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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
出会いと始まり
4/72

決心

 水城雪音という、討伐部隊の隊長を名乗る女性に連れられて、勇気と恵良は航空艦の一階にある管制室へと案内された。何のために使用するのか分からないボタンや航空艦の内外の様々な場所を映し出しているモニタが多数、所狭しと並べられている。しかし、管制室には雪音一人しかいなかった。

「これ……全部一人で管理しているんですか?」

「ああ、そうだ」

 質問した勇気は呆気にとられて雪音を見る。勇気には、彼女が心なしか子供っぽく威張っているように見えた。恵良は、すごい、としか呟かなかった。

「いきなりだが、君たちをここに来させるように指示したのは私だ。君たちにいろいろと興味がある」

「興味?」

 勇気が驚いた顔をして返す。そうだ、と返した後、雪音は管制室に一つしか用意されていない椅子に座る。

「私たちが三機でかかっても撃墜どころか傷一つ与えられなかった『ナンバーズ』に、君たちは善戦し、ダメージまで与え、一機は撤退にまで追い込んだ。どうやったんだ?」

 雪音に真剣な表情で聞かれたが、二人は黙ってしまった。二人は顔を見合わせることもなく、ただ俯いて黙っている。

「どうした? 分からないのか? 分からないってことは無いだろう。実際に戦ったんだから」

「い、いえ、無我夢中で戦っていたら相手がいつの間にか一機撤退してて……。それか、運がよかったからというか、なんというか……」

「わたしは、勇気さんに助けてもらってばかりで、その……何もできていませんから――」

 しどろもどろに言葉を出す二人を見て、雪音は腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らしながら息をつく。

「まあ、運にせよ何にせよ、君たちが協力して『ナンバーズ』を退けた事実は変わらない。そこでだ」

 雪音は着ているぶかぶかの白衣の胸ポケットから、何やらキラキラと輝いている金属の破片のようなものを二人に向かって放り投げた。二人は慌ててそれを空中で掴む。大事に握りしめたそれを、二人は掌を開いてまじまじと見つめた。

「黒い旭日旗……」

「分かるだろう? それが意味することを」

 二人は、それが日本国防軍特殊活動部門のバッジであるということを知っていた。二人がつけているバッジには、昔の海軍の旗で使われていたような赤い旭日旗がかたどられている。しかし、日本国防軍特殊活動部門の隊員が付けているバッジには、黒い旭日旗がかたどられている。

「この部隊に入れ、と――」

「別に強制じゃない。いやならバッジを返してくれても構わん」

 そう言って、雪音は再び無数のモニタに向かい合った。二人はまたも黙ってしまった。

 正体不明の『ナンバーズ』と交戦し、命からがら航空艦に逃げ込めたかと思えば、そこを仕切っている人物から討伐部隊に入らないかと勧誘される。色々なことが起こりすぎて、二人の頭と精神はパンク寸前であった。

「……少し、時間をいただけますか?」

 恵良がおずおずと、しかしやっと言葉を出した。

「お、俺にも、少し時間を下さい!」

 勇気もつられて言葉を出す。咄嗟に反応したので、上官相手に一人称が「俺」になってしまったが、彼は気づいていない。すると、雪音が椅子を動かし、またも二人のほうを向く。

「ああ。すぐに結論を出せとは言ってないからな。ゆっくり考えるといい。それと、見たところかなり疲れてるな。ゆっくり休むといい。二階に寝室とシャワールームがある。自由に使っていいぞ。それと、すまないが、着替えはしばらくはシャワールームに置いてあるバスローブを使ってくれ」

 雪音が二人に気を遣い、先ほどとは打って変わってやさしい声色になった。二人は内心胸を撫で下ろし、失礼しました、と一言言い敬礼をして管制室を出ようとした。

 その時だった。突如、管制室のモニタに取り付けられているスピーカーの一つから、砂嵐のような雑音が入った。二人はそちらを向き、雪音は慣れた手つきでキーボードを叩いて通信を繋げる。

「こちら本部。どうした」

 雪音は再び凛とした声で向かった。

『こちら烏羽礼人。あの野郎、撤退しやがった』

 勇気に対して素っ気なく応じた男の声が聞こえてきた。管制室にまだいた二人は、『2』の突然の撤退に驚愕した。礼人と名乗った男の悔しそうな口ぶりから、撃墜はできずに自ら撤退したのであろう。しかし、雪音はやけに落ち着いている。

「……何があったかは、本部で聞かせてくれ」

『了解。烏羽礼人、任務完了。撤退します』

『黒沢賢、任務完了。撤退します』

『星雪次、任務完了。撤退します』

 三人の男が通信を取ると、通信は切れた。雪音が頭を掻きながら椅子をクルリと一八〇度回転させると、視線の先には茫然とこちらを見ている勇気と恵良の姿があった。

「なんだ、まだいたのか。私からの話は以上だ。考えが固まったら、また私のところに来てくれ。その時はバスローブ姿でもいいぞ」

「は、はい」

「分かりました……」

 二人は雪音に向かって再び敬礼をした後、おずおずと管制室を出て行った。勇気と恵良の初めてのナンバーズとの交戦は、もやもやとした結果に終わった。



 航空艦の二階に寝室とシャワールームがある、と雪音に言われたので、勇気はエレベータで二階に上がり、未使用の寝室を探していた。恵良は先にシャワーを浴びに行ったので、彼とは別行動をとっている。使われている部屋には名札がドアに取り付けられており、名札がついていない部屋を探すのに長い時間をかけて二階の隅々まで歩き回らなければならなかった。やっとのことで名札がついていない部屋を見つけると、勇気はドアについているセンサーを触って中に入った。

 部屋の中は一つの机とシングルベッド、小さいクローゼット、ドアを開けてすぐ右に洗面所と、簡素化されている。勇気は机に置かれていた白紙の名札を取り、ドアにある名札のホルダに差した。

 その後勇気は、靴も脱がずにベッドに仰向けで大の字になった。討伐部隊に入るかどうか考えるのさえ億劫なほど疲れ果てていた。

「今日は……いったい何なんだ――」

 勇気は呟くと、そのまま重くなった瞼を閉じた。瞼を閉じてから寝息が聞こえてくるまで、時間はかからなかった。



 勇気が目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。何故か、元々いた横須賀基地の宿舎の勇気の部屋――正確にいえば、勇気の所属している第3部隊が寝る大部屋であるが――のベッドで寝ていたのである。服は何故かパイロット用の専用着ではなく、訓練用の迷彩柄の軍服。頭を触ると、同じく訓練用に用いる迷彩柄の軍帽を被っていた。

――これは……

 口をパクパクさせるだけで言葉が出ない、否、出せない。不可思議な感覚に囚われているとき、部屋のドアのノブがひねられた。

 入ってきたのは、第3部隊のメンバー。勇気と同じ《燕》に搭乗していたパイロット六人である。軍帽を目深にかぶっており、薄暗いことも相まって顔は判別しづらいが、彼は分かっていた。と同時に、これから何をされるのかも理解した。

 男たちは下卑た笑い声を漏らしながら、勇気をベッドから突き飛ばす。すると男の一人が勇気の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げて壁に強く叩きつけた。彼は咳き込んでうずくまるが、男たちは手を緩めない。男たちのうちの二人は勇気の腕と脚をがっちりと掴んで無理やり立ち上がらせると、残りの四人ががら空きの胴体に向かって執拗に拳や蹴りをねじ込む。それはしばらく行われた。勇気はたまらず吐き気に襲われ吐くまいと耐えるが、呻いた後咳き込み、大量の唾液を口から流した。国防軍の兵士六人に暴行されているので、勇気の意識は途切れかけていた。

 すると、先程まで勇気を殴っていた男が煙草を取り出して彼に見せつけるようにしてライターで火を灯した。男が煙草を一口吸うと先端が橙色に光る。男は口に貯めていた煙草の煙をうつろな表情の勇気に吹きかけると、彼が着ている上着をまくり上げ、露出した腹部に橙色に光っている煙草の先端を押し付けようとじりじりと近づけ始めたのだ。後で腕を掴んでいる男が、根性焼きだ、と不気味な笑みを浮かべながら勇気の耳元でつぶやいた。恐怖で顔が強張る彼とは対照的に、男たちは破顔していた。

――やめろ、やめろっ!

 四肢を拘束されている勇気は動くことすらかなわず、勇気は腹部に高温の煙草の先端を押し付けられた。

 勇気の絶叫が、薄暗い部屋に響き渡った。



 自身の絶叫で、勇気は航空艦の寝室に一つしか置かれていないシングルベッドから飛び起きた。全身汗まみれで、息がまるでついさっき全力疾走してきたかのように荒い。

「……また、あの夢か」

 勇気はおぞましい悪夢を見ていた。しかし、それは妄想の産物ではなく、紛れもなく彼が実際に体験した出来事である。

 勇気は第3部隊内で最も遅く加入した隊員だが、模擬戦や任務では他のパイロットよりも優秀な成績を収めていた。しかし、それが第3部隊の『先輩』達にとっては面白くなく、彼はしばしば誰もいない部屋に呼び出されては他の人たちにばれない程度に――主に胴体を狙って――暴行を加えられていた。酷いときには、『根性焼き』と称して、火をつけた煙草を胴体に押し当てるということまでされた。

――俺は、この日本に力になりたいからここに入った。なのに……

 勇気が目を閉じる。自分は日本を守りたいと思ったから国防軍に志願したんだ、と彼は思った。第3部隊で虐められて腐るわけにはいかない。そこにいたら、自分はダメになってしまう。

 今『ナンバーズ』という正体不明の、しかし確実にこの国に仇なす脅威が近づいていると、一般兵の彼でも実感を持った。一般の宿舎にいては成長できない。この艦の一員になって、『ナンバーズ』からこの国を守りたい。自分は、この国を守れるために強くなりたい。彼は強く思った。

 しかし、同時に不安もあった。勇気が経験した通り、『ナンバーズ』との戦闘は今までの模擬戦とは比べ物にならないくらい攻撃が苛烈で、スピードも段違いであった。今回は運が良かったから生き延びることができたようなものだ、と彼は考え込んだ。この討伐部隊に入ったところで、この先生き残れるだろうかと、心の中にモヤッとしたものが渦巻いていた。

 勇気は目を開いた。おもむろに立ち上がると、部屋を出てシャワールームへと向かった。



 勇気は、重大な考え事をついさっきしていた――そして今でも抱えている――とは思えないほどのリラックスした表情でシャワーを浴びていた。べたつく脂汗を、軍隊生活で引き締まった肉体から洗い落とす。シャワーから出る熱湯に、勇気は身を任せていた。短く息をつき、シャワーを頭から被る。

 頭を洗った勇気はふと、鏡に映った自身の腹部を見た。腹筋がきれいに割れている腹部に、白く歪な形をした点が何個もついている。『根性焼き』の跡――勇気の悪夢の跡である。

 シャワーの栓を閉めて、備え付けのバスタオルで身体を拭く。

「俺は、強くなる」

 勇気は呟いて、鏡に映っている自分自身を見つめる。迷いを捨てたような、凛とした顔をしていた。



 シャワールームを出たバスローブ姿の勇気は、自分の仮の部屋に戻ろうと来た道を戻っていた。バスローブ姿で艦内を歩くのは流石に気が引ける。誰かに見られたら恥ずかしいと思い、彼が足早に廊下を歩いていると、同じくバスローブをまとった恵良と鉢合わせした。艶めいている黒髪、血色のいい肌、細い四肢、そして起伏がはっきりとしている身体。勇気はドキリとして立ち止まった。お互いに会釈をした後、恵良が真面目な顔をして討伐部隊について尋ねてきた。

「勇気さんは、どうしますか? 私は……、入ろうと思ってるんですけど」

「……どうして?」

 勇気に逆に尋ねられた恵良は、少しの間を置いて答えた。

「親に……、父に、認めてほしいんです」

「認めてほしい?」

「はい。私の家系は昔から男尊女卑で、私は父に逆らってこの国防軍に志願したんです。私が国防軍の上級職についたら、私を一人前の人として認めてください、って」

 自分自身の尊厳を得るために討伐部隊に入隊するという姿勢を見せた恵良を見て、勇気は少し笑顔になった。

「……可笑しかったですか?」

「い、いや、そういうことじゃなくて……頑張ってるんだな、って思っただけです」

 顔を赤らめながらも、勇気はそのまま言葉を続ける。

「俺は、この国を守るために、自分に何かできることってないのか、って思って――」

 その、と、途中で気恥ずかしくなったのか、勇気の言葉はしぼんだ。その姿と姿勢に、恵良は微笑んだ。

「私とは比べ物にならないほど立派な動機ですね。尊敬しちゃいます。私なんて自分のことばっかりで……」

「い、いや、恵良さんの動機も、素敵だと思います」

 勇気がしどろもどろに言葉をつづけると、二人は黙ってしまい、バスローブ姿のまま立ち尽くしてしまった。

「とにかく、俺は討伐部隊に入ろうと思います。今の俺にできることって、これしかないと思いましたから」

「私も、入ります」

 決心はついた。二人は、互いの意思を確認するかのように見つめあうと、頷いた。そして、雪音のいる管制室へと歩を進めた。これから先の道のりが茨の道であったとしても止まらない心構えを、二人は持っていた。




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