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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
抵抗の始まり
37/72

出発の準備

 恵良の告白に、雪音は驚いた顔を見せていた。対して恵良は、今にも泣きそうな表情で真下を向いている。

 そのとき恵良は、今までの自分を振り返っていた。軍を除隊させられるかもしれないという考えに支配され、走馬灯のように思い出が頭の中を駆け巡る。



 ――経歴の詐称は軍にとって重罪であることは、恵良は理解していた。それでも、父親である白金の会長に自分が軍の上級職に就くことで認めてもらおうとした。父に逆らい、土下座までして軍に入隊することを認めるように縋った。

 結局、彼女の父は軍に入隊することを認めた。その時彼女は、涙を流して喜んだ。

 しかし、彼女の父は『白金』の名字を使うことを禁じた。代わりに、母親の旧姓の『白田』を使うように言われたのだ。それでも、恵良は父に認めてもらうことを望んでいたので、経歴の詐称になることを知りながらもそれを呑んだ。

 軍に入隊してからの恵良は、努力の鬼となった。座学でも体力テストでも、常に上位をキープしていた。周りから女性であることをネタに蔑まれ下に見られることが常にあったが、父に認められるために外野の雑音を極力シャットアウトして、SWのパイロットにまで上り詰めた――それでも、女性であることで差別されることは彼女にとって無視できないものであったが。

 そして、第5部隊に配属されてからも、彼女は努力し続けた。この部隊の中で隊長の次に強くなり――第5部隊の隊長が彼女にお墨付きを与えた――、模擬戦でも負けることは殆どなかった。『ナンバーズ』の襲撃時には、対応することができたのは彼女一人だけだった。

 そして、勇気とともに討伐部隊に拾われ、現在に至る。今では『ナンバーズ』の一機を、二対一とはいえ撃墜したという戦績もある。

 だが、討伐部隊という実質的な軍の上級職に所属し、そこでオリジナルの機体を受領し、『ナンバーズ』の一機を撃墜できるほどの実力を持った恵良でも、父のことを思い出してしまうと今まで受けた仕打ちをどうしても思い出してしまい、恐怖と緊張で身体がおかしくなるのを実感してしまう。『白金』の話題が出た時に彼女が挙動不審な態度を見せたのは、そのような理由があったからである。

 しかし、それらも全て水泡に帰した。恵良はそう思っていた――



 目をギュッとつぶりながら俯いている恵良と、腕を組んで何かを考えている雪音。両者の間には、重苦しい沈黙が滞留している。二人はその場から指一本動こうとしない。

 すると、しばらく経ち、雪音が立ち上がった。恵良もそれに気づいて顔を上げる。彼女には、何時間も経ったように感じていた。雪音がゆっくりと恵良に近づく。

「恵良……」

 雪音に詰め寄られたように感じた恵良は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。彼女の顔は緊張でひきつって、今にも泣きそうな表情である。

 すると、雪音が恵良の左肩にポンと右手を乗せた。恵良がギュッと目をつぶる。

「……今私に言ったことを、朝のミーティングで皆に説明してくれ」

 恵良は雪音の言葉に思わず目を開け、それから呆気にとられた表情で彼女を見つめる。

「……はい?」

「聞こえなかったか? 今私に言ったことを、朝のミーティングの時に皆に説明してくれと言ったんだ。お前には説明する義務がある」

 雪音が恵良の肩から手を離す。

「隊長……。私は、処罰されるんでしょうか? 除隊させられるんでしょうか?」

「その心配はないだろう。お前が『白金』の人間なら、『白金』の圧力で処罰は無しになるだろうからな」

 恵良は沈鬱な表情になって俯いた。やはり隊長に自分の正体は『白金』の人間だと明かせば、アレルギーのようにそれを嫌っている彼女はそのような反応をするのか、と考えを巡らせていた。

「やっぱり……私が『白金』の人間だから――」

「それもあるが、お前が『白金』の人間でなくとも、私はお前を除隊させたりなどしないよ」

 恵良は雪音の発言に驚いた。彼女の驚いた顔を見て、雪音が微笑む。

「この国を救ってくれている『戦士』を、誰が好き好んで手放すんだ? 少なくとも私はしないな。お前が除隊させられそうになったら、土下座してでもお上に泣きつくだろうな」

 恵良は、先ほど自分が考えたことを完全に撤回し、己をひどく恥じた。泣きそうな顔になっている恵良に、雪音はさらに言葉を投げかける。

「それに、お前がたとえ『白金』の名字を使っていたとしても、兄の七光りとは言われなかっただろうな。私が見る限りじゃ、お前は社長である兄よりもSW操縦の腕は断然いい。自信を持て」

 恵良は雪音の話が終わると、その場に頽れて涙を流した。雪音に対して邪推したことへの恥と、雪音が見せてくれた優しさが、彼女の胸に染み込んでいく。そんな恵良を見て、雪音はその場で屈んで彼女の頭を撫で始めた。

「まったく……。相変わらず泣き虫だな」

「……すみません」

 嗚咽を漏らしながら泣く恵良を撫でながら、雪音は微笑んでいた。雪音は彼女のことを罪人扱いする気は毛頭なかった。

「朝のミーティングで、私に話したことを言ってくれ。いいな?」

「……はい」

 恵良は泣きながら返事をして頷いた。心なしか重苦しいものが取れたような気がしたと、彼女は感じていた。



 朝のミーティングでは、雪音の隣に恵良が立っていた。勿論、彼女が今まで隠していたことを告白するためである。勇気は勿論、礼人・賢・雪次の三人も目を丸くして彼女を見ている。

 肩の荷が少しだけ降りたとはいえ、恵良は討伐部隊の面々に自分の正体を告白することを考えると未だに緊張してしまう。みんなの前に立っている時、ガチガチに固まっているのがその証拠である。

「どうして、恵良がここに立ってるんですか?」

 勇気が雪音に尋ねる。

「これから、恵良が皆に言いたいことがあるそうだ。聞いてやってくれ」

「……分かりました」

 勇気が返事をすると、礼人・賢・雪次も頷いた。いったい何を自分たちに言いたいのか、勇気たちには想像もつかなかった。

 四人が恵良をまじまじと見ていると、彼女は意を決したような表情をして前に出た。

「わ……私は――」

 それからの恵良の話しぶりは、流暢だった。

 自分が白田姓ではなく白金姓、それもあの『白金重工業』の『白金』であること、自分は経歴を詐称して日本軍に入り、ここまで上り詰めてきたことを話した。更に彼女は、雪音に言っていないこと――『白田』というのは自分の母親の旧姓であること、『白金重工業』の会長である父に女だからだという理由で『白金』の名字を使ってはならないという事情があったということも同時に話した。そのことは雪音も初耳で、彼女の話に耳を傾けていた。

 全てを話し終えた恵良は、再び泣きそうな表情になって四人に向かって頭を下げた。

「皆さん、今まで騙してきて本当にすみませんでした! 皆さんを裏切ったことになったかもしれません。申し訳ありませんでした!」

 しかし、恵良の告白を聞いた四人は未だに彼女の言っていることを理解することができなかった。いきなり『自分は白金の女だ』と言われても、四人は対応に困るだけだった。特に勇気は、ポカンとしながら彼女をただ見つめることしかできなかった。

 未だに頭を上げない恵良の肩を、雪音が叩いた。それに気づいた恵良が顔を上げる。

「皆驚いているのか?」

 雪音が恵良の代わりに問う。しかし、四人は未だに無反応だ。

「……どうした?」

「いや――いきなり言われても、どう反応していいか分かんねえし」

 礼人が困惑しながら雪音に答える。しかし、その横で勇気が我に返ったような顔をして恵良を見つめ始めた。

「……勇気?」

「本当に……『白金』の人なの?」

 勇気に問われると、恵良は伏し目がちになり頷いた。そこで、賢が雪音を見て手を挙げる。

「隊長、身分を偽るのは軍法では重罪ではないのでしょうか? それだと、恵良さんは――」

 賢が恐る恐る尋ねる。しかし雪音は、心配ないとばかりに胸を張っている。

「大丈夫だ。『白金』の人間だと分かれば、お偉いさん方も下手に手を出せないだろう。それに、それを抜きにしても恵良は私が守る。『ナンバーズ』撃墜の功労者を消されては困るからな」

「そうですよ! 恵良は討伐部隊に必要な人です。自分だって、恵良が抜けちゃったら困ります!」

 雪音の言葉に、勇気が同調する。それを見た恵良は、勇気の方に注目した。

 勇気はさらにヒートアップした。言葉に熱がこもり始める。

「それに、恵良は女だからって理由で父親に差別されてる。なんだか、腹が立ってきました。他人事じゃないって思って――」

「落ち着け、勇気。お前が恵良が討伐部隊にいてほしいって思ってることは、十分伝わった」

 雪音に止められ、勇気は口を噤んだ。

 すると、雪次が隊長の方を向いた。

「……これからどうするんです? 知った以上、上に報告しなければ」

「その必要はないだろう。どうも恵良の口ぶりからすると、『白金』に女がいることを知られたくないように聞こえるからな。報告しても上からの圧力でどうせ潰されるだろう。私が守るのは、万が一上が除隊させようとした時だ」

「そうですか……」

 雪次が頷いて納得する。それを見た雪音が、手を叩いた。

「話を戻そう。恵良が偽名を使って皆を騙していたことは事実だが、それは我々にとって瑣末なことだ。このように、罪悪感も持っている。恵良のことを許してやってはくれないか?」

 雪音のやや芝居がかった口調に、四人は苦笑する。すると、真っ先に勇気が乗り出した。

「勿論です! 自分は恵良を責めたりしません!」

 力強い勇気の口調。次に、礼人が恵良に向かってニッと笑いかけた。

「んまあ、お前が『白金』だったってのはちいとばかりびっくりしたけどよ、ここはそういうのは関係ねえからな。これからもよろしく頼むぜ!」

 次に、賢が恵良の方を見る。

「被差別者が差別者に守られるというのは皮肉な話ですが……、恵良さんにはこれからもここで頑張ってほしいです」

 最後に、雪次が恵良に話しかけた。彼は少し口角を上げている。

「処罰されるかどうかは今は考えないことにする。俺たちが不安になるだけだ。確かにお前はこの隊に欠かせない存在になったな。これからも一緒に頑張ろうじゃないか」

 恵良は、四人と顔を合わせることができなくなっていた。彼女は泣きそうな顔で再び頭を下げた。

「……ありがとうございます。今まで、嘘ついてたのに――」

「暗くならないで、恵良。俺は全然気にしてないから!」

 勇気が慌てて恵良をフォローすると、彼女は顔を上げた。雪音が少し咳払いをする。

「恵良。話は終わったな。あいつらのところに並べ」

 恵良が言われたとおりに四人のもとに並ぶ。彼女は一番右端にいた勇気の隣に並んだ。その際、彼女は勇気に向かって感謝の意を込めて微笑んだ。彼は頬を少し赤くして彼女から視線を逸らしてしまった。

「よし。遅れてしまったが、これから朝のミーティングを始めようか」

 討伐部隊の、いつもの朝がまた始まった。



 朝のミーティングが終わると、勇気と恵良は雪音に連れられて横須賀のSW格納庫に出向いていた。半壊した《ウォリアー》と、大破して一から造り直しとなった《ライオット》の修復・完成具合を見るために、雪音に言われてついてきたのだ。

 勇気には、大破した自機がこれからどうなるのかが気になっていた。三か月の間軍にいなかった彼には、自分のSWがどうなっているのかも分からなかった。彼は自然と足早になっていた。

 格納庫に到着した三人は、まずSWの整備員の責任者を当たった。汚れ一つついていない白い作業服を着て、左腕に責任者の証である赤い腕章を巻いている小太りの男に、三人は近づいた。男の作業服の胸ポケットには、『FOLLOW』と書かれたワッペンが縫われている。この男が整備の責任者だと、勇気は察した。

「ご苦労様です。整備はどれほど進んでいますか?」

 雪音が小太りの男に近づき話しかける。男はそれに反応し、笑みを浮かべた。

「隊長さんの注文通り、白いSW・黒いSW・縞々のSWと黄緑色のSWは直しておいたよ」

 三人が格納庫を見ると、そこには完全に修復されている四機のSW――《ウォリアー》・《ダーケスト》・《陰陽》・《キルスウィッチ》が鎮座していた。《ウォリアー》の切断された左腕、《ダーケスト》と《キルスウィッチ》が戦闘で失った武器もしっかりと元通りになっていた。恵良は目をキラキラとさせてそれらを見ている。

 しかし、勇気は首をかしげていた。自分の機体である《ライオット》がここにはない。

「あの……、赤い機体はここで整備されてませんか?」

 勇気が責任者の男に尋ねる。すると男は笑顔を崩さずに、四機が並んでいるところとは離れたところを指さした。拘束具の合間から、赤いフレームが見える。

「《剱》を改造中だ。もうすぐで完成する。発進の二日前までには間に合うよ」

「ありがとうございます!」

 勇気は男に礼をした。彼は《ライオット》の傍まで近づけるように雪音に許可を得て、そこまで走って向かった。近くまで行くと、くすんだ水色の作業服を着た討伐部隊の整備員たちが一生懸命機体を改修しているのが彼の目に映った。自分のSWが復活すると考えると、彼の胸は高鳴り表情も明るくなった。

 すると、勇気の目に見知らぬ作業服を着た女性が映った。その女性は、先ほどの四機を整備していた整備員と同じ緑色の作業服を着ている。彼女はなぜか討伐部隊の整備員と混じって《ライオット》の改修にあたっていた。討伐部隊の整備員と遜色なくきびきびと動く日焼けした女性に、勇気の視線は釘付けになっていた。

――あの日焼けした女の子……誰だろう。

 すると、後ろから、おい、と男の怒号が飛んだ。勇気が驚いて顔を引きつらせながら振り返ると、怒りで顔を真っ赤にした責任者の男がわなわなと震えていた。何事かと思い視線を男が向いているほうへ向けると、そこには顔を青くしている先ほどの女性――黄瀬舞香が棒立ちになっていた。

「お前はそこで何をしてるんだ!? 今すぐ戻ってこい!」

「は、はい! すみませんでした!」

 舞香が慌てて階段を下りる。その様子を、勇気と後を追ってきた恵良と雪音がぽかんとした表情で見つめていた。

「……この女の子は?」

「ああ、黄瀬舞香といって、うちの問題児だ。目を離すとすぐに持ち場を離れちまう。『あの施設』の出は、頭がイカレてるんじゃないかね? なあ、隊長さん」

 男は雪音に吐き捨てるように言った。雪音は肩をすくめるだけで、肯定も否定もしなかった。

 雪音と男の会話の中で出てきた『あの施設』という単語に、勇気は反応した。あの舞香って子も自分と同じなのか――彼は思いを巡らせると同時に、男の発言に憤りを感じていた。彼は男を睨み付けるが、男は降りてきた舞香に視線を集中させている。

「すみませんでした! これから持ち場に――」

 すると、舞香の言葉が言い終わらないうちに男が彼女の右頬に平手打ちをかました。乾いた音が格納庫に響き、近くにいた作業員が振り返る。勇気と雪音は目を見開いてそれを見つめ、恵良は短い悲鳴を上げてそれから目をそむけた。

「この馬鹿がっ。持ち場を離れるなと何度言ったら解るんだ? ああ?」

 そう言いながら、男は舞香の腹に蹴りを入れ続ける。舞香は苦悶の表情を浮かべて暴力に耐え続けていた。

 耐えきれなくなった勇気は、男の前に立って制止した。彼は男を睨みつける。

「もう止めてください! 舞香さんは反省してます!」

 すると男は怒りで我を忘れているのか、勇気の胸倉を掴み始めた。雪音がそれに慌てて二人を引きはがそうとしたが、その前に舞香が咳き込みながらよろよろと立ち上がった。それを恵良が介抱する。

「……分かりました。今度から気を付けます……。今すぐ白い機体の所に戻ります」

 舞香がそう言うと、男は舌打ちをして勇気の胸倉から手を離した。勇気は未だに男を睨み続けている。それを雪音は、彼の袖を引っ張って制止させた。

 舞香が立ち上がり、フラフラと歩き出すと、恵良が肩を貸した。舞香がキョトンとした顔で恵良を見つめる。

「白い機体って、私のなんです。整備してもらってばかりじゃ申し訳ないですから。一緒に行きましょう!」

「……はい、ありがとうございますっス」

 恵良が舞香に微笑むと、彼女もまた微笑みを返した。二人はゆっくりと舞香の持ち場へと向かっていく。それを見て、勇気も笑みを浮かべていた。



 恵良と舞香がゆっくりと歩いて舞香の持ち場に戻った時には人で一杯であり、彼女が入る余地は無かった。それでも舞香は、笑みを作りながらため息をつく。彼女は恵良の方を見ず、修復中の《ウォリアー》を見上げている。

「……元々、白い機体担当の人に『お前の仕事は無い』って言われて、どこも空いてなくて、仕事させてもらえなくて、それでも仕事をしなきゃさっきみたいに殴られるから、こうして赤い機体の改修作業を手伝わせてもらったんス」

 恵良は絶句した。仕事をしても殴られる、しなくても殴られる……理不尽ではないか。彼女は舞香の腫れた右頬を見て思った。

 ふと恵良は、あの男が言った言葉を思い出した――舞香は『あの施設』の出身だと。もし男が言った施設が勇気が生まれ育った施設ならば、このような扱いをされているのも頷けると、彼女は思っていた。

――やっぱり……酷いことされてるんだ……。

 すると、舞香が恵良の方を向いた。

「私はこれで失礼しますっス。あ、私、黄瀬舞香と申しますっス!」

「私は、白田恵良と言います。またよろしくお願いしますね!」

「恵良さん! 私なんかを庇ってくださって、感謝してます。それでは!」

 舞香はそう言うと、駆け足で《ウォリアー》の方へと向かっていった。恵良はそれを見送ると、暗い表情になって俯いてしまった。

――また、無意識に……。



 討伐部隊が横須賀から出発する二日前、《キルスウィッチ》・《ダーケスト》・《陰陽》・《ウォリアー》の修復作業と、《ライオット》の改修作業が終わり、《オーシャン》に五機が収容された。その様子を、討伐部隊の五人と雪音が格納庫の中で見ていた。綺麗になって戻ってきたSWを見ると自分の心が洗われるのを、勇気と恵良は感じていた。

「これで、我々の準備は完了した。シミュレータの重力粒子発生装置は抜いて、格納庫の一番奥にしまっておいた」

「あとは『白金』のお偉いさん方が来るだけ、か」

 礼人が気だるげに呟く。すると、雪音が何かを思い出したような顔をした。

「そうそう。『白金』で思い出したが、我々のSWの修復を担当していた『フォロー』という会社、調べてみたら『白金』の下請けだった。だからというわけではないが、あいつが理不尽に暴力を振るわれたのはそういうことなんだろうな」

 勇気が悔しそうな顔をしている横で、その言葉に礼人が反応した。

「……あいつって、黄瀬って奴のことか」

「そうだ。あいつに会ったことがあるのか?」

 礼人と雪次が頷く。特に礼人は強く反応した。

「暴力を振るわれたって?」

「ああ。おそらく、勇気と同じ施設出身だからだろう」

「あいつが……」

 礼人は不思議と、舞香が暴力を振るわれたことについて心を痛めていた。身内にそのような経験をした者がいるからというのが理由だが、その他にも彼の心にくるものがあった。礼人は拳をギュッと握りしめる。

「怒ってばかりでも仕方がない。そのフォローの整備員たちも何人かはついてくるそうだ。何故かは知らんがな」

「そん中に、黄瀬はいるのか?」

「分からん。私もさっき通知された」

 雪音はため息をついて首を横に振った。

「兎に角、無事にSWは届けられた。戻るぞ」

 五人は敬礼をした後、雪音についていった。しかし、彼らは皆暗い顔をしていた。



 討伐部隊が横須賀を出発する当日、横須賀基地の滑走路は異様に静まり返っていた。そこに所属している兵士たちが《オーシャン》の搭乗口まで列をなしており、皆が敬礼の姿勢を取っている。兵士たちは向かい合って並んでおり、それらが一本の道を作りだしている。

 滑走路に、一台のリムジンが停まった。その周りには、マスコミたちがカメラやマイクを構えながら待機している。

 そこから、黒い背広を着た男たちが運転手にドアを開けられた後に出てきた。カメラのフラッシュがひっきりなしにたかれる。

 一人は白髪をオールバックに纏めた、異様に風格のある老人。顔に刻まれた皺は百戦錬磨の風格を漂わせている。

 もう一人は黒い髪を短くまとめた、厳格な雰囲気を纏っている青年である。軍人のようながっしりとした体躯で、周りの人間を威圧するような眼光を湛えている。その後ろからは、ボディーガードと思しきサングラスをかけたスーツ姿の二人の大男が出てきて、さらに二人の背広姿の老人も出てきた。

 オールバックの老人が、《オーシャン》の搭乗口を上る。すると、彼は立ち止まって後ろを振り返った。

 後ろを振り返った老人は、マスコミたちに向かって手を振った。マスコミの群れから、会長、社長、いってらっしゃいませ、と声が聞こえる。

 手を振り返事をもらった老人はにっこりと微笑み、一番に《オーシャン》の中へと姿を消した。




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