、温かく彼女に接しようと努めた。

 しかし、恵良はその場を動かない。勇気が『3』に突き付けられた火器と《ウォリアー》を交互に見ながら狼狽え始める。

「恵良、一緒に――」

『嫌』

 勇気は、恵良の返事に呆然とした。彼の願いを、彼女が拒否したのだ。

「嫌……って」

 恵良の口から、勇気にとって考えられない言葉が飛び出した。


『私を……ここに置いていって。私を殺して』



 


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