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革命ガ始マリマシタ  作者: XICS
抵抗の始まり
36/72

悪夢、そして……

 暗い空間。そこに、まるでそこだけスポットライトが当たっているかのような空間に、幼い女の子が立っている。外見は六・七歳といったところだ。黒い髪は艶めいていて、白く綺麗なワンピースを着ている。彼女は何かに甘えたがっているような、何かに縋ろうとしているかのような表情で、一点を見つめている。

 すると、少女が見つめている方向に、一人の壮年の男が現れた。男はパリッとした黒い背広に身を包み、白髪交じりの髪はオールバックでまとまっている。男は少女を能面のような表情で見下ろしていた。

 少女は、その男を見つめていた。今にも泣きそうな顔で、男に両腕を伸ばす。

 しかし、男はそれを拒絶した。両腕を払いのけられた少女はその場で尻餅をつく。目から涙がこぼれ落ちる。

 男は少女がそのような状態になっても助けようとはせず、ただ能面のような表情でじっと見つめるだけである。結局、少女は自力で立ち上がった。

「お父様……なんで私を……」

 少女は男に泣いて縋ったが、彼は歯牙にもかけなかった。

「恵良。お前は――」

 そう言うと、恵良の名を呼んだ男は踵を返して暗闇の中に消えていこうとする。

「待ってください! お父様ぁっ!」

「お前は……女だ。女は、『()()』には必要ない」

 無機質な声でそう言い放つと、男は暗闇の中へと消えていった。


 真っ暗闇の中、少女は取り残された。彼女は、お父様、お父様と泣き叫び続けた。



 時計の針が午前の四時を指している中、恵良は目を開けた――寝汗でぐっしょりとバスローブを濡らし、大粒の涙を両耳に伝わせながら。彼女はガバリと上半身を起こし、目をバッチリと見開き、過呼吸のように息を荒げていた。

「また……この夢……」

 恵良は、同じ『夢』を見続けていた。



 ――発端は、勇気が復帰した後の朝のミーティングだった。

 討伐部隊の面々が挨拶を済ませ、雪音が今後の予定を言うところで、恵良の『夢』の方向性が決定づけられてしまった。

「これからの予定だが……、十日後に『白金重工業』の会長と社長、そして何名かの役員たちがアメリカに行く。そのため、《オーシャン》に乗るそうだ」

 五人が俄かにざわついた。しかし、恵良はただ驚いているだけではなかった。

「そのため、今からシミュレータから重力粒子発生装置を抜く。あいつらに見つかったら面倒くさいことになりかねん。模擬戦が少々物足りなくなるが、勘弁してくれ」

 恵良を除く四人は頷いた。恵良はというと、すっかり意気消沈して俯いてしまっている。雪音はそれに気付いた。

「……大丈夫か、恵良?」

「は、はい。大丈夫です!」

 恵良は無理矢理取り繕って、雪音に返事をした。雪音は一瞬表情を曇らせるが、すぐに気を取り直して説明に入った。

「『白金』の奴らは私のことを心底嫌っている。今回の搭乗も、政府のお偉いさん方が頭を何度も下げて漸く実現したものだ。そのため、私は事を荒げないため一歩引いたところから見させてもらう。いいか?」

 五人は、分かりました、と返事をした。すると、賢が返事をした後にすぐ手を挙げた。

「では、隊長はどうなさるおつもりですか?」

「……隊長の任からは外れないが、奴らに何か言われるのも面倒だから、いつもはエンジニアになろうと思う」

「では、代わりの隊長は誰になるのでしょうか」

 賢が再び問うと、雪音は唸った後黙ってしまった。そして、少し経ってため息をついた。

「……今の社長は、会長の息子で長男だ。()()()は元々日本軍に所属していてな、『白金』の社長だが元軍人だということで私と討伐部隊の隊長の座を争っていた」

 恵良以外の四人はコクコクと頷く。しかし恵良は顔を暗くして俯いている。

「会長はこいつを推した。だが、田の浦さんの尽力によって、軍人の私が選ばれた」

 勇気が目をキラキラとさせて話を聴いている。

「だが、この件があったからかは分からんが、田の浦さんは中将の職を降りた」

 雪音はため息をついた後、ハッとした顔になり、軽く咳払いをした。

「話が逸れたな。とまあ、隊長代理は『白金』の社長が務めることになるだろう。私はお前たちのSWの修復でもしておくよ」

 恵良は冗談めかして笑みを浮かべていた。しかし、恵良は俯いたまま、表情を変えようともしない。

「これでミーティングは終わりだ。解散。各自訓練に入ってくれ。勇気は軽めでいいぞ」

 五人が敬礼をして、威勢良く返事をした。しかし、恵良の声には覇気がなく、敬礼もワンテンポ遅れて行ってしまった。

 恵良は、これから起こることに不安しか感じなかった。その証拠に、管制室から出るときの足は少し震えており、他の人たちには気づかれなかったが、手も少し震えていた。血色も悪く、彼女は訓練をして少しでもそのことを忘れるように努力した。

 しかし、毎晩夢に出てくるようになってしまった。それは彼女にとっては悪夢そのもので、絶望に打ちひしがれていたときの勇気同様にあまり睡眠時間を取ることができなくなってしまった。

 恵良は、どうすることもできずにただ悪夢に打ちのめされることしかできなかった――



 ここ数日その『悪夢』を見ている恵良は、寝汗でべたべたの身体を綺麗にするためにシャワー室へと向かった――というより、その『悪夢』を毎日見ているので、毎日その繰り返しになっている――。物音ひとつしない廊下を、裸足でペタペタと音を立てながら歩く。

 シャワー室に到着した恵良は、『使用中』の立札をドアの前に置き、その中へと入った。脱衣所で、陰鬱な顔で、バスローブの帯をほどこうとする。

 すると、帯をほどいてバスローブを完全に脱ごうとしたところで、シャワー室のドアが開いた。彼女はその音にギョッとして帯を結び直した。

 脱衣所に入ってきたのは、雪音であった。彼女は先客の存在に少し驚いた表情をしている。

「お、おはようございます!」

 恵良は慌てて雪音に敬礼をする。すると雪音は、恵良の顔をまじまじと覗き込んだ。

「……隊長?」

「お前……なんで泣いてるんだ?」

 恵良は痛いところを突かれたと感じて黙ってしまった。その沈黙につけこんで、雪音はさらに恵良を突っつく。

「そういやお前、昨日も一昨日も先一昨日も私より早く起きてシャワーを使ってたな。眠れないのか? 現にこうして汗だくだし、涙の跡はあるし」

 恵良は目をギュッとつぶり、俯いてしまった。それを見た雪音はため息をつく。

「『白金』の会長の護送任務を説明してる時のお前の態度、明らかに異常だったぞ。それに、私がカッとなって『白金』と政府がズブズブだと説明した時があったな。その時も同じような態度だった」

 恵良はコクコクと頷く。

 さらに雪音は恵良を突っつく。彼女の顔をじっと覗き込みながら。

「あと自己紹介の時、名前を言うのが少し遅れたな。これは私の深読みかもしれんが」

 恵良はついに動かなくなってしまった。雪音は彼女の肩をポンと叩く。

「……何か隠してることがあるんだろう」

「……はい」

 もう言い逃れはできない――恵良は確信した。始めから隊長に隠し事なんて無理だったのだ。

「大方、『白金』に関することだろう。シャワーを浴びたら私と一緒に管制室に行こう。大丈夫だ。余程のことじゃない限り、お前は処罰されないから」

 恵良は蚊の鳴くような声で、はい、と返事をした。



 シャワーを浴びた後、恵良は雪音に連れられて管制室にいた。余談だが、彼女は雪音にシャワー室の中で散々いろいろなところを弄られた。

 雪音がいつもの椅子に座り、恵良は彼女の前に立っている。さながら職員室に呼び出された生徒と呼び出した教師のような構図になっている。

「んで、お前が隠していることは何だ?」

 雪音に問われて、恵良は再び口ごもった。それでも雪音は微笑んでいる。

「大丈夫。お前が罪を犯すとは考えていない」

「……本当に、処罰されないんですか?」

 恵良の問いに、雪音は、勿論、と頷いた。


 恵良は、意を決して口を開いた。


「私は……私の本当の名前は……」


 雪音は身を乗り出している。恵良は顔を上げた。


「私は、白金しろがね恵良えら。『白金重工業』現会長、白金しろがね龍一りゅういちの長女、白金恵良です」



 

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